佐藤愛子のレビュー一覧
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巻末の解説者、杉山さんは著者の長女らしい。
人生相談の内容は質問も含めて、皆さんそれぞれ悩んでるのね。といった感じ(切迫感のない平和な相談が多いです)
以下抜粋
相談者が求めているのは本当に正解か?悩める人に1番必要なのは元気なのではないか?
元気は生きる力そのものだ。悩みを解決するより、悩みを吹き飛ばす力を身に付ける方がずっと生きやすくなるのではないか、そんなふうに考え始めたのだ。むちゃくちゃを言って相談者を元気にするのも母位だ。そういう意味で、この本は役にたつに違いない。
娘さんも文才というかなるほど、と思うような素敵な文章を書きますね。
佐藤さんの考え方に元気をもらいながら、しなやかに生きる力を身につけていけたらと思いました。 -
Posted by ブクログ
知人が貸してくれました。『血脈』は未読だけれど俄然興味が湧いてきました。霊のことや死後の世界、輪廻転生のことなど、全く興味はなかった作者が避暑のために建てた家に起こる数多の不可思議な現象と体調不良などに遭い、実体験から死後の世界とそれにまつわることどもを知るようになり勉強するようになり、社会のことも死後や霊の世界と繋がっているのだから、同じような体験をしていなければ俄には信じがたいだろうけれど多くの人に伝えておかなければならないと「遺言」という題目のもと書き綴った記録とエッセイ。私は霊体質ではないし霊感と呼べるものもないのでおっかなびっくりしながらも、個々人の波動を高めなければ世の中は変わっていかないというくだりなどは共感出来なくもなく、とても興味深い本でした。美輪明宏さんや江原啓之さんも出てきます。おしまいの方に書かれていた遠藤周作さんの話が良かったです。
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Posted by ブクログ
「戦いすんで日が暮れて」
ええかっこしいでお人好しで要領の悪い夫は
人に頼まれるとついカネを出してしまう
そんな性格だから
多額の負債を抱えても、なんとなく人からは愛されていた
現実にカネを作り、借金取りの相手をしてるのは
漫画で稼いでる妻のほうで
こちらはどんどん鬼のような性格になっていった
「ひとりぼっちの女史」
大借金をこさえた亭主は逃げ回っており
その留守中、債権者たちの訪問を受ける妻はそのたびに
怒り任せ、あるいは涙ながらの愚痴を聞かされる
亭主への憤りは、債権者への怒り、世間の噂に対する怒りになって
妻は孤独の鬼だった
「敗残の春」
事業を潰した夫は、結果的にたくさんの人を裏切ったわけだが
妻の目から見ると、裏切られたのは夫のほうであるようにも思える
しかしいずれにせよ
不甲斐ないのは夫だという結論に変わりはなかった
そしてそれを見捨てられない自分は
単に行き場のない中年女にすぎない…そう思っていたら
とつぜん旧知の男から声をかけられ、おおいに戸惑ってしまうのだった
「佐倉夫人の憂鬱」
画家を亭主に持つ佐倉夫人はいわゆる保守派で
力なき正義は無能なり、の思想を強くする戦中派だった
そんな彼女の家にやってきた下宿人は
見目麗しき童貞
佐倉夫人は一目で好意を持つのだが
合理主義者である彼へのいまいましさが先にたって素直になれず
また、男のほうでも夫人のことなど
恋愛対象としては、まるっきり問題にしてないのだった
「結婚夜曲」
証券会社の営業マンに転職した夫だが
その直後から景気が下がりはじめたもんで、成績はさっぱり上がらない
心配した妻は、女学校時代の後輩を紹介した
今は大手銀行の支店長夫人になった人だ
しかし案の定…で
余計なことをしたと、子供たちから批判されてしまう
「マメ勝ち信吉」
沼田信吉は女好きで、毎晩マメに口説きまわっている
これもタイプとしてはお人好しというか
本命には軽くあしらわれてしまうのに
そのうさ晴らしで、あえて手を出した女からは
逃れることができない
「ああ 男!」
男は童貞らしさを隠し
女は処女らしさを装う
それはつまり、男のほうがロマンチストだからなのかもしれん
「田所女史の悲恋」
美容室を経営する田所女史は45歳の独身
指導と称して、気に入った男子社員を折檻するのが大好き
しかもたちの悪いことに
やってることの自覚が本人にはなかったのだ
つい最近までは
しかしそれに気づいたとき
とうとう権力を用いて、若者の恋愛を引き裂く真似に手を染めてしまう -
Posted by ブクログ
サトーハチローといえば、「リンゴの唄」や「小さい秋みつけた」など童謡作家として超有名。小さいころみんなの歌をテレビでみると、毎度「サトーハチロー」の文字を見かけたような。
そんなサトーハチローの異母妹である佐藤愛子が描く佐藤家のハチャメチャぶりが本書のメインストーリである。その話題の中心は父である佐藤紅緑とその後妻である「シナ」である。佐藤愛子からみてら父と母である。紅緑の生活はある意味ぶっ飛んでいる。妻や女はとっかえひっかえ、子どもはほったらかし。その子供たちは親に輪をかけてぶっ飛んでいる。妻や女はとっかえひっかえ、子どもはほったらかし、に加え、お金は親にせびりまくりときた。
紅緑はだから書いて書いて書きまくって稼いだ。サトーハチローは金のために書いたのか、あふれ出る詩心を留め置いたのか、兎に角書いて書いて書きまくった。佐藤愛子は生活のために書き始めたところ、意外と書けるということでこれまた書いて書いて書きくった。
しかし佐藤家である。このやんちゃぶりというか乱脈ぶりはどう見ても血脈である。そしてシナである。血脈と対峙するわけでもない、しかし受け入れるわけでもない。ずっと外側から眺めている、でも頼られれば用立てる。紅緑とシナの関係、継子との関係が本物語の主要テーマである、
そしてシナや愛子はそこをどのように乗り越えていくのか。やんちゃ、ハチャメチャを書き連ねているだけなのか、小説として成立しているのか。いや、話としては面白い。しかしホントだったら生活していくのは辛い。
作者である愛子が、愛子を客観的に見て記述している、しかも手抜きやひいき目がない、そこは非常に面白い。そして最後に生き残っていくのが愛子であるところもまた「小説として」面白い。
そしてそしてあの童謡作家がこの血脈!という意外性が最高に面白いのだ。数多くの校歌の製作工程が面白いのだ!