高橋知子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
あーもー終わっちゃったよー
私こんなに読むの早かったっけ?
私はエンツォ派かなぁ。
頼りになるよねェ。愛を感じる。
1も良かったけど。2の方がもっと良かったかな。
え?そうなるの?えーこの先どうなっちゃうの?
って、ドキドキワクワクしちゃった。
3の情報は全くわからないのだけど。
1と2ほどじゃないって触れ込み。
読んでみないとなぁ。
た、の、し、み♡
‥‥‥個人的トピック
今日は久々旦那が朝からいないので
ゆっくり朝からサブレを作ってました。
アイコン参照
35枚ほど。
20枚は職場のスタッフ用。
後5枚ずつの小さなパッケージが2つ。
さて、誰にあげよーかなぁ。
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Posted by ブクログ
無感情とプレッシャー
この2つが一気に押し寄せるのはとてもつらい。
自分が見たもの聞いたもの感じたものを幼少期から詳細に描いていて、単純にそこに驚いた。
終盤にジャーナリングや認知行動療法について実践したと書いてあったので、なるほどと思った。だからこんな細かく言語化できるのね。
私の中には、パトリックもデイヴィットもマックスもいる。(もちろんそれ以外も)
彼らの様々な要素が少しずつ自分に心当たりがあった。
自分の心や行動はサラダボウルみたいで、いろんな要素が混ざってボウルの中にあって、無意識な私が1つあるいは複数の野菜(要素)をつかんで食べて、その要素を演じているような気がした。
だから共感するところがあったんだと思う。
でも、私にもパトリックのように共感できない、何も感じないこともある。(周囲の人々と同じような反応ができないこと)
例えば友人の結婚式。おめでたいとは思うけど、涙は出ないしうらやましくもない。ただ結婚式が目の前にあるだけ。
あとは卒業式や文化祭も同じように、イベントが目の前にあるだけで感情は動かされなかった。みんな楽しそう、悲しそうにしているのにね…どうでもいいって思うんだよね。
しかし、普段は外部刺激に弱く、サラダボウル常にかき回されて色んなドレッシングをぶっかけられまくっている。
心がbadな日の仕事中(デスクワーク)、叫びたくなったり思いっきり机を叩きたくなる衝動に駆られる。
そうしたいけどダメ、でももし衝動のまま行動したらどうなる?とか考えていると、本当に行動したのか分からなくなる。たぶんやってないと思う。
でもこの衝動を抑えているときが辛い。これがプレッシャーなのかな?
私も良くない行動を起こす前に、感情と行動と原因を記録し、傾向をつかんで回避できるようジャーナリングを始めよう! -
Posted by ブクログ
至極真っ当なことが書いてある。
この界隈は既にカルト化され、アイデンティティの揺らぐ思春期の子供を餌食にして金を産んでるのだということ。
不可逆な手術をして取り返しのつかないようなことになってもここに挙げられてる活動家やインフルエンサーは誰も責任は取ってはくれない。
日本でも某アイドルが女性という自覚がないといって乳房を取った例が出来てしまったが(しかも勲章と言わんばかりに今時ありえないくらいワザとらしく大きな傷まで作って)、これが日本の若者にまで広まっていってしまったらと思うと吐き気がする。
また、数年前に亡くなったタレント兼インフルエンサーもこの界隈の誰かしらに嗾けられたのでは?と邪推してしまう。
前々から胡散臭いと思っていたこの界隈については、害悪しかないと考えていたので余計にこの本には共感するところは多い。
古い人間だと思われても構わない。
人間の性は男と女、オスとメスしかない。
例え体を作り替えたとしても遺伝子的にはXYとXXで分けられる。
今度は何だ、遺伝子レベルで性を変える術式でも開発して幼い子供あるいは母体にいる胎児の時からデザインジェンダーみたいに造語を作って稼ぐつもりか。
なぜこの本に対して出版中止の脅迫がされたのか。
手口がバレたらヤバいからの一言に尽きる。
どこかの国が仕掛けた計画的な去勢では?と疑ってしまうくらい酷いムーヴメントである。
善人ヅラして金儲けするエゲつない奴らは後を経たないが、この界隈のグロテクスさは群を抜いている。それが克明に記された著書である。
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Posted by ブクログ
ネタバレ『トランスジェンダー』がアメリカのティーンエイジャー、とくに少女達の間で"流行っている"という衝撃の書籍。
昨今、急激にポリコレやLGBTQへの理解を深めよう!という世相になってきているのは分かりますが、自分を受け入れてくれる場が欲しい、優しくされたい(チヤホヤされたい、人気者になりたい)→トランスジェンダーになる!という訳のわからなさ。
慎重に、本当にトランスジェンダー?別の心理的要因では?と誠実に進めようとすれば、バッシングの的になるという地獄。
身体的な手術を行なった後では、もう引き返せないというのに。
大学の友人にも、何人かLGBTQの人は居ましたが、決して周囲と同調したとか、そういうことではなかったと思います。
日本は遅れてる!と声高に言われることもありますが、外政の良い面と悪い面どちらも、みていくことは大事ですね。 -
Posted by ブクログ
思春期に性自認が揺らぐなんてめちゃくちゃあるあるで、大人になれば自然と落ち着くもの
落ち着いた先がトランスジェンダーならそこから考えていけばいい、というかそれより前に、揺らいでる段階で何かを決定するなんてあまりにも危険
ましてや本人以外の、大人たちがそれを煽るなんて最悪の所業
SNSは功罪あるけど、ちょっと毒がでかすぎて怖い
辞めさせるのは難しいかもしれないけど、時間をかけて規制してくのは必要じゃないかな…
お酒やタバコみたいに。
なんか焚書騒ぎがあった本らしいけど、それはちょっと敏感すぎるような
内容は、正直アメリカの話だし、自分の周りにはもう思春期の子っていないので、ちょっと対岸の火事感…
だけどちゃんと大人として考えていかなければならない問題だなと思う
読んで良かった。出してくれてありがとう! -
Posted by ブクログ
これほどのポテンシャルを持った本が、2020年の米での発刊から、2024年にならないと我が国で出ない現実。これがまず大問題。
「幸いなことに、日本の学校関係者も、医療関係者も、トランスジェンダーの扱いについては比較的慎重である。臨床的にも、トランスジェンダーを訴える人が病院の外来を受診することは多いとは言えない。〜略〜大部分は男性であり、米国のような状況には至っていない。」(P332「解説」より)
勿論、日本では比較にならないくらい少ないのであろうが、ホルモン摂取のハードルは格段に下がりつつある(私は限界精神界隈のウォッチが趣味)。専門家に対し野暮は百も承知だが、そんな危機感で大丈夫なのか心配になる。
本書で衝撃だったのは3点。
DSM-5で、性別違和の定義の執筆を監督したほどの専門家が、トランスジェンダー活動家の攻撃により職を解任させられていたこと(勿論、その筋では有名な事件だったみたいだが)。
もう一つは、「ジョンズ•ホプキンス大学の著名な精神医学及び行動科学の教授ポール•マクヒューには答えがあった。性別違和は"過大評価された考え"または心を支配するほどの情熱なのだ。それは「世の中の多くの人々がいだいている考えではあるが、患者や一部の人々にとっては、それが人生のすべてだと激しく思いこんでいる考え」なのだとマクヒュー博士は語った。」(P206)
性別違和とはなにか?に対するこれほど分かり易い答えがあることを私は知らなかった。果たしてこの答えが正解なのか?人の心とは、なんなのか?答えが出る日は来るのであろうか。
最後に、オートガイネフィリア(レイ•ブランチャードによる造語)の存在をトランスジェンダー活動家が否定しているってのは、何かのギャグなのだろうか?(笑)これが最も衝撃的でした。 -
Posted by ブクログ
不公正、抑圧への、抵抗。
それ自身は、尊重されるべき。
しかし、そうした行動は、社会的な生き物である人間が行う場合、複数名で行うことで、力と正統性を主張する場合が多い。
その場合、正当な抵抗は、いずれ「運動」「活動」「政治」というものに、自然に変化する。
最初は、損なわれたものを取り返すだけの正当な動き、主張であったものが、個としてはでなく、集団としての動きになり、「政治性」を帯びることで、行き過ぎた動きとなる。
その動きには、どんどんと、自らの自己顕示欲を満たすことに重きを置く活動家が入り込み、correctness を求めための動きは、political なものに変質していく。
よく目を凝らしてみると、その動き、活動の中には、既に不公正、抑圧の被害者はあまり見当たらないことも。
本当の被害について、声を上げようにも、その政治性に合致しないものはむしろ疎まれることもあり、あるいは、被害者が阻害されることもあるようだ。
あまりに身勝手で醜悪な、政治性。
少し前の世界の、権力に対するカンターパワーであった、「リベラル」「メディア」たち。
今では、批判を許さない姿勢を貫き、政治性を身に付け、人々を阻害する。
醜悪。あまりに醜悪な姿を、そのままに描き出した良著。
読み進めているうちに、ある日本語を思い出した。
「腫れもの」
特定の団体、メディアが、タブーを作り出し、世の中がタブーとして忌避する「腫れもの」になれば、大人になることを拒否しても、誰も、ついには親も何も働きかけることができない、「腫れもの」になりおおせる。
その先死ぬまで幸せに過ごせるか。
どんなに辛い通過儀礼や修行に臨もうが、幸せなんか確定的に得られるものであるとは思わないけど、「腫れもの」として扱われて、幸せを感じられる人に、自分の子供になって欲しいとは思えない。
著者は、この構造を顕にするという素晴らしい仕事をしたのではないか、と思う。
「腫れもの」を作る人たち。
一体どんな世界に生きているのだろうか。
なんとかそういう人と関わらずに生きていきたいもの、と思う。 -
Posted by ブクログ
ファッション化してしまっている部分があるよね。
思春期の揺れ動く気持ちの受け皿として、トランスジェンダーが出現している。
人と違う自分になりたいという感情は古今東西あったわけだが、昨今の多様性の尊重。そして、インフルエンサーという虚構じみた存在が身近になってしまった、現代特有の病のように感じられる。
そんな生半可な気持ちで名乗るべきではない。本当にそうである人に対しての侮辱のようにも感じる。
実際にリスクがある決断でもある。
大前提として、多様性を認めることは大切なので、そこは否定しない。
そして本書もそのスタンスは一貫している。よって、この本が差別的だ!!と騒ぐのは流石にナンセンスかな。
思春期の子どもに、性別の変更について意思決定をさせるのは、親としての責任放棄のように感じる。
多様性の尊重というもっともらしい言葉をもっても、そのリスクは許容されるべきではない。
本書でも何度も取り上げているが、数ヶ月で辞める、数十年後に後悔したが時すでに遅していったこともあるからだ。
熟考に熟考を重ねて、やっと決断するような話である。
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Posted by ブクログ
ネタバレ噂の本読みました。トランスの考え方が、ジェンダー規範の押しつけでしかなくてびっくり。
トランスを自認する人に対しては肯定医療が主流になっているって話も、もはや宗教。。トランス界隈の人たちがこの本の出版を阻もうとしたことでもお察しだけど。
欧米、想像以上だった。その点まだ日本は理性的かなという感じがするけど(さすがキリスト教が根付かなかった極東の地である)、トランス活動家の声が大きくなればいずれ日本も…という怖さはある。すでに欧米で警戒されるようになった思春期ブロッカーを日本へ売り込む動きがあるそうだし。
少子化少子化言われてる現代に、人間の生殖を真っ向に否定するような性自認という概念が根付きつつあるというのは興味深い。世界的にみたらやっぱり増えすぎている人口を抑えようとする種としての見えない力が働いているのかな? -
Posted by ブクログ
アメリカのジャーナリスト、アビゲイル・シュライアーが、アメリカの十代の少女を取り巻くトランスジェンダー関連の状況についてレポートした本。ここでいうトランスジェンダー状況とは、ホルモン注射や外科手術も含む。トランスジェンダーとしてホルモン注射や外科手術を受けた少女や家庭へのインタビュー、インフルエンサー、医療業界、学校関連、トランスジェンダーとして生活している人々、それぞれにしっかりとインタビューしており、それだけでも、著者の並々ならぬ苦労がしのばれる。
以下、箇条書きとなるが、感じたことなど。
・本書は十代の少女にどう向き合うかの方が主題だと思う。原題は「不可逆的なダメージ」であり、キャッチ―なタイトルとして「トランスジェンダー」の言葉が先行しているが、「十代の少女はなぜトランスジェンダーに向かうのか」と「少女」を主語の方が正しいと思う。
・昔からある思春期の少女の揺らぐ気持ちや不安感、それと苦しみながら向き合うことで成長するところを、安易にトランスジェンダーという解法を用意してしまう風潮。トランスジェンダー仲間を増やす手段としているように見える。
・トランスジェンダー「活動家」が学校、医療の現場に対して影響を持ってしまい、漠然とした不安感の原因として提示されたトランスジェンダーではないか、という考えを煽り立て認めてしまう状況。これは昨今の個人の感情を優先する風潮や、子供を叱らない状況が加速させているのではないか。
・医療業界もホイホイホルモン注射や外科手術をやってしまう状況。ポリコレ棒で殴られて最悪職を失うことを恐れているのではないか。
・個人的にはダイバーシティの「みんな違ってみんないい」は正しいと考えている。他者との違いを否定せず認めるのが知だと思う。それなのに、なぜトランスジェンダー「活動家」は僅かでも考えが異なるとトランスフォビアのレッテルを張り排除しようとするのか。好意的に考えれば、今まで迫害されてきたため、攻撃的になることで自分のアイデンティティを保たねばならない(黒人のラップのような)というのがあるのかもしれないが、錦の御旗のもとに他者を屈服させたい人々が集まっているのではないか。
・後半の章に登場するトランスジェンダーの人達は、手術を受けるまで十分に考え、かつ少女たちに対して、安易にホルモン注射や手術を行わず、慎重に考えるようにと述べており、とても好感が持てる。
・大人世代は子供(十代は子供だ)の悩みを受け止めて、ともに苦しみながら悩みに向かい合うのをサポートするのが責務ではないのか。それを全面肯定して不可逆的な道に安易に導くのは責務の放棄としか考えられない。子供が本当にトランスジェンダーで、ホルモン注射や手術が最良の手段だったとしても、安易に結論に飛びつく/飛びつかせるべきではないだろう。「悩みに向かい合う」その過程こそが人間の成長させ、それを手伝うのが大人の責務であろう。