辻村深月のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ上巻の終わりになってから一気にページをめくる手が止まらなくなり、翌日に慌てて下巻を買ってすぐ読んだ。特に下巻の後半は一晩で一気読みした。
辻村深月さんの感情描写には息が苦しくなるような没入感があって大好き。
浅葱の、一人きりで強く生きる覚悟とは裏腹にある痛々しいまでの人間くさい弱さがとても愛おしくて、月子がそれを垣間見て恋に落ちた気持ちが同じ年頃の女の子としてよく分かる。こんな風に悲しい偶然が重ならず、月子という浅葱にとっての盲目な天使が彼の人生の歯止めになることができていたなら、と誰もが思うはず。
なのに、そこに実体はない。木村浅葱の中の主人格はiでありそれが本当の生来の浅葱だから。あれほどまでに人間らしい彼の人格が、その姿形は生きているのに表情や口調には明らかにもういないこと、それが少なくとも社会的な死とは定義されないことが、ふわふわとして現実味を帯びないけれど確かな現実で。
彼の壮絶な過去が作り出した「浅葱」は、まさに実体を持たない虚数の「i」、でも、iは現実で観測できる実数解ではなくても、もっと多次元的な世界ではたしかに存在するといえる数。
確かに彼が生きた数年と、狐塚や月子や恭司や萩野やたくさんの人にとっての彼と過ごした日々は幻じゃなく、月子を含めたみんなの記憶に残るんだと思う。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ前作に引き続き、とても感動した作品だった。続きということもあり、物語のつながりを感じながら読むことができて、とても面白かった。
特に印象に残ったのは、「一人娘の心得」と「歴史研究の心得」の章。それぞれの人物の想いや選択が丁寧に描かれており、1巻目とまた違う面白さがあって、印象に残った。また、主人公・歩美の成長にも感動し、さらに新しく登場した杏奈もすごく好きになった。はっきりとした性格で、自分の軸を持っているところが魅力的だと思う。
そして、この作品を通して新たな気づきもあった。それは、「必ずしも死者と再会しなくてもよいのではないか」という考え方である。
「死者に会うことは、誰かの死を消費することと同義の、生きている人間の欺瞞なのではないか」
この言葉から、死者との再会は必ずしも前向きなものではなく、生きている側の都合や欲求によるものでもあるのではないかと感じた。
ただ、
「見たことのない神様やお天道様を信じるよりも切実に、具体的な誰かに、見ていてほしいと願う」
という言葉から、人は誰かに見守られていると感じることで、自分の行動を正そうとしたり、前を向こうとしたりするのだと気づかされた。
このように、死者とのつながりは単なる再会ではなく、生きている人の在り方や行動にも影響を与えるものなのだと感じた。 -
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愛読書は?という問いには「星の王子様」と答えています。
冒頭、サン・テグジュペリは「大人はみな子供だった。しかし、それを覚えている大人は少ない」ということを書いています。この言葉が星の王子様の大きな魅力になっているとずっと思ってきました。
ここに、かつて自分が子供だったことを大切にしている作家に会いました。
これまで辻村さんの小説を読んできて、その根底にある人間を信じる気持ち、と言いましょうか、本当の優しさ、やはり信頼かな、そういうものを感じてきましたが、その基になっていることが書かれているのがこの本だと思います。
もしも、この先、辻村美月という作家を研究する人が現れたとしたら、この本は第一級の資料となるはずです。
小学生向けの新聞に連載されていた文章ですが、この大切な内容を心に持っている大人がどれほどいるかというと、そんなに多くはないことが考えられるでしょう。大人が読んだとき、ある意味での懐かしさを感じるとともに、書いてある内容の重大さ、気高さを新たに見つけるのではないかと思います。
人の心の美しさ、優しさ、そして、大いなる可能性。
また、言葉の持つ不思議、言霊の存在。そういうものがたくさん盛られた大皿料理です。
私はイチゴにまつわる言霊のような言語が好きです
読書感想文について書かれた先生とのやり取りが好きです
ああ、小学生向けの本と、小学生相手に閉じ込めてしまうのは実にもったいない。自分が子供だったことを忘れている大人を中心に読んでもらいたい一冊でした。 -
Posted by ブクログ
登録は上巻ですが、もちろん上下纏めての感想文ってことで(^ ^
いや、何と言うか、こんなに「笑かし」も「外連味」もなく、ストレートに人の気持ちを描き切る作品は、本当に久しぶりに読んだ感じ。何の根拠もなく、もっと「面白要素」がある本かと思って読み始めたのですが、どこまで行っても「大マジ」(^ ^; いやもちろん、それが悪いわけでも何でもないですが(^ ^;
ストーリーは、梁山泊的なシェアハウスに集う若きクリエーターたちの群像劇、って感じ。それぞれの登場人物に、みなそれなりの山あり谷ありのストーリーがあり、その良い面も悪い面も、しょーもない依怙地な姿なども丁寧に描いていく。その中で、それぞれのキャラクターの過去のつながりなどが見えてきたり、騙されたり(^ ^;
各登場人物で一冊の小説が書けそうな、濃密なストーリーをギュッと濃縮し、さらにその中でコウちゃんと環のエピソードが徐々に浮き上がってくる。後半のクライマックスは、ある意味「ベタな」展開と言えんくもないが、そこまで丁寧に描かれたストーリーのおかげで、すっかり皆に感情移入してしまっているので、細かいことは気にせず滂沱の涙(^ ^;
これこそが「筆力」というものだ、と打ちのめされるような大作(^ ^ もっと若いうちに読んでいたら、もっと「人生を変えられた」かも、という一冊である(^ ^ -
Posted by ブクログ
ネタバレぼくのメジャースプーンを先に読んでおいて良かった。途中から誰が本当の自殺者だったのか、みんなの気配りからこの人がどうなるのかなんとなく予想がついて、ふんふんやっぱりねと思いながら読んでいたら思わぬところにいろんな要素が詰まっていて驚き、、。河野と友春の演技力の高さは一体、、。そしてこれが能力によるものだったことは想定もしてなかった。主人公をあえて「ぼく」とすることで次の作品での驚きにつなげてしまうって凄すぎる〜(><)それにしてもふみちゃんが元気そうで良かったな!
郁也も多恵さんもまだ元気でよかった!
こうもいろんな人が出てくると、なんか聞いたことある、、知り合いだったっけ、、?(現実)となってしまう。 -
Posted by ブクログ
いろんな初めてが詰められたアンソロジー。
YOASOBIの歌にもなってるので、読みやすい人はいるかと思いますが、以前「想うた」の感想でも書きましたが、歌詞を物語に、物語を歌詞にするのはめちゃくちゃ大変だということです。歌詞にしても短編にしても、そこへの解像度が作者と一致しないと、自己満足になってしまう。広く言えば、創作の世界とは自己満足になるわけだが、異なるアートをリンクさせようとすると、リンクさせる側の自己満足は喪失する。我流を押し通せば非難されるし、かといって落とし込むだけであれば、したためる必要がない。料理と同じだ。サンプリングしたものがイタリアンで、和洋折衷に拵えたものがナポリタンである必要があるわけだ。
また豪華なラインナップです。ファンの方々はぜひ読んでみてください。