井沢元彦のレビュー一覧
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昔から井沢さんファンである自分にとっては、よく聞いてきた話ではあるけど、やっぱりそうだよなと思うことが多々ありました。
学校で習う歴史は面白くないとよく言いますが、それはそうでしょうと。
だって、あくまで事実しか語らないから。
そこから読み取れる推理や推測を一切排除してるんだから。
歴史が好きで、学んでいて、ずっと疑問に思ってました。
何でこれは起きた?
何でこんなことした?
疑問だらけでした。
そこに井沢さんの推理推測を合わせると納得できることが多々ありました。
もちろん全部正しいとは言えないかもしれませんが、それを考えることも述べることもできないのはあまりにも狭小なことではないでしょうか。
とくに十七条憲法の話は昔から、なるほどなぁと思ってました。
ここまでとはいかずとも、日本の社会科教育がもう少しまともになればいいなぁと思ったりします。 -
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1992年に連載開始された本。最近では市民権を得た、古代史の嘘の裏には隠したい真実があるということを最初に広く知らしめたのはこの本ではないかな。魏志倭人伝や古事記を読み直し、卑弥呼の謎に迫ったりする話はワクワクした。もっと出雲や三王朝交代説、卑弥呼=天照大神説について勉強したい。また、初代から9代までの天皇が実在しない説についても、なぜこのような嘘をついたのか、その裏の真実は何かを考えてみたい。
天皇と朝鮮の関係については、百済との関係であり、現在の高麗系朝鮮とは何ら関係がないのだから、韓国の言うことは気にせず、もっと研究が進めばいい。ただ、万世一系とは言えなくなる可能性が高いので、その男系系統をもっと詳しくみてみたい。 -
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どこか予見的
本書はどこか予見的である。第三章第四話「ギリシア・ヘレニズム文明の賢者たち」にあるソクラテスのくだりが面白い。以下は抜粋である。「政治家のアルキビアデスやクリティアスという「弟子たち」がアテネを不幸に陥れたのは歴史的事実だが(中略)根源の責任は、そもそもソフィストとして彼らを教育したソクラテスにあると、多くの市民が考えるようになった」「五百一名いたと考えられる市民(陪審員)の多くは、ソクラテスの論理に共感するよりも、その態度に反感を抱いた」「ソクラテスはわざわざ自分を国法の立場において、その立場から見て、自分が死刑を逃れるために今さら逃亡することは、国法を尊重する人間なら絶対に実行すべきではないと、旧友クリトンに説いた」まるで、どこかの自動車メーカーの元経営トップとどこかの国の世論の関係を見ているようだ。経営トップはソクラテスと違って逃亡し海外で生きているが、本書はこの逃亡前に刊行された。ソクラテスが生きた古代ギリシア都市アテネが衆愚政治に陥り衰退していく様も分かりやすく書かれており、どこかの国の未来のようにも読める。本書は、人前で話す雑学ネタの宝庫でもある。「結婚したまえ。もし妻が良妻ならば幸せになれるし、悪妻ならば哲学者になれる」と言ったソクラテスの話もいい。「イスカンダル」(日本人には宇宙戦艦ヤマトで馴染みの深い固有名詞)はマケドニア大王アレクサンドロスのイスラム世界での呼称というのも勉強になった。「日本の寿司屋では白米のことを「シャリ」と呼ぶが、これもその形状が細かく分割された仏舎利(ブッダの遺骨)と似ているからである」という文を読んで、寿司を前にもうシャリとは言うまいと思った。苦行から帰ってきたブッダに乳粥を差し出したのは「スジャータ」という名の少女である。これも、どこかの企業がブランド名に使っている。「三蔵法師」と「玄奘」が別々の人間として存在していたことも知った。西遊記のモデルは玄奘の方である。「釈迦如来」と「阿弥陀如来」の関係も分かった。超越存在に対して、いくつもある並行世界のうち、この世界では釈迦如来、別の世界では阿弥陀如来がいるのだ、という理屈だけでも教えられていたら、高校日本史の仏像名の暗記はもっと楽だった。まさに自分が知らないことを教えてくれる本であった。ソクラテスの「無知の知」をもたらしてくれる本である。 -
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このシリーズは文庫本とデジタル本の両方で揃えているのですが、最近文庫本を1巻から再読を始め、7巻目が終わりました。この巻は後醍醐天皇から足利義教までを書いています。後醍醐天皇がどういう人で何をやったのかということは、表面的なことを追っていてもつまらないのですが、この本はとても丁寧に説明してくれます。後醍醐天皇が吉野山の山中で無念の思いで死んで、足利尊氏の一族を滅ぼすこと、このことに背くようなら後継ではないという強烈な遺言がどんな影響を与えたのか。尊氏の優しさが南北朝時代を後醍醐の死後53年も続いた原因になり、混乱を終わらせたのは足利義満の非情さであったこと。
太平記についても詳しくその由来や22巻が欠落していることの理由等とても興味深いことが書かれています。義満が天皇家に代わって義嗣を天皇にさせようと思ったのも本気だったのです。またこの時代は観応の擾乱とか康暦の政変とか分かりづらいことが多いのですが、どんなことだったのかがわかりました。日本史の面白さを井沢元彦氏は教えてくれます。ただ少しくどすぎるくらい丁寧に背景や理由を説明するのでボリュームがありすぎるのが問題ですね。 -
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主に鎌倉時代を扱った巻であるが、この本を読んでやっと鎌倉幕府の成立の背景や鎌倉仏教について分かった気がする。数年前に読んでいたのだが、仏教の話はあまり興味がなかったので読み飛ばしていた。しかし仏教のことがわからないと、日本史がわからないし、日本そのものがわからない。毎回感心するのだが井沢元彦はほんとうに噛んで含めて教えてくれる。
護国のために導入した仏教が、鎌倉時代にさまざまな新しい宗派が登場する背景とその主張について理解しようとしたらたいへんだが、丁寧に説明してくれる。たとえば「浄土」というのは仏の支配する世界の名称のことで、阿弥陀如来の支配する浄土だけを極楽浄土というのだ。そして阿弥陀如来派人々を救うために48の誓願を立てたが、その18番目の誓願に「阿弥陀仏を信じる者は、その国(浄土)に生まれかわるために10回の念仏を唱えればよい」と書かれているのだそうだ。そのことを浄土宗を広めた法然は浄土宗として多くの人に説いて回り、それから多くの個人の救済のための仏教が流行することになるのだ。親鸞の悪人正機説の意味や曹洞宗の寺院が一番多くなった理由等すごく中身の濃い巻であった。
これから逆説の日本史の再読の旅を続けようと思うのだが、あと20巻以上あるのだが、とりあえず一巻ずつ進むことにします。 -
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『逆説の日本史 5 中世動乱編』
井沢元彦
この巻では、鎌倉幕府の成立を中心に、源氏と平家の争いを「源平合戦」ではなく、源氏内部の争い=“源源合戦”として捉えることで、歴史の見方を大きく変えている。
- 源頼朝と北条一族編
北条時政の謀略によって、源氏の中で頼朝が台頭し、幕府成立へと導かれる。
- 源義経と奥州藤原氏編
義経は「戦術の天才」だったけれど、頼朝の「戦略」を理解できず、悲劇的な最期を迎える。
- 執権北条一族の陰謀編
教科書では語られない、北条家による権力掌握の裏側が描かれる。
- 悲劇の将軍たち編
「言霊将軍」実朝の暗殺事件の黒幕に迫る。
- 北条泰時と御成敗式目編
「法の正義」よりも「道理」を重んじる武家政治の精神が語られる。
この本は、『平家物語』や義経伝説の虚構性を暴きながら、鎌倉時代の本質に迫る内容になっていて、歴史の裏側を知る面白さがぎゅっと詰まっている。。
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このシリーズはすでに読んでるのであるが、再読することにした。天皇を中心とした朝廷政治から、武士による社会に転換してゆく時代をきわめて丁寧に教えてくれる本である。まず、我々は源平の戦いと教えられているが、源氏と平氏が戦っていたのではないことは、頼朝を支えていた北条氏が平氏であることからも明らかなのだ。基本は武士が自ら開墾したり実質的に管理している土地の所有権を朝廷に認めさせる戦いが鎌倉幕府を成立させた本質なのだ。平氏は権力を握ると結局貴族と同じ道を選んで、武士の土地所有権を認める社会を作ろうとしなかったために、東国の武士が立ち上がったのが、現象的には平氏を追い詰める権力闘争となったのだ。
頼朝の子孫による征夷大将軍が3代しか続いてないのに鎌倉幕府が続くのも不思議なことだと思っていたが、この本はその疑問もわかりやすく説明してくれる。承久の乱というのも、結果的に後鳥羽上皇らが幕府によって流罪されるという凄いことななるのであるが、なぜそうなるのかをていねいに説明してくれるのだ。天下分け目の革命という点では、壬申の乱は貴族政治の内部、関ヶ原の戦いは武士政治の内部で起こったことだが、承久の乱は朝廷と幕府という貴族と武士の戦いという意味で、歴史の転換点であったといえるのだ。
とにかくこの著者の歴史は面白いのだ -
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5年前に読んだ本を再読しました。井沢元彦の本は何度読んでも面白いし、特に古代怨霊編は著者の真骨頂が遺憾なく発揮されているので興奮する。今から30年も前に書かれた本なので、聖徳太子の実在生については少し疑問な点がなくもないが、著者のように聖徳太子を捉えるとその実在性に矛盾はない。そして天武天皇の出目について著者のように捉えるからこそ、持統天皇の異常とも言うべき孫(軽皇子 文武天皇)への継承への執念がなぜそれほど凄かったのかということ。そして長屋王一族を自殺に追い込むまでして聖武天皇に継承させた理由も、天武天皇の出目について推理せずに天智天皇の同父母の兄弟と思っている限りわからないのだ。
このシリーズを読み始めると止まらなくなるが、もう一度読もうかな。 -
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これまで「通説」とされてきた歴史について、井沢元彦さんが、独自の視点で異論を唱えるという形をとっている本。言霊(コトダマ)と怨霊信仰、穢(ケガレ)の概念からとてもわかりやすく解説していて、歴史の面白さを感じることができる。
古今和歌集の六歌仙や源氏物語が怨霊信仰から生まれたこと、日本人の平和や軍隊に対する偏見や、穢多・非人と呼ばれた人々への差別意識は、平安時代からの日本独特のケガレの思想が影響していることなど、目から鱗である。
平将門の乱や白河上皇の節操のなさ、武士の世は崇徳上皇の呪いによって実現したことなども興味深く読むことができた。
また、国が国民の安全を守るのは当然のことで、そのために軍事力を持つことは絶対に必要なものであると改めて思った。国を守るということはきれいごとだけでは済まされないことだとつくづく思った。
心に残った言葉
・なぜ日本には「平和憲法によって戦後の平和が守られた」と信じる人々が大勢いるのか。
つまり、まだコトダマ教が生きている、ということに他ならない。
日本国憲法という「平和の歌」さえ「詠んで」いれば、武力(軍隊)など必要ない、ということでもある。
これでは平安貴族を笑えない。
・道真の事件は、怨霊信仰というものが確固として成立し、国家も天皇も、「恥も外聞もなく」恐れるようになった、ということを示しているに過ぎない。そして歴代の天皇や権力者は、いろいろなやり方で、怨霊を鎮魂することにつとめている。その最も顕著な例が、天皇家によるオオクニヌシの鎮魂なのである。
オオクニヌシから、「国を奪った」アマテラスとその子孫(天皇家)は、オオクニヌシのために大神殿(出雲大社)を建て、「幽事(かくりごと)の神」という幽界のでの支配権を認めた。
その伝統に則って、平安朝の人々は菅原道真にまず高い官位(最終的に正一位太政大臣)を贈り、ついで「天神」という称号を与え
大神殿(北野天満宮)を建立した。
・怨霊信仰こそ、日本の政治・文化を動かす原動力だからである。
もっとも日本はマニュアルのない世界だから、怨霊信仰の方法も多種多様である。オオクニヌシ・菅原道真方式(神殿を建てて神として祀る)もあれば、この『源氏物語』形式(文芸の主人公として活躍させる)もある。あるいは、柿本人麻呂・六歌仙方式(歌聖ないし歌仙として讃える)もある。
・歴史を探究するためには、「歴史を動かした真の原因は何か」を考えるのと同時に「当時の人々はその原因を何だと考えていたか」をも考えなければならない。
・草書体で書くと「崇」とほとんど区別がつかない字がある。それこそ「祟(タタリ)」なのである。
崇徳・崇峻・崇道の三人の憤死した「天皇」に捧げられた諡号(おくりな)に、いずれもその字が入っていることは、もちろん偶然ではない。偶然と考える方がおかしい。
・白河法皇が寵愛して後に忠盛に「与えた」祇園女御という女性。この女性が白河法皇の胤をはらんだまま忠盛のところへ行き、産み落としたのが清盛だと、『平家物語』には書いてある。 -
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この本は、すでに単行本を読んでいたのであるが、文庫本シリーズを収集しているので、あらためて読みましたが、とても素晴らしいと改めて思いました。ここまで懇切丁寧に日本史を説明されると、いろんなことが腑に落ちます。たとえば韓国併合のことですが、どうしてここまで韓国の発展ために多くの犠牲を払ってきたのに、韓国人はここまで日本人を敵視するのか。同じく、どうして中国では天安門事件とか、多くのことが明らかとなって、ネットとかで調べれば中国が専制的な支配が行われていることが明らかなのに民主主義への運動が起こらないのかが、理解できます。文化大革命という名のクーデターにより数千万人もの人々の命が奪われたというのに、そのことを問題にする動きがなぜ起こらないのか?毛沢東が偉大なスターであり続けるのはなぜなのかが理解できます。「逆説の日本史」の唯一の欠点は、すでに1巻の発行から30年経過しているということです。早く最後まで読みたい、じれったいと想うのですが、これが最後まで完結した後にこの本を読む人はラッキーなのかもしれません。それにしても何巻まで続くのだろう。
2026年3月1日、再読完了しました。現代史は情報が多い分だけ記述が細かくなり、それだけ歴史の理解は難しくなります。文庫で買ったのはここまでで、28巻と29巻は単行本です。30年間の著作を数ヶ月で読んだことになります。 -
購入済み
歴史の教科書の危うさ
若き頃学んだ歴史は自分のなかではいろいろと書き変えられている。もともと歴史に興味がありその類の情報を集め空想をめぐらせてきた。井沢氏の作品は例えようもない光を頂いている。もっと若いうちに出会いたかった。
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最初から最後まで、知的刺激に満ちたおもしろ日本史。
学会レベルでどれほど認められるかは難しいところがあるが、説得力に富んだ内容であることは間違いなく、何より専門学者を疑いながら自らの頭で考える姿勢が好ましい。
専門の歴史学者の弊害についても、3つの欠陥を喝破している。
第一に日本史の呪術的側面の無視ないし軽視、第二に滑稽なまでの史料至上主義、第三に権威主義。
何より日本の歴史学者が西洋の合理的思考に支配されることで見失ってしまった歴史の本質を抉り出そうとする視点の素晴らしさが冴え渡っている。
「倭」とはもともと古代日本人の集落である「環」であり、日本人の国家意識の成長とともに「日本」人であることのアイデンティティ、共通理念を求めて出てきたのが「和」であった、という。
聖徳太子の十七条憲法の第一条に謳われたのが「和」であり、第二条の仏法僧より、第三条の天皇の詔よりも、優先された原理であるという視点はたしかに重要である。
その他、出雲大社は大怨霊オオクニヌシを封じ込めた神殿であるという創見。
出雲という地名の由来も「太陽を隠す雲」から来るという興味深い仮説。
卑弥呼は太陽神アマテラスのモデルであり、皆既日蝕による太陽神信仰の発達を背景に女王になったが、さらに古代たまたま生じた2度目の皆既日蝕のために権威を失って殺された(狗奴国との戦争の敗北の責任を取らされて)など、刺激的な話題と仮説満載で、読む者を飽きさせない。 -
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世界史でも「逆説」のスタンスは貫かれている。なにしろ徹底的に自分の頭で考える歴史になっている。そもそも歴史というのは勝者が書き換えた歴史が前提となっているのであり、通り一遍のことを書かれているのであれば、いまさら学ぶ意味はない。だが、この本は我々が疑問に思うことについてかなり突っ込んで書いてくれる。たとえばなぜインドで発生した仏教がインドで今では信者がいないのか?多くの地域で多神教は一神教に敗北しているのに、日本では多神教が生き残っているのはなぜか等のことをしっかり論じてくれている。宗教は大きく歴史を動かしているのに、そのことが理解できない日本人にとって、世界史は分かりづらいのだが、この本は日本人が世界史を学ぶにはとても良い本だ。