井沢元彦のレビュー一覧
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いやぁ、これは力作の巻ですね。井沢元彦氏は西南戦争で西郷隆盛が死去して、日本が世界史大きなに影響を与える国として出発する以降を「近現代史」と捉え、それ以前と区分しているようです。それとこの間を描き終えるまで25年経過しているため、感慨深さもあったようです。
この間には補遺編として、25年間を振り返って修正や補正すべき点について補正を行っています。そのおかげで全体で621頁にもなっています。幕末から明治維新という時代は、日本が最も変わらなければならなかった時代であり、今まで現実の政治は武士が行い、天皇は権威を維持するという2元的な政治が行われて来たのを権威を一元化したのが明治維新なのです。
再読の旅もやっと近現代史に入るということで、もう引き返せません。 -
紙の本で読みました。こういう考え方もあるのかと楽しく読めました。もうおしまいのことを「お開き」といったりする日本語の不思議な部分の謎が、一部解き明かされたのではとかんじました。
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幕末に入ってからもう5巻目であり、1年毎に100ページ前後のボリュームを使って描かれている。それだけこの時代には書くべきことが多いのだ。特にわからないのが、幕府軍は長州軍に比べて兵力が10倍以上あったにもかかわらず、負けてしまったことだ。紀伊の井伊藩は、戦国最強といわれた武田の遺臣を多く抱え赤揃えという強兵のシンボルでもあった武具で揃えた最強軍団だった。それが赤子の手をひねるように、ゴミ拾いのような格好をした長州軍にやられてしまうのだが、それも無理もない話なのだ。
なにしろ、武士たるもの鉄砲のような飛び道具を使うべきではなく、槍や刀で堂々と勝負するのが、本来なのだと思っているのだから勝てるわけがないのだ。300年前は最強でも、さすがに300年も同じスタイルであったら、最弱となるのだ。
圧倒的に少ない兵力で勝利した長州軍団は、明治維新後の陸軍にその精神が引き継がれるのだが、圧倒的に不利な状況でも精神力で勝てるのだ、天皇陛下を推し立てれば勝てるのだという成功体験が無謀な米英との戦争に向かわせることになるのだ。武田信玄が言ったように、戦いは勝ちすぎては驕りを招くので良くないというのは、歴史の教訓なのだと思う。 -
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著者もあとがきで書いているように幕末史についてこれほどわかりやすく書かれた本は他にないと思います。たとえば安政の大獄で吉田松陰がなぜ死刑になったのか、ということについてきちんと説明している歴史書はありません。そもそも安政の大獄は、慶喜を擁立しようという一橋派の弾圧のために行われたのであり、それを企図した戊午の密勅に松蔭は全く関わっていないのだ。ペリーの艦隊に潜り込んでアメリカへ渡ろうとして捕まったのであり、安政の大獄で誰もが吉田松陰が重罰を受けるとは思っていなかったのだ。吉田松陰が厳罰を受けることになったのは、自らが間部老中の暗殺計画を話したからなのだ。
幕末における水戸藩と薩摩藩、長州藩の関係もわかりづらいのだが、幕末の改革の主役はむしろ水戸藩なのであり、それを薩摩藩は藩主が斉彬から光久に変わったことで、裏切ることになるのだ。だから桜田門外ノ変の実行者18人のうち薩摩藩はただ一人であり、残りは水戸藩出身者なのだ。
幕末の問題を考える場合に、水戸藩の人や幕府の人は、幕府と朝廷が協力してこの国を改革せればいいと思っていたはずなのだ。それがいつの間にか、幕府は倒して新しい政府を造るということに変わっていくのだ。大変革の時は既存の勢力を活かすという発想では必ず失敗するのだが、民の多くが大変革を望んでない場合には既存の勢力を生かさない限りうまくいかない。幕末から明治にかけてはまさにそんな時代なのでこの本の価値が高い時代だ。 -
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江戸時代というのは、戦国時代が終わって、徳川家康が徳川家が長く続くような体制を整えたため、平和が続いたけれども退屈な時代であると思っていました。しかし江戸時代があったからこそ現代の日本の基本型が形作られたともいえるのだと言われています。
私がわからなかったことの一つに「茶の湯」があります。有名な話に武田攻めで功績のあった滝川一益は、その褒章として茶器がを所望したのだが、与えられたのは上野国一国で、がっかりしたという。信長にしてみれば、褒章として茶器を与えれば、領土の代わりになるのであれば都合がいいだろうけれど、普通に考えれば茶器にそれほど価値はない。
千利休は、魚屋の子孫らしいのだが、織田信長に見出されて、その後豊臣秀吉に重宝されたが、秀吉の茶道とそりが合わず切腹をめいぜられるのだが、それまでに経済的にも政治的にも重要な影響力を持つようになるのだ。わからないのは、狭い茶室で、お茶を回し飲みすることのどこに夢中になるようなことがあるのだろうということだ。それに使う茶器が一国を凌駕するような価値あるものとして扱われるのもわからない。
利休は絶対平等主義を目指したからこそ誰もが低くて狭い入り口から這い上がるように入室し、狭い場所で膝を交えながら茶を飲むのだと言われても、大名たちがそれに夢中となりなんてことはない茶碗に大枚を投じるのだ。利休の死により、利休の茶道には幕が降りるわけであるが、江戸時代になってその子孫が利休好みの茶の湯の茶頭になることが許され、それは現在の三千家(表千家、裏千家、武者小路千家)になるのだそうだ。
もう一つわからないのが「能」である。歌舞伎ならまだ見ていて少しは楽しいのだが、「能」となると退屈なので見たいと思わないのだが、日本全国「能舞台」は各地にあり、庶民も能を楽しんだとしか思えない。それは、能は自分で舞うことができるが、歌舞伎は自分で踊れないと言うところにその理由があったのだ。すなわち能は今のカラオケのように庶民の間で普及したのだという。
そんなことまで詳しく丁寧に教えてくれる井沢元彦氏の本はとても面白いのだ。1巻目から再読を始めて現在13巻が読み終わったところだ。最近29巻の単行本が発刊されたのだが、まだまだ再読の旅は続くのだ。 -
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この巻は、秀吉から家康に天下が移る過程を中心に描いているのだが、石田三成や福島正則、加藤清正らの諸将がうまく家康に操縦されていく背景を丁寧に説明してくれます。関ヶ原の戦いは、語り尽くされているように思えますが、戦国時代の大名たちが当時の状況下でどんなことを考えていたのかが想像されて興味深い。それからわずか14、5年後に大阪の陣が起きるのですがこの時には大名のうち誰一人として秀頼側に就こうとしなかったという現実は、私たちに厳しい現実を教えてくれます。
太平洋戦争における「失敗の本質」も教訓的なのですが、関ヶ原は秀頼だけでなく、毛利や長宗我部にとっての失敗の本質を考えさせてくれる貴重な史実だと改めて思いました。 -
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2020年に読んだ本の再読。戦国時代については3冊に分かれていて最初の1冊目である。この人の本は私たちが気付かないままなんとなくボヤッと理解している歴史の深層を教えてくれるのだが、戦国時代は我々に馴染みが深く知らないことは少ないと思い込んでいる。そしてなぜそのような展開になったのかなんてこともよくわかっていない。信長が義昭を将軍として立てて上洛する前の京都の状況なんて、三好3人組だとか、松永久秀とか実はよくわかっていなかった。毛利元就についても、安芸の山奥の国人の次男が、どうして中国から九州にかけて13国の大大名になったのかよくわかっていなかった。そんなことを丁寧に教えてくれる本である。なによりもそうなった理由がわかるのでありがたい本だ
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この手の本でこんなに夢中になって読める本ってあまりないと思います。再読も8巻まできましたが、面白いので500頁足らずの文庫ですが、2日くらいで読んでしまいます。並行してもう一冊読んでるのが、新書で羽柴秀長の生涯というのですが、こちらは半分の分量ですがなかなかのめり込めません。室町時代というのは、あまり面白みを感じられない時代だと思い込んでいましたが、実はとてもエキサイティングなスターがたくさん登場する時代だったのです。天皇家を乗っ取ろうとした日本国王足利義満、恐怖のくじ引き天魔王足利義教、怖しいお方公方日野富子、半将軍でホモの細川政元、流れ公方足利義稙…とユニークな主役がたくさんいます。山城国の国一揆が8年しか続かなかったのに、加賀の一向一揆は100年も続いたのはなぜなのか?とか、中世はつまんないと思っていたのにとても面白いということに気づかせてくれる本です。
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日本のルーツを知るのに役に立った。歴史学者の多くは史料絶対主義で、推論や仮説、宗教の重要性を無視しているという、著者井沢氏の主張に目から鱗がおちた思いだ。本書の中身もさることながら巻末にあるコラムの内容が非常に勉強になった。
また、日本書紀などの史料についても、誰が編纂したのかによって事実と異なる内容になっているのではないかという推察もごもっどだと感じた。
邪馬台国(卑弥呼)と大和(天照大神)が同一なのではないか?勝者が引き継ぎたい内容に改竄されているのではないのか?などを勘ぐりながら歴史を勉強していくのは非常に楽しそうだ。
それを体現したのが、森鴎外先生。帝謚考(ていしこう)は読んだことはないが、その存在を知れただけでもこの本を読んだ甲斐はあった。
学校での歴史の勉強も、このような各専門家や作家などを総動員して、矛盾を解いていくようなディスカッションをもとにした授業スタイルを取り入れた方がいいのではと思った。 -
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海外に行く時に、行く前や行った後に準備しなければならないものから目を背け、後になって後悔することがある。とりあえず行ってしまえば、後からなんとかなると思っているのですが、どうにもならないこともある。
また、仕事の電話対応も相手にリスクを話せば怖がって拒否されてしまうだろうと、その話をスキップすることがよくある。本来は、事前に伝えてトラブルを避ける必要があるが、言ってしまえばそれがあたかもよく起こることのように感じ、また相手も同じように捉えているなと感じる感覚や反応が帰ってくる。
本来、論理的な考える必要のある場面で思考停止にさせる言霊信仰は、自分の中にも根深くあると思う。困難に直面した時、脳を働かせるのをストップしようとする感覚をよく感じる。
1番大事なのは、日本人の中に言霊信仰が根深く存在し、無意識に支配されそれが日常生活の中で頻繁に起こっていることを理解することだと思う。
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ネタバレ興味深く読めました。面白かった。
分かりやすく書かれていたのが良かったです。
個人的に言霊信仰の所が面白かったなあ。確かに現代日本でも当人が主張した言説と、当人の人格を結びつけますよね。SNSの誹謗中傷とか。
あと梅毒について。梅毒が入ってくるまで、遊女自体を蔑視する風潮がほとんどなかったとの事。当時の遊女は、現代のモデルやファッションスターのような存在だった。コロンブス新大陸発見→ヨーロッパで梅毒が流行→日本に流入まで20年くらい。早いなあ。
他にも面白かった部分たくさんあったけど、キリがないのでここまで。勉強になりました。また読み返してみよう。