山内義雄のレビュー一覧
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復讐の花が開花し始める第五巻!
ヴィルフォール家での連続毒殺事件、モルセール伯の過去、
ダングラール男爵とアンドレア・・・モンテ・クリスト伯の
蒔いた復讐の種は芽吹き、開花を始める。
メルセデス、マクシミリアンとヴァランティーヌ、
そしてエデ。
彼らもまた行動するが、それがどうモンテ・クリスト伯に
関わってくるのだろうか?
老僕のバロワ、ダヴリニー医師、ユージェニー、
ダルミイー嬢が登場、エデの過去もわかり、
新たな運命の糸が加わりました。
そして、なんといっても金・地位・名誉という欲望は、
如何に人を醜悪にするか。
ヴィルフォール然り、ダングラール然り、
そして毒殺者・・・。
エデの過去語りの中のフランス士官だって・・・ね。
なお、アリ・パシャは実在の人物がモデル。
調べてみると、なかなか興味深い歴史有り(^^♪ -
Posted by ブクログ
ネタバレ全7巻を読んだうえでの感想です。
第4巻ではモンテ・クリスト伯とヴィルフォール夫人の毒物に関するやり取り、カヴァルカンティ少佐とアンドレアの登場、マクシミリアンとヴァランティーヌの秘めた恋、そしてオーティユの晩餐での出来事など、徐々にターゲットたちがダンテスの術中に嵌っていく様が描かれていますが、一番面白いのは信号機のくだりではないでしょうか。
当時はまだ電話が無い時代なので、情報の伝達に手旗信号のようなシステム(腕木通信というらしい)が採用されていたんですね。大がかりな伝言ゲームをやっているようなイメージでしょうか。
本書ではこれを「信号機」と呼んでいるのですね。これに目を付けたのはなかなか面白いと思いました。
本巻最終章のダングラールの怒りと夫人のヒステリーはまるで掛け合いのコントを見ているようで笑えました。
個人的にこういうノリは大好きです。 -
Posted by ブクログ
ネタバレrev 1 2016 12/08 rev2 12/09
(急いで書いたりなので、後で書き直すかもしれません。上記、日付等も、併せてメモします。書き直した際は日付も追記します。。。
主人公のダンテス、絵に描いたような好青年で、出だしが幸せ一杯だったが、人から恨まれたりするほどだったので、読んでいて非常にハラハラした。ダンテスよ、もっと謙虚に、と思ったりした。でも、ダンテスが悪いわけではない、嫉妬や恨みの感情のままに危害を加える人たちが悪いのだ。。!そう、幸せで真っ直ぐな人柄の人は、他人にあわせて萎縮しなくてもよい、、はず。本当は。
それにしても、色々なことが重なり、無実なのに牢獄に入れられてしまうダンテスだが、ヒヤリハットの法則ではないが、大変な事が起こる時というのは、一つの不運だけでなく、幾つか重なっているものだと思った。
ただ、幸運も、重なって起こる。起伏に富みすぎの人生だ。。
幸運は、何よりファリア司祭との出会い。
ファリア司祭は、私の、賢者・学者の理想像かもしれない。本を読んだり勉強する先には、いつか老いたときには、何らか後進の若者を導き、明るく照らすようなものを持てるようになっていたいと思う。
まだ1巻。全部で7巻だよ、まだまだこれから〜! -
Posted by ブクログ
「これ神は我らの為に勝りたるものを備へ給ひし故に、彼らも我らと偕ならざれば、全うせらるる事なきなり。」
(ヘブル書11:40)
この聖句は、比類ない「青春の書」、ジッドの『狭き門』において、アリサが従弟ジェロームに残して去った、最後の言葉である。この書を読まれた読者諸氏は多かろうが、ここでの恋愛経過は19世紀的どころか、現実に存在し得ない類のものである。悲劇的な結末を迎えるが、これは実に読者を陶酔させ、恍惚境へと誘い入れる。
女主人公アリサがここでは聖女のごとく、あまりにも美しく描かれている。この小説の主人公であり物語の語り手でもあるジェロームはかれらの愛を、そこを通って成就する苦難の「狭き門」と定め、アリサと結婚するためにと、自分を試練にかけ、自分を彼女にふさわしい「徳」の高い人物となる様にピューリタン的な努力を始める。がしかしそのことがかえって彼女を天上の神の世界へと向かわせる苦悩の要因になっていることに彼は気づかない。その結果、ジェロームが結婚の話を持ち出すたびに彼女はそれを打ち消し、彼女の内心の彼への強い愛にもかかわらず、ジェロームを否みつつ自らは不毛の死をとげる。
ここで見逃してはならないひとつの事件がある。実はアリサは、彼女の妹ジュリエットとジェロームとの会話を聞くとはなしに聞いてしまい、ジュリエットがひそかにジェロームを愛していることに気づく。それ以後、アリサは身をひいて自分の愛を妹に譲ろうとする。この自己犠牲的な愛もこの小説に異様な悲劇的雰囲気を醸している。
わたしがこの小説を読んだのは19歳の感受性の強い思春期であった。それがためこの書のあまりの美しさに我を忘れ感動の渦へと巻き込まれた。というのも当時のわたしの恋愛観がまだ未熟で、この恋愛悲劇を肯定的に受け止めてしまったからである。それはともかく、この小説がわたしの精神形成に与えた影響は計り知れないものがある。
ところで、この聖句であるが、アリサ自身、「はっきりその意味がわからない」と述べている様に、なぜここにこの聖句が引用されたかは作者ジッド以外、謎である。ジッドはここ以外にも、ところどころ新約聖書からの引用があるが、その解釈が自由すぎるという批判もある。ともあれ、アリサはジェロームとの最後の逢瀬で、ジェロームを突き放し、はらはらと涙を流し、「勝りたるもの」を繰り返しながら、闇夜に姿を消してゆく。
尋常ならざるストーリーだが風紀紊乱が叫ばれて久しい現代社会への強固な反定立として読みつがれるべき名作ではなかろうか。 -
Posted by ブクログ
《それなのに今、あなたなしに見ているわたしは、何から何まであなたから盗んで見てでもいるかのよう。》
愛ゆえに完璧であることをのぞみ、
愛ゆえにそれを達し得ないとは。
神への道はそれほどまでに狭いのか。
アリサもジェロームも狂うほどに繊細で、厳格だった。
アリサとジェロームの宗教観のズレが招いた悲劇かな。
簡単に手に入ってしまう幸福や成長の無い安定した生活に対する嫌悪感
はとても理解できるし、ジェロームが神に近づくことがジェロームにとっての徳行であり、それこそがアリサの幸福である、という考え方はとても美しいと思うけれど、、、
やっぱりアリサの宗教観は不幸だと思う。