甲野善紀のレビュー一覧

  • 古武術に学ぶ身体操法

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    〈本から〉
    武術はとにかく動きを、できるだけ省略したい。分数の計算に譬えれば、約せるものは約してすっきりした形にしてから計算したい。なぜならその方が計算が速いからです。

    比重の大きいものほど瞬間に来るショックが大きいはずです。つまり、“あそび“がないからです。“あそび“がなければ、いきなり大きな負担がきます。こういう瞬間的に加わる力は武術での攻防に有用です。つまりそうした攻防の場合には、“あそび“がない方がいのです。

    自動装置が働いていることを体感でとらえて、不安定を使いこなすようになると、身体の働きの幅が広がります。

    受け身だけはできた方がいい

    筋肉についても実はよくわからないことが多いのです。(略)解剖学者の養老孟司先生から伺ったのですが、筋肉が縮むように見えるとき、その筋肉の細胞レベルではいったい何が起きているのかはわからないそうです。
    日本には物事のコツ=骨をつかむという表現があります。骨の動きがまずあって、筋肉がその邪魔をしないようにという考え方だってあるわけです。筋肉が主役になるのではなく骨をどう動かすかをまず考える。いわば骨主筋従ですね。これに対して筋主骨従が現在のトレーニングの主流ではないのでしょうか。

    本当に身体が使える人間というのは、ある意味で自分をうまく操縦している感じです。

    かつての日本人は原則として歩行時に手を振りませんでした。

    愛する、愛されるという人間としての根源的なことに対して自分の感覚が開けば、それに伴って身体も大きく変化します。

    暗いから明るくする。ところが、明るくすると逆に遠くが見えなくなる。

    永田農法とは肥料と水を極力与えないで、植物自身の持つ「生きる力」を最大限に活用する方法です。水は一般栽培の百分の一。枯れるかどうかのぎりぎりまで追いつめることによって、逆に必死の生命力を喚起するわけです。

    「基本が大切」と言っている人のほとんどは「基本が大切らしい」といったレベルだと思います。私は、私の技の中には基本を作らず、絶えず基本が何なのかを探求するようにしています。

    世界的な数学の発見を独学でやった梶川泰司氏
    「何がやりたいのかわからない自分を大切にした」

    なにごとにつけても、結論は、指導者ではなく、本人が出さなくてはなりません。

    身体の本当の要求に耳をすます
    昔から子供を育てるコツとして、「少し飢えさせ、少し寒くさせる」というのがあります。今の環境において、何もかもが過剰になってきていることが身体に問題として出てきていると思います。

    美意識が人生を支える
    美意識は、生きがいに直結した強いものです。理屈なしに好きなものがあれは、死ぬ直前であっても楽しめます。生死を分けるようになぎりぎりのときに、最も力になるのはこうした精神的な豊かさに想い至れるかどうかで、このことこそが人の生の意味を決するのだと思います。

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    2026年07月08日
  • 自分の頭と身体で考える

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    生と死、意識と無意識、

    養老孟司の良さは上品さだよね。

    養老孟司、東南アジアが大好きでよく行くから、Xで言われてる婚活界隈では地雷系男子なの好き。しかも女買う為とかではなく、虫取る為に行ってるのも痺れる。

    養老孟司さんて、あそこまで異常に本を書く人って事は、正直実は病んでる人なんだろうなと思うんだけど、自分が辛かった経験とか被害者だって言うのも気づけないぐらいめちゃくちゃマイルドに言うんだよね。そこも昨今の被害者ビジネスとは対極に居る人だなと思う。

    言い切られた方が安心するし気持ちいいけど、それをしないから、養老孟司は読み手によっては何が言いたいのかわからない人でもありそう。

    養老孟司さんて、何かを悪く言い切る事が絶対無い所が本当に頭の良い人だなと思う。私ならそれは耐えられない。何かを悪いと言い切りたくなっちゃう。これは恐ろしいのではないか、危険ではないか、とか本当は何が嫌いかをめちゃくちゃマイルドに言う人。養老孟司さんの凄さってこの伝え方のマイルドさだな。何かをバカにしたりも絶対にしないから、そういうのを読み取る大変さもあるかもしれない。


    甲野 善紀
    (こうの よしのり、1949年 - )は、東京都出身の日本武術を主とした身体技法の研究家[1]。古武術に関する著書を多数出版、メディアにも積極的に出演しており、これらの活動を通じて日本人古来の身体運用法「古武術身体操法」の普及を目指している。1949年、東京生まれ。幼い頃から野山の自然を好み、育った多摩地方の丘陵が宅地開発されるのを悲しんで、将来は自然の中での牧畜に従事しようと、明星高等学校卒業後、東京農業大学畜産科に進むが、畜産及び現代農業全体が効率最優先の工業化を目指していることに失望して、この道を断念(大学中退)[2]。それに代わってさまざまな健康法や修行法、さらに思想、宗教等の方面に関心を広げていった。1971年、合気会本部道場に入会し、山口清吾師範の元で5年間、合気道を稽古する。また1972年には根岸流を前田勇師範に、1975年には鹿島神流を野口弘行師範に学ぶ。1978年に武術稽古研究会「松聲館」を設立(2003年に発展的に解消)。1980年代より、日本武術の研究者として数々の著書を発表、当時一部で生まれていた古武術ブームも相まって(1990年に専門誌「月刊秘伝」が創刊)、その名が広く知られるようになる。また、当時一部にしかその存在が知られていなかった武術家・黒田鉄山にスポットを当てるなどして、武術界の発展に努めた。
    1992年、医学博士で解剖学者の養老孟司との対談が実現、『古武術の発見』(1993年、光文社)として書籍化される。以後、さまざまな分野の著名人との対談が書籍で人気を博すことになる。1999年頃、桐朋高校バスケットボール部の監督金田伸夫が甲野の活動を知り、甲野から教わった内容を部活に取り入れたところ、その後まもなくしてインターハイ出場、全国高校選抜大会ベスト16まで勝ち進むことに成功し、NHKでドキュメンタリー番組「自分で考えろ~桐朋バスケットボール部 金田伸夫監督~」(2001年製作)として放送されるなど、当時話題を集めた(その後金田は独自に「古武術バスケ」と呼ぶメソッドの普及に努めている)。さらに2000年代初頭、読売巨人軍の投手であった桑田真澄が、ある理学療法士の勧めから甲野の活動を知り、甲野から約2年間身体運用に関する教授を受けた。そして2002年のシーズンで4年ぶりの二桁勝利を果たし、「桑田復活の陰に古武術あり」とまで言われた[3]。その後も、卓球の平野早矢香や、バスケットボールの小磯典子にも指導し、それぞれで成果を挙げたことで、その知名度を高めた。2005年前後、スペースシャトル・ディスカバリー号での宇宙ミッションに向け、宇宙飛行士の野口聡一が船外活動での効率の良い体の使い方を求めて、甲野に指導を受けた[4]。2007年から3年間、神戸女学院大学の客員教授を務めた。2009年秋、数学者の森田真生と『この日の学校』を立ち上げ、各地で受験や資格を取るためではない学問そのものと向き合う講座を開いた。2010年頃より、東京大学工学部教授の國吉康夫による依頼を受け、ヒューマノイドロボットの高度な身体スキル実現に向けて実験協力を行った[5]。その後も、日本各地で講演会や講習会、稽古会などを開き、活動を行っている。剣術、居合術、槍術、杖術、体術等の日本武術を研究・指導し、こうした武術の身体操法をもとに、各種武道やスポーツのみならず、楽器演奏、舞踊、介護医療、工学といった分野への応用・貢献を目指している。特に介護の分野では、実際に介護福祉士・介護支援専門員の岡田慎一郎などが、「古武術介護」と称し甲野が紹介した技術を使用し普及に努めている。

    「言葉として「説明」という形をとった途端に、単線処理になる。なぜかというと、言葉がそうだからです。言葉というのは、時間軸の上をただひたすら、単線的に進行する。同時に言ったら、意味は何も分からないですものね(笑)。  だから、漫画になるんですよ。漫画はセリフと絵とが同時並行処理ですから、非常に受けるわけです。  フランス語の「イストワール( histoire)」という単語には「物語」と「歴史」という意味があります。けれど、歴史を単線的に「語る」というのは、無理があるのです。だから、我々は歴史を語る時におかしくなってしまう。  歴史に言語の形式を嵌めてしまうから、どうしてもイストワール、つまりヒストリー(物語)になる。  だけど、実際に起こっている出来事は、歴史書のように時間軸上を、単線的に進行しているわけないんですよ。まさに同時並行で進行しているわけでしょ。」

    —『自分の頭と身体で考える (PHP文庫)』養老 孟司, 甲野 善紀著

    「そうなんです。あれは明らかに音声なんです。音声は時間軸上を単線的に進行するから、そうすると、どうしても時間が掛かる。ですから、西洋人にとって、黙読を発見するというのは、大発見なんです。本を声を出さずに読むというのは、ヨーロッパでは一種の悪魔の所業に近かったのです。昔の本というのは、必ず音読するものだった。  だから、甲野さんのやってるのは、速いわけです。同時並行処理だと当然、速くなる。そして速くするために、甲野さんは支点を外すんだとおっしゃってるわけなんですね。つまり支点が動くんですね、逆に言うと、支点が複数あるから速いとも言えます。普通、支点は一個しかないですから。そこで甲野さんが「固定的な支点をなくしていく」と言うとどうしたって、聞いている人は固定的な支点があるものと思って話を聞きますから、「分からない」ということになるんだと思います。」

    —『自分の頭と身体で考える (PHP文庫)』養老 孟司, 甲野 善紀著

    「たとえば物理化学は極端に言えば、もともと天体の動きからできてきたのです。天体の動きに対して、擬人法を嵌めても、駄目に決まっています。つまり「お月様はどういう考えで、地球の周りを回っているのか」という質問は、成り立たないのですよ。  けれども、生き物を見た瞬間に、話が違ってくるわけです。だって、生き物の非常に大きな特徴は、ある意味では合目的性ですから。そこを抜いてしまうと、生き物ではなくなってしまう。つまり無生物になるわけです。  ジャック・モノーが『偶然と必然』という本を書いた時に、その中で生物の特徴を三つ挙げたのですが、その一つに、合目的性って入っています。  モノーは生物学を近代科学にしたというか、自然科学にした人の一人です。言葉をかえれば物理化学的な生物学を作ったとも言えます。そのモノーが生物を対象に扱う時は、生物の性質の中に、いきなり「合目的性」ということを入れてしまうんですよ。そのくらいに生物の特徴的な性質だから、生物学の中に合目的性が入ってくるのは、これは当たり前なのです。」

    —『自分の頭と身体で考える (PHP文庫)』養老 孟司, 甲野 善紀著

    「だから、モノーのようにそれを前提の中に、組み入れてもいいし、僕のように合目的性とは何かということを、別な形で説明してもいい。ともかく、そういうものを抜きにした世界というものが世界だと思っているのは、ただそう思ってるだけのことであって、その人だって、甲野さんがそういう言い方をした時に、それを聞かないというのは、何か理由があるわけですよ。「そんな話を受け入れたら、こっちの商売が成り立たない」というわけでしょ。つまり、全く合目的的に行動しているわけです(笑)。それだけのことなんですよ。  僕はそういう人を頭の固い科学者って言うんですが、それと「科学とは何ぞや」ということは、実は関係ないのです。だからそういうことにこだわるのは、もう馬鹿げているというか(笑)……。東大を出て、こういう仕事をしていたら利口だって思ってるのは、偏見ですよ。だって、そうでしょ、慶応の医学部を出たって、大真面目でサリン撒いたりするんです。僕はどうしてもああいうのは理解できない。それで反省までしている。四十過ぎているわけでしょ。反省するならはじめから撒くなよと言いたい(笑)。」

    —『自分の頭と身体で考える (PHP文庫)』養老 孟司, 甲野 善紀著

    「こういうふうに教わったから、こういうふうにやりますと。それで、上九一色村で工場建てて、サリンを作った。何であんな物を作って撒くのか、なぜ霞ヶ関に撒くのかって聞けば、全然、当人には理由は分からない。「あのあたりに撒け」と言われたから撒いた、というんでしょ。やはり人間って、どこの大学を出てようと、どんな職業についていようと、そういうふうに、わけの分からないことを、たくさんする生き物ですよね。  頭の固い人たちの頭の中って、甲野さんのような、ある意味で当たり前の説明を聞くとグチャグチャになるんじゃないんですかね。そういう説明を受け入れた瞬間に、自分の世界が壊れる。それが怖いから受け入れないわけでしょう。おそらくそういう恐怖があるから拒否するんですよ。  そういう人の住んでいる世界というのは、自分で勝手に作った、非常に弱い世界ですよね。そんなものは人工的な世界でプレハブの家みたいなものです。プレハブの家じゃ、科学はできません。武道もそうだと思いますが、そんなことは当たり前じゃないですか。ただ、最近はプレハブにすがる人が、すごく多いのかもしれない。」

    —『自分の頭と身体で考える (PHP文庫)』養老 孟司, 甲野 善紀著

    「だって、そうでしょ。意識の歴史なんて、たとえば二十代の人だったら自分の意識については、二十何年しかないんです。けれども、身体については、何十億年という歴史があるわけですから。  ところが、その身体の方を、自分の思う通りになると思ってるから、薬飲んだり、バイアグラ飲んだりしてる。それで死んでしまう人までいる。それは当たり前なんです。体のほんの一部である頭で、身体をコントロールしようとするから、変なことが起こるのは当然なんです。また、本気で意識によって体をコントロールできると、思っている人がいますからね。」

    —『自分の頭と身体で考える (PHP文庫)』養老 孟司, 甲野 善紀著

    「そうなったら今度は「誰でも大学へ行けるという時代に大学も出ていないのは恥ずかしい」ということになってしまって、別に大学に行きたいと思ってもいない者まで、大学をめざすようになってしまいました。戦時中、ちょっと変わったことを言うと「非国民」とかいうレッテルを貼られたようですけれど、今では大学に行っていないというのは、「非国民」ほどではないにしても、何か後ろめたいような、そんな雰囲気がありますよね。」

    —『自分の頭と身体で考える (PHP文庫)』養老 孟司, 甲野 善紀著

    「だって、講演に行くにしろ何にしろ、必ず経歴には「何年、東大卒」って書かれる。ということは、要するに卒業させてもらっていないんです。いつも「何であんなに楽に卒業できたんだろう」って思っていたのですが、「なるほど、ずっと卒業しないんだから、楽だったんだ」と納得しました。  僕は以前から「東大で入試を通ったら、卒業証書をやれ」という意見だった。入試に受かって卒業証書をやれば、後は本当に勉強したい奴だけが、大学に残るだろうということです。そうすれば、ほとんどの学生はいなくなりますよ。現に外交官試験に受かったり、司法試験に受かれば、辞めてしまうんですからね。べつに卒業しなくていいんです。  すると、いつまで経っても学歴が残ってるということは、未だに東京大学を卒業してないということなんです。それが学歴の意味ですよ。それが共同体なんです。「俺は何とか会に属している」というヤクザと同じで、暗黙のうちにそこに属しているんです。  そうすると、そこに属しているから、そこの共同体の信用を落とすようなことはしないだろうというのが、実利的な意味なんですよね。そして、もう一つは、そこに属しているんだから、もしかしたら、偉い人に口きいてくれるかもしれないとか、そういうことでしょう。だから、ただ今現在だけを見てその人を評価しているわけではないんですね。実は学歴というのは、共同体の所属を表わしている、という意味しかないんです。」

    —『自分の頭と身体で考える (PHP文庫)』養老 孟司, 甲野 善紀著

    「科学が発達すれば経済的にも潤う、ということなんでしょう。けれども、池田清彦さんじゃないけれど、僕は科学を信じてませんよ。科学は方法論ですもん。何にも保証しません。  何でああいう方法論が発達したかというと、キリスト教世界にしても、ユダヤ教世界にしても、イスラム世界でも、社会的な押しつけというのはさっきのお話の保険制度どころじゃなく徹底的にすごいから、それに対抗し実証してみせるために科学は発達してきたのです。「そっちはそんなことを言うけど、グダグダ言っていないで、実際にやってみてごらん。こうなるじゃないか」とやるわけです。つまり、そういう社会的な押しつけの解毒剤として発達したわけです。  日本人はそんなきついことを言いません。何しろ『藪の中』、『羅生門』ですから。三人三様の話をしたら、どれかが本当かもしれないし、全部嘘かも分からないという、そういう世界だから、べつに科学は要らないんですよ(笑)。だから日本人は本当の科学はやらない。いい加減というか、適当で済ましてしまう。」

    —『自分の頭と身体で考える (PHP文庫)』養老 孟司, 甲野 善紀著

    「科学の本来の素直な役割は、やはり「知りたい」ということではないでしょうか。知りたい、本当のことを知りたいという、知的好奇心。日本の場合は、科学はそういう役割は持ってない。日本のいわゆる科学というのは、西洋からすごい船や機械が来ると「えっ、そんなことできるの?」という具合に、やってますね。日本の科学は西洋の科学とその基盤が全く違います。今、ここでしているような話というのは、僕は、科学ではなくて、常識だと思うから、世の中がものすごい非常識ということになるけれど、逆にあちらから言えば、こちらが非常識ということになっているのでしょうね(笑)。」

    —『自分の頭と身体で考える (PHP文庫)』養老 孟司, 甲野 善紀著

    何故ここまで本を読むのが楽しくて仕方なくて好きなのか考えたんだけど、読書すると、人と会って話すより深いコミュニケーション取れたような気になるからかな?読書って人とのコミュニケーション欲なのかな?

    「その点スポーツ選手でも、この間 NBAを引退したマイケル・ジョーダン選手の動きは違いますね。全く無駄がない。現在は、私の動きにとても関心を持って下さっている、昔バスケットボールの実業団にいて、今は、中学、高校で体育を教えている方が、道場で私の動きを体験してから「ジョーダン選手の動きの原理が分かってきた、彼は体をひねって使っていないんだ」とあらためてバスケットボールの体の使い方の総見直しに入られているんです。けれども、そうするといわゆるバスケットボールの基本と全く違ったものを教えなければならなくなるそうで、今、喜びながらも悩まれています(注:その後この高校は東京代表となってインターハイに出場した)。」

    —『自分の頭と身体で考える (PHP文庫)』養老 孟司, 甲野 善紀著

    「武道なんかも、言ってみれば、消した世界の上ですからね。日本独特の、消すと消さないがあると思いますよ。消す、消さないの二重構造の複雑さというようなものを、ちょっと理屈にしてみようかなと思っているんです。  それから、実際にあったことであるにもかかわらず、きれいに消えてしまった、というのもある。終戦直後に、教科書の都合の悪いところに墨を塗ったでしょ。これはきれいに消されたんですね。これを経験したのは僕らの世代だけなんですが、それは特殊なことだった。だから教科書の検定が、相変わらず続いてる。」

    —『自分の頭と身体で考える (PHP文庫)』養老 孟司, 甲野 善紀著

    「他人に伝えられないことはないも同じだっていうのは、これは日本人にはとても理解できないことですね。つまり重要なことというのは、文字や言葉に言い表わせないというのが、日本の文化の特色のように言われていますから。それこそ不立文字で有名な禅とか武術とかそういう体の感覚の世界では当然の常識ですからね。何しろ武術の方でその妙境を詠んだ道歌に、    妙の字は若き女の乱れ髪    ゆふにゆはれずとくにとかれず  というのがあるのですが、この「ゆふ」というのは、「結う」と「言う」にひっかけて、「とく」というのは「梳」あるいは「解く」と「説く」をひっかけているのですから(笑)。」

    —『自分の頭と身体で考える (PHP文庫)』養老 孟司, 甲野 善紀著

    「だから僕は日本人として暮らす方が芸が要ると思っているのです。本当に難しいです。だからいわゆるグローバリゼーションがたいへんなのも、やはり芸が必要だからですね。それだけの芸があるかということを問われているような気がします。だから戦争するとか金を稼ぐということでは、日本の共同体は有能だということを証明してきたわけですよね。負けるには負けたけれど一応戦争はこなしてきた。バブルで経済も一応はこなした。問題は、その先です。だから生き残るというのが何を意味するのか、ということでもあるわけです。」

    —『自分の頭と身体で考える (PHP文庫)』養老 孟司, 甲野 善紀著

    「それは危ないものを封じ込める智恵なのでしょうね。解剖も全く同じですよ。出てきた時はものすごく胡散臭いはずなのです。  だってベサリウスには処刑場の骨を盗み出したという逸話が残っている。それこそ医学における古武術みたいなものです。本当に古流という感じです。だから基礎医学では一番古い流派だって言って威張ってるわけ。けれども、どこかで今では解剖なんてもう仕事にならんと思っている。僕が方法論を学べばいいんだよって言っても、おそらくもう分からないと思います。  古くなってくると、こうなっちゃうんですよ。だから解剖やってる当人たちにしてみれば「今の専門化していく世の中で、俺どうなっちゃうんだよ」ってなる。もうどっち行っていいか分からなくて、お手上げ状態になってるんですよね。解剖の世界も一種の修行ですから。」

    —『自分の頭と身体で考える (PHP文庫)』養老 孟司, 甲野 善紀著

    「 何度も言いましたが、あくまでも私自身のためにやっていることが、より真剣であればそれは、結果として、他の人たちの参考にもなるでしょう。それが自然だし、それで十分だと思います。時には人のために命を張ることもあるかもしれませんが、それもあくまでもそのことに自分が充実感をおぼえるからでしょう。」

    —『自分の頭と身体で考える (PHP文庫)』養老 孟司, 甲野 善紀著

    「昔だったら出家遁世で、山へ入って塚原卜伝じゃないけど鍋蓋の試合でいいわけですけれど、今はどうもそういう時代じゃないから、どうしたものかなと思っています。東南アジア、たとえばマレーシアの田舎にでも引っ込もうかと、しょっちゅう思うのですがね。  思い切って個人になってしまうのなら、それはそれでいいわけですし、面白いと思うんです。別に僕が出家遁世したからって、世の中がどうなるわけでもありません。さっさと閉会の辞を述べて、述べなくてもいいんだけど、一種の蒸発ですね。」

    —『自分の頭と身体で考える (PHP文庫)』養老 孟司, 甲野 善紀著

    「今回はこれだけ現在の日本の共同体に対して辛辣な発言をされたのに、それでも全く品が悪くならないというのは、言ってみれば毒舌がその人個人のうさばらしではないからでしょうね。  現代の武道界に、養老先生ほどの品のある人がどれだけいるか。武道界に限らないかもしれないけれど、いわゆる剥き出しの権力欲みたいなものが見えてしまうというのは、はっきり言ってやはり品が悪いです。品の問題というのは共同体の洋の東西を問わず、人を観る上で重要な要素だと、私は思います。剥き出しの我欲が絡んでいるのは、どうしても絶対に品が悪くなります。  私は人間の価値の中で品格の問題というのは、とても重要だと思います。この品は付け焼刃ではできませんから、隠していても必ずどこかに現われます。養老先生はこれだけ過激な話をされたのに品が全然崩れない。人としての風景のいい、あらためて見事な方だな、と思いました。」

    —『自分の頭と身体で考える (PHP文庫)』養老 孟司, 甲野 善紀著

    「たぶん僕が損得でものを言っているのではないからですよ。僕がいわゆる反体制が嫌いなのも、体制を糾弾しているようで、それがどこかで自分たちの利害と関わっているように見えるからなのです。そうするともう汚いし、情けない。」

    —『自分の頭と身体で考える (PHP文庫)』養老 孟司, 甲野 善紀著

    「養老さんとはスキー場で知り合った。といっても、スキー仲間というわけではない(いや、実際、一緒にスキーしたこともある)。新潟の A RAIというスキー場で毎年やっているシンポジウムで初めて同席させていただいたのである。わりと低めの小さな声で、しかもかなり早口でしゃべるので、最初は何を言ってるのか全然わからなかった。ぼくも江戸っ子でかなりの早口だったので、かつてはよく聞き取れないと文句を言われたものだが、その比ではない。しかし、養老さんには誰もが一目置いており、また、そのしゃべり口調にもかなり慣れているらしく、その周囲にはつねに笑い声が絶えなかった。みんなが笑っているのに一人わからないのも悔しい。それで、他の人はともかく養老さんが話すときだけ必死に耳を傾けているうちに、だいぶ聞き取れるようになった。もしかしたら、これも養老さんの作戦なのかもしれない。とにかく、あまりまじめな話をした覚えはないのだが、幾度かマージャンをやったことがある。奥様ともお嬢さんともやった。連日四、五時間にわたるシンポジウムの後で朝までマージャンをやるのはぼくらだけだった。奥様の話だと「お仕事しているのかと思って部屋をのぞくと、いつもテレビゲームをやっている」とのこと。その一点でぼくは養老さんにすごい親しみを覚えるようになった。」

    —『自分の頭と身体で考える (PHP文庫)』養老 孟司, 甲野 善紀著

    「ぼくのように海外調査ばかりやっている人間の中にも、本当の観察ができる人間はほとんどいない。そうした観察眼はそう簡単に身につくわけではない。しかし、養老さんは別格である。さすがに解剖学者にして昆虫採集の名人だけあって、目がつねに細部にまで行き届く。ただ読んでいるだけでも、その光景がくっきりと浮かんでくる。見事としか言いようがない。」

    —『自分の頭と身体で考える (PHP文庫)』養老 孟司, 甲野 善紀著

    自分の頭と身体で考える 甲野善紀 養老孟司

    まさにまさに。ルールと慣習に縛られたスポーツ。師は、弟子に技を伝承する。本来、守破離で技を磨いていくものなのに、村の権威に胡座をかいてしまうことは悲しい。
    愚直に関心を集め続けることができる姿勢を美とすることが日本の一つの美だと思う。

    「養老  歴史学は書かれたものに基づいて書きます。それをラテン語ではファクタ =ディクタと言う。「書かれた事実」という意味ですね。いまの言葉で言えばインテリジェンスで、書かれたものから判断していくのです。新聞を読んで、その裏に何があるかということを判断していくのと非常に近い作業です。  それとは違って、モノに基づいてやるのは考古学です。これは歴史とは違うのです。日本ではその考古学が学問として体を成していない。それが、例の「神の手」の事件でばれてしまった。  僕は、歴史学は文献学だからだめだと言うつもりはありません。でも、文献学には文献学の限度があります。にもかかわらず、モノの視点を持った歴史学はほとんどない。一生懸命やる人はいるけれど、なかなか一般的ではないところがあります。」

    —『本質を見抜く力―環境・食料・エネルギー PHP新書』養老 孟司, 竹村 公太郎著

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    2026年03月28日
  • 上達論 基本を基本から検討する

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    上達にむけ失敗に対しての考え方として、失敗を受け入れる環境を作る、失敗の結果をただ結果として受け入れる。失敗の結果が恥ずかしい、となるのは、結果を「期待」や「心配」といったフィルターにかけているから、この考え方を根本から治す必要がある。様々、基本的な考え方をリセットしてくれた。

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    2024年05月12日
  • 上達論 基本を基本から検討する

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    久々に武術書を読みました
    とかくカタカナで語られていそうな内容が
    日本語で丁寧に書かれていて腑に落ちる内容でした
    武術を極めようとされる方だけでなく
    何かを探究して深めたい方全てにお勧めしたい本です

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    2024年02月08日
  • 自分の頭と身体で考える

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    とても難しい本だった。2回読んだけどまだわからない…
    とりあえずは…我欲を捨てられれば品が良くなれるのか?

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    2023年12月14日
  • 「筋肉」よりも「骨」を使え!

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    読書録「「筋肉」よりも「骨」を使え!」5

    著者 甲野善紀、松村卓
    出版 ディスカヴァー携書

    p70より引用
    “甲野 やっていることが面白くて、希望が
    見えてくれば、普通以上に稽古しても身体は
    平気なものなんですよ。身体が壊れるという
    ことは、嫌なことを無理してやっているから
    です。「これはおかしいよ」と身体が示して
    くれているのに、それを我慢して延々とやっ
    ているわけですから、どう考えても馬鹿げて
    いますよね。”

    目次より抜粋引用
    “常識を根本から疑ってみる
     ここ一番の力をいかに出すか
     窮屈な社会で自由に生きる
     日本人の潜在能力を取り戻す
     スポーツから日本が変わる時”

     師弟関係にある武術研究家とスポーツトレー
    ナーによる、身体の使い方や動かし方とそれ
    に伴う考えについて二回の対談をまとめた一
    冊。
     スポーツと科学の関係性の歪さからすぐに
    できる「骨ストレッチ」まで、生物が生きる
    上で必ず向き合う自分の身体との付き合い方
    について示唆に富む語り合いが記されていま
    す。

     上記の引用は、いじめや体罰が起こること
    と稽古の行き詰まりなどについての甲野氏の
    意見。
    夢中になれる事をやっていれば、他人にかまっ
    ている時間は無くなるものですよね。人をい
    じめに行く時間があるなら、面白くできる他
    のことを探すようにして欲しいものです。
     今主流となっているトレーニングを否定す
    る気はありませんが、大人数で大声で喧伝さ
    れている物事が正しいかどうか、自分に合う
    かどうかは、自分で確かめるしかないものな
    のかもしれませんね。
     スポーツに限らず、身体を使う機会が多い
    人には、参考にする知識を得る入り口として
    良い一冊ではないでしょうか。

    ーーーーー

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    2021年10月08日
  • 上達論 基本を基本から検討する

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    ネタバレ

    武術の本ですが、あらゆることにあてはまる内容でした。現実をそのまま受け取り、余計なことをしない。自分自身の偏見や癖も自分自身の一部になっていてそこに依存をしている。そこから抜けだすには絶対にできることから徐々に「許し」の訓練を行う。など自分自身にあてはまり、試してみようと思いました。

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    2020年08月09日
  • 古(いにしえ)の武術に学ぶ無意識のちから - 広大な潜在能力の世界にアクセスする“フロー”への入り口 -

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    実践からの真理に満ちた対談でした、
    自分自身で試して、原理を追求
    する姿勢を持ち続けたいと深く
    思います。

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    2019年08月24日
  • 「筋肉」よりも「骨」を使え!

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    骨ストレッチ
    聞き慣れない言葉を職場の先輩に聞いて即買いしました。
    中身は古武術から日本人に合う身体操法という感じでしょうか。
    僕も合気道をしていたのである程度の意識はありました。
    ただこの本だけではやり方がよくわからないのでやり方の本を次は読みたいと思います。

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    2017年08月30日
  • 武術と医術 人を活かすメソッド

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    目からウロコ、というか我が意を得たり、というか。
    総合的に武術を捉えて実践する甲野氏と、
    統合医療で体を見ていく小池氏の対談。

    細部を合わせても全体にはならない。
    最善はわからないが、善は一つではない。
    万人に通用する策はなく、その人の状況に応じた対応が必要。
    現代はどうしても二者択一をせまり、原理主義に陥りがち。
    「正しい」ことが権力主義へと繋がってしまう。
    最初は新しい方法を取り入れるつもりで話を聞いていても、
    途中で自分の築いていた指導が覆ることに抵抗を感じはじめ、
    目の前で見たことを、受け入れようとしない。
    医療の世界・スポーツの世界においても、
    利害やらプライドやら、クソつまらないものが足かせになって
    とりあえずやってみる、という簡単なことですら動くことが出来ない。
    いいものは取り入れる、
    理屈はまだなくても「そうなる」ことを受け入れて研究する、
    そういう柔軟さを持てば、いい方向に向かっていく。
    全体を把握することで、分断されて分からなかったものが、つながって見えてくる。
    全編、無駄なく刺激に満ちた一冊。

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    2016年02月11日
  • 「筋肉」よりも「骨」を使え!

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    後期高齢者への筋トレを指導しています。
    「誰でも速く走れる骨ストレッチ 」が初めです。
    自分でも取り入れてなんか良いようです。
    高齢者にも指導しています。
    ただやってみて、見せて、それからでもうまくできないのだよね。
    あせらず少しずつやっています。

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    2014年11月02日
  • 「筋肉」よりも「骨」を使え!

    Posted by ブクログ

    すごい本だ!
    自分が抱いていた「世界」がものの見事に
    覆されていく、このような思いをするのは
    滅多にないことだ。
    「骨ストレッチ」エクササイズなど、
    日常生活の向上につながるエクササイズも
    紹介されているので、学んで、
    ぜひ活用していきたいと思う。

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    2014年07月20日
  • 武術と医術 人を活かすメソッド

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    予想外に糖質制限の話が何度も出てきたのが象徴的だった。
    健康とはどういう事か。現代の健康ブームに警鐘を鳴らす。

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    2014年05月19日
  • 薄氷の踏み方 時代に塗りこめられないために

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    お互いが畏友として認め合っている二人だけに、対談の内容がどんどん発展していくスリリングな読み応えになっている.
    甲野善紀の考え方、哲学をこんなにうまく引き出せるのは名越氏しかいないのではないか.
    二人の内面、哲学が惜しげも無く表現されていて両者のファンである自分にはとってもお得な本でした.

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    2012年10月23日
  • 古武術に学ぶ身体操法

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     この本はきっとヒントなのだと思う。
     自分が正しいとか、古武術を取り入れれば健康になるよなんてことは書いてない。

     ただ、甲野善紀さんがこれまでの独自に学んできたことの研究報告のようなものなのだろう。だから、もしかしたら数年後にはまったく正反対のことを言っているかもしれない。

     だけど、そこにはまったく矛盾はなくて、この本を書いた時はこれが甲野さんにとっての現時点での答えなんじゃないだろうか。

     当たり前にあるものに対して疑問を持ち、自分なりの仮定を持つ。
     旺盛な好奇心をもって様々な工夫をこらしながら、答えを導き出し、しかしてその答えに決して固執しない。
     常に疑問を持ち続ける姿勢が素晴らしかった。

     答えを求めれば求めるほど泥沼にはまってしまうし、「これ!」という答えを得た時にそれに縛られてしまうんだ。

     体に関する本なのに、なぜだろう感動する。

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    2012年04月28日
  • 薄氷の踏み方 時代に塗りこめられないために

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    なんば歩きで有名?になった古武術家の甲野さん、精神科医の名越さんの対談集。どちらもテレビを見ていていいな、と思った先生方だったので、気軽に読んでみたが、そういう見方もあるのかとなかなか面白い本だった。

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    2012年02月06日
  • 武道から武術へ 失われた「術」を求めて

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    「人間の運命は決まっているのか? いないのか?」

    「人間にとって、自然とは何か?」

    この問いに対する甲野先生の取り組みが俯瞰でわかります。

    何となく、文章が丸くなってきた気も・・・・・。

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    2011年08月13日
  • 薄氷の踏み方 時代に塗りこめられないために

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    二人の対談はとても刺激を受ける。

    自分の我欲を追い求め続けると、それを手にしたのちに、人生の貯金を使ってしまう…自分の人生と照らし合わせてみても、なるほどと思う。自分の我欲だけでなく、人に施すことも考えないとなあ。

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    2011年04月19日
  • 自分の頭と身体で考える

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    ・視点の同時並行処理と支点の複数あること(支点を消すこと)の自由
    ・丹田に支点を置くと全身がうまく強調的に動いてくれる
    ・その人がその人であり続けるのは美意識
    ・都市化してくると起こる出来事が人間のせい意外考えられなくなってくる
    ・日本語の特殊性(意味の二重性)。日本人として暮らす方が芸がいる
    ・効率のいい動きは安易な動きを一度解体して再構築すること
    ・研究法、稽古方は何を不自由にして、何をやりやすくするかという設計

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    2009年10月04日
  • 表の体育 裏の体育 日本の近代化と古の伝承の間に生まれた身体観・鍛練法

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    甲野善紀著、PHP文庫を読んだ。いつもの僕の読書ジャンルからは外れるのだが、前から「巨人の桑田投手が身体観や鍛錬法を師事していた武術家」ということで甲野氏は知っていたし、患者さんからもこの人の書いた本が面白いと言われていたので、伊勢市駅前の本屋でバスを待つ時間で買った。

     “表”を科学的、西洋的、論理的であり、“裏”は非科学的、東洋的、非論理的と捉えて頂いていいと思う。甲野氏は武術による体の鍛錬はウエイトトレーニング等による筋肉のパワーアップなどに代表される科学的な表の体育ではなく、丹田といった非科学的な存在を体感してそれを活用する点を持つ裏の体育と表現している。

     医療の世界で見てみれば西洋医学は表の医学であり、各種民間療法、健康法、鍛錬法は裏の医学と言える。

     甲野氏は書く。「裏の体育である民間健康法と表の体育である医学との大きな相違は、裏の体育では精神心理作用を最大限に活かして使おうとするのに対し、表のほうではこうした精神心理作用はあまり積極的に研究しようとはしていないように見受けられるということである」

     また裏の体育のルーツとして「霊術」という言葉を出している。この言葉は今でこそ聞かれないが戦前、特に大正時代と昭和初期には今のヨガや太極拳ほどに知れ渡っていた言葉らしい。
     霊術と呼ばれたものには加持祈祷、催眠療法、気合術、自律調整法、静座法、座禅、呼吸法、暗示、テレパシー、鎮魂帰神法、手かざしなどが含まれるようだ。
     僕のしている治療法はまさにここでいう裏の体育、医学というわけだ。

     本はまた、肥田春充がつくった肥田式強健術と肥田の思想といういわば表と裏の体育の間をつないだ身体観・鍛錬法を詳しく解説しておりそれも興味深かった。また地球環境のことや私達の便利な生活への批判、自然保護の重要性、ブナ林の重要性なども説いており、武術家だから自分とはまったく関わりがないだろうと思っていた甲野氏の思想がほとんど僕と似ているところに驚きもした。

     癌の食養生の姿勢に参考になる文を挙げてみる。
     「裏の体育の本質は技芸、芸術の領域にはいっており、その人の生きるセンスの日常化、生活化とでもいうことに本領があるのであって決して単なる表面的、物理的健康を追求しているのではないということを頭に入れておく必要がある」

     「したがってたとえば食物の場合、頭の知識で体に良いか悪いかを判断して、まずいのを我慢して食べているようではあまり意味が無いのであって、体にとって有益なものが食べたくて食べるようになるのでなければ、本来の体育の意味は無い」

     体を治すために玄米菜食をするというだけは治りきらない、玄米菜食というスローフード、自然に、環境に、霊的に負担の軽い食事スタイルを積極的に、嬉しがって選択しない限り本来の治療に結びつかない、と言っていると捉えたい。

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    2009年10月04日