甲野善紀のレビュー一覧
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古武術に学ぶ身体操法
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試し読み
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ネタバレ弟の紹介で知った甲野善紀。
youtubeの動画で語っていた武術という観点からの身体操作術に非常に共感した。今僕が最も学びたいまたは感じたい、身体というものをテーマとした著書が数多くあるのでこの他にも読んでいきたい。
本書なかでも最も気になることは、おそらく甲野善紀さん自身とても大切にしていらっしゃる考え方だとは思うが、それぞれの細胞が小魚の群れのようにバラバラと動くということ。今サッカーをやっている自分の中で体験としてその必要性を感じているものを本のなかで取り上げられていることに感動したし、その感覚をより真理に近いであろう人の言葉を通して感じることができ、それに対して自ら取り組んで行ける事に対してワクワクする。 -
古武術に学ぶ身体操法
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試し読み
Posted by ブクログ
今日の古武術ブームの発端を築いた甲野善紀が、自身が古武術に興味を持ったきっかけや、近代武道と古武術との違い、桑田真澄選手や桐朋学園のコーチなどとの交流、人生観や文明観などを、平易な文章で書き起こしたエッセイ。
甲野善紀の本は、武道研究などの専門書、多分野の知識人との対談本、生活などに応用可能な古武術技法を解説したノウハウ本が多いが、この本は専門外の人じゃなくても誰でもが読みやすく、甲野善紀の思想がよくわかる本なのでとてもとっつきやすく面白い。
この世代の人が、古武術を発見するある種のジェネレーションの問題があることに気付かされることもある。1949年生まれとのことなので団塊の世代になるが、おそらく気風的にはその少し後くらいの感覚ではないだろうか。農学部出身ということもあるかもしれないが、自然農法のことが書かれていたり、バックミンスター・フラーに影響を受けた数学者の話が書かれていたり、既存社会への反抗というより疑いを持って、自分で確かめよう、というカウンター・カルチャーやヒッピー的な気風があるような気がする。
自分がぶちあたった人生の難題を解くために、禅の「無門関」にヒントを得たり、その具体的な方法として古武術にたどりついたり、日本人がすでに日常生活の中で日本人の伝統的な身体作法や心の訓練を失った後に、自分の体を通して、日本人の伝統や生き方を発見していく、というのが甲野善紀のたどってきた方法らしい。
そういう意味で、日本人がすでにかつての日本人でなくなった後の、日本人の伝統の再発見ということになるだろうか。外国人からの日本文化の発見ということではないが、それに近いものもある。だが、身体の中に伝統が潜在しているという意味で外国人とは少し違う。ただ、外国人や異分野の人にも影響を与える普遍性も備えている。その辺がとても面白いと思う。そして、冷戦の終焉や新しいグローバリズムの中で、日本人の文化を見直す基底となる発見であることは間違いない -
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「自分の頭と身体で考える」4
著者 養老孟司、甲野善紀
出版 PHP文庫
p212より引用
“変わるっていう現象はそれが良いか悪いかというのは、
その人個人の主観でしょう。”
解剖学者と武術家である二人の対談集をまとめた一冊。
1999年に同社から刊行された物の文庫版。
独自の視点を持って世の中を観察し、
分析・解説しながらの対談。
時に辛辣に時に穏やかなふりをして、
世の中の自称に対して意見しておられます。
上記の引用は、
何かを体験した事によって起こる変化に対する、
甲野氏の考えの一文。
今まで面白かった物が面白く無くなってしまうというのは、
私にも思い当たる節があります。
今面白いと思っている事はそのままに、
良い変化を自分に起こして行ければ、
幸せに生きていけるような気がします。
そんな風に上手く変化できるか、
出来た所で周りの人が歓迎してくれるか分かりませんが。
変わった視点で世の中を見たい方に。
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Posted by ブクログ
格闘家の甲田氏と精神科医の名越氏の対談形式で日本に起きている社会的現象を「身体」との関係において語るものです。
おカネとは、場の空気を読むとは、などいろいろなテーマが出てきますが対談なので内容はほかのテーマにどんどん飛んでいきます。お互いを知り尽くしているお二人ですのでお二人の間でしっかり理解されていて共有されているものを必死で行間から読み取る感じになります。
しかし、いろいろ示唆に富む内容ですので読みあきたり流れを見失って読む根気がなくなったりすることはありません。読み進めながら自分自身のこれまでの人生の密度や深さを問われているような感覚に襲われます。
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古武術に学ぶ身体操法
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試し読み
Posted by ブクログ
【要旨】
古武術と言っても、字際には創作武術。古伝を参考にして模索している。特定の古伝・流派を受け継いでいるわけではない。指導をするというよりも、共同研究をしている気持ち。
一流のプロ選手でも、古武術的に見れば、重心の処理の仕方一つとっても、手続きが掛かり過ぎる。武術はとにかく動きを省略したい。
西欧的な身体の動かし方はうねり・捻りの動きが特徴的である。うねりの欠点として、急ブレーキ・急発進とロスが多い。また、威力があるが、時空間に準備が必要ですぐに使えない。一方古武術では、例えばふっと膝を抜けばためになるし、自分の体重をそのまま使うことができる。「なんば歩き」は身体を捻らない動きで、曲がるときも、いったん足を踏ん張って捻って方向転換するのではなく、歩きながら突然足を払われたように、自分の側面に倒れるように向きを変える。こうしたことによって、筋肉の力や捻りによるためを使わず、自分の体重を使って、素早く方向転換することができる。
そもそも、力や速さを同じレベルで考えることが重要である。体力測定などでは、数値化されたものが、筋力によるものなのか、身体の動かし方によるものなのか分からない。動きの質を追求していくと、現代のトレーニングは筋肉が主であるのに対し、古武術では、骨(骨格)が主である。
【感想】
個人的にスポーツをする人間として、甲野氏の指摘するように、筋肉を主に運動してきたように思う。しかしながら、筋肉は衰えるものである。効率の良い動き方を考える際に、古武術を基礎とした動き方は非常に有意義だと思った。
【目次】
第1章 今に生きる古武術
第2章 古武術とは何か
第3章 技の術理
第4章 発想を育てる
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Posted by ブクログ
筋肉よりも骨を使えとは?
体の動きの最初は筋肉ではなく骨からだという事を書いてある本だと思った
筋肉を強くして点で力を使うより、人間の骨組みと各部位の繋がりを意識して線や面で力を発揮する
その為には筋肉を【硬めて】力の流れを遮るより、【緩めて】エネルギー効率を良くすべきでそれは理屈ではなく身体感覚を研ぎ澄ましてこそ使える技術であるということかなあ、と思った。
著者の甲野善紀さんは数年前に古武術を介護に使うという切り口の雑誌(NHKだったかな?)で古武術の第一人者という認識しかなかったが、最近YouTubeでだれつよ道場やイス軸、システマ、躰道、武術系の動画を見るようになって【身体操作】に興味があるので、改めて思い出して読んでみました。
当時は???だったかもしれないけれど、今読むと、なんとなくわかる感覚があって自分の生活にも活かせそうだなあと思います。
2014年の本ですがスポーツ=パワーだと思っている人は目からウロコだし、新たな視点で読める本だったな。
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Posted by ブクログ
読み終わった。
余計なことは考えず、流れに身を任せ、起きた事実に対して行動すると言う考え方はとても共感できたが、時折相反することを言い出すので、ここの出版社はもっと良い校閲者を雇えば良いのにと思った。
例えば『たとえ』『たとえ負け』『脳の飛距離』の章で「行間を読む能力」について書かれているが、この内容だと言葉が持つイメージは皆共通であることが前提になる。それって作者が伝えたい、起こっていることをありのまま捉える「アナログ情報」とは真逆なんじゃないの?
例えとして挙げられている「春の陽射しを母親の子守歌にたとえる」比喩は、母親が子守歌を歌う文化や経験がなければ、著者が意図している暖かいものとは結びつかないのではないか。
比喩というのは同じ文化や経験、偏見などのコンテクストを共有している人たちの間でなければ伝わらないもので、実際にある出来事を記号化、つまりこの著者が言うところの「デジタル化」した情報である。
共有しているコンテクストがない、伝わらない人もいるという想像力を欠いて「脳の飛距離」が足りてないというのはちょっと乱暴な結論じゃない?
あと、自然分娩を推奨する医者の話がちょっと出てきて、近代の女性は家事を機械に任せて身体を動かしていないので、拭き掃除をするといい云々と書いていた。自分だったら男からその提案されたらキレるなと思った。
ここに書かれていることが、基本的に何の不自由もなく身体も環境にも余裕がある人の理屈のようなので、余裕がない、そんな悠長こと言ってられない切羽詰まった人たちにはあまり向いてない。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ64歳でババナ→フロリダ横断を達成したダイアナ・ナイアド著の「対岸へ」を読んだので味わい深かった。
70歳になった甲野善紀さんが思うのは「最近の老人は」と思うらしい。彼が同年代以上で会いに行きたいのは野口裕之、養老先生、桜井章一、宮崎駿くらいらしい。
自分達には出来ない大きな問題を真剣に考え、いかに下の世代に託すか、人間が地球で自然に「生きる」とは何なのかと真剣に考えれば生きがいのない情けない老人にはなり得ないと言う。
彼が20代で悟った事「人間の運命は完璧に決まっていて同時に自由である」この言葉は4年間突然の癌罹患に苦しんだ筆者にとっては重い。
甲野善紀先生は70歳で「影観法」という我ならざる我という裏の意識を使った技が使えるようになったそうだ。凄い事を言うなぁと思ったのはイチローが50まで現役を続けると言ってたのに45で引退する事になったのは「どこかで自分は大したものだと満足した」部分があったからだと看破する。
甲野先生はアンチ筋トレ派である。筋トレは部分で身体を疲れやすくし筋肥大を目指す。弛緩から緊張へとグラデーションを速やかに全身を使うのが良い身体の使い方だがその使い方が筋トレでは身に付かない。必然性のない動きは身につかないとされている。
筋力、聴力、視力は衰える。だが身体の感覚、全体性、脳は多分一生成長する。この本を読んで残りの人生を身体の研究に捧げる事の決心がついた気がする。 -
Posted by ブクログ
武術家・武術指導者の方条さんという方が、師匠格である甲野さんの振る舞いにヒントを得て、物事の習得、上達とは何かについて検討し、解説されている本。物事を細かくスキルとして分解し、どう扱うかをマニュアル化して、理解させることで上達するという一般的なやり方を批判し、理解や解釈は後、まずは根本原理=体の原理を組み替えることから始めるべきと説く。レースをしながらマシンの改造はできないので。低負荷で低速で単純に行うこと、また思考の柔軟性を持ち続けること=許すこと、など。一理あると思いつつ、精神論に走りすぎのきらいも感じてしまうということは、私が未熟ということか。
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Posted by ブクログ
体調が絶不調の時に読んだ
骨ストレッチはめちゃ効く
・・・以下メモ・・・
★は自分が思ったこと
物理学の「三体問題」についてですが、私たちの思考は3つのことを同時に扱えないんです
→体の精妙な動きを言語で説明するのは根本的に無理
結果を出していけば理論は後からついてくる
→★これはその通り
■論文より先に結果が出る社会
「もう50年もしたら論文っていう形態はないかもしれない」(ロボット工学の教授)
→ロボットにしても、すごく精巧にできているものは、コンピュータシミュレーションを繰り返すなかでできてくる。なぜかわからないけれどこの形がいいっていう、ある種の自然淘汰みたいな形
→★面白い
■大事なのは固めるより緩めること
→筋トレは硬くなる
■鍛冶場の馬鹿力を出すには
大事なのは、先を占わない気持ち
■精神論は不要
精神を鍛える、向上させることに何も役立っていないのに、なんでそれを精神論って言うのか
→そもそもおかしい
→★確かに
■
「針金の同じ場所を何度も曲げたり伸ばしたりしたら、金属疲労で最後は折れてしまいますが、針金全体を曲げたり伸ばしたりしたら、ずっと長く折れないでいるでしょう?」
手のひらを上にしてから返したほうが身体の緊張がとれる
→★そうなのか
勝ち負けより、いかに極めるか、いかに生き延びるのかが本質
→★これは良い考え方、ノルマや出世を気にしない
→生き延びるということを考えたら、売上げが悪いくらいどうしたと、死んでしまったわけじゃないんだから何とかなるだろうと開き直れた
■
私の場合、いまある常識から違っていればいるほど、逆に面白いわけですよ。私の場合、別に何かの団体の名誉を背負っているわけでもなく、何のしがらみもないですから、自分が間違っていたとわかっても不都合なことは一つもないんです。
→★このマインドは見習いたい
→★立場や肩書きが人を不自由にする。非難されることを恐れない。
■常にオープンに
自分だけ特別なものを隠し持っていると、「人生の税金」として税を徴収される恐れがあります
伝えれば伝えた分、不思議とひらめく
■体育、国語、歴史でいい
算数も社会も理科も、歴史の中に全部入れてしまうんですよ。人類がどういう道具を発明し、どう暮らしてきたか、物語で面白く伝えるようにして、同時に火を起こすとか、薪を割るとか、農作業を手伝うとか、そうした人間の生活の歴史を体育の中で実体験させるようにする
■
イメージはきっかけだけです。もちろん、そのきっかけがなければ、家も建たないわけですからなくてはならないものですが、現場では建築家より大工さんの判断が重要になってくるわけです。
→ 大工さんが建築家の言いなりになるだけだったら、あまりいい家は建たないでしょうね(笑)。
→★SIも同じ。大事なのは現場で積み重ねる判断
内村航平「自分の中に小さな自分がいる」
→体の感覚をこう表現していた
→★やはり天才
■
物理でいう「慣性の法則」のようなものは心理的世界にもあり、今までの常識に反することに対し、それを起こさせまいとする力は潜在的に巨大なものがある。
→★こればいつも仕事で思う、最大の課題 -
Posted by ブクログ
このタイトルを読んで、意味を正しく受け入れられる人はほとんどいないのでは。読後でさえ、「マジ?」と思っている自分がいるのですから。
著者の甲野先生は古武術の権威、松村先生は骨ストレッチの考案者という組み合わせ。実は松村先生の骨メソッドは、甲野先生の道場に通いつめて創案したので、いわゆる師弟関係となる。
本書で、甲野先生が何度も繰り返しているのは、とにかく具体的な成果を示すこと。理屈では理解しがたい事象も我が身で体験すれば納得せざるを得ない。
ってことで、本書は具体例が肝です。紹介されるのは、体幹強度アップの「虎拉ぎ」「施段の手」、5種類の「骨ストレッチエクササイズ」は是非試してみることをおすすめします。
参考までに本書は2014年出版ですが、100m走の桐生選手がまだ10秒を切る前に松村先生の「松村メソッド」を取り入れ、2015年3月9秒87(追い風参考記録)を出し、2017年9月9秒98を記録しています。 -
Posted by ブクログ
一貫して「運命は完璧に決まっていて、同時に完璧に自由である」という考えが扱われている。
本来の理解とはずれるかもしれないが、
突然不幸や大きな課題に直面した時に、それを「運命」だと受け入れる。その上でどのように行動していくかというフェーズに移行する。それは、矛盾するようだが「運命」と「自由」を同時に受け入れた状態なのかもしれないと思った。
世の中、コントロールしようと思っても不可能なものも多い(時代の流れや、災害、他人の人格etc...)。それならば、それは「変えられないもの」だと割り切って、「それにどう対処/共生していくか?」を考える方が生産的だなと思った。