高橋璃子のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
「断る力」がずいぶん身についているのは、『エッセンシャル思考』を読んだおかげだったと思い出した。
まだ読んでない人は『エッセンシャル思考』を読むことをお勧めする。
『エッセンシャル思考』は、ダニエル・カーネマンの行動経済学を元にしている記述も多いので、『ファスト&スロー』を読むことをも勧めする。
(久しぶりにダニエル・カーネマンの名前を見て、彼の最期の選択について、また考えてしまう。)
「スタンフォード監獄実験」など、現在では否定されている理論も記載されているので、この本の全てを鵜呑みにできないけれど、『マンガでよくわかる〜版』は短時間で『エッセンシャル思考』の復習ができて、なかなか良い読書時間になった。
-
Posted by ブクログ
経済学が、女性という社会の土台となる「ケア」を引き受けてきた社会の半分を占める層を無視した学問として確立されたことを痛烈に批判する書籍。
女性を無視し、男性に関しても人間的な部分を無視し、徹底的に合理的で積極的で計画的で安定した「経済人」という架空の存在を作り上げ、社会の構成員が全員経済人であるという恐ろしいほどに現実離れした前提を置いて展開される理論が経済学である。そして、その経済学の従って世の中を捉え、動かした結果、リーマンショックに代表されるような経済の混乱と、恐ろしいほどの経済格差が生まれている。さらには、経済学はそうした状況すらも「経済人が合理的に選択し行動した結果である」と肯定する。
もはや、経済学の限界は明らかだ。
経済人モデルが削ぎ落としてしまった人間らしさを組み込んだ新たなモデルにより、真のフェミニズムに基づく社会システムが求められているということ。 -
Posted by ブクログ
何で読んでみたくなったのか忘れましたが、エッセンシャル思考がわかりやすく短時間で読める本でした。99%の無駄を捨てて1%に集中する、自分にとって必要なもののみに集中する「エッセンシャル思考」です。あまり%を意識する必要もないし、本で言われているような自分にとって90点以上のものだけやるというのも、何が90点かは人それぞれの自己採点。大切なことは「99%」を捨てるの言う割合ではなく、「無駄」を捨てると言う事。90点以上というのは、つまり流されてやっている仕事を見直すと言う事。
漫画の事例にクラス別音楽会で1組は3組に勝とうと努力しているのと対比として3組は音楽会を楽しむことがエッセンシャル思考として紹介されているのは違和感を感じます。勝負で勝つことも大事な事じゃないかな。なんか雰囲気に流されてしまう事例でした。 -
Posted by ブクログ
経済学が前提とする「経済人」ー合理的な選択をし続ける抽象的な人格ーはこれまで女性が期待され、抱えてきたもの、すなわちケアの観点が抜けている。そして経済学はケア労働を生産性のないものとして透明化してきた。
筆者はケアや共感、感情といったものが「個人の自由な選択」という名の下に押し付けられ、そして価値のないものとしてラベリングされてきたと指摘する。
最近は「女性活躍」の名の下に女性の労働参画が進んではいるものの、経済学が作り上げてきた男性中心社会に女性を「入れてかき混ぜれば」解決するわけではなく、そこでも結局ケアの問題が残る。
そのような「経済人」神話にしがみつく私たちと現代社会を皮肉を交えながら批判している。
私が仕事で関わっている国際的なジェンダー平等推進の場においてもケア労働の認識・評価・再分配の重要性が盛んに議論されている。介護や保育業界の給与水準が低いのはそれが政府によって決められており、女性が担ってきた仕事として軽視されているからに他ならない。私たちが「合理的に判断」したら誰もやる人がいなくなってしまうし、現にこうした業界は人手不足に苦しんでいる。賃金や待遇の改善は必至だろう。
でも給料の大半が保育料に消え、その給料を稼ぐために残業し、子供と遊ぶ時間もろくに取れないのだとしたら、それはそれで何のため?とも思う。
我が国でもワークライフバランス不要を唱える首相が就任し、同調する声も一定あるようだが、そろそろ次のステップに行かないといけないのでは?
1%しか勝者のいない強制参加の競争に参加してぶっ倒れるまで走るより、フツー人が仕事やケアをしながら思想や芸術、そしてユリの花を愛でる余白が持てる社会になってほしい。
そうなると鍵はやはり週休3日制やベーシックインカムになるのかしら。
さくっと読める割に自分の生き方や人生の選択についても考える機会をくれた良書でした。 -
Posted by ブクログ
ある程度裁量を持って働いている人向け。
むちゃくちゃ簡単にまとめると、ゆとりを持って仕事をするということ。
無理だろうと思っていたことが、少しできるかもしれないと思った。
・ホワイトワーカーにとって生産性という言葉には、一貫した定義すらないのではないか。
・スローワーキングとは、削減、余裕心地よいペースで働く、洗練クオリティにこだわり抜く
・やるべきことは減らせる。その方が成果は増える
・急いでいないときのほうが、脳はうまく機能する
・どんな軽いタスクでもかならず間接コストがかかる
・余裕があるうちは仕事を増やすというスタンスで働いていたら、仕事の負荷は常に危険域をさまよい続けることになる
・1日にひとつの目標にコミットする方が、ぶれずに着実に成果が出せる。多くのプロジェクトに手をつけて全部同時に進めるの効率的ではない
・多くの場合脳のリソースを奪うのは作業そのものではなく、タスクを記憶し、やらなければと気にかけ、忙しい中で時間を捻出するなどの、間接的な認知的負荷である
・上記の負荷を取り除くためには、同じ曜日、同じ時間、同じ場所で決まった課題に取り掛かり自動運転モードにする。リアルタイムの会話に置き換える。
・仕事を振る側に仕事をさせる。相手の手間を増やす。
・重要な仕事にたっぷりと時間を割り当て、時には集中し、時には休みながら、無理のないペースで働く
・心地よいペースに落ちつくための目安は、最初にこれくらいかかると感じた期間のちょうど2倍の期間で見積もる
・打ち合わせや電話など他人との予定は、1日の半分以下に抑える
・会議フリーの日を作る。何も予定を入れない時間を作る。 -
Posted by ブクログ
【熟考する時代がやっときた】
ついつい目先の業務に追われて、気づけば細切れな時間しか残っていない状況は往々にして起きます。
細切れ時間も合計すればかなりの時間を捻出することができますが、細切れ時間の場合、読書すらする気になりません。YouTubeを見るか、SNSを確認するなど簡単にできるものに手を出し、じっくり考えて行う行為は避けてしまいます。
じっくりと腰を据えて考えるにはその前に準備を行う十分な時間が必要になります。日々の生活にゆとりがないと熟考はできません。
例えば、じっくり1日かけて考えなければならない問題であれば、その前に最低1~2日のゆとり時間が必要で、トータルすると3日程度のまとまった時間が必要となります。じっくり考えるための1日だけを用意された状態であれば、この1日で熟考作業は行われません。つまり、何かよく考えて行う作業にはその作業に要する時間と同じぐらいの準備期間が必要となります。
人は狩猟採取民族であった198万年間考えるという行為を避けてきました。人は脳みそという考えるに適した臓器を持ちながら考えることを避けてきたのです。考えるという行為は膨大なエネルギーを要するうえに狩猟採取民族にはそれほど必要ではなかったといえます。それよりもエネルギー消費を抑えることの方が重要でした。
198万年もの長い歴史で考えないようにして、今になって考えろと言われても、そう簡単に体は変化しません。したがって、人は反射的に考えない方向へ行こうとします。
脳内にいつまでも考えなければならない事柄をおいておくことができない。それだけの耐久力がありません。
タスクが次から次へと降りかかる状況で、実際に脳みそが奪われるリソースはそのタスクにかかる作業そのものではなく、「やらなくては」と気にかけることに奪われているという趣旨が述べられていましたが、タスクが多数になってくるとそれが気になり1つひとつのタスクにかかる時間が長くなってきます。
あるタスクが適度な間隔をあけて訪れたときと、一気に訪れたときでは同じタスクでもそのタスクにかかる時間は一気に訪れた方が長くかかってしまいます。 -
Posted by ブクログ
捨てる勇気、手放す勇気、そこから始まる。目の前にあること全てをやるのではなくて、何を選択するか、何に集中するかということ。人生は限られた時間の中であり、全部やろうとしてもチカラは分散されてしまう。
悪くないこと、ある程度良いこと、って溢れているけど、最良のこと以外(ベター)を選択せず、ベストを選択するという、90点以上ルールは人生に取り入れていきたい。
それとクロノスとカイロス。時間の経過を主体的に捉えられるか?過去や未来ではなく、今に全集中できるか、しているか、ということ。マインドフルネス、瞑想的なコトになるけど、今を生きて、今やることに全力注ぐように時間を使っていきたい!