丸谷才一のレビュー一覧
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ネタバレ女子大生の皆さんと出会っていると、僕自身の無知もさることながら皆さんがモノを知らないことに唖然としてしまうことが多い。知らなくてもいいことかもしれないけれど、知っていたほうがいいことのひとつに文学史がある。
どの作品を誰が何時書いたか、そんなふうに要約されがちなジャンルだけれど、本来は違う。万葉集以来、ハハハ、大きく出ましたね、どれほどの書物が、この国において、文学の範疇として残されてきたのかしらないけれど、それが何故その時代の、その人物によって書かれたのか、そう考える所に文学史の意味があるのであって、そこが文学史の「史」たる所以というものだ。
文学を文化現象として捉える為の文学史。
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丸谷才一 「 輝く日の宮 」 源氏物語の謎解きと共に、源氏物語という時代小説に隠された 人間の意図を 小説の随所に組み込んだ内容
源氏物語論だけでなく 文学論まで飛躍していると思う。文学=国家からの自立であり、風雅
著者の源氏物語論
*紫式部の生活と夢としての源氏物語〜源氏=藤原道長→女達=紫式部。安佐子と長良
*アジール論としての源氏物語=逃亡者を保護する領域(社会逃亡者を保護する社寺)
*反体制としての源氏物語〜国家=天皇、藤原氏。反国家=左翼、共産
*風雅や御霊信仰と結びつく源氏物語=松尾芭蕉
紫式部の生活と夢としての源氏物語
*源氏=藤原道長→女達=紫式部
*紫式部と藤原道長との -
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題名の『たった一人の反乱』は絶妙。誰かの個人的な決意とそれと独立した誰かの決意が相乗的に重なり、ユーモラスながら何処か悲哀に満ちた物語を紡ぎ出す。この「反乱」とは自我の芽生え、悪く言えば自分勝手な主張といえよう。
作品自体は中盤まで非常に退屈。しかしながら半分か三分の二を超えたあたり、ツルのある決意から物語は面白くなってくる。本作品を読むと赤塚不二夫氏の漫画を思い出す。学生運動や授賞式のくだりなんか、もうわけがわからない。散漫にして奔放。なぜこういうプロットになるのか。理解に苦しみながら、またそれが面白い。丸谷氏の魅力はこのナンセンスさにあるのかもしれない。 -
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・池澤夏樹=個人編集「日本文学全集 02」(河出書房新社)は 池澤が「初学者に向けた和歌入門のつもりで編集した。」(池澤夏樹「解説」419頁)書である。折口信夫「口訳万葉集」、小池昌代訳「百人一首」、丸谷才 一「新々百人一首」の三作を収める。和歌入門といふだけあつて万葉集から勅撰集までといふ、正に和歌といふにふさはしい時代と作品を扱つてゐる。実際に歌 を詠まないのならば、これで十分である。折口のはいささかぶつきらぼうであるが、他は丁寧に解説し、小池はすべてをきちんと訳す。丸谷は必ずしも訳すこと をしないが、その内容は多岐にわたる。そこから自然にその歌の意味も見えてくる仕掛けである。ただし、折口
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反乱。それは秩序への反逆。あるいは自由への疾走。あるいは理由なき破壊衝動。あるいは……滑稽な喜劇。
登場人物の一人ひとりが引き起こす滑稽な反乱はカーニバル的であるが、その中から期せずして市民社会の中に潜む欺瞞が一つひとつ暴かれていく。しかし、市民社会が欺瞞に満ちていることを認めた上で、それに代わる新しい社会は構想しえないのだから、この市民社会を大切にしていこうとする主人公のセリフは、時代背景(本書刊行は1972年)を考えると、著者の当時の学生運動に対して向けられた言葉でもあるのだろうと思う。
だが、当初は人一倍体裁や世間体を気にして臭いものに蓋を閉め続けていた主人公が、終いには囚人を利用す -
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分量は多いけれど、おもしろくて読むのが止まらない。
20年前の作品であるにしても人物造形や会話などが古めかしくてちょっと現実離れしたところもあるし(それが丸谷才一らしいところでもあり)、筋書きそのものは話が大きすぎたり予定調和的なところもあるのだけれど、背景を貫く贈与論を中心とした日本の社会や民俗についての考察、新聞社論説室の仕事や裏の人間関係のくわしさ、登場人物の会話に登場するさまざまなゴシップや雑学がおもしろくて(そこが丸谷作品の真骨頂)、ついついページをめくってしまう。
森鴎外が大した筋書きじゃない『即興詩人』を雅文体でくるんで読ませるように、丸谷才一は知的好奇心という包み紙で読ませるの