ある日、宮坂社長から「お前、これ読んだかー?最高だぞー」と言われて借りた本。確かにこんなに元気が出て、こんなにホロリと来る評伝も珍しい。そこはかとなく味わい深い。
個人的に日本は、格闘技とエロと釣りのレベルが世界的に見ても最高だと思っているが、これは、エロの中でもAVという特大ジャンルの文法や所作
...続きを読むの大半を一人で作り上げた男の話である。作者は遠く80年代前半、ビニ本時代から村西とおると仕事をしていた人であり、途中で何度か村西についてのルポを書き、あしかけ30年で集大成的評伝を書いたのだからすさまじい力作である。こういう毀誉褒貶、浮き沈みの激しい人物はかなりの長期スパンや経年で書かねば全体像が浮かび上がってこないのだが、まさにこの30年と言う期間はそれを可能にしたように思う。
本は、評伝の定石どおり村西の生まれた環境から入る。極貧の福島時代、一攫千金を夢見て上京、唯一のサラリーマン時代である百科事典のスーパー販売員時代、そして教育業界に志を立て、英会話学校を開校したりインベーダーゲーム機で起業した時代など、後のDVDパンツ一枚ではなくスーツ時代の知られざる村西を描く。そしてついに、新宿歌舞伎町で飲んだ後にたまたま見たビニ本屋での熱気をみて、それを文化格差のある北海道に持ち込むことを着想してから、90年代前半のバブルが終わるまでの村西の"狂気のエロビジネス時代"が幕をあけるのでる。
ビニ本で流通革命を行い圧倒的な全国シェアを握った村西は、それを地下化させ、裏本王となる。が、そこで敢え無く逮捕、無一文に。裸一貫で出直した東京には、当時、VHSのビデオデッキが普及し始めていたのだが、圧倒的なソフト不足。「新メディアはエロから始まる」の鉄則どおり、ポルノビデオが出回り始めていた。そこに目をつけた村西は西村忠治氏をスポンサーとして伝説の「クリスタル映像」を立ち上げる。(村西の本名は草野であり、クリスタル映像で監督業を開始した草野は、西村氏へのオマージュとして名前を逆転させて、"村西"とした)最初は監督の才覚が発揮されず、海外ロケ等予算はかかるが内容は酷評の作品群を量産するが、ふとしたきっかけで、その後、"駅弁"や"本番"と並び村西の象徴である"顔面シャワー"の嚆矢となるような映像が撮れ、それが飛ぶように売れたことに着想を得て、以後、ユーザーファーストな映像つくりを体得し、勃興するAV業界でシェア40%を握ることとなる(なおこの時には「ダイヤモンド映像」を起業していた)
途中数度の逮捕騒動や黒木香等のスターの輩出を経て、狂乱のバブル時代に突入。文字通り金と女を自由自在に操る村西は全盛期を迎える。その時の狂気の沙汰は本書に詳細に描かれている。日本が唯一一度だけ経験できた時代の空気だろう。
そして、その後の落ち込みぶりもハンパなものではない。公称借金50億円を自己破産せず、いまだに返済をし続けている村西は悶絶の苦しみの連続。最終的には借金苦がたたって、自殺や病死の淵をさまよう。禍福は糾える縄の如し、個人的には不幸のどん底であったが、この間にAV女優と再婚、長男が生まれ、貧乏だが愛のある幸福な生活も同時に送ることになる(なお、この子供を慶應幼稚舎?に入学させるところのくだりは本当に感動的である)
この評伝を読んで思うことは、現在68歳の村西とおるはまさに団塊の世代の象徴的人物であり、団塊世代が多かれ少なかれ経験している人生の歩みを極端に、グロテスクに、お下劣に、でも味わい深く表現しきったのが村西とおるの人生であろう、ということである。戦後日本の青春が全て詰まっている評伝、そして戦後生まれた最大の文化産業の勃興を感じ取れる作品として実に興味深い内容となっている。これからがんばりたい、いま落ち込んでいる人などにはぜひ読んでもらいたい作品である。