山崎豊子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
読んだ本 白い巨塔1 山崎豊子 20250526
ちょっとびっくりしたんだけど、山崎豊子の本って「沈まぬ太陽」以外読んでないんだ。ドラマとか映画でさんざん観てるから読んだ気になってたけど、自分のことながら意外。
で、もう何回も読んだような気がする白い巨塔を読み始めたんだけど、いや、本当に面白い。何も始まらない最初の数ページから面白いってどういうことなんだろう。登場人物の全てが灰汁が強くて権力闘争に明け暮れ、昭和的善人が踏みつけにされるだろうって予感のする話の進み方が、お決まりのようだけどのめりこんじゃいますね。
主人公の財前なんてピンチに陥るんだけど、全然肩入れできない。だのにどこか権力闘争の真っただ中に自己投影しちゃったりする不思議。山崎豊子の魅力ですね。
なんか、最近のお気に入り作家のルーツってみんな山崎豊子ってことに気が付きました。 -
Posted by ブクログ
最後は結局、中国人であると自分のことを思うんだと言う感想。日本人であっても、その地で様々な試練を乗り越え、様々な人に出会い形成した人生は、そう簡単には覆らないんだと強く感じた。昼顔すと、そのような状況に陥る一心のような人を生み出した。戦争の残酷さも身に染みて感じた。血の繋がった本当の父親、自分の命にも変えて育ててくれた。中国の父親のどちらを選ぶかと言う選択を迫られる一心の辛さが、身に染みて感じた。
コールを立てる工程の描写については、自分の今の仕事上も、のような思いで建てられた頃なのかと思うと、鉄鋼業に対する見方がかなり変わったように思える。一方で、このようにして、日本が技術供与した中国の製鉄技術が、世界中を不況に陥らせている事はなかなか興味深いと思った。また、中国の社会の汚いところや、素敵なところ、中国人と言う国民の人柄についても、話の中に入り込むことで、より理解を深めることができた。 -
Posted by ブクログ
この本を読んで、さまざまな思いが湧いてきました。
正直に言うと、私は里見先生にあまり共感できませんでした。
一見、誠実で患者想いに見えますが、患者自身の意思を置き去りにしてまで、自分の理想とする医師像を押しつけているように感じたのです。それが、私には偽善のように映りました。
一方で、財前教授もまた、手術の腕は確かでも、人として相手を敬う気持ちが欠けており、尊大な人物に見えました。
法廷シーンや、当時の医師たちの過酷な労働環境など、医療をめぐる社会的な問題が描かれており、考えさせられることが多くありました。
登場人物の中で、私が一番好感を持てたのは大河内教授です。
彼だけが「公正さ」というものを真に持ち合わせていて、その姿がとても印象的でした。
同時に、自分の中にある「事なかれ主義」や「甘さ」にも気づかされました。
正義のために私財を投げ打つような行動は、自分にはできない。だからこそ、この物語はそんな自分を問い直させてくるようにも感じたのです。
次巻がいよいよ最後。
読むのが辛いけれど、それ以上に楽しみでたまりません。 -
Posted by ブクログ
ついに航空史上最悪のジャンボ機墜落事故が起こり、生存者の救助、墜落機の回収と事故原因の調査がはじまる。乗客乗務員、計524人のうち、生存者は4名、250名の死者が出た。被害者遺族への補償交渉、国民航空による説明、事故機を製造したボーイング社の対応。遺族をはじめとする、現場で亡くなった人々と向き合った人間と、そうでない人々との間の温度差に、40年経った今でも、読むと怒りを覚える。
この期に及んで、まだ体面を保つため、補償交渉に少しでも早く移ろうとする動きや、遺族間が団結することを避けようと、露骨に横の繋がりを切ろうとしてくる会社の動きは、今の感覚としては信じがたい。会社の心理は、今の社会ではどうなっているのか知りたいことでもある。
そういった中、9歳の息子を事故で亡くした美谷島邦子さんが、被害者遺族の会「おすたか会」を発足しようと決心して、実際に発足までに至る様子が、一番印象的だった。
遺族同士の連携が妨害される中、遺族の一人一人に連絡を取り、入会書を作り、会報の準備をし、情報交換会を開いていく。他の遺族たちも「おすたか会」の存在を新聞の端の小さな記事が見つけて、連絡をとってきたりする。ネットのなかった時代、一度、別れてしまった人たちがつながることへのエネルギーはどんなものだったのだろうかということは、想像を広げるしかないが、途方もないことだったのだろうと思いながら読んだ。
そして、最後は、そういった遺族の会に参加することもなく、補償交渉をすることもなく、四国八十八ヶ所の霊場へ遍路の旅に出る坂口清一郎の姿で終わる。
先日、日本航空の「安全啓発センター」に行ってきた。「安全啓発センター」は、今なお航空史上最悪のジャンボ機墜落事故「JAL123便墜落事故」の記憶を風化させないために、社員研修用に作られた施設であるが、予約制で一般公開もされている。係の案内では、JALの安全研修の基本理念として、「三現主義」を大切にしていると説明していた。「三現主義」とは、「現地(事故現場)」、「現物(残存機体、遺品など)」、「現人(事故に関わった人)」を大切にするという理念で、その原因究明や遺族への対応として、この三つを忘れないようにすることだという。
事故機の一部や遺品、揺れる機内で書かれた遺書、遺族の方が調査終了後も山に登り集めた破片。記憶に焼きつくようなものがたくさんあった。
センターには、資料室も併設されていて、被害者遺族の会「おすたか会」の会報や、遺族がその後に書いた絵本や小説といった作品、事故資料も読めるようになっている。
資料室を見ているとき、『沈まぬ太陽』を探していたが、見つけられなかった。見落としがあって、もしかしたら置いてあったのかもしれない。
『沈まぬ太陽』の冒頭には、こう書いてある。
「この作品は、多数の関係者を取材したもので、登場人物、各機関・組織なども事実に基づき、小説的に再構築したものである。但し御巣鷹山事故に関しては、一部のご遺族と関係者を実名にさせて戴いたことを明記します。」(p8)
この作品は、JALの言う「三現主義」にどのように適う、あるいは適わないものなのだろうか。山崎豊子は、徹頭徹尾「小説的に再構築したもの」である立場を貫いている。
最後の坂口清一郎の姿は、おそらく、現場にも、現物にも残らず、現人としても、もう出てくるものではないのだろうと思う。なぜなら、坂口は、息子夫婦と孫三人、妻も亡くし、社会とのつながりを自ら絶って、遍路の旅に出た。どんな補償をもってしても、どんな裁判をもってしても、償うことができないものがあることを知るのは、「恩地」の他に誰もいない。それは、まさしく小説でしか描けないものだと思う。
現場も、現物も、現人も伝えていない「小説」という形でしか描けなかったものが、何であったのかを思いながら、最後まで読み切りたいと思った。 -
Posted by ブクログ
十年のときを経て恩地が日本に帰国することになったところが、普通に感動してしまった。会社の不当人事について都労委の審問会で、十年間を語るシーンは、すごく印象に残った。一巻を読んだときは、家族を犠牲にしてまで、会社と闘う恩地に、あまり共感できなかったが、ここまで来て初志が貫徹されると爽快感がある。
それにしても、国民航空管理職の性根の腐った感じが、読んでいて気分が悪くなるくらいに生々しい嫌さを醸し出している。立て続けに起こった旅客機の事故を経ても、現場の労働者たちの労働環境の改善に動かないどころか、彼ら第一労働組合の訴えを不当として、中央労働委員会に再審査を決める八馬と中谷のセリフのところ(p467〜468)とか、一周回ってすごいと思う。
こうした上層部の感覚というのは、おそらく知らないだけで今でも色々なところで起こっているのだろうと思う。折しも、フジテレビの接待問題が起こっているときに読んだが、きっと氷山の一角なのだと思うと、気分が暗くなる。
一巻のときから思っていたが、何よりも、山崎豊子の取材のとてつもなさに驚く。六〇〜七〇年代の海外駐在員たちの実情が、よく分かる。
テヘランの現地の学校で文房具を全て盗まれてしまい、学校に行きたくないと言い出す恩地の二人の子ども。日本人学校もまだなく、妻が自分で子どもに勉強を教えるところや、帰国後の子どもたちの様子など、当時の海外赴任のイメージの空気感が伝わってくる。他にも、恩地がナイロビで出会う他社の日本人駐在員たちの様子や、現地の日本人コミュニティの雰囲気も、こういう感じなのかと勉強になった。
細かい描写が、恩地の飛ばされた僻地の生活感を伝えてくる。ストーリーの主軸には、日本航空という会社の内情と、恩地の闘いがあるわけだが、それだけでなく、今から50〜60年前の海外で働く日本人の実情が見えるのも面白かった。
すでに、墜落に誤着陸という連続事故が起きている。いよいよ御巣鷹山編だが、会社の体質が生む不穏な感じが、ひしひしと伝わってくる二巻だった。