桂望実のレビュー一覧
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先日の『水曜日のダウンタウン』で、「どんなマイナースポーツも一度は漫画化されてる説」を検証していました。結果は、漫画化されていないスポーツもごくわずかながらあり。それでも、そんな漫画もあるのかと驚くほど多種多様。本の場合はどうなのかも検証してほしかったりして。
本作はトランポリン競技でオリンピック出場を目指す男子5人と、家族やコーチ、審判員などの、さまざまな目線から語られます。そもそもトランポリンがオリンピック競技に入っていることすら知らないぐらい、私にとっては興味の薄いスポーツだったのに、これを読んだら次からは確実にトランポリンに目が釘付けです。
同じ競技をしていても、家庭の環境だとか思い入れとかが全然ちがう。背負っているものがちがうのだから、速度がちがうのは当然、だけどいつか目的地にたどり着ければそれでいい、そんな言葉にうなずきました。夢はあったほうがいい。
どうでもいいことですが、しりとりで「レモンの皮」とか「うどんのつゆ」とか言うのは反則やと思う(笑)。 -
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出来合いのものをそれらしく加工し、なるべく手抜きをして、盛り付けだけきれいにすればOK。
なんとも誠意のないケータリング業者の水島健一・44歳。
バツイチ、息子は元妻と暮らす。
なんていい加減な料理人!だから食中毒も出すし、やる気がないにもほどがある!
しかし、料理はまず、自分が「食べたい」と思わなければ作る気が起きないのだろう。
食欲ではなく、「食べたい気持ち」というのは生きる気力のことだ。
そして、誰かに食べてもらいたいという気持ち。
おいしく食べてもらいたい、喜んでもらいたいという願い。
料理をするエネルギーはそこから来る。
いい加減な料理をしていた健一は、大切な者たちを失って、生きることの意味や希望を見失っていたのだろう。
タイトル、「僕とおじさん…」の、"ぼく"の登場はずいぶん遅かった、そして、あっという間に彗星のように去ってしまった。
「任務を終えたような気分だよ」は健気過ぎる。
「ぼく」に出会って、「ぼく」とともに命を見つめなおすことができた、おじさんの再生の物語である。 -
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横暴で歯に衣着せぬ毒舌の女性小説家・樺山ひろ江とその秘書的役を果たす姪の明子物語。
タイトルの我慢ならない女はひろ江の事でしょうが、彼女の行動は余りに小説に一途なため。確かに誰に対しても愛想がある訳ではありませんが、特に自分の作品にいい加減なコメントをする編集者達には罵詈雑言を浴びせます。無名のうちは読んでもくれない、でも一寸名が売れると平身低頭で連載を依頼して来る。そんな編集者が沢山出てきて、ひろ江よりもそうした編集者が別の意味で「我慢ならない」。とはいえ、ひろ江の近くにいるのは相当忍耐が必要ですが。
しかし、一見傲慢なひろ江も実は……という筋書が最初から見え過ぎるところは有りますが、気持ち良い話でした。 -
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ある時計メーカーが舞台。そこで働く女性社員たちがプロジェクトメンバーを組み、新たな商品を開発すべく奮闘する。企画部ではなく、あえて素人感覚を重宝するため、人事部や経理、秘書などから選出された6人の女性たち。アイデアを出し合ったり、工場に掛け合ったり、上司たちに企画を通すために根回りを策略したり…。
時計のアイデアも普通に「なるほど!」と共感を感じたし、面白かった。腕時計は仕事中はデスクに置く、というの私もやってるし、ちょっとしたときに置き時計になる、ってアイデアも面白い。
キャラクターの異なる女性たち。それぞれ適性は違う。この物語のように、人間には得手不得手あり、色んな個性があるからこそ、面白い。そういうふうに会社は成り立っている。
主人公が、100㎏のおデブちゃんキャラということも重要な要素。昔虐められていたんだが、自分をあるきっかけで変えてから、癒しの存在としてのキャラクターが確立した。
良いなぁ、主人公の「ごっつあん」。こんな子がいたら和むだろうな。やっぱ自分のためだけじゃなく、人の役に立つような人になることって大事だね。 -
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ネタバレ*いかに手抜きをするかが最優先の、無気力に生きるケータリング業者の水島健一。腰痛治療先の病院で難病の少年と出会い、少しづつ大切な何かを取り戻していく健一だったが、少年が最後に下した決断に、水島はどう向き合うのかー「生きるということ」「残されたものの哀しみ」を描いた感動作*
色々なものを抱えて生きるということ。他人を想って丁寧に料理をすること。この二点がベースに書かれているが、重すぎず、心にしんと染みる作品に仕上がっている。「最高の最後の晩餐」のくだりは涙なくして読めないけれど、哀しさだけでは終わらない、やさしくあたたかな読後感。 -
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それで何年にもわたる練習成果が1回17秒間で10回の連続技の演技で決まるスポーツ、トランポリン。演技途中で体勢を崩して危険と判断されれば、コーチの一存でスポッターマットを入れられ中止させられる競技。
スポーツ小説ですがスポ根ではありません。
オリンピックを目指す5人の選手。当然、途中で離脱せざるを得ない人間も出ます。勝つために無理をして試合中に技の難度を上げ、結果的に体勢を崩してスポッターマットを入れられる。挫折と言えばそうなのですが、むしろ覚悟の挫折という感覚です。
スポーツ物は、なんか中にガーッと入り込んで描く感じが多いのですが、この作品は比較的冷静に外から描いているのが特徴です。その分、人は上手く描けていると思います。 -
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長距離ランナーとしての才能に溢れる岡崎優は、科学的根拠に基づいた指導法と設備の整った大学を進学先に選ぶ。彼は起床時のバイタルデータから練習の記録まで、10年間にわたって記録を続けている。生活のすべてをオリンピックのマラソンで金メダルをとるという自分の夢をかなえるために費やし、努力を重ねてきた。
会社経営者の父親。兄を溺愛する母親。優秀な医大生の兄。
経済的にも恵まれ、何不自由なく暮らしていたが、兄の死をきっかけに家族はあっけなく壊れていく。
優が入学した大学の陸上部で彼と対極にいる岩本に出会う。
地方の高校でそこそこの記録を出したが、優から見れば才能もなく記録も頭打ちで将来性も感じられないランナー。気力や仲間意識など優にとっては全く価値のない精神性を大切にする岩本やコーチの小松。
ある秘密を知り、駅伝に出場しないと決めた優が陸上部の監督から命じられ岩本のサポートをするうちに、傲慢で身勝手な態度だった優の様子に変化が・・・。
自分は親に愛されているのか疑い、肯定できない優。
自分の求める子供をデザインし溺愛する母親。
いつまでたっても達成できなかった自分の夢を子に背負わせ、自分の気持ちに折り合いをつけられない父親。
兄の死によって人格が崩壊していく母親もコワイが、身勝手な理由で優を自分の代償としてコントロールする父親も相当コワイ。
それに比べ、岩本や小松の平凡さがむしろ非凡に思えてきて、結局踏ん張れるのはこういう人たちなのかもと、ありきたりな感想を持つ。
辛うじて、優が10年後、人並みの感情を持って振り返るシーンを読んでほっとする。田舎に戻り教師となった岩本が優を心配して、母親の手料理を持って上京したと話す回想シーンに2人の笑顔が浮かんでジーンとする。
最近デザイナーベビーについての新聞記事を読んだ。ドーピングが遺伝子レベルで行われる日もそう遠くないのか・・・。
もしかして、既に動き出している?