迷える人たちをよき方向に導くという不思議な能力を持つ犬・マジックの1年を描く連作短編ハッピーファンタジー。シリーズ3作目。
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集荷された宅配荷物が運び込まれてきた。煤屋貴士らバイト従業員たちが主任の指示で配置につき、ローラーコンベアの上を流れてくる荷を地域ごとに仕分ける作業にとりかかった。
作業は煩雑で3月下旬の今は引っ越しによる荷物も多く、目眩がするような忙しさだ。ただ現在大学4回生の貴士にとっては1〜2回生の頃にしていたバイトなので、勘がすぐ戻ってスムーズに作業できている。黙々とこなすうちに仕分けが終わり、次の集荷搬入まで休憩となった。
貴士がフラットホームの隅に寄り午前1時の夜空を眺めていると、後ろから誰かが話しかけてきた。振り向いた貴士に近づいてきたのは、色白の細面に眼鏡をかけたさらさらヘアーの学生バイトだった。
「急に話しかけてすみません」とことわったメガネ男子は、貴士と同じ大学の2回生で情報処理科の横野だと名乗った。そして、貴士が元オリンピック強化選手であり、交通事故による負傷で夢が絶たれたことなどについて尋ねてくる。
なぜそんなことを聞くのかという貴士の疑問に、横野は……。
( 第1話「菜の花」) ※全4話。
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迷える人の背中を押して新たな自分に気づかせるマジック。今回も大活躍でしたが、前巻までと違うところが2つあります。
1つめは、マジックが人助けミッションを終えるたびにチヨさん宅に戻るという流れになっていたことです。各話の主要人物たちの家に転がりこむのはマジックにとっては出張と同じで、終われば自分の家に帰るみたいな感じでした。
チヨさんが高齢ということもありこれはこれでほのぼのしてよかったと思います。
2つめは、4話構成は同じでも、各話タイトルが春夏秋冬から花の名に変わっていたことです。
その花はと言うと、「菜の花」は春、「ツツジ」は初夏、「アジサイ」は梅雨、そして「コスモス」は秋。冬を迎えるまで至りません。
マジックの活躍期間がワンシーズン短くなったのが気になります。登場人物たちの会話にマジックの高齢を示唆することばが何度か出てきたことと関係あるのでしょうか。 ( 考えすぎであって欲しい。)
どの話も読ませる内容でしたが、もっとも印象的だったのは第2話「ツツジ」です。
主人公のエミは家電メーカーの中堅技術職です。社内では家庭用のウィルス除去装置の開発製作を担当しています。
エマの企画は部内の会議を経て重役会議に諮ったものの、ハウスダスト・花粉・臭気にも対応させろという常務のひと声で、差し戻されます。そればかりか、提案者であるはずのエミひとりだけプロジェクトチームから外されてしまいました。エミを守るべき直属の上司たちも常務の言いなりです。
自分の存在価値や権力を誇示せずにはいられないという男たちの虚栄心。組織が大きくなると、こういうつまらぬ人間の比率が高くなり、会社は非効率になっていきます。こんな状態に陥った会社をエミは、「おやじ病」体質に毒された救いようのない会社だと捉えています。
現在の情勢から鑑みて、高価格帯の多機能製品を時間をかけて開発するよりも、性能をウィルス除去に絞ったリーズナブルな価格の製品を今すぐ発売するほうが会社の利益になるはずなのに、尊大なだけの「おやじ病」の男たちは自分の存在を誇示することを優先する。エミの忍耐も限界に来ていました。
仕事のなくなったエミは有給休暇を申請。土日と合わせて4日間、会社から離れることにします。
ヤケ食いヤケ酒でウサを晴らしたものの体重を気にしての帰り道、一匹の迷い犬らしい黒柴と目が合ってしまい……。
エミのストレスの根底にあるのは「おやじ病」体質の会社です。アラフォーまで独身なのも、同居する両親、特に父親とコミュニケーションが取れないのも、非効率な会社での長時間勤務が原因だと言えます。
そのどれもが共感できることがらだったので、マジックのマジックによってうまく解決したときは快哉を叫びました。
他では、小学生たちの交流と団結を描いた第3話「アジサイ」もほんわかして心に残りました。
マジックが迷える人のところに転がり込んで散歩 ( 第1話の貴士のみ、筋トレでしたが ) につれ出すことで、臨時の飼い主となった人たちの心身を健康にしていく展開や、散歩を通して人の縁を広げていく展開は、本巻がもっとも自然に転がっていたように感じます。チヨさん宅を中心にしたマジックの拠点生活がうまくハマったからではないでしょうか。
ともあれ、ハートウォーミングなこのシリーズは心のオアシスです。老犬となった迷犬マジックの活躍、もう少し見ていたいと願ってやみません。