浅田次郎のレビュー一覧
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いよいよ清の歴史が大きく動き始めた。日本史で習った日清戦争はあくまで日本側の視点であったのだなと思わせられた。香港の割譲の話も、歴史的な事柄ではなくその背景にある互いの思いを知れば深く心に刻まれてより一層面白く感じる。
楊喜禎から見た日本感の箇所が印象に残っている。
中国の文化を血肉として近代国家にまでなり得た日本、そう考えるととてもすごいことなのでは、とも考えてしまう。
ラストの春児の自己犠牲の献身の精神、そして周りはそれをきちんと評価しているというところ、思わず泣けてしまうほどであった。いよいよ完結まで後一冊。じっくり読み進めたい。 -
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ネタバレ2巻までとは打って変わって物語の展開が激しい。にしても、役人、自衛官、ヤクザの組み合わせって、不可能を可能にするのか?と思ってしまうくらい、それぞれの経歴やコネクション(大概脅して盗むような感じだが)をフル活用して復讐を果たしてしまう。
びっくりだったのは、次期組長に推されたピスケンが、無事そこに収まるのかと思いきや、逃げ切ってしまう。今どきの小説にありがちな、みんな成功してハッピーエンドとはならず、ある意味それぞれが自分の道を探して動く途中で物語が終わる。続編がありそうに見えるし、期待したいが、たぶんこれがこの物語の正しい終わり方なんだと思う。とびっきり面白かったし、なんだか切ないけれど、それぞれの人生をまた覗き見したいなと思える小説だった。 -
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「終わらざる夏」を読んで以来の、浅田さんによる戦争文学。6編の短編から成る。どの作品も、視点や趣向は異なるが、共通しているのは、戦争に人生を狂わされた人たちの悲しみや苦しみを描いていることだ。
戦争さえなければ、幸せな暮らしを営めたはずなのだ。亡くなった人も生き残った人も本来なら背負わずとも良い十字架を背負わされた。その苦しみや悲しみに言葉も無い。
戦争という事象や、戦争を引き起こした当時の政府や軍部に怒りが湧いた。犠牲になった人々に心からの哀悼の意を表する。このような悲劇は二度と繰り返されてはならないのだと、反戦への想いを新たにした。 -
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四巻でも少し感じたが、
天切り松も、老いた感じ。時代が変わり、孤独を覚えた老人が、昔馴染みを訪ねて、古き良き時代を語るという印象があり、郷愁というか、時代の移り変わりに付きまとう寂しさの香りの印象が変わる。明治は遠くになりにけりではないが、大正、昭和も遠くなる。戦前にあった義理人情は、平成末期にどう伝わっていたのか。
千代子の話は、今の闇バイトやら、新宿公園の立ちんぼやらの話とも通底している気もする。余りにも社会とお国が信じられれぬ時代に、今なってきているのやも。
ごめんなと、誰かが国に変わっていってくれることで生きていけるという言葉の重み。
変わらぬ誠、変えてはならない真実が描かれているのがこの作品なのかもしれない。
神も仏も信じないが、この人は信じることができる
おぎゃあと生まれたからには、殺されて当たりめえの人間なんざいるわけねえんだよ
やくざに生きるも堅気に暮らすも、俺に言わせりゃあ、大したちげえはねえ。一等馬鹿馬鹿しいのは、腹が括れずにいきているか死んでいるかもよくわからねえ人生だ
人情で義理を欠くてえ、くだらねえ野郎
檄文。
しかし、これは世の中を正しく変えようととしている人の主張ではなく、ヒステリーだと松蔵は感じた。
白井くん。手出しは無用だ。話せばわかる。
死にてえっていうのと、いつ死んでもかまわねえってえのは、おおちげえなんだぜ。その
ちげえがわかりゃあ、おまえも一丁前の男だ
水谷豊の解説も良い。
反社会的で本能的に生きているのだけれど、その本能的な生き様が、実は社会的な生き方なのではないかと気づく瞬間がある。
本能的な生き方こそが、本来、社会的なのだ、と。
→社会学的な見方なのかも。社会的制度の中で、社会制度の歪みて苦しむ本能的な人間。そんな人間を救うのが、反社会的な人間であり、任俠道なのかもしらぬ。
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南部藩を脱藩し壬生狼=新選組に入隊した吉村貫一郎を中心に語られる、激動の時代における隊士の非業の生涯を描く時代小説の下巻です。
斎藤一の証言の続きから物語が再開します。
吉村貫一郎は本当に切腹させられたのか、どこかへ落ち延びたのではないか、と読者は様々な想像を巡らせていることでしょう。
しかし元新選組隊士や五稜郭での戦闘参加者などへの聞き込みで、徐々に紐解かれていく彼のその後。
多くの藩士たちから慕われていた吉村ですが、脱藩に加えて朝敵となり戻ってきたことは許されることではありませんでした。
新撰組隊士として戊辰戦争にて討死すべきであり、生きているなら切腹をしなくては南部藩全体が朝敵の嫌疑でお取り潰しになる可能性もあるのです。
吉村貫一郎は御一新の後に生きていてはいけない人間になっていたのでした。
武士としての生き方に縛られる人間、御一新の後に訪れる明治時代の新しい風に乗る人間、その新風に乗れず心が江戸時代に生きている人間、それぞれの潔さと辛さを兼ねる生き様が描かれています。
巻末には吉村の友人である大野次郎右衛門による全漢文の書状があり…感動しました。 -
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南部藩を脱藩し壬生狼=新選組に入隊した吉村貫一郎を中心に語られる、激動の時代における隊士の非業の生涯を描く時代小説です。
満身創痍の吉村貫一郎が大阪の南部藩屋敷に現れるところから物語は始まります。
血と泥で真黒となった新選組の浅葱羽織を着た吉村を迎えたのは蔵屋敷差配役の大野次郎右衛門、そこで次郎右衛門は吉村に切腹を命じます。
この脱藩浪士である吉村は如何なる人物なのか、元新選組隊士など関係者への聞き込みというインタビュー形式で読み解く構成になっています。
聞き込みが進むに連れて人物像が明らかになっていきますが、語り部が話すものは本筋だけでなく脱線も多々あります。
しかしこの脱線したお話には恐ろしいほどの深みがあり、生々しいほどに現実味を強めるのです。
斎藤一へのインタビューが大変印象に残るもので、特に感慨深いものを引用し下巻に期待したいと思います。
“わしはおそらく、日本一の人殺しではなかろうか、とな。いや、日本一の剣客とは言わぬよ。人殺しじゃ。” -
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浅田次郎、抱いていた印象とはまったく違った。まるで勤勉を絵に描いたような人ではないか。周囲の反対を押し切って自衛隊に入ったという経歴から、そして競馬もすることから、破天荒な人だと思っていた。(自衛隊は、規律と規則正しい生活を送るための修練の機会だったのか。)
執筆に8時間、読書に4時間、平日はこのルーティン。そして週末には競馬。さまざまな条件を入れ込んで、真剣にレースのストーリーを練る。酒類は嗜まず。まじめで勤勉、そして継続。
最初の単行本は39歳。やんちゃで問題児だった小学時代に恩師の言ってくれたことば、「小説家にでもなればいい」、それが叶うのに30年近く。継続こそ力なり。