吉田三知世のレビュー一覧
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題名からして危険な香りが感じるがその通り。笑わずにはいられないので、電車の中で読んでいると周囲から変な目で見られた。著者はNASAでロボット工学者として働いたキャリアを持つウェブ漫画家。「ウェブに投稿されるヘンテコで厄介な質問にまじめに答える」ということをしており、その中での厳選集がこの書籍。
時折自分が文系人間であることを悔いることもあるが、そんなことお構いなしに楽しめる。奇怪な質問に対して、あらゆる科学的根拠を集め回答する著者のこだわりとそのセンスに脱帽。この書籍を読むと自分たちが今生きているこの世の中が奇跡のようなバランスの上に成り立っていることを感じた。必読。 -
Posted by ブクログ
「チューリングの大聖堂」
非常に面白かった。600ページ近くの大著で登場人物が多く、第二次世界大戦前後のコンピューター開発の歴史を描いている。
チューリングをスタートとするコンピューター開発の群像を描いているが、その主人公はやはりノイマンである。
現在のプログラム内蔵型コンピューターをノイマン型コンピューターというように、開発に大きく貢献した天才であることは間違いないと思うが、決して彼一人でコンピューター開発がなされたわけでは無い。開発の中で技術者の果たした役割は大きく、中でもピゲローに関してはノイマン自身が文章に表せていないすべてのことを知っている特別な人物として評価している。しかしながら、それにふさわしい評価がされているかと言えばはなはだ疑問だ。ピゲローに限らず、多くの技術者が開発に対して多大な貢献をしていることはもっと知られてもいいように思う。
ノイマンは戦前にドイツからアメリカに移り、ヨーロッパを救うため米軍に協力したが、その過程でコンピューターを開発し、原爆、水爆の開発設計に計算という側面から大いに貢献していると言える。しかし、ファインマンに「自分が存在している世界に対して、責任を負う必要はない」とアドバイスしたと言われており、この言葉をいったいどう考えたらいいのだろうか。大きな力を持つものは大きな責任を持つとは考えなかったのだろうか。
第2次大戦の後の冷戦において予備的戦争(核を含む戦争あるいは攻撃)が最終的な死傷者を少なくできるといった考えも、少々常軌を逸しているようにも思える。
時代の雰囲気はその時代を経験しなければわからないことが多いので、簡単に批判することはできないが、それでも、天才と言われる人はどこか異様な部分を感じさせる。 -
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本著はアメリカ現代史を権力に対して批判的な観点で描いたもの。詰まり歴史を教科書的には触れられていない側面から考察しているところに面白さがある。
特にアメリカという国は自由を標榜する啓蒙主義的な側面と産業資本・金融資本を背景とした実利主義的な側面の両面があり、それを意識しないと国家の在り方を正しく理解できないのだと思う。
本編は主に第一次世界大戦から第二次世界大戦までをテーマにし、特に最後は広島、長崎への原爆投下の深層について明らかにしていく。
原爆投下不要論は既論評として認識していたが、過去の歴史を遡ってみるとその納得感も高まる。
日本人は自国のこととして様々な観点を理解しておく必要があるのだろう。
アメリカが『世界の警察』になったのは然程昔のことではない。次編以降を読むことでその辺りの理解も深まるのではないか。
2016年大統領選に向けて、アメリカの世界への関わり方が大いに議論されているところでもあり、この歴史的な変遷はよく理解しておきたいところ。 -
Posted by ブクログ
「誰が儲かったのか?」「誰が得したのか?」
というのが物差しになっています。
イデオロギー、正義、悪、ではありません。
こういう近現代史の本、読みたかったですね。
読み物としても、とっても英語的なちょっとした皮肉を交えながら、実に滑らかによどみなく進みますし、ドラマチックに描かれていて、飽きさせません。
そして、アメリカの近現代史というのが、当然ながら全て日本に跳ね返ってきます。
読みながら、日本の近現代史なんて、アメリカや欧州帝国主義の歴史を把握しないと、事実や年号だけ記憶しても何の意味もないんだなあ、と思わされました。
思った以上に、娯楽的にも実に面白い本でした。続きも読もうと思います。
2013年に日本語訳で出た本のようですね。
映画監督のオリバー・ストーンさんと、履歴は知りませんがアメリカの大学教授さん、つまり専門的な歴史学者さんなんだと思いますが、ピーター・カズニックさんという人との共著。
当然ながら、少しでも売れるように、読まれるように、という意図からこういうタイトルになっているのだと思われます。
簡単な話は、「アメリカの近現代史」なんです。
とは言ってもアメリカは、日本と比べれば建国以来歴史が若いので、そのほとんどが近現代史なんですけど(笑)。
そしてそれも、
「学校や政府では教えないけれど、実はこういう裏事情があったのよ」
というお話に特化して書いています。
ただそれも、推測的な陰謀論に基づくものではなくて、基本的にちゃんと歴史的な資料があって書かれています。
(まあ、この辺は情報公開法含めて、アメリカはある部分とてもオープンなんだろうなあ、と思います)
思想的には、前述したように特定の視点から固まって書かれているものはないです。と、僕は思います。
ただ、「アメリカ政府、アメリカ人はいつでも正しい」という心情の人から見れば、あまりに懐疑的で左翼的すぎるのかもしれませんが(笑)。
(最近は笑っていられないのが、「〇〇政府、〇〇人はいつでも正しい」「〇〇政府、〇〇人は悪者だ」というような唖然とするしかない根拠のないコトバを、大真面目でのたまう人が、どうやら僕が住んでる国でも増えてきているらしいことですね。うかうかするとすぐに「非国民」という言葉が復活しそうで。怖い怖い…)
オリバー・ストーンさんという映画監督さんは、割と実は「いつも重くて辛そうな映画ばかりだから、あまり観ていない」監督さんなんです。恥ずかしながら。
ただ、「JFK」と言う映画は、たまたま見てしまって、うんざりするほど長かったのに、見たら、息を呑むほど面白かったんですね。
ことほど左様に、エンターテイメントでもありますが、骨太なタッチの作家さんでもあるんだなあ、と。その個性はこの本にも発揮されています。
同名のドキュメンタリーが先行したそうで、それも観てみたいなあ、と思いました。
################以下、個人的な備忘録###############
●第1次世界大戦、第2次世界大戦は、民主主義の解放とか帝国主義打倒とかと言われることもあるけれど、真っ赤なウソである。
結局は植民地主義帝国同士の奪い合いに過ぎないし、アメリカもその例外ではない。
ということであるとか、
●ウォール街と投資家たちの私利私欲の果てに導かれた「怒れる葡萄」的な不況。
●それを社会主義的傾向で歯止めしたセオドア・ルーズベルトの施策と、それに対する資本家たちの反発。
●反発の結果、資本家たちが立てた「言いなり政治家」ハリー・トルーマン。
●19世紀以降、アメリカで、どれだけの社会主義、共産主義運動があったか。つまり言い換えれば、資本家がどれだけ酷いことをしてきたか。そして、どれだけ無茶苦茶な逮捕弾圧が、加えられてきたか。
●20世紀以降、アメリカがどれだけ南米中米で無茶苦茶な介入をして、都合のいい政府を作り、その政府の暴虐や虐殺を事実上支援してきたか。そしてそれでどれだけ、アメリカ大企業がぼろもうけしたか。
●二つの大戦で、どれだけ武器製造業がぼろもうけしたか。
●つまりアメリカ政府=ウォール街、銀行家、巨大企業は、とにかく商品を買ってくれないと困るわけである。
商品を買う相手を作る為に、海外に進出する。
だから、いちばん困るのは社会主義国家だったりする。この単純な行動動機は、産業革命と帝国主義の勃興から、基本的に変わらない。
21世紀の今も変わらない。
正義の戦いなんて、存在しない。
●資本家が儲けるための戦争で、なぜ労働者のうちの息子が死ななければならない?という声が、どれだけアメリカでもあがっていたか。
どれだけそれが報道されないか。あるいは、歴史としての語られないか。
●第2次大戦で日系在米人が受けた、迫害、収容、そしてなにより財産と事業の没収。巨額の金が簒奪された。
などなどが豊富な例証と事例で語られます。 -
Posted by ブクログ
バラバラだった西洋科学がつながりはじめた
相対性理論から素粒子の時代になって
ニューエイジと言われる総合的な視野による
学問の扉が開いた
それは東洋的で一成る特化した答から離れ
対立と無関心の心の垣根を外して
調和へ向かう共生的な解放の時代を模索し始めた
古生物学者であるこの著者もそんな一人のようだ
「人の中の宇宙・宇宙の中の人」という無限観とか
宇宙観という視野の広い俯瞰した世界を紹介している
美学に哲学から倫理学に宗教も含めた選択肢の中で
物理も化学も生物学も全てを網羅した全体と
それを支えているあらゆる部分が入れ子になった
夢幻的な関係から人間とはどこから来て
何をしようとしているのかを理論的に紐解こうとしている
ここで物質という摩擦界における形ある部分的存在と
形のない意識という全体的存在が相対する相互作用を
イメージしながら感情に溺れず客観的に理解と思いを
深めていかなければならない
科学者とは思えない文章の上手さも在って
特に出だしからの前半が面白い
それでも人間社会で長く続いてきた農耕による余剰生産物によって
始まった依存社会の行き止まりとなるだろう資本金融主義で
洗脳された弱肉強食論や権利意識や競争原理が染み込んでいる
なごりから抜け出せない部分が多々あるようで
ダーウィニズムなどそのパニクった抵抗勢力は計り知れない -
Posted by ブクログ
第一次大戦から第二次大戦原爆投下までの歴史。アメリカのリベラルな立場から語られている。内容はかなり重く、考えさせられる。アメリカは第一次世界大戦の時には化学兵器であるマスタードガスを大量に製造していたが使うチャンスがなかった。しかし、原爆はそれを開発し使用した。マスタードガスの話は知らなかったが、原爆の話はその使用に大いに議論のあるところだ。そもそも、第一次世界大戦の前からアメリカの銀行家のためにアメリカ軍が彼らの利益を守るために利用されていたこと、そして、彼らが死の商人として大いに利益を上げていたことが語られる。また、第二次世界大戦ではアメリカではドイツ、イギリス人とは違い人種差別により日本人は駆除されるべきゴキブリ程度にしか思われていなかったこと、日本の降伏は時間の問題だったにも関わらず、原爆は投下されたこと、トルーマンがなぜ副大統領になったのかなど様々な内容が語られる。無差別戦略爆撃や原爆の使用がナチスドイツとそれほど変わらないと考えるアメリカ人がいることに救いを感じる。それでもやはり勝てば官軍で結局は彼らの都合のいいように歴史は語られてきたように思える。
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購入済み
教科書にない...
月並みな言い方ですが、まさに教科書にないアメリカ史。
建国以来の政治的中心(すなわち大統領)がどういう思想傾向を持っていたかがよくわかります。
1巻は2つの大戦を中心に描いているので、ウィルソン、フーバー、ルーズベルト、トールマンといった人たちの描写が自分には新鮮でした。
ただ相当リベラルよりの内容なので、当の米国では本書はどんな評価なのか気になります。
TVシリーズも見たほうが理解という点では補助になりそうですね。 -
Posted by ブクログ
ネタバレプリンストンの高等研究所で取り組まれた最初期のデジタル・コンピュータを製作するプロジェクトと、それを取り巻く中心人物達の物語。
どのように技術発展しコンピュータが進化して来たかという題材よりも、どのような人物が登場し、その人物がどのように関わって行ったのかにスポットを当てている。
まるでコンピュータ史の人物伝記の様相で、もっと難解な内容で占められているかと思っていたので想像以上に読みやすく入り込みやすい。
ただ、あまりの登場人物の多さに少々混乱してしまったが、中でも特に重要であったのは数学者「ジョン・フォン・ノイマン」で、ほとんどの登場人物と関わりを持って描かれており、彼が様々な科学者・数学者と影響し合い、コンピュータの発展に貢献してきたかがよくわかる。
またコンピュータの大いなる発展は核爆弾開発と大きく結びついていたわけだが、インターネットの誕生もそうだったが、科学技術の発展は軍事技術と密接に結びついていることを改めて実感させられる。
重厚な内容とボリュームから読み切るのは大変だが、読んで損なし。 -
購入済み
超大作!
プリンストンの高等研究所に集まった天才たちの列伝。数学者たちが思い描いた「計算可能な世界」が、戦争とそれに続く水素爆弾の開発を通じて、現代に続くデジタルコンピュータを生み出したことに深い感慨を覚える。
それにしてもフォン・ノイマンの頭脳の凄さは善悪を超越している!
そして、彼の利用した真空管メモリのように歴史にランダムアクセスする本書の構成にも翻弄されまくり。 -
Posted by ブクログ
期せずして、同じ時、同じ場所に、同じレベルの才を持つ者が集まると、想像を絶する出来事が起こることもある。
1953年、3つの技術革命が始まった。熱核兵器、プログラム内蔵型コンピュータ、そして、生命体が自らの命令をDNAの鎖にどのように保存するかの解明である。これら3つの革命は相互に絡み合い。その後の世界を大きく変えることとなる。
とりわけそれ以前から密接に結びついていたのが、熱核兵器とプログラム内蔵型コンピュータである。かつて数学と物理が相互に進化を促しあったように、両者はがっちりと手を組み、怪物のようなものをこの世に生み落としたのだ。
背景にあったのは、第二次世界大戦における反ナチスおよび、その後の冷戦構造による人材の集結である。アインシュタイン、オッペンハイマー、ゲーデル、チューリング、ファインマン。これらの錚々たるメンバーが、人種や学問の壁を越え、プリンストンの高等研究所を中心とする舞台で、一堂に会すことになるのだ。
その中でもひときわ異彩を放っていた数学者集団がいる。6人のメンバーによって開かれた、高等研究所の電子計算機プロジェクトにおける第一回目の会合は、その後のコンピュータの運命を導き、現在に至る約60年間のデジタル宇宙の扉を開くことになるのだ。
デジタル宇宙の創世記のような趣を持つ本書の魅力は、デジタル宇宙の誕生以前にそれを夢想していたものの姿、そして現実世界では特定することの難しい創造主の姿が露わにされているということである。
その創造主の一人にフォン・ノイマンがいる。史上最強の天才、あまりの頭の良さに「火星人」「悪魔の頭脳」と言われた男。数学・物理学・工学・経済学・計算機科学・気象学・心理学・政治学とあらゆる分野で天才的な才能を発揮した。試しにネットで「フォン・ノイマン 伝説」などと打ち込んでみると、仰天エピソードがいくつも出てくる。
・6歳のとき、電話帳を使い8桁の割り算を暗算で計算することができた。
・8歳の時には『微積分法』をマスター、12歳の頃には『関数論』を読破した。ちなみに『関数論』は、大学の理工系の学生が1、2年次に学ぶ数学で、高校時代に数学が得意で鳴らした学生でも、完全に理解できる者は少ない。
・一度見聞きしたら、決して忘れない写真のような記憶力。
・コンピュータ並みの計算速度。実際、ノイマンは、自らが発明したコンピュータとの競争に勝利し、「俺の次に頭の良い奴ができた」と喜んだ。
・水爆の効率概算のためにフェルミは大型計算尺で、ファインマンは卓上計算機で、ノイマンは天井を向いて暗算したが、ノイマンが最も速く正確な値を出した。
・脳内には装着された面積1ヘクタールほどもあるバーチャル ホワイトボードがあり、ノイマンは、紙と鉛筆を使わず、この脳キャンパスだけで、人間が及びもつかない複雑で込み入った思考をすることができた。
・アインシュタインやハイゼンベルクなどなど、稀代の天才たち全員が「自分たちの中で一番の天才はノイマンだ」と言った。(ノイマン自身はアインシュタインが一番だと言っていた)
・一日4時間の睡眠時間以外は常に思考。
・セクハラ魔で有名で秘書のスカートの中を覗くが趣味で、その振る舞い方は下品そのものだった。
・ノーベル経済学賞受賞者ポール・サミュエルソンの教科書をみて「ニュートン以前の数学ではないか」と言って笑った。
・ノーベル経済学賞受賞者ジョン・ナッシュのナッシュ均衡に関する歴史的論文を一瞬見て「くだらない、不動点定理の応用ではないか」と貶めた。
フォン・ノイマンの専門領域をあえて一つに絞るなら、数学を論理学の上に厳密な形で位置づけようとする「数学基礎論」という分野になるだろう。数学を論理学の中に包含してしようとするこの考え方は、形式主義とも呼ばれている。
この分野で最も知られた研究者が、ダーフィット・ヒルベルトであった。彼は数学全体の完全性と無矛盾性を示すために、数学そのものを形式化しようと考えたのである。
これに影響を受けたのが、チューリングマシンで有名なアラン・チューリング。彼は「計算可能性」という観点からこの問いを論じ、あらゆる計算を可能にする機械が作れることを証明した。これは数という世界において大きな転換点となる出来事であったのだ。
チューリング以前は、物事を行なって、それを数で表していた。だがチューリング以降は、数が物事を行うようになったのである。そして、このチューリングマシンの理論を、現実の装置として創りあげたのがフォン・ノイマンであった。
フォン・ノイマンの最大の特徴は、形式の権化のような人物であったということである。それは彼の守備範囲が多岐にわたるということとも、密接に結びついている。彼の本質が内容ではなく形式にあったからこそ、意味や目的を問わない一面があったのだ。
それゆえの熱核兵器であった。水爆製造競争は、コンピュータを作りあげたいというフォン・ノイマンの願望によって加速され、同時に水爆製造競争が、フォン・ノイマンのコンピュータを完成させろという圧力を一層強めたのである。
一方で自身の手によってもたらされた結果を、フォン・ノイマンがどのように受け止めていたのかという点も興味深い。これを回想しているのが、リチャード・ファインマンである。
フォン・ノイマンから面白いことを教わった。『自分が存在している世界に対して、責任を負う必要はない。』というアドバイスだ。このアドバイスのおかげで、わたしは非常に強い社会的無責任感というものを持つようになった。それ以来わたしは、幸せきわまりない男となった。
かくしてデジタル宇宙と水素爆弾は誕生したのだ。最も破壊的なものと最も建設的なものが、それを追求した男の必要性と偏執狂的な熱意によって同時に登場するとは、なんという運命のいたずらだろうか。
本書ではこの他にも、フォン・ノイマンのコンピュータでどのようなものが計算されたのかということが事細かに描かれている。数値気象予測実現を目指す取り組み、バリチェリの数値生命体の研究、今日のサーチエンジンやソーシャル・ネットワークの原型となるようなものも、フォン・ノイマンの業績に確認することができる。
宇宙生誕の時から今日まで、およそ137億年。その歴史の全貌を詳細に把握することは、あまりにも困難である。だが、本書を読むにつれ感じたのは、約60年に過ぎないデジタル世界の歴史が、宇宙の歴史そのものを自己複製したようなものではないかということだ。
自己複製を行う過程においては様々な偶然性が入り込み、歴史は予測もつかない方向へと進化を遂げたことだろう。ゆえに我々の宇宙も、デジタル宇宙も、この先の行く末は全く分からない。それでも歴史が枝分かれすることになった分節点からは、決して逃れることが出来ないのである。