すんみのレビュー一覧
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設計事務所「コード・アーキテクツ」で働く建築士のスジンは、休日出勤で出社したある日、オフィスビルにある室内庭園の造園作業に来ていたハンソルと偶然出会う。ハンソルはスジンに一目惚れするが、スジンの心には長年思いを寄せてきた建築士の先輩・ヒョクボムがいた。8歳年下のハンソルは、まっすぐで透き通るような愛情をもってスジンに近づいてくるが、スジンは距離を置こうと努力する。けれど、過去の傷によって心に壁を築いているヒョクボムとの関係に孤独を感じていたスジンは、ハンソルのひたむきな愛に次第に心を揺さぶられていく。
ハンソルは28歳の造園業者。スジンは36歳の設計事務所勤務。ヒョクボムは44歳の設計事務所の共同代表。20代、30代、40代、それぞれの恋愛感情が描かれる。20代はとにかく真っすぐ。ストレートにぶつかっていく。向こう見ずばかりではなくて、ためらうスジンを気遣う優しさも持っているが、失敗を恐れる30代、言葉を選んでしまう40代に比べれば、瞬発力がある。
スジンは二人の男性から思われる王道ヒロインポジション。先輩建築士のヒョンボムの事が好きだったんおに、横から出てきた女優にかっさらわれてしまう。その後ヒョンボムは離婚して、スジンを迎えに来て関係が始まるが、ヒョンボムと別れた妻との間には娘がおり、再婚となると一気に踏み切れない。
二人に比べてあまり本心を明らかにしない大人ポジションヒョンボムだが、若きライバルハンソルの存在は知っている。余裕で構えているわけではなく、スジンの心に任せようという大人対応。
三者三様の心理描写が展開する王道韓ドラ展開。ちなみに自身はハンソル推し。パク・ソジュンあたりが演じたらいちころだろう。 -
Posted by ブクログ
チョ・ナムジュさん、『82年生まれ、キム・ジヨン』に次いで2冊目。韓国社会の性差別問題を扱った『キム・ジヨン』は、#Me Too運動からフェミニズムへと社会の潮目を変える契機となったとか…。本作はその延長線上にある短編集です。
60人余りの様々な年代の女性への取材をもとにした、「私」の一人称で展開する物語です。『キム・ジヨン』よりも更に視野が広がったこと、そして女性たちが目の前の難題に抗い、声を上げ行動している描写が印象に残ります。
4章立てで、次第に年齢層が上がり、立場や社会的責任の異なる28人の女性が紹介される構成になっています。"目の前の難題"は多様で、深刻度の高低はあるものの、共通するのはやはり女性たちの生きにくさへの抵抗だと感じます。
本書の発行は2018年のようですが、果たして現在、韓国社会に潜む女性差別や困難は、どれだけ改善されているのでしょうか?
というか、これらの物語の舞台が、日本だとしても(悲しいかな)違和感なく受け入れられそうです。なにせジェンダーギャップ指数は、日本の方が韓国より低いですもんね。ちょっと調べたら、2025年ランキング結果だと韓国101位、日本118位!←かなり恥ずかしい…。この低さは、今の現実と大して変わっていないことを示しているのか?
やはり韓国女性の方が声を上げる人が多い印象?男女関係なく、誰かが犠牲にならず我慢もせず、自分らしく生きることができる社会は絶対大事ですね。自分の価値を自分で下げない生き方が問われている気がしました。
世の男性、組織のトップの面々が、どう当事者意識をもてるかもかなり重要だと痛感します。本書の陰には、著者の黙認ではない前進し続ける姿勢が満ちあふれていました。
※偶然にも、現役トップ女流棋士の福間香奈さんが、妊娠・出産をめぐる連盟規定に対し、見直しを求める意見書を提出した報道が話題(波紋?)となりました。柔軟で理解ある連盟対応を望みます。 -
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“譲ることが美徳とされていた時代もあったけれど、今は違います。私はもう譲りたくないですね。”(p.37)
“自分の人生って何だったんだろうと振り返った時、いつも誰かの母、誰かの妻でしかないのでは、と感じてきましたが、私もなかなか素敵な人なんだなと思えるようになりました。今まで話を聞いてくださってありがとうございます。私がやってきたことについて尋ねてくれてありがとうございます。”(p.72)
“目標を立てて、欲張りすぎさえしなければ、誰でも自分が成し遂げたいものを手にすることができると思います。「成功させる」という考えに集中して、少しずつ続けていけばいい。今は何もうらやましいと思いませんし、田舎暮らしも素敵です。”(p.160)
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初めて読む作家さんだったけど、その時点で2作品買った。本屋の棚で物色しているときに「すっごく面白い」と思って、読み終わった今も「すっごく面白い」と思えた。
かつての恋人、ジェファとヨンギに関する物語が交互に編まれ、大きなストーリーが紡がれる。かつ、ジェファパートではジェファの書いたバラエティーに富んだ、それでいてひたすらただ一人のことを追い求めた短編が読めると言うお得っぷり。茶目っ気と真摯さのバランスが好きな小説だった。
なかなか読む時間が取れずに、この小説を読み終えるまでにこの他に数冊のチョン・セラン著書を積読してあるので、楽しみに読んでいきたいです。 -
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ここのところの姑の体調不良を見ているせいか、どうも年を取ることに対して臆病になっている自分がいる。60を越えた自分の顔を鏡で見るたびがっかりするし、鏡よりひどいのは写真に写った自分の姿。がっかりなんてもんじゃないので、なるべく撮らないようにしている。
息子はもう自立しているし、細々やりたいことはあれど、やらなきゃならないこともない。もうこの辺でいいかなあなんて思ってみたりする。こんなことを書くと怒られるかもしれないが、私は、自分の命の最後は自分で決めていいと思っているので。病院でたくさんの管に繋がれて生き延びるなんて絶対やだ。
と思っていたら、この本に出てくる卒寿に近いおばあさんが、
「長~く、生きさせてください!人工呼吸器でもなんでも、ぜ~んぶぶら下げてください。見栄えが良く死んだってなんの意味もない。きれいじゃなくても、長~く、生きてやるんだから。このいい世の中で、ずっとずっと息しててやるんだから!」
(『オーロラの夜』チョ・ナムジュ著)
と、イエローナイフのオーロラに願い事を叫んでいたのを読んで、なんだかすごい生命のエネルギーがこちらにも注入されるのを感じた。なかなかのパワーに圧倒されつつも、すてきなばあさんだと思った。
この本には7つの物語が収録されている。
さまざまな女性のエピソードが描かれていて、女性ならば多かれ少なかれ同じような体験をしているのではないか、と思う。共感できたり、嫌悪したり、涙したり、怒ったり、女性には結構ハードな話で、読み進めるのが辛くなることもある。しかしそんな中にも、少し救いがあるのがうれしい。
韓国で炎上?したらしい、ベストセラー『82年生まれ、キム・ジヨン』をめぐる作者のその後(その時の気持ち?)の物語があると聞いて手に取ったこの本。目的の『誤記』よりも、他の作品の方が良かった。
特に、デビュー作『ミス・キムは知っている』は、クビにされたミス・キムがいなくなった会社のてんやわんやがなかなかおもしろかったし、『梅の木の下』は克明に描かれた老いの描写に、今以上に老いるのが嫌になった。一番前向きになれた『オーロラの夜』が姑と暮らす私(物語と違って、幸い、夫は健在)の一番のお気に入りかな。
男性にも読んでほしいとは思うが、どれほど理解してもらえるかはわからない。女性には一度は読んでほしい本だ。 -
Posted by ブクログ
これも『82年生まれ、キム・ジヨン』からの流れで読んだ。同じ作者の短編集なんだけど、どれも読んでて苦しくなるような話が多くて1話読み終えるたびにけっこう疲弊した。なので進むペースは遅くなったけど、そのぶん一つひとつをちゃんと受け止めながら読めた気もする。
苦しさのなかに、ほんの少しの希望が見える話もあって、ただ絶望を突きつけられるだけじゃないのが救いだった。中には連作っぽくつながっている話もあって、小説としての構成も面白い。
フィクションなんだけど、全然他人事に思えなかった。描かれていることの多くが、今も現実に起きていることなんだと思いながら読んでた。社会の側が当たり前のように押しつけてる役割とか沈黙とか、そういうものが物語の中に静かに埋め込まれててそれがリアルだった。 -
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28の物語を収めたこの短編集では、28人分の女性の人生の一部分がそれぞれ描き出されています。いずれも、韓国の現代社会に生きる女性たちの、きっとリアルな生き様で、国を超えて共感できる部分も少なくありません。
セクハラとたたかう女性、結婚が招く理不尽さにあえぐ女性、労働環境の改善を訴える女性。日常のつらさに直面して、切り開こうと努力する、あるいは受け入れて消化する、彼女たちの問題への対処のスタイルはそれぞれだけれども、芯があってその道行きを応援したいと静かに思う。女だからではなく、人として当たり前のしあわせを掴んで欲しい、と思うから。
最後の一編は小学生の出馬宣言で締めくくられます。どこか背伸びしたような、けれど純然として理路整然なうつくしい問題提起が、問題として受け入れられる社会になるよう、願ってやみません。 -
Posted by ブクログ
「82年生まれ、キム・ジヨン」からの流れで読んだ。引き続き少なからずショックを受けた。女性たちが日常の中でこんなにも多くの形で打ちのめされながら、それでも何もなかったかのように生きているのかと。事実や例がこれでもかというほど突きつけられて、俺たちは本当に見えていなかったんだなと思い知らされる。
ここで単に「女性すごい」「女性えらい」「女性の皆さんごめんなさい」と言って済ませてはいけないんだろうとも思う。もちろんそういう気持ちが端緒になることはある。でもそれだけではきっと足りないよなあ。
メタ的な視点になるけど、本書を読んでいて引っかかったのは治安のコストに関する記述だった。女性が一人暮らしをすることや夜道を歩くことにリスクがある、というのは確かに現実として存在する。でもそれが「当然の事実」として語られた瞬間、違和感が残った。もしかするとその「リスク」や「恐怖」すら、社会が女性に刷り込んできたものかもしれない。そして、その恐怖に備えるための防犯意識そのものが、女性だけに強制されている現実こそが、まさに構造的差別なのかもしれない。ここで書かれている治安コストが、本当に自然なものなのかどうか。著者自身もまた、治安についてのジェンダーバイアスにとらわれている可能性があるんじゃないか - そんな事を思った。
そしてもう一つ重要だと感じたのは、女性たちはそもそも資源を持たされていない、という視点。資源と言っても金銭だけじゃない。安全、時間、身体の自由、期待される未来、発言できる空気 - そういう見えないものすら、当たり前に男性の側に偏っているという現実。それは時に制度の名を借り、時に文化や慣習に姿を変え、そして当たり前のように「そういうものだ」とされてきた。
具体的な記述の中で特に印象に残ったのは、かつて韓国では「女性新卒の推薦条件が160cm以上・50kg以下・メガネ不可」だった時代があったという話。制度や条件の話でなく、女性の存在そのものに、意識的に値札が貼られていたことに驚いた。
俺は男だし、こういう感覚を本当の意味でわかることはできないと思う。でもだからこそ、自分が見えていなかった構造をこうして本から教えてもらうことには意味がある。そして、見えた以上は考え続けたいし、甘えてきた側として、どうすれば少しでもマシな形で向き合えるかを考えたい。