梨木香歩のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ本当に大好きな梨木香歩さんなんだけど、最近の作品は政治的思想をまったくオブラートに包まずに書くようになってきて、しかも自分には理解できない価値観なので読んでいてぐったり疲れる。これは新聞の連載だからしょうがないんだろうか。「非暴力民衆一揆」という謎の言葉で原発をなくそうとか、ちょっとびっくりする。原発は電力確保のいち手段なのだから、本当になくしたいなら現実的に利用可能な代替手段の開発を援助するとか、そういう方向性で実現に向けた努力を確実に踏み出してほしい。
戦争だって政治だってつまるところただの手段だし、そう扱うことで御すべきではないかと思うのだが、コロナ対策についてでさえ、政府に従うことは民主主義を自ら手放すことだ、一億火の玉まですぐだ、などとまで書かれるので、もはや目的を見失っておられるとしか思えない。梨木さんの言うように民主主義が破壊されたのだとすれば、それは政権によってではなくて、こうやってますます政治を目的化しようとする風潮によってではないのかと思う。
今回好きなのは立ち枯れるウバユリの話、漆喰の養生の祈りの時間の話。あらがうことのできない生命の流れの中で、思う、祈るという行為の意味。いのちの中でそれらがフックとなって点々と残り、最後の瞬間に本質に導かれる「過程」になるように思う、というか、そうであってほしいと祈る。
ご家族のことやご自身の病気のことなど、プライベートな状況についてはいままで全くと言っていいほど書かれていなかったが、今回そういったことに踏み込んで書かれている。お父様の話はあまりに痛ましく読んでいてつらかったが、相手の医療従事者の方々の気持ちも何となくわかる気がして、単純に一刀両断できる話ではないなと思った(そして、梨木さんもそうはしていない)。たぶん、その人たちの態度が悪く見えたのは、相手が女だとか、仕事が作業になっているとかいう次元の話ではなく、どうしようもなく日々忙殺される中でそんな取り返しのつかない事象が今まで何度も起こって、その度当然になじられ続けるループの中で、もうその人たち自身の体や心も壊れているんじゃないかと思うのだ。微笑むっていうのは、もう心のやり取りのレベルに降りてこられない防御的反応に思えてならない。やるせない。誰かがどこかで気がつけばよかったのだろうけど…と思いきや、気が付いても隠蔽されたというのは、もはや倫理で正される段階を超えて追い詰められ、疲れ切った環境を思わせる。
その犠牲になった梨木さんとお父様はもはや相手を糾弾しない。その重さ。
命が命と深く通じ合う、つながっていく、続いていくということの尊さを梨木さんはずっと書いておられて、私もそれが大大大好きだ。けど、分かって欲しい、は分かるでしょう、分かれ、という風にあっという間に翻り、鋭い暴力性を獲得する。それがどんなに正しい感情でも、強い圧に晒され続けた相手も関係も歪んでおかしくなっていってしまうように思う。それは家庭のレベルでも、社会のレベルでも、国家のレベルでもありふれたことではないか。
分かって欲しいという時に、相手を変えようと思わず自分を変えるべきというのは有用な処世術ではある。梨木さんはそういった処世術に落ち着くのではなくて、本質的に伝え伝わること、どうにか相手に打撃を与えずに、関係と尊厳を保って互いに浸透するようなやり方を常に模索していたように思う。「春になったら苺を摘みに」はそんなイメージだった。本当に好きだった。
近年の政権の一言一言をあげつらう、尖った攻撃性を帯びたエッセイを読むにつけ、そういったことはやはり無理だったのだろうかと感じてしまう。どうにも心の整理がつかない。 -
Posted by ブクログ
エストニア旅行をお膳立てした編集者、通訳、カメラマンに土地ごとの現地ガイドも絡んでの旅行記。慌ただしい日本人の旅行の印象。ちょっとらしくないと思う。
確かに、この編集女史は有能な人なんだなというのは、判るんだけど。
エストニアと云われて、頭にイメージが沸かない。解説に「境界」を訪ねる旅とある。「ぐるりのこと」も境界に関するエッセイというか思考の本だったな。
一人森の中に入っていたり、ゆっくりカヌーを漕いだりする文章が梨木さんらしい。
そして、月毎の風のゼリーを木の実やハーブから作る記述は、いかにもという印象。
チェルノブイリ放射能の汚染で立入禁止になった地域に、バイソン、モウコノウマ、イヌワシ、ビーバー、オオヤマネコ、ノロジカ、アカシカが繁殖したいう。
(引用)
ヒトはここまで嫌われているのだ。
ヒトが生活する、ただそれだけで、多くの種が絶滅に追いやられている。放射能汚染より遥かにシビアに。
中世の街並みや森のキノコ採り、民族衣装など自然と歴史を感じさせてくれる文章。バルト海は塩分濃度が低く、海岸線に葦原が続くという。
昔、読んだ本に日本も昔は湿地帯に葦原が続き、それが日本人の原風景になっているとあった。琵琶湖の周辺、近江八幡で巡った水路を思いだながら、この水紀行を読んだ。 -
Posted by ブクログ
1930年代に、若い読者へ向けて書かれた本書は吉野源三郎氏の「君たちはどう生きるか」の15歳のコペル少年と錯覚してしまう。本作は、主人公・コペルが染織家の叔父ノボちゃんと共に疎遠になっていた親友・ユージンの庭によもぎを取りに行った一日のことが物語となっている。
そして、その一日を共有した人たちが、それぞれの心に秘めている想い、考えを通し、作者が私たちに生きていく上での環境、社会について問題定義をしている。
それは、弱いものを従わせる力。リーダーの存在意義。集団の中での無言の強制力などを戦争、性犯罪、環境保護などの社会問題を背景に、自分たちの立ち位置を常に考えるように、また考えて続けることの重要性に訴えかけている。
つまりは、人が生み出す力の方向性を常に個々人がしっかりとした信念を持ち、理解していなければ、環境は、社会は想定外の方向に進んでしまうということを認識すべきであるということである。
本作の中に主人公・コペルの友人であるユージンが小学生の時に、飼っていたニワトリを担任というリーダーの力、クラスという集団の力に屈して、自分の意とは異なる経験を強いられた回想のシーンがある。この時、経験が、ユージンの居場所を閉鎖してしまう。また、それを意識していなかったコペル自身も、この日、過去の自分を悔いることになり、自分居場所を考えることになる。
ユージンの従姉妹のショウコが参加していたボーイスカウトでの先輩が犯罪をうける。その先輩も、それから自分の居場所を、閉ざしてしまう。
それでも、人間は群れの中でないと生きていけない。時に群れから離れたいと感じこともある。が、いつでも受け入れてくる群れ、自分の存在を認めてくれる群れを作ることが大切なのである。
そのことを考える続けることが、大切なのである。
そして最後の言葉に繋がる「生きるために、群れは必要だ。強制や糾弾のない、許し合える、ゆるやかで温かい絆の群れが。人が一人になることも了解してくれる、離れていくことも認めてくれる、けど、いつでも迎えてくれる、そんな『いい加減』の群れ。…『群れの体温』みたいなものを必要としている人に、いざ、出会ったら、ときを逸せず、すぐさま迷わず、この言葉を言う力を自分につけるために、僕は、考え続けて、生きていく。
やあ。
よかったら、
ここにおいでよ。
気に入ったら、
ここが君の席だよ」
いつもとは異なる梨木香歩氏を感じる作品であった。
ここ以降は余談であるが、「ボーイスカウト」の起源には、びっくりした。「ボーイスカウト」は、野外での活動を通じ子供に自主性、協調性、社会性、貢献性、リーダーシップの育成を目的とした集団活動の重要性を掲げているイメージで、その起源が組織軍隊であるとは、考えても見なかった。
確かに、言われてみれば、カーキ色の制服や野外での活動、キャンプなど軍隊での生活に通じるものがある。では、なぜ、「スカウト」と言うのかと不思議に思い調べたところ、このスカウトという言葉も軍部本隊との連絡を取り合う偵察隊役を意味する軍隊用語のようで、スポーツの世界で使用される「スカウト」とは、かなり異にする起源があり、驚いた。 -
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主人公秋野がフィールドワークする架空の地 遅島。
遅島では多様な植物や動物、かつて修験道だった名残を目にすることができ、島の所々で生を感じる。その五十年後、再び遅島を訪れた秋野は変わってしまった島の姿を目の当たりにする。山は削られ、道が切り開かれ、かつてあった動植物は姿を消していた。ここは遅島ではない。そう感じた秋野だったが、
五十年前に見た海うそ(蜃気楼)は変わることなく、見ることができるのだった。
五十年前も後も遅島は遅島である。
その姿や人々の暮らしは変化すれど。
失われたものもあれば、得るものもある。
自分はそんな変わりゆく森羅万象の中にほんの少しだけ腰掛けているにすぎない。そんな気がした。
少し読むのが難しい小説だった。うまく内容を理解できてないかもしれないが、自分なりにこう解釈してみる。
少なくとも島の姿が変わって悲しい、保護するべきだ!そういうことを訴えてはいないのだなと。 -
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梨木香歩さんシリーズ。
染色や織物の世界を通して、唐草模様のように連綿と受け継がれ、伝えられてきた、女達の抑鬱と幸福を描く。
染色、機織り、パターン作家、中東にルーツを持つ外国人鍼灸師の4人の若い女性と、1体の人形の共同生活。「おばあちゃん」が住んでいた一軒家を下宿にすることになり、たまたまそこに集まった4人は、実は数奇な運命の糸で結び合わされていた・・・。
オレが読むとどことなし女女(おんなおんな)していて生々しく感じるけど、静かな中にも存在の切実さというか生の迫力というかがすごく迫ってくる。凄いお話だと思う。
能面の「般若」は知っていたけど、このお話に出て来る「生成」「真蛇」というのの画像を先に見ておいたらもっと面白いかも。 -
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ネタバレ渡り鳥の実態や飛ぶルートをより詳しく紹介して考察する本かと思ったら、そこは学術本ではないが故にタッチしないことにされているのか、はたまた明らかになっていないのか「〜なのだろうか」という投げかけに終始している。本当の鳥のドラマを知りたかったんだけどなあ(だからこそ『コースを違える』のA33の話は淡々としていながらも心に残った)。
ご自身の著書含め他の本を引用して色々考察されていて、人の「渡り」という切り口は面白かったが、話があっちこっち飛んで、個人的にはあまり読みやすいタイプのエッセイではなかった。
背表紙の「この鳥が話してくれたら、それはきっと人間に負けないぐらいの冒険譚になるに違いない」、この文は本の紹介としてはすごくワクワクした。