ねこ助のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ホドーミーマイハピィーネスとどけ〜〜たい〜♪
メローディーわたしだけぇ〜のおくり〜もの〜♪
まぁそういことよ
マイハピネス届けたいのよ
はい、26おネエは遂に太宰っちです!
いやもうそれこそ太宰っちなんか昔あほほど読んだはずなんだけど、ちーっとも覚えてない
この『魚服記』も読んだことあるような気もするけど、ちーっとも覚えてない
もう太宰っち読んだことあるって記憶そのものが捏造なんじゃなかろうかって本人が疑ってしまうくらいちーっとも覚えてない
わいの海馬には一層の奮起を促したい今日この頃である
しかし、あれよね今あれよ
オーディブルがまたねひとつの読書法としてその存在を確立しつつあるけど、 -
Posted by ブクログ
ネタバレ「子供たちは鼠のように遊んだ」という冒頭のフレーズが淫靡で、即惹かれた。
始終薄暗いイラストが、その妖しさを常に漂わせている。暗がりで男の子たちが禁じられた遊びを繰り広げていく様は、彫刻の女性像の出現によって、更に罪悪感を増してゆく。
亡くなった母親への寂しさを慰めるために、仲間に嘘をついてまで隠れ家を独り占めしようとする悲しさも、何だか理解できる。
艶めかしい壊れた彫刻が、母親の面影と重なり、接吻をしてしまうのは、どこか近親相姦めいたものがあって、ドキドキさせられた。
堀辰雄という作家は初めて知ったが、妖艶な世界観が醸し出されていて気に入った。他の作品もチェックしてみたい。 -
Posted by ブクログ
乙女の本棚八冊目
う〜ん、素晴らしい
ねこ助さんのイラストが素晴らしい
だけど…
『乙女の本棚』シリーズ、読めば読むほどこのシリーズ良いのか?悪いのか?って疑問が大きく膨らんできている
そして、あんまり良くないかもって考えに傾きつつある
例えばこの『赤とんぼ』新美南吉さんが赤とんぼに何を乗っけているのか?かあいいおじょうちゃんに何を乗っけているのか?書生さんに何を乗っけているのか?
答えはあるようでない
あるようでないけど自分なりのそれを見つけることに『赤とんぼ』を読む意味があるのではないかと思うのです
自分なりに考えることが「本を読む」ことの意味なのではないのかと思うのです
そし -
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乙女の本棚シリーズから、夢野久作さんとねこ助さんのコラボ作品「ルルとミミ」です。先日運よく1番に借りることができました!!もう~嬉しいっ!…ということで、なんとも表題もイラストも可愛い感じで、期待も高く読んでみることに…。
水が黒く濁るとよくないことが起る予兆だと恐れられている湖があった…。湖のふもとで、兄のルルと妹のミミのふたりで生活していた…。ふたりの父母はすでに他界しているが、亡き父のあとをついで鐘造りになったルル…新しい鐘を丹精込めて作ったが、その鐘は鳴らなかった…。心を痛めたルルは湖に身をなげる…。一人ぼっちになったミミは、ルルに会いたいと湖のほとりで涙を流すと、睡蓮の声が「… -
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ネタバレ乙女の本棚シリーズから、中島敦さんとねこ助さんのコラボ作品「山月記」です。ねこ助さんの奇麗な虎と女性のイラストが表紙!ねこ助さんってスゴイなぁ…前の「赤とんぼ」もだけれど、本当に奇麗で繊細なイラストですよねぇ…。でもね、読むぞと思って…ページを開くと異次元(^-^;)。参った…やってしまったも…、難しくって読みきれないかも、と不安を抱えながらも読んでみました。
物語の舞台は中国…李徴は詩人としての成功を夢見ていたがうまくいかず、妻子にも苦労をさせるほどその生活は逼迫したものに…李徴は夢をあきらめ一官吏として地方に赴任したが、やがて発狂し姿を消してしまう…。そんな李徴の存在に旧友の袁傪が気 -
Posted by ブクログ
乙女の本棚シリーズから、新見南吉さんとねこ助さんのコラボ作品「赤とんぼ」です。きれいな表紙…古き良き日本の姿が描かれているようで、すごく気になってました(*^-^*)
深い緑に囲まれた山里の別荘でのお話…赤とんぼの視点から描かれており、ある初夏の日、赤とんぼが羽を休めていた別荘に、赤いリボンの帽子を被った少女と、そのお母さん、書生さんが引っ越してきた…。赤とんぼは“かあいいおじょうちゃん”の存在が気になり、少女は“わたしのかあいい赤とんぼ”と…書生さんが話して聞かせた赤とんぼの言い伝えにも動じず楽しく過ごしていた…。夏が終わりを告げようとしていたころ、少女は東京に戻ることになり、赤とんぼ -
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「その声は、我が友、李徴子ではないか?」
高校の現代文の授業で読んで以来。言い回しや表現が小難しかったけど、書かれていることにハッとさせられたのを覚えているし、今でも折に触れて戒めのように思い出すことがある。
そして当時あやふやだった部分も、時を経て人生観が熟し(言い換えれば"老い"かもしれない)、さらに深く読むことができた気がする。
「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」。己の才能を誇りながらも誰より傷つくことを恐れ、ただ驕り高ぶって刻苦を厭い、努力を放棄してきた李徴の無念と後悔。
李徴を虎の姿に変えてしまったものの正体が手に取るように分かるから、刺されるような鋭い痛みを覚え