ねこ助のレビュー一覧
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〈乙女の本棚シリーズ〉
中島敦+ねこ助
李徴は、かつての自らの行いに焦燥に駆られた時にはすでに遅く、発狂して飛び出した。
後に袁傪が、使いに出たところ猛虎に襲われかけるのだが、人間の呟き声に我が友ではないかと叫ぶ。
叢から出てこないわけを尋ねると今は、異類の身となり、そのあさましい姿を見せるわけにはいかないと。
なぜ虎の姿となったのか…
いや、初めから今の形のものだったと思えば、幸せなのか…
だが、人間だった記憶がなくなることを恐ろしく、哀しく、切なく思っているのかもしれない。
虎になったことで、己れの卑怯さや刻苦を厭う怠惰さに気がついた。
滂沱の涙を流して全てを悔いたとしても、もはやどうにも元には戻れない。
悲しくも深い話。
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〈乙女の本棚シリーズ〉
新美南吉+ねこ助
どこに赤とんぼがいるのかと思っていたら、なんと垣根の竹の上に座っていた赤い帯の女の子だったとは…。
まさか擬人化しているとは思わず二度見してしまった。
誰もいない家にやって来たおじょうちゃんとお母さんと書生さん。
おじょうちゃんは、最初から赤とんぼを捕まえようとはせず、飛んでいる姿を見るだけでも嬉しそう。
書生さんには、嫌なことを言われたり、目を回されて捕まえられたりと大変だったけど、おじょうちゃんだけは、ずっと気づかってくれる。
楽しいひとときはあっという間に終わり。
だけどおじょうちゃんとの思い出は、消えないだろう。
可愛いおじょうちゃんと少女に擬人化した赤とんぼが、お別れのときに手を取り見つめ合っている絵はなんとも言えず、淋しさを感じながらも永遠の友情を誓い合っているようでもあった。
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添えられたイラストが適切なのかどうかは、私には評価できない。わからないからだ。山月記に登場するのは虎であって、猫は一匹たりとも登場しないが、ここにはたくさんの猫のイラストが描かれる。イラストレーターが「ねこ助」という名前の方であるようなので、たぶん猫がお得意で、だからたくさん猫のイラストを描いているのかもしれないし、出版社もそれを求めて依頼したのかもしれない。しかしそれが適切なのか、よくわからない。李徴でも袁傪でもない、幼児的人物のイラストも、どういうつもりで添えているのか、よくわからない。よくわからないけど、これが現代イラストレーターとのコラボレーションによる新しい文学の提案だと言われれば、納得せざるを得ないのかもしれない。よくわからない。また、これによって、名作文学に触れる読者層が広がるという効果もあるであろうから、一概にイラストの適不適だけで論じられない面もある。
ただイラストそのものが美しいのは確かで、また、イラストとは別に、文章の区切り方(このページにはこの文章だけ)のような編集については、良いと思うし、実際読みやすい。
山月記という文学作品単体で言うなら、これはもう間違いなく名作中の名作である。山月記については迷わず★5つである。あまりにも美しい文章とともに、李徴という人間の心の奥深くまでが、この短編の中に異様なまでの生命感をもって描き出される。たとえば、"木の間を伝って、何処からか、暁角が哀しげに響き始めた。"という一文を抜き出してみても、そのあまりの美しさには絶句する程だ。人物の心象と情景の両者が見事に融け合って響き合い、美しさが限界突破しているほどに思われる。なにより、全体を通して、李徴という人物の、ここに描かれる心理描写が、あまりにも迫るものがあるのです。 -
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7月30日は、谷崎潤一郎文学忌、潤一郎忌
1917年大正6年 雑誌「改造」初出
幻想と耽美の短編
富豪の若き貴公子――南京随一の美男子。
両親の死後、莫大な財産を背景に放蕩にふけり、美貌を武器に美女を漁る日々。
あらゆる快楽に飽き果てたころ、ヨーロッパから来た人魚に心奪われる。
水槽越しに募る恋情。
ついには人魚の種族に堕ち、自らも異形となることを願うように。
しかし人魚は、西洋の海を恋い慕う。
その願いを叶えようとする貴公子――
彼もまた、人魚とともに西洋へと旅立っていく
イラストはねこ助さん。耽美な物語に添えられた繊細なイラストが、世界観を一層引き立てていました。ただ、個人的にはもう少し大人びた二人の描写でも良かったかな、とも感じました。それでも、人魚と貴公子の儚くも幻想的な恋を彩るには、あのタッチもまたひとつの解釈なのかもしれません。