小畑健のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
1700エントリ目。私が10代~20代だった頃にいろいろな意味で影響を受けた作品について述べるシリーズも第17回を数えることになった。で、今回のお題は「ヒカルの碁」。作品の素晴らしさは言わずもがなであり、ここではジャンプ誌上で実施されたキャラクター人気投票の思い出について書きたいと思う。
ヒカルの碁の第1回人気投票は、当時としては珍しくウェブ上で投票する形式で行われていた。私は某大学の情報工学系の研究室に所属していたのだが、同期の学生の発案で、1日1票しか投票できないようになっていた投票システムの弱点を突き、「名称不明の同級生A」に研究室ぐるみで大量の票を投入したのである。その結果、ヒカルの同級生Aは9位に滑り込み、その後の話で氏名が明かされることとなった。有名なギャルゲーのヒロインを足して2で割ったような氏名が与えられたその少女は、その後、主要なサブキャラとしての地位を不動のものとしたのである。
という意味でも、私にとっては思い出深い作品である。ちなみに、研究室の面々が同級生Aへの投票を頑張っているのを横目に、私はせっせと藤原佐為に投票していたことはナイショ(笑)。だって、このマンガの見どころはやっぱり佐為×ヒカルでしょうが~。 -
Posted by ブクログ
ジャンプ漫画ってのは人気次第で露骨に引き伸ばされたり打ち切られたりするので、起承転結綺麗に着地できる作品があまり無いように思います。
その中にあって、単行本17冊過不足なく見事にまとめきり、清々しい読後感を与えてくれるのがこの作品。(北斗杯編はとりあえず置いといて)
海賊王でも逆刃刀でもなく、碁。少年漫画のテーマとしてこれはちょっとどうなんだ、と初めは誰もが思ったに違いないのですが、こいつが文字通り(笑)お化け漫画に育ってしまったわけです。
特にプロ試験の中盤以降が秀逸。1人1人の描写が深く、じっと読み入ってしまいます。奈瀬が本田に勝ったシーン、切ないですね…。
あとは16~17巻の怒涛の流れ。なんかこう、万感極まってくるんですよね。一緒になって泣いた、と書くと嘘になりますけど、感動した事は間違いないです。
全部読んでも未だに碁のルールがわかってないのですが(苦笑)、それでも大好きな作品です。 -
Posted by ブクログ
ネタバレマンガ界をリードし続ける絶対王者、「週刊少年ジャンプ」のアンケ-トシステムに関する、壮大なネタバレ漫画。
連載開始当初の第一印象はそんな感じで「こ、これ世に出しちゃって大丈夫なのか…!?」と愕然としたものです。一世を風靡した「DEATH NOTE」を生みだしたコンビが、果たして一発屋に終わるのかどうか、そんなプレッシャーと注目の中で、こんな作品を描いてしまうのか。その豪胆さにただただ舌を巻くばかりでした。
そのデスノの連載当時、原作者の大場つぐみ氏が実は「とっても!ラッキーマン」のがもうひろし氏と同一人物であるとの噂が流れていました。いやいや、そんなハズはないだろう。作風が180度違うじゃないか。ガセネタを流すにしてももうちょっとひねろうよ、と
自分は鼻で笑っていました。その当時は。
本作の単行本で初めて公開された大場氏のネーム。そのタッチを見た時の衝撃は、忘れようもありません。往時の読者なら誰でも分かる、がもう氏そのものの絵。もはや隠す気などゼロ。完全に一致、でした。
さてそうなると、作中に出てくる「川口たろう」の存在が俄然光り輝いてきます。かつてジャンプでヒットを飛ばし、アニメ化されるほどもてはやされ、しかしその後は打ち切り作家へと転落したギャグ漫画家川口たろう。その軌跡は否が応にもがもうひろし氏の作家人生を連想させます。その川口たろうを、大場氏は作中で殺してしまいました。川口たろうは、そしてがもうひろしは死んだ。しかしその魂は受け継がれて、ジャンプに新たな地平を切り拓く-。凄まじいエネルギーの込められたマンガです。
ヒット作家を目指してがむしゃらに駆け上り、辿り着いた11巻のクライマックスは涙なしには読めません。気が付けばライバルも仲間も増えていて、マンガという舞台でしっかりとバトルしている。友情・努力・勝利。ネタ勝負なスタートだった作品がいつの間にか、ジャンプの王道パターンをしっかり踏まえています。「王道」と「邪道」を突き詰める主人公達の奮闘と、作品自体の成長がしっかりリンクしていてお見事です。
最終盤で恋愛よりになった点は評価が分かれるようですが、1話以来の伏線をしっかり回収し綺麗に着地したと思います。全20巻、読み応えのある大河ドラマでした。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ評価・感想は 全12巻について。
前半の「月とLの息もつかせぬ激闘」「月が考えだした(綱渡り的な)作戦」が見事!
ラストが美しい。新しい宗教の始まりかも。「メシアの死」はすでにある。教えを伝える者がいてそれに結びつく権力があれば、いずれはメジャーな宗教になりそう。
ところで、月は、志の通り世界を変えることができたとして、その後に必ず訪れる自身の死の後については、どう考えていたのだろうか? 完璧主義者だし、考えていなかったはずはないと思うのだが。
後継者くらいしか思いつかないが、月が納得できるような者が現れるような気がしない。変革後の対策なしに月が死んだら、世界はめちゃくちゃに荒れるはず(汗 -
Posted by ブクログ
デスノートを「もしも死神がいたら」を描いたものとしたら、プラチナエンドは「もしも天使(生きることを応援する神)がいたら」を描いたものと言えると思いました。
どちらの作品も全知全能で永遠の命を持つ神が〃倦んでいる〃のに対して人間は欲望を剥き出しにして命を謳歌しているところが描かれていて面白いです。
デスノートでは「では人間が死神の力を持ったらどうなるか?」という話で、それなりに活躍するし支持も得るけど人間の知性が勝るよねという落ちでした。
対してプラチナエンドでは天使や神の力を持ったら?という話なんだけど、富・愛・生奪を自由にできる力を持っても幸せ感は努力で獲得することの喜びに劣るよねーという話になりそうです。
まー、実際、整った顔で生まれた人はイケメン・美女だから愛されているのではないかという(贅沢な?)悩み(疑心暗鬼)を持ち、それゆえに努力して身ぎれいにしてより美しくなり、さらに美しいことでモテるということが起こるといわれています
仕事でいえばプログラミングの才能を持って生まれた人は天賦の才によるものと思われたくないので努力して磨きをかけるのでさらにプログラミング力が上がるということが起こります。(プログラミングをテスティングに変えても同じです)
このマンガの主人公はデスノートの夜神月がデスノートを使いまくったのに対して、1巻が終わる時点ではむしろ封印しています。
まー、主人公を神までもっていくにはそういう性格にしておく必要があるというのもわかるし、使いまくるとどうなるかを見せるしかけもあるので、それでよいと思うのですが、感情移入はしにくいな。