火坂雅志のレビュー一覧
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竹中半兵衛、黒田官兵衛の生き様は共に信長・秀吉の軍師として「利」と「義」を配慮しながら戦い続けた。軍師は戦勝すると影となり、官兵衛も敗戦、苦戦の場合のみ頼られ、勝っても言葉だけの報奨を受けた。隠居した後の「己の道」(我力を信じ鎮西平定)が夢半ばで終焉したのも悲しいが、牢獄から生き抜くことへの希望、夢を最後まで諦めなかったことは男として、軍師として素晴らしい人生だったと思う。気になる言葉は:「力が強いものはそれのみに頼り、己を誇って、家臣や領民の心を見失う。高慢になって人を蔑ろにすれば、家臣、万民の心は離れ、必ず家を失い、国が滅ぶ元となる。誠の威というものは、人を叱ったり、脅したりすることなしに
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知恵も武力なり、軍師としての力量は智慧と度胸が必須だ。文中にある「世に智慧者ほど恐ろしいものは無い」など戦略戦術は智慧ある者に勝利をもたらした。竹中半兵衛は病魔の犯されながら真剣に人を読み行動した。上に立つものは人愛と寛容の心が必須だと言い遺した。気になる言葉:「死を恐れていては、何事もなりますまい。誰もが尻込みする大仕事を成し遂げたとき、得難い信用と地位を手にすることになる」(リスクと挑戦)
「弱者が知恵を駆逐して、強者を打ち破るところに兵法の面白さがある」(智慧と度胸)
「天の時、地の利、人の和」(人の徳)
「世に智慧者ほど恐ろしいものは無いという」(戦略・軍師を持つ)
「人に徳ありと思わ -
購入済み
完成作を最後まで読みたかった
島左近は私にとって関ヶ原合戦で突然登場する武将でしかなかった。左近の生き様を知り、彼の視点から当時の戦国武将たちを見ることができ、当時をより深く理解が進んだように思う。
数週間前、ブラタモリで黒田長政の鉄砲隊が左近を狙撃するために迂回した路をたどっていた。そこへ至るまで故火坂氏はどのような物語を構想していたのだろう。 -
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歴史苦手意識持ってる私。教科書買ってみたり、売れてる歴史勉強本買ってみたり、漫画読んでみたり。でも入ってこないのよー。
なんでもっと早く小説を読むという手段を選ばなかったのか。
おもしろい!
いやこれは作者さんがすばらしいのか。
戦術とか経緯とか関係性とか、にんげんだもの今と通じるものはそりゃあるよね。
家康の築山殿との関係性とか
康信との関係性とか。
三河一向一揆のこととか。
三方ヶ原の戦いのこととか。
戦いにしたって相手の心を読んだり
同盟相手の心情とか。
下巻がたのしみ!
どうする家康とか関係なしに。(たぶん観ない)
母親が骨折して、生活が一変しちゃって全然本読めなくなっちゃったけど
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戦国武将や大名好きからしたら軍師のツートップである黒田官兵衛と竹中半兵衛。
火坂雅志さんの作品がいちいち面白くて、ちょっと悔しい感覚すら覚える。
最初は左近と業政駈けるだけ読もうと思ってたのにいちいち面白くてじわじわと火坂さん作品を読み進めてしまってます。
いまさら黒田官兵衛という感情もありながらも軍師の門読みました。
こちら上巻では黒田官兵衛と竹中半兵衛との出会いや官兵衛の苦悩や苦労、成長などが描かれています。
普通に面白いです。
火坂雅志さんの他作品(全宗や墨染の鎧、臥竜の天など)を読んでいる為、他作品の主人公が出てくると、おっ、とテンションが上がってしまいますね。
2021/5 -
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鎌倉末期から室町初期の南北朝時代に南朝方の軍師として活躍した児島高徳。配流されていた後醍醐天皇の隠岐脱出を実行するも、御門は鎌倉幕府を裏切り倒幕した足利尊氏に信を置く。義を捨て利に転んだ行いに承伏できない高徳は新政権からは距離を置き、建武の新政では十分な論功行賞を得ることができず、境遇の近い護良親王と関係を深める。徐々に対立し始める後醍醐天皇と護良親王。足利尊氏の野心。足利兄弟の対立。四国、九州、北陸、信州と舞台を変えながた南朝方として最後まで戦い抜いた児島高徳の太平記を描く。
火坂雅志らしい文学性と史実と想像の融合。心を駆り立てる物語進行に夢中になり、気づけば数時間で読破していた。 -
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ネタバレ著者の作品として、個人的には、、天地人、黒衣の宰相が、良書とおもうが、これと同等に値する作品と思う。ただ、本作品は、関ヶ原に向かうところで終わるが、家康「伝」とするならば、関ヶ原の合戦模様から、大阪の陣までも表す必要があると私はあると思う。もし、著者の余命がもっとあったならば、上下巻だけではなく、関ヶ原合戦模様や大阪の陣も加えて三から四巻の構成で執筆したとも考えれられ、非常に残念に思う。また、三方ヶ原の合戦の描写は他の作品にない非常に秀逸なものと感じ、これと同じように、関ヶ原、大阪の合戦が描かれていたならば、まさに、過去の他の著名な家康小説と並ぶ、完成度の高い家康小説になっているものと考える。