おおたとしまさのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
■個人のセクシュアリティを構成する要素として次の4つが挙げられる。
①身体の性(Sex)
②性自認(Gender Identity)
③社会的性(性役割・性表現:Gender Role/Gender Expression)
④性的指向(Sexual Orientation)
・①と②が一致しないのがトランスジェンダー(Transgender)
・①と②が一致しているのがシスジェンダー(Cisgender)
・④についてはレズビアン、ゲイ、バイセクシュアル
・LGBTではなく、要素を使って「SOGI」(ソジ又はソギ)という言葉も使われるようになった。これは性的指向(Sexual Orientation)と性自認(Gender Identity)の組み合わせ。 -
Posted by ブクログ
自分の夢はいつか無料塾の先生になること。しかしその裏には独りよがりの正義感に基づいた不純な動機が隠れている可能性に気付いた。それだけでもこの本を読んだ価値がある。その上でなお有料塾に通えない子供たちに勉強を教えたい気持ちが益々強くなった。
もともと貧困家庭で育ち、中卒の両親に育てられて、中学3年になるまで大学進学なんて考えもしなかった。姉も含めて10人以上いる従兄弟たちも全員高卒で、親から勉強しろと言われたことはなく、もちろん塾にも通っていない。そんな環境下で自宅通学•国立限定という制約はあったものの大学進学できたのは、中3担任が進学校の受験を勧めてくれたことと、学歴がなくて悔しい人生を送ってきた母の後押しによる。親の負担を考えて大学院進学も全く考えていなかったが、現在母校の学長にまで上り詰めた当時の助教授の強い勧めで受験し、トップ合格を果たしてかつて名門と言われる会社に就職するに至った。これらは偶然の産物であり、不思議な巡り合わせの結果でもある。自分の人生に心から満足しており、この境遇を与えてくれた恩を何らかの形でお返ししたいとずっと思ってきた。
とは言え後半で書かれていることは、やはりキレイ事に聞こえる。絶対になくならない学歴社会を前提とし、学歴がないことのメリットとデメリットを秤にかけた上で高卒を選択するのなら良いが、生まれによって選択の機会が与えられないのは残酷だと思う。
能力(この表現も著者に叱られそうだが)はあるのに家庭環境のせいでチャレンジの機会が与えられず、更にはどんな機会が世の中にあるのかも知らされず、機会が与えられていないことにすら気付くことができない、かつての自分のような子供達に可能性を示してあげたい。これって自分が辿ってきた人生を理想化し、子供たちに単線的な『成功』を追い求めさせる余計なおせっかいなのだろうか? この本を読んで自分の信念が揺らいできた。
ミクロ視点のルポルタージュでは限界があるから、もう少しまとまった成書も読んでみたい。 -
Posted by ブクログ
よく聞く教育法や保育施設、習い事や受験に関わる各手段など、大学受験あたりまでの子育てに関わる選択肢に関して体系的に書かれた本。
著者が紹介している各機関と利害関係が(おそらく)ないため、公平なメリデメが記述されている印象を受けた。
教育法に関してはいずれも子どもの内発的動機を尊重するという共通点もあるため、それぞれの家庭環境に合わせて無理のない程度にいいとこ取りできるかと感じた。
習い事に関しては最低限のルールと学び方を教われば、あとは本人の意志を尊重してやめてしまっても良いなと感じた。受験のための塾や予備校、学校選びは、教育機関側の食い物にならないように、親や子どもが考えながら選べばなんとかなると感じた。 -
Posted by ブクログ
中学受験を考えている方には読んでいただきたい。
・受験を終えたママさんたち
・これから受験に向かうママさんたち
と、おおたさんのインタビュー形式です。
中学受験の目的とは何かと、改めて考させられますし、我が子が頑張るのを見守るためにどういうことを頭の片隅に置いておくべきかも考えさせられました。
いろんなタイプのお母さん・お子さんの組み合わせがあり、読む方もどれかには自分ごとのように共感すると思うので、おおたさんがどんな言葉をかけているか是非読んでみてください。
以下は私の要約ですが、心に残る言葉でした。
『中学受験はスポーツやビジネスと違って、人生は勝ち負けとか損得勘定とかコスパではない』
『少しでも良い偏差値を取るっていうことが目的になって、大事なことを見失いがちになってしまうのは子育ての観点からすれば本末転倒。』 -
Posted by ブクログ
事実に基づいたエピソードはグッとくるものがある。
中学受験で大事なのは結果ではなく、そのプロセス。
思っている以上に親の責任は重いし、大きい。
塾ビジネスの闇の部分をこんなに炙り出していたのが、爽快。
子どものためと言いながら、結局は自分と同じ思いをしてほしくない、できる子の親という自分、こうなってほしいという、大人の都合や願望の押し付けが子どもたちを「できるできない」という評価軸の世界に閉じ込めてしまっている現実。
小学生の時から、気付かないうちに、そういうものの見方、考え方に洗脳されていて、その子が親になって、またその子どもがその親の元で洗脳されていくというスパイラルになっている。
「偏差値、学力重視の教育」の弊害を中学受験という切り口で痛烈に描いている。
成績で子どもを見ざるを得ないこの世界にいることは苦しい。