服部桂のレビュー一覧
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チェス指し自動人形の誕生からその真相までのノンフィクション
以下、公式のあらすじ
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1770年、ウィーン宮廷。官吏ケンペレンによる前代未聞の発明、チェスを指す自動人形(オートマトン)がベールを脱いだ。中東風の衣装をまとい「トルコ人(ターク)」と呼ばれた彼は人の手から手に渡り、欧米各地で興行が催される。チャンピオンすら打ち負かす腕前に観客たちは驚き、困惑した。本当に機械が「思考」しているのか? ベンジャミン・フランクリンを破りナポレオンとも対局、エドガー・アラン・ポーがその秘密に挑んだ、知られざる「AIの祖先」の世にも数奇な命運と真相。『ヴィクトリア朝時代のインターネット』著者、もうひとつの傑作!
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「猫を抱いて象と泳ぐ」(小川洋子)を読んだのと、去年末の読書会でこの本を紹介していた人がいたので読んでみた
ケンペレンにより作られた自動人形
果たして本当にすべてが自動なのか、何かトリックがあるのか
机の扉を開けると歯車などが詰まっていて、向こうの蝋燭の光が感じられる
他の扉を開けても空洞があるばかり
狭い空間に入れるような子供が中にいるのか
ケンペレンが怪しい動きをしている事から、何か操作しているのではという疑惑
仕掛けがあるとしたら、どんなものか
人々の反応と推測の歴史
マリア・テレジアの命で作られ
後に様々な偉人を魅了する事になる
ナポレオン、ベートーヴェン、エドガー・アラン・ポー等など
ケンペレン亡き後も所有者が変わりながら人々の前でパフォーマンスが続けられていた
当時、記者をしていたエドガー・アラン・ポーが、仕組みを推測し
当たっているものもあれば、外れていたものもあった
その記事が後に推理小説の元祖となったらしい
中に入っていたとされる人達の変遷
そして、コンピュータが人間のチェスマスターに勝利したエピソード
ディープブルーは人間のチェスのトップであったカスパロフに勝ったコンピュータ
チューリングテストの基準で言えば、カスパロフも指し方を認めるところとなる
今でこそコンピュータが盤上遊戯で人間より遥か上を行くようになったけど
当時の人達もどこまでチェス指し人形を信じていたんだろ?
まぁ、普通に考えれば無理な話ではあるけれども
そこはタークが披露されていたのがオートマトンの発表のメインとしての流れがあったとか
ケンペレンのパフォーマンスの妙があったとかのでしょうね -
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ヴィクトリア朝時代のインターネットを読んだ。電信の発明やその発展が詳しく書かれている。
電信って、「チチキトク、スグカエレ」みたいなメッセージを送る、古い時代のものだとぼんやりイメージしていたけれど、当時は蒸気機関と並んで称賛された技術革命だったそうで、そのイメージが覆った。考えてみれば、電信が出来る前は飛脚や伝書鳩で連絡をとっていたのだから、そりゃそうだ。
発明された当時はペテンや黒魔術の類だと思われて、なかなか社会に受け入れられなかったが、一度電信の有用さが知られると熱烈的に普及していったらしい。そういった全く新しい技術がどのように受け入れられていったのか、当時の空気感が伝わるエピソードがたくさん紹介されていて、面白かった。 -
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ヴィクトリア朝時代から比べると現代はいろいろなものが大きく様変わりした。
そのなかでも現代において欠かせないものの一つに”インターネット”がある。インターネットの登場で情報へのアクセスの量は飛躍的に増大した。そして人々のコミュニケーションにも影響を与えており、インターネット以前以後でまったく違うものになった。
と、自分は思っていた。だから仮に昔の人が現代にタイムスリップしたらインターネットに最も驚くだろう、と。
しかし、違うのだと本書に記されている。
インターネットの原型であるものがヴィクトリア朝時代には既にあったのだと。
それが”電信”技術である。
腕木通信という腕の形をした木の形で遠くに情報を知らせる技術の誕生から、電気による通信技術の誕生、そしてテレグラフや電報、電話と姿を変えていく。
インターネットの誕生によってテキストメッセージのやり取りが手紙というフィジカルからデータへと変化したが、既に通っていた道だったのかという驚き。
電信オペレーターによる会ったことのない誰かとのやり取りやロマンスもSNSにも通じるようで面白かった。 -
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【概要】
19世紀はヴィクトリア朝時代。
新しい発明であった「電気」を使って、国中でいや世界中で瞬く間に情報のやり取りが出来る「電信」が生み出された。
電信はビジネスを加速化させ、恋愛を生み出し、悪用しようする人間を生み出した。
まるで現代のインターネットを先駆けたかのような発明が100年以上前に生み出されていた!
【感想】
電信の前段階として塔を立ててパネルを交換することによって光学的に情報を送るテレグラフがフランスで生まれたという所がまず面白い。
それでいて、光学式テレグラフに予算を投資してしまったので、電気式テレグラフ=電信を敷設するのが遅れたという話が世界史あるあるでまた面白い。
この新しい技術がすぐにまた新しい技術に取って代わられる……勿論電信もその例を違えず100年余りで電話に地位を奪われる!……これこそが技術の歴史の面白さだと思う。
そして毎回新しい発明が生まれると、人間は飽きもせずそれによって世界が良い方向に向かうと楽観視する。
電信の完全な民主化がインターネットだという著者の結論が的を射ていると思う。
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もちろん、19世紀に『インターネット」があったわけではない。しかし、『インターネット』に匹敵するものが実用化された。電信(テレグラフ)である。
腕木通信(手旗信号を機械化しリレー方式でつないでいくようなもの)から、やがて電気通信へ。さらに海底ケーブルの伸展による世界規模のネットワーク等々。現代のインターネットと同様のインパクトがあり、その発展と社会的影響は、現在のインターネットと驚くほど酷似していた。仕様の共通化、暗号化通信の導入や、電信を利用した犯罪などは、昔も今も変わらない。
あと、発明王のエジソンが電信で財を成したことにより、電球や蓄音機の開発につながったことなどは興味深い。
そして今では、電信(電報)は慶弔目的以外に目にしたことがない。 -
Posted by ブクログ
ヴィクトリア朝時代には、インターネットのように全世界を繋ぐ情報ネットワークが既に存在した。電話以前に普及していた文字通信サービス「電信」をインターネットの前身と捉え、その繁栄と衰退を描きだしたノンフィクション。
電信とはモールス信号を使った文字通信のことで、要は今でも結婚式の謎風習として残っているあの電報である。19世紀半ばにアメリカとイギリスでほぼ同時に実用化され、誕生から20年足らずで海底ケーブルが大西洋を横断し、日本にまで電信網が引かれていた。1870年代には2万都市が繋がり、ロンドン-ボンベイ間通信の所要時間は4分!ものすごいオーバーテクノロジーだ。
偉人伝に興味を持たずに育ったため、本書で初めてモールスの経歴を知って今更驚いた。こんな技師でも科学者でもない山師じみたド素人だったなんて、歴史って面白いなぁ。電気が「目に見えない」という理由で心霊と同じ扱いを受けていた時代だから、スポンサーの前で実演してみせても詐欺師や手品師と一緒くたにされるモールスたちがモーセみたいで笑える。降霊術とか神智学会とか千里眼とか盛り上がってたのと完全に同時進行の話だもんなぁ。
電信局のオペレーター周りの話なんかはかなり"インターネット"で、独自に生みだした略語はプログラム言語の先祖のようだし、仕事の合間に上司の目を盗んでチャットしたりオンラインチェスをしたりも今のデスクワークと変わらない。なんとなく女性ばかりのイメージだったけど男女どちらも働いていて(部屋は別)、当時は最先端のイケてる職業だったとか。その後機械化され、猛スピードで信号を読み取る技術職だったオペレーターの地位は下がった。この辺はタイプライターの普及とも関係づけられそう(しかしタイプライターの実用化より電信の普及のほうが早いっていうのも考えてみるとタイムパラドックス感がある)。
情報がスピード勝負の時代になったビジネスマンたちの「通信スピードが上がれば上がるほど楽にならずに仕事が増えるだけじゃねえか!」という叫びはあまりにも21世紀的すぎる。電信誕生以前は新聞屋がニュースを余裕で2日寝かせてた話なんかも面白かった。しかしまもなく電話が発明されると、電信の天下は50年足らずで終わってしまう。
そして時代の中心は電話、ラジオ、テレビへ移り変わる。著者がこれらの音声・映像メディアよりも電信を"インターネット的"だと見做したのは、原書がでた1998年当時はインターネットの大半がまだ文字情報のやりとりだけで成り立っていたからだ。リアルタイムの情報を交換できるようになり、新聞や雑誌などのメディアが力を持ったオンラインテキスト文化。全世界を繋ぐ情報ネットワークが平和をもたらすという無邪気なユートピア幻想。この二つが100年の時を跨いで電信とインターネットを繋ぐ。97年にMITメディアラボ所長が語った「将来子どもはナショナリズムとは何かをわからなくなる」という展望とは真逆の未来にきちゃったけど、それを笑いたくはないなぁ。 -
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予言的でも盲信的でもなく、これまでのテクノロジーの流れや、その技術が持っている特性、社会が求めていることなど、本質的な要素から、筋道立てて未来を予測している点に感服した。
未来予測に関してもすごいが、著者自身が世界中を旅していたり、アーミッシュとの交流や多くの起業家とのインタービューなどの様々な人生の経験を通じて、世の中を俯瞰しているからこそ、見えるものや気付けることがあるのだと思った。
著書に垣間見える、彼の幅広い経験や彼による彼自身の認識の深さにとても惹かれた。
著者が「WIRED」の共同設立者らしくこの雑誌がさらに好きになっちゃっいやした -
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「チューリングの大聖堂」で名を馳せた科学史家による現代文明批判の書。18世紀、ライプニッツにより提案されるもロシアのピョートル大帝の興を惹かずに終わった「道徳と形而上学を正確な計算により解明する」というアイディアに仮託させ、「特定の主体ではなくアルゴリズムにより支配される現代文明」というセルフ・イメージの改訂を我々に迫る。
著者はまず人間文明を4つの時代に区切る。工業化以前の第1の時代、工業が発展した第2の時代、デジタル論理が席巻する第3の時代、そして現在の第4の時代だ。第4の時代では、アルゴリズムとそれを制御する一部の層が支配的であると一般的には考えられているが著者の考えではさにあらず、むしろこの時代は自然が支配権を握っていた第1の時代に引き戻されようとしている、という。本書はこの各時代における自然と科学の関わり合いを、主に北アメリカにおける先住民と西洋文明の邂逅と対立に二重写しにする形で描き出してゆく。
第1章から興味深くもやや冗長な文章が続くが、面白くなるのは19世紀のディストピア小説「エレホン」を題材に「創発」を扱う第7章から。著者によれば、機械による生命の置き換えに警鐘を鳴らすこの「エレホン」は単なる機械文明批判の書ではない。むしろ、生物の持つ知能というシステムが個々の細胞に内在する生物学的コードに随伴(supervene)して生じたように、機械の知能も個々の人間の知能に随伴して生じてこれを超越する、ということを喝破した啓蒙の書として扱われている。この人間を部品とした決定論的システムは、完全に決定論的ではなく幾分創造的で予期せぬ結果をもたらす。これが「創発」であり、つまり機械は自然と同じ発展性と創造性を有することになる。人間は機械に奉仕する形になるかもしれないが、それは必ずしも不幸なことではなく、自然に支配されていたアメリカ先住民と同様の豊かさを享受できるかもしれないのだ。
最終章ではこの著者の主張が、より抽象的な議論を絡めながら展開されている。まず、カントールの「連続体仮説」で主張される二種類の無限、すなわち離散的な「可能無限」と連続的な「実無限」に、それぞれ「デジタル・コンピューティング」と「アナログ・コンピューティング」が対応させられる。前者は非生物的な機械で用いられ、エラーや曖昧さを排除すべく各段階での厳密なデバッグを要するが、後者は生物による創発的な階層で用いられ、ノイズは許容されたまま確率的・統計的に処理される。
アナログ・コンピューティングは今日、生物神経システムを模した相互システム接続を前提としたネットワーク・コンピューティングに形を変えて現代のメインストリームを形成している。より上位の階層で支配的であろうとするアナログの力が、デジタルに代わって主流となりつつあるのだ。そこではコントロールする主体がいないにも関わらず、情報がそれぞれのネットワークにおける位置や役割に応じて自然発生的に制御され、他に影響力を及ぼす。システム自体が意味を持ち始めるのだ。
そうなると、機械が可能無限を、自然が実無限を担当していた第2・第3の時代とは異なり、このテクノロジー全盛の第4時代はこれらが混然一体となり、あたかも自然を模した自律的な機械によるデジタルコンピューティングが、より創造性に富む「理性」や「道徳」などのアナログ・システムを創発する第1の時代に回帰していくのではないか、というのが著者の主張だ。
ライプニッツの抱いた夢は、形而上的概念を数学的概念で表そうという「上から」の科学的態度を体現するものだった。著者はいわば「下から」、つまり自然そのものに内在する離散的な下位概念に随伴する形で連続的な上位概念が生じるという図式をもって、叶わなかったライプニッツの夢を体現しようとしているのかもしれない。 -
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久しぶりにケヴィン・ケリーの書籍が出たということで、楽しみに読み進める。
ケヴィンの基本的な思考である「テクノロジーに耳を傾ければ未来がわかる」に基づき、テクノロジーの未来における変化を予測している。
一つ一つは興味深かったが、第5章以降のケヴィンの思考と経験についての内容が面白かった。
特異な考え方を持つ著者に学ぶことは多い。
以下、参考になった点。
・テクノロジーが持つ自然の方向性
・どうやって学ぶかを学ぶ
・テクノロジーは良い面が51%、悪い面が49%
・イノベーションを起こしてきた人たちが世間的に最高峰を極めている時には、カオスの底にいた(カオスの縁にいて完璧な秩序にも縛られないと感じている状態が良い)
・人生に満足している人は「自分が何者であるか」という疑問を持っている
・人の仕事は、問いを投げかける、そして不確実性を扱うものになっていく -
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帯に書いてるのは「ビジョナリー(預言者)」。それはそうなんだけど,ケヴィン・ケリーを初めて知ったのは、二十年前に大学のときに課題で与えられた洋書の人。その時から今後の社会がどうなっていくのかという視点を与えて続けてくれていると思っている。本書はそんなケヴィン・ケリーの本書のためのインタビューを一冊にした本。ARの話とかAIの話とかもいろいろ書かれているけれど,ポジティブ過ぎず,ネガティブ過ぎず,それでいて今後の社会に期待をさせてくれる内容に勇気づけられる。そして日本の読者向けの本なので日本の特徴や今後のヒントも書かれていているのもいい。その視点で考えてると,海外では~という論調にはあまり意味がなく,日本は日本の生きる道を探ってほしいと思うし,自分もそうありたいと思う。