最近の研究によると、食生活を改めたり、もっと運動したり、喫煙をやめたりしなければ心臓病で死にますよと専門医から警告されたとき、実際にそのように自分を変えることができる人は、七人に一人にすぎないという。たった七人に一人だー しかし、生活習慣を変えない六人だって、長く生きたいと望んでいる。長く生きて、もっと多く夕陽をながめ、孫の成長を見守りたいはずだ。
そう、この人たちは自己変革の重要性を理解していないわけではない。自分を変える背中を押すインセンティブもきわめて強い。どこをどう変えればいいかは、医師から明確に指示されている。それなのに、自分を変えられない人が七人のうち六人、すなわち約八五%もい...続きを読む るのだ。
このように、人は自分の命にかかわる問題でさえ、自分自身が心から望んでいる変革を実行できない。それなのに、人々が失うものと得るものがそこまで大きくないときに、リーダーが変革を推し進めることなど可能なのか? たとえリーダーとメンバーが変革の重要性を強く信じているとしても、それは難しいだろう。
なにが変革をはばみ、なにが変革を可能にするのかを知るために、新しいアプローチが必要なことは明らかだ。
◾️知性の3段階の特徴
環境順応型知性
・周囲からどのように見られ、どういう役割を期待されるかによって、自己が形成される。
・帰属意識をいだく対象に従い、その対象に忠実に行動することを通じて、一つの自我を形成する。
・順応する対象は、おもにほかの人間、もしくは考え方や価値観の流派、あるいはその両方である。
自己主導型知性
・周囲の環境を客観的に見ることにより、内的な判断基準(自分自身の価値基準) を確立し、それに基づいて、まわりの期待について判断し、選択をおこなえる。
・自分自身の価値観やイデオロギー、行動規範に従い、自律的に行動し、自分の立場を鮮明にし、自分になにができるかを決め、自分の価値観に基づいて自戒の範囲を設定し、それを管理する。こうしたことを通じて、一つの自我を形成する。
自己変容型知性
・自分自身のイデオロギーと価値基準を客観的に見て、その限界を検討できる。
・あらゆるシステムや秩序が断片的、ないし不完全なものなのだと理解している。 これ以前の段階の知性の持ち主に比べて、矛盾や反対を受け入れることができ、 一つのシステムをすべての場面に適用せずに複数のシステムを保持しようとする。
・一つの価値観だけいだくことを人間としての完全性とはき違えず、対立する考え方の一方にくみするのではなく両者を統合することを通じて、一つの自我を形成する。
最初の一五分間、私たちは調査対象者に問いを投げかける――「ここ最近、強い怒り (不安/緊張、成功……………)を感じたのはどういうときでしたか? 思い出して、カードに書き込んでください」。このあと、一定の手順に従って問いかけを続けることで面接は続く。 対象者が「なに」(なにに自分が怒りを感じたのか)を語り、それを受けて私たちが「どうして」(どうして怒りを感じたのか。言い換えれば、なにが問題だったのか)を尋ねる。このようにして回答を引き出す手法は、その人が現在いだいている思考様式を描き出すうえできわめて効果的だと、過去の研究によりわかっている。熟練の面接担当者になると、問いかけを重ねることで、その人がなにを認識できて、なにを認識できないのか(なにが死角なのか)を決定づける基本原則を明らかにできる。
面接での対話は録音されて、文章に起こされたうえで、所定の方式に従って解析される。この調査は、これまで世界中であらゆる年齢層と社会層の何千人もの人を対象に実施されてきた。調査対象者のほとんどは、非常に興味深い経験だったと述べている。
出典:L. Lahey, E. Souvaine, R. Kegan, et al., A Guide to the Subject-Object Interview: Its Administration and Analysis (Cambridge, MA: The Subject-Object Research Group, Harvard University Graduate
「変化」は「不安」の原因か?
変革をはばむ免疫機能。の克服に関して私たちが見いだしたことの多くは、以下の三つの点に集約できる。
・免疫機能を克服するといっても、不安管理のためのシステムをすべて取り除く必要はない。 むしろ、なんらかの不安管理システムはつねにもっておくべきだ。その点は、医学上の免疫システムのことを考えれば納得がいくはずだ。たとえ免疫機能により本来必要な物質が弾き出されて、健康に害が及ぶケースがあるとしても、システム全体をなくすべきだと言う人はいないだろう。好ましい解決策は、既存の免疫システムを変容させてもっと洗練されたシステムを築き、改善目標(第1枠) の達成が妨げられない状態をつくり上げることだ。とはいえ、免疫システムを変容させるのは簡単でない。なぜかと言うと・・・・・・
・人に不安をいだかせるのは、変化そのものではない。「変化が不安を生む」という考え方はまことしやかに主張されており、十分に検証されないまま多くの人に信じられている。しかしこれは、正しいようで正しくない。もしあなたが明日宝くじに当選したり、運命の恋人と出会ったり、念願の昇進が決まったりすれば、どうなるか? 自分にとってきわめて大きな変化が起きることは間違いないが、そのとき最初にわき上がる感情は、おそらく不安ではないはずだ。この点からも明らかなように、私たちに不安をいだかせるのは変化そのものではない。変化にともない、難しい課題に挑むことを要求されるとしても、かならずしも不安をかき立てられるとは限らない。人に不安を感じさせるもの、それは、先に待ち受けている脅威の前に無防備で放り出されるという感覚だ。『変革をはばむ免疫機能」を克服しようとすればかならず、そういう脅威や危険に身をさらすことへの恐怖がこみ上げてくる。免疫システムは自分の命を救ってくれる仕組みだ。そんな大切な自己防衛のシステムをそうそう簡単に手放せるわけがない。
・しかし本書で述べるように、免疫機能を克服することは不可能ではない。あまりに厳しい不安管理システムを緩やかなものに変えればいい(やがて、その新たなシステムにも限界が見えてくるかもしれないが、そのときはあらためてそれを乗り越える道を見いだせばいい)。
”変革をはばむ免疫機能”の3つの側面
・変革を阻止するシステム(手ごわい課題に挑もうという意欲を萎えさせる)
・感覚のシステム(不安に対処する)
・認識のシステム(ものごとを理解する)
その道筋を見いだしやすくするために、ここで免疫マップに新しい要素を加えることにしよう。 これまで紹介したマップでは示していなかったが、免疫マップを完成させるためには四つ目の枠を書き上げなくてはならない。そこに記す要素は、「強力な固定観念」だ。思考モデルの土台をなし、免疫システム全体を支えている根本的な信念のことである。わざわざ「強力な」と呼んでいるのは、それが「固定観念」であることに、本人がまったく気づいていないからだ。本人はそれを無批判に「事実」と思い込んでいる。本当に事実かどうかはわからないのだが、いったん事実と決めつけてしまえば、もはやその真偽を問うことをしなくなる。
もし、このジュニアパートナーが強力な固定観念の真偽を試すような行動を取れば、固定観念を修正する道が大きく開ける。固定観念を改められれば、既存の免疫システムの足枷から抜け出す一歩になりうるだけでなく、もっと高度な精神構造を築いて、自己主導型知性に移行できるかもしれない。
私の「一つの大きなこと」は、ものごとをコントロールしすぎること。そして、COOの「一つの大きなこと」は、みんなに好印象をもたれたがることでした。ロンほど性格のいい人物はそうそういません。私はいつも妻に言われているのです。どうしてあなたは、ロンみたいにやさしくなれないの? 確かに私の目から見ても、ロンはとびきり好人物です。ロンのことは大好きです。本当に。ただし私たちの間には、ある興味深い力学が生まれています。私はコントロールしたくて、ロンは嫌われたくない。そういう二人の間に、どういう関係が生まれると思いますか? そう、私が決定をくだし、ロンは私に決定をゆだねてくれるのです。けれど、たまにロンが私の考えに賛同できないときがある。そういうとき、ロンは表立って異を唱えることはしない。その代わり、私の決めた方針に従うこともしない。要するに、私の決定に従って行動すべき人たちに私の指示が届くことを妨げていた。断熱材みたいに。それどころか、私の指示と正反対の行動を取るときまでありました。私に嫌われたくないのでノーとは言わない。でも実際には、「会社のために正しいこと」だと自分で考える行動を取っていたのです。
私たちの意見が一致しないときは、いつもこういう事態が起きていました。そこであるとき、私はロンを会議室に呼び、二人で向かい合って座り、お互いの免疫マップを一緒に検討しました。そうすると見えてきたのが、いま説明したようなメカニズムだったのです。私はロンの顔を見つめて切り出しました。「整理してみよう。要するに、私は暴君で、きみは暴君に屈服したいわけだー」。ロンはニヤリと笑い、ついには笑い声まで立てました。私もひとしきり笑い、そのあとでこう言いました。「あまりに非生産的な状況だ。変えないといけない」
このとき、私たちはそのような状況にようやく気づいたのです。それまで一五年も一緒に働いてきたというのに。一五年ですよ! 半年前に出会ったわけではないのに。二人とも心の奥底では、こういうメカニズムが作用していることに薄々感づいていたはずです。でも、その現象を言いあらわす言葉を知らなかったのです。そのことを話題にしていいのだと思っていなかった。腰を据えて、問題に正面から向き合う勇気がなかったのでしょう。でも、「一つの大きなことアプローチ」(と、私たちは呼んでいました)のおかげで、問題に対処するためのプロセス、言葉、能力を手にできたのです。しかも、相手の人格を攻撃することなく、前向きな姿勢でそれに取り組めるようになりました。
私は言いました。「上司のエゴを満たすために莫大な時間を費やす羽目になった経験は、誰でもあるだろう」。私たちはみな、そういう経験をしてきています。特定の上司の個人的な好みや性格、流儀に合わせて、「上司受け」を意識して行動するために、誰もが多くのエネルギーを費やしてきた。このような経験をしたことがまったくないと言う人には、会ったことがありません。
続けて、私はこう言いました。「さて、問題はその次だ。ショックを受ける人もいるかもしれないが、私たちのことをそういう上司だと感じている人たちもいる。自分があの腹立たしい上司みたいな人間になっている? 受け入れたくないだろう。でも、私たちもほかの人たちにとってはそういう存在になっているのだ!」。この点が理解できた人は、自己変革に前向きに乗り出すようになります。
私たちはさまざまな組織でこのハリーの発言を紹介し、この言葉が実に多種多様な組織の人たちの胸に響くのを目の当たりにしてきた。しかしその効果は、ハリーが自分の組織の幹部チームに語りかけたときに最も大きかったにちがいない。なにしろ、一部のメンバーにとっては、ハリーこそが「腹立たしい上司」だったのかもしれない。そんなハリーが自己変革に乗り出し、腹立たしさの原因となる行動を改めることをみんなの前で約束したのだ。メンバーが受ける衝撃は当然大きい。
以上のように、ピーターとハリーの間には多くの共通点があった。直面していた課題、私たちの力を借りようと思った経緯、活動の旗振り役になろうという意志と能力、そして、みんなと一緒に学びの旅に乗り出し、自分の弱さをさらけ出すことを恐れない勇気。しかし、私たちが最も強烈な印象を受けたことは別にあった。この活動でなにを目指すべきかを、二人は私たち以上に理解していたように見えた。活動の目的は、組織が目標を達成する能力をはぐくむことだと、彼らはよくわかっていた。
注目すべきなのは、この二つのグループの活動が職場の実際のチーム単位で進められたという点だ。一対一の個人単位でコーチングをしたり、研修のためにその場限りのグループをつくったりはしなかった。その結果、個人の成長を目指すという過酷な取り組みにも挫折しづらい、画期的な環境をつくり出せた。民間企業にせよ行政機関にせよ、ほとんどの組織は、職場で内省と自己実験を続けやすい環境にはなっていない。しかし、あなたの改善目標(免疫マップの第1枠の内容)をほかのメンバーに公表すれば、あなたの取り組みは、同僚たちが―――
・有意義なものだと認めることができ、
・チーム全体のために、あなたに成功してほしいと願い、
・あなたの進歩の度合いを知ることができて、
・あなたが成功すれば評価してくれ(あなたにとって、やる気の源になるだろう)、
・あなたから刺激を受けて、自分も自己改善に努めようという意欲がわく(いい意味でプレッシャーを受ける)ようなものになる。
変革を導いた2つの手法
デーヴィッドはどのようにして、これほど大きな変革を成し遂げたのか? 以下では、私たちが一緒に課題に取り組んだ日々のなかのいくつかの重要な転機に光を当てる。デーヴィッドの内面の変化は、新たに高い地位に就いたことをきっかけに始まったようだ。過去に経験したことのない難しい課題に直面するようになり、それまで管理職に就いてから実践してきた選手兼任監督型のやり方では対処できないとすぐに気づいた。本人の説明によると、そのあとで取ったとくに重要なステップは、第一に、"自分の変革をはばむ免疫機能"を理解したこと(「これが最も大きな進歩だった」 とのことだ)、そして第二に、自分のどういう部分を変えたいのかを周囲の人たちに公言したことだった。「自分の改善目標をみんなに話すことによって、私が適切に権限委譲をおこなえていない場合には率直に指摘していいのだと、みんなに伝えたかったのです。自分に任せてくれたほうがうまくできると思う仕事があるときは教えてくれ、と言いました」
改善目標を設定する第1回ワークショップ
プログラム全体の雰囲気を決し、その後の活動の土台を築くのは、最初に全員参加でおこなう二日間のワークショップだ。そこで、このワークショップの内容を詳しく紹介することにしよう。加えて、メンバーが個人レベルでおこなった免疫機能克服の取り組みについても言及したい(第二回と第三回の一日完結のワークショップについては、あとで手短に触れるにとどめる。この二回のワークショップの内容は、第一回ワークショップとその後の個人単位の活動の延長線上にあるものだからだ)。
第一回ワークショップでは、以下の三つのゴールを目指した。第一は、アンケート調査と個別面談の結果に基づいてチームとしての改善目標を設定し、それを全員で共有すること。第二は、チーム全体の目標と密接に結びついた個人レベルの改善目標を定めること。そして第三は、このあとの個人単位のコーチングと残り二回のワークショップの日程を決めることである。加えて、このワークショップの場で好ましいコミュニケーション(とくに、上手な聞き方)を実践し、メンバーが安心してリスクのある行動を取れるようにし、相互の理解を深めさせたいと考えた。できれば、みんなで一緒に声をあげて笑える場面が一度か二度あればいいと、私たちは思っていた。
アンケートと個別面談の結果にはチェトのリーダーシップの振るい方について否定的な評価が含まれていたので、私たちはまず、それを彼にだけ示した。そして、本人の了承を得たうえで、全員の前で調査結果の骨子を発表した。それに基づいてみんなで話し合ったところ、チームの最優先課題がコミュニケーションの改善だという点で合意に達した。メンバーがとくに重要だと考えたのは、次の二つの点だった。一つは、メンバー同士が直接、明快なコミュニケーションを取ること (チェトを介さずに、直接コミュニケーションを取り合うべきだと考えていた)。もう一つは、お互いに助け合い、信頼し合える環境をつくることだ。では、具体的にどうすれば、チーム内の信頼感を高められるのか? 全員が以下の行動を取るべきだと、みんなの意見が一致した。
・ほかのメンバーが善意で行動しているとみなす。
・自分とは異なる仕事のスタイルを受け入れる。
・お互いを信じる。
・ビリビリしない。
・質問されたときは、非難されていると思わず、前向きに受け止める。
情報の送り手と受け手が守るべきルールも決めた。
・[情報の送り手の義務] オープンに、直接的に、嘘をつかずに、適切なタイミングで情報を発する。相手のやる気をかき立てることを心がけ、ものごとを決めつけないよう気をつける。
・[情報の受け手の義務] 情報の送り手が善意で行動していると想定する。最後まできちんと話を開く(メッセージを読む)。わかりにくい点があれば質問する(とくに、送り手の感情のトーンに関して、理解を曖昧なままにしない)。前向きに学習する姿勢をつねに忘れない。
・[両方の義務] 自己分析をおこたらない。「私はほかの人にどういう印象を与えているのか?」 と自問するよう心がける。自分の長所と短所を把握し、「私はどのようにコミュニケーションを阻害しているか?」と、(言葉と、言葉以外の方法の両方で)同僚に問いかける。
次に、ワークショップでの話し合いが漠然としたものにならないように、有効なコミュニケーションとはどういうもので、コミュニケーションの質を高める目的はなんなのかという点について認識を共有することを目指した。議論の結果、チームとしての学習と生産性の向上をコミュニケーションの中核的な目的と位置づける一枚の概念図ができあがった。それが図7-1である。
図が完成したあと、私たちは「コンセンサー(共感度) チェック」をおこなった。これは、どの程度強い合意が形成されているかを手っ取り早く確認するための手法だ。私たちが知りたかったのは、次の二つの点だった。一つは、この図が自分たちの目的を達するうえで適切なものだとメンバーが思っているか(具体的には、「この図のとおりにコミュニケーションをおこなえば、チームの学習と生産性がどの程度改善すると思いますか?」と尋ねた)。この問いに前向きな答えが得られれば、次の問いに移る。一人ひとりのメンバーがこの図をコミュニケーションの設計図として受け入れる意志があるかと尋ねる。この問いには、その意志の強さを「強」「中」「弱」の三者択一で答えてもらった。すると、この図に従って行動するという強い意志があると全員が回答した。
以上の二つの点に関して強力な合意が形成されたことにより、このあとにおこなう集団レベルと個人レベルの活動の土台が築かれた。完成した図自体は、とりたてて目新しいものではない。挙げられている要素の多くは、好ましいコミュニケーションの実践方法としてよく指摘されるものだ。 それでも、みんなで共有する一枚の絵が描かれて、それに全員が合意したというのは、それまでにないことだった。メンバーは一枚の絵を描き上げることを通じて、コミュニケーションの方法と目的に関して明確な合意を形成するための最初の一歩を踏み出した。なにを好ましい行動とみなすかという基準ないし規範と、チーム全体として取り組む学習の目的を共有できたのである。
この合意は重要なものではあったが、確固たる行動原則というよりは免疫マップの第1枠に記す改善目標に近いものと言うべきだろう。なぜなら、これらの合意を実際に守ることはおそらく難しいからだ。そもそも、裏の目標によって好ましい意図の実現が妨げられる可能性がなければ、コミュニケーションの問題についてわざわざ話し合い、実践すべき行動パターンをみんなで約束するまでもない。しかし現実には、約束を三日坊主で終わらせたくなければ、メンバーがどういう免疫システムをいだいているかを知っておかなくてはならない。守るべき規範を最初に明確化させるのは、そうすればその規範が守られるからではなく、免疫システムを解明する出発点になるからだ。 規範に反して取られる行動は、免疫マップの第2枠に記すべき阻害行動とみなせる。
そうした阻害行動を検討すれば(ここで重要なのは、その種の行動を非難するのではなく、原因を掘り下げようという姿勢で臨むことだ)、第1枠の改善目標とぶつかり合う第3枠の裏の目標が見えてくるかもしれない。それは、規範に反する行動を合理的な行動にしている要因と言ってもいい。この作業をおこなうと、自分が抱えている矛盾が浮き彫りになる場合もあるだろう。たとえば、「ほかのメンバーが善意で行動しているとみなす」という目標をいだいていると同時に、「古い仲間たちとの絆を大切にしたい」という目標もいだいていて、後者の目標を実現するために親しい同僚に過度に肩入れし、それほど親しくない同僚に警戒心をいだきすぎるときがあると気づくかもしれない。
みんなで合意したとおりに行動する妨げになる要因は、人によってまちまちだ。その点は頭に入れておく必要がある。同じ技能を習得するにしても、あっさりマスターできる人もいれば、適応を遂げないとマスターできない人もいる。そこで、コミュニケーションを改善するというチーム全体の目標を追求するために、自分がどのような自己変革を達成しなくてはならないかを各自に割り出させたいと考えた。
具体的には、チームとして目指すべきコミュニケーションのあり方に照らして自己分析をおこない、チームの目標を達成するために自分のどういう点を改善したいか、あるいは、すべきかを検討するよう全員に求めた。ワークショップではいつも、参加者が自分の改善目標を見いだすきっかけをつくるために、「自分のどういう点を改善したいか?」と尋ねる。ネイサント社のケースでは、 チーム全体の目標を前提に、この問いを投げかけたのである。私たちはメンバーに時間を与えて考えさせ、免疫マップ作成用のワークシートに答えを書き込ませた。
そのあと、メンバー同士で意見交換をさせた。まず、ここでの発言内容の秘密が守られることを約束したうえで、ペアをつくるよう指示し、二人の対話で聞き手と語り手がどのように振る舞うべきかを説明した(ペアは、職務上の指揮命令関係にない人物同士で組むものとした)。そしてペアができると、二人で話し合い、第1枠に記入した内容をお互いに披露するよう促した。どのペアも自由に意見を交わしているようだったので、頃合いを見て全員に自分の第1枠の内容をチーム全体に発表させた。
続いて、さらに別の課題を課した(この活動をおこなう利点とリスクを秤にかけたうえで、実施することを決めた)。メンバー同士が改善目標に関してコメントし合う時間を設けたのである。このとき、「トントン・ルール」というルールを導入した。同僚にコメントしたいときは、自分の言いたいことを言い渡すのではなく、問いかけの形で発言することを心がけ、しかも相手の部屋のドアを「トントン」とノックして入室の許可を得るみたいに、コメントを開かせることへの同意を得なくてはならない。ドアをノックされた側には、「いいえ、けっこうです」と断る自由が全面的に認められている。とはいえ、一緒にワークショップをおこなっている面々は、もっとうまくコミュニケーションを取りたいと思っている相手にほかならない。改善目標について講評し合うには、これ以上理想的な顔合わせはないだろう。彼らが同僚たちへのコメントを考える際に指針としたのは、次の問いだ――「もし、あるメンバーがその人の第1枠の目標に向けて進歩を遂げたとして、それがチーム内のコミュニケーションを、そしてチームの学習と生産性を大幅に改善させると思いますか?」
意見交換は盛り上がり、非常に大きな成果が得られた。メンバーはふざけ合ったり、一緒に笑ったりしながら、お互いに心からの助言を送り合った。最初に同僚にコメントをしたいと名乗り出た 、リーダーであるチェトだった。同僚に直接意見を言うことのお手本を示し、オープンなコミュニケーションを尊重する姿勢を印象づけようとしたのだ。このワークショップで誰もが同僚にコメントや質問をしたわけではなかったが、全員が同僚からのコメントを聞いた。コメントとそれに対する本人の返答がほかの全員の前でおこなわれたことも注目すべきだ。こうして、メンバーの間でそれまでになく率直なやり取りがなされた(チェトが選択した改善目標の一つをあるメンバーが絶賛する一幕もあった)。
具体的には、一人ずつ順番に、まず自分で考えた改善目標を大きな紙に書き出し、ほかのメンバーの講評を受けてそれに修正を加えていった。一人ひとりが自分自身について率直に語り、ほかのメンバーも積極的に議論に参加した。
どうして、こんな短時間でここまで大きな成果をあげられたのか? 以下の要因が好ましい影響を及ぼしたのではないかと、私たちは感じている。
・このチームが私たちのプログラムを試すことになったのは、彼ら自身の選択の結果だった(すでに述べたように、彼らはほかのコンサルタントたちの説明も聞いたうえで、私たちを選んだ)。
・チームが抱えている課題を解決するために、集団レベルと個人レベルの変革を並行して推し進めるアプローチを受け入れた(注目すべきなのは、トップダウンで特定のやり方を押しつけられるのではなく、自分たちで方針を決めたことだ。信頼関係は、こういうプロセスを通じて築かれていく)。
・事前の個別面談で、一人ひとりにチームの強みと弱みを指摘させ、それに自分がどう関わっていると思うかを尋ねた。これにより、メンバー全員に責任の一端があることが確認できた。
・リーダーであるチェトが終始一貫して、チームの成長を実現するための活動の旗振り役であり続けた。アンケート調査の結果を検討したときも、自分の立場やメンツを守ることに汲々とせず、そこから学習しようという姿勢で臨んだ。そういう態度は、自分のリーダーシップの振るい方に対するメンバーの評価を知らされたときも変わらなかった。
・チームで目指す目標として、ビジネス上の成果と結びついた目標を設定した(チームの強みと弱みを分析して、業務上の使命を達成するためになにが欠けているかを明らかにし、どういう点を改善していくかを決めた)。
・メンバーは、チームを成功させたいという強い意欲をいだいていた。プロジェクトを大成功に導かずに満足するつもりなど、誰にもなかった。また、ビジネス上の目標を達成するためには、全員が積極的に参加することが不可欠だと、誰もがわかっていた。「一人でも失敗すれば、みんなが失敗する」という発想が浸透していた。本当のチームとはそういうものだ。
組織内で他人と信頼関係を築くために必要な要素は以下の四つだ。
・組織が大きな成果をあげるためにその人物の役割が重要なのだと理解し、その人を尊重すること。
・その人物が責任を果たせるだけの能力と技量をもっていると信じること。
・同僚として、そして一人の人間として、その人物を気づかうこと。
・自分の発言と矛盾した行動を取らないこと。
変わるために必要な3つの要素
・心の底ー変革を起こすためのやる気の源
・頭脳とハートー思考と感情の両方にはたらきかける
・手ー思考と行動を同時に変える
適応を要する変化に成功した人たちの共通点
・思考様式(思考と感情を形づくる土台となる意味生成システム)と行動の両方を変えることに成功したこと。片方を変えれば、もう片方もおのずと変わるなどとは思っていなかった。
・自分の思考と感情と行動を鋭く観察し、観察の結果を情報として活用したこと。自分が意識的に追求している目標だけでなく、無意識に自分を支配している目標にも目を向けた。
・思考様式を変えた結果、選択肢が広がったこと。あまりに遠いとか、あまりに危険といった理由で、立ち入れない、もしくは立ち入るべきでないと思っていた世界への扉が開けた。
・明確な意図をもってリスクをともなう行動に踏み出し、想像ではなく現実のデータに基づいて新しい基本認識を形づくり、それを軸に新たな力と評価基準を獲得したこと。その過程を通じて、適応を要する変化に対する不安が(完全には消滅しないまでも) 大幅にやわらぎ、楽しい経験が積み重なっていった。
・積極的に能力向上に取り組むことにより、選択肢が広がり、コントロールできるものごとが増え、以前より高度な自由を得るようになったこと。そして、自己変革の目標に向けて前進し、あるいは目標を達成したこと。多くの場合は、当初期待していたよりも大きな成果が得られた。特定の問題の解決策を見いだしただけでなく、新たな知性が身について、それを仕事や私生活上のほかの課題や場面でも活用できるようになったのだ。
”変革をはばむ免疫機能”という考え方に興味をもたせるだけでいいのであれば、このエクササイズでも問題はないでしょう。人々に新しい考え方を身近に感じさせるうえでは、自分自身の経験を活用させるのが賢明だからです。でも、一人ひとりに、そしてチーム全体に大きな変化を起こすことが目的なら、その成否をわけるのは、免疫マップの第1枠になにを記すかです。変革プログラムを推し進めることによって劇的な変化が起きる場合、その変化は第1枠に記された改善目標に沿ったものになる。つまり、第1枠の内容が絶対的に適切なものでなければ、せっかくの優れた方法論を誤った場面で用いる結果になってしまうのですー
第1枠にどういう目標を記すかは、本人にすべて自由に決めさせてはならないのです。誰もがほかの人たちのコメントを聞く必要がある。人間には自分をあざむく性質があるというのが、あなたたちの訴えたい重要なメッセージの一つだったはず。そうだとすれば、自分がどこを改善すべきかを知るうえで自分自身が最良の情報源だとは言えないのでは?
…では、"変革をはばむ免疫機能"を克服しようとするとき、最初に設計を誤らないためにどういう点に注意すればいいのか?私たちからの第一のアドバイスは、この章に記されている作業を一気にやりおえようとしないことだ。免疫マップの第1枠を完成させるだけでも、まわりの人たちの声をよく聞く必要がある。家族や職場の人たちと話し、自分が考えた改善目標の候補を聞かせ、相手の目がキラリと輝くかどうかを確認しよう。さらに「ほかに追求すべき目標があると思えば、教えてほしい」と尋ねてみる。あたなたにとってもっと有意義だとその人が思い、あなたがそれを達成すればその人がもっとうれしく感じる目標を教えてもらうのだ。自分だけでなく、まわりの人たちにとっても価値のある目標を見いだせたと確信できるまで、第1枠を書き終えてはならない。
第1枠 改善目標に必要な条件
・その目標が自分にとって重要なものであることー目標に向けて目覚ましい進歩を遂げられれば、自分にとってきわめて大きな意味をもつ。その面で進歩したいと本気で望んでいて、それを至上命題だとすら感じている。目標を達成できればうれしいいという程度ではなく、なんらかの理由でそれを切実に必要としている。
・その目標が周りの誰かにとって重要なものであることーその目標に向けて進歩すれば、まわりの人たちからとても歓迎される
・その目標を達成するために、主として自分自身の努力が必要だと認識できていることー自分変わるべきだとわかっている(同じ目標を掲げていても、誰もがそういうふうに考えるとは限らない。たとえば「退屈な話やくだらない情報で私の時間を無駄にする人がいなくなれば、もっと聞き上手になれるのに」と思う人もいるだろう)
第2枠 阻害行動
次のステップは、あなたが取っている阻害行動を洗いざらいリストアップすること。どのような行動を取っているせいで、あるいはどのような行動を取っていないせいで、第1枠の改善目標の達成が妨げられているのかを明らかにする。
第3枠 裏の目標
STEP1:「不安ボックス」に記入する
本書で紹介してきたさまざまな免疫マップを見て「いったいどうすれば、第3枠の内容を割り出せるのだろう?」と思った人もいるかもしれない。実は、苦労して第1枠と第2枠に記入したことがその助けになる。第3枠の内容は、三つの枠が埋まったときに、あなたの変革をはばむ免疫機能”の全容を一望できる一枚の絵ができあがるようなものであるべきだ。その「絵」は、あなたの興味をかき立て、適応を要する課題に取り組む土台となるものでなくてはならない。
第3枠に充実した内容を記すための第一歩は、「生の素材」を集めることだ。具体的には、第2 枠のリストを点検し、以下の問いに答えていく―――それと反対の行動を取った場合に起きる最も不愉快な、最も恐ろしい、最もやっかいな事態とは、どういうものだろう?
ピーターは部下にもっと仕事を任せた場合のことを想像してみた。すると頭に浮かんだのは、次のような考えだった。「ちくしょう!自分が重要人物でなくなったように感じるだろう。自分の価値が下がる。のけ者にされて、隅に追いやられるかもしれない。自分の会社なのに。くそっ!」
注目すべきなのは、「ちくしょう!」と「くそっ!」という言葉だ。このエクササイズの目的は、単に不愉快な感情を抽象的なレベルで特定することではない。その感情そのものを表面に引っ張り出すことが目的だ。不愉快な感情(のミニチュア版)をここで体験し、それを言葉で表現する必要がある。
さあ、あなたもこの作業をおこなってみよう。そして、わき上がった不安感や不快感、恐怖感を不安ボックスに書き込んでみよう。
この作業は非常に重要だ。この段階で十分に掘り下げて不安ボックスを完成させておかないと、最終的にできあがる免疫マップが強い力をもたない。もし「ちくしょう!」だの「くそっ!」だのといった感情がこみ上げていなければ、まだ掘り下げが不十分だと考えたほうがいい。重要なのは、なんらかの強い恐怖の感情を掘り起こすこと。それができていないようであれば、「これらの不安から導かれる、自分にとって最悪な事態とはなんだろう?」と自問するべきだ。自分がリスクに直面していると感じる状況を、言い換えれば、危険なものに無防備にさらされていると感じる状況をありありと思い描ければいい。
STEP2:第1枠と衝突する裏の目標の候補を明らかにする
第3枠には、不安ボックスの内容をそのまま記すわけではない。不安ボックスは、この枠に書く要素(裏の目標)を特定するための「生の素材」と考えてほしい。『変革をはばむ免疫機能』の本質は、単に不安をいだいているだけでなく、合理的に、そして巧みに、不安から自分を守ろうとする点にある。人は不安の原因を遠ざけるために、積極的に手を打とうとするものなのだ。
この点こそが第3枠の裏の目標の核をなす要素である。フレッドは間抜けに見えることに恐怖をいだいているだけでなく、知らず知らずのうちに、「間抜けに見られない」ことを目標としている (厳密に言えば、その目標に支配されている)のではないか?
フレッドは、間抜けに見えることへの恐怖心を受動的にいだいているだけでなく、子どもたちの目に自分が間抜けに見えないようにするために、きわめて有効な行動を積極的に取っている。具体的に言うと、子どもたちと話すときに無関心になる。目の前のことを退屈だと思い、ほかに考えるべきことを見つけ出す。もし子どもたちの話を真剣に聞き、それについてなにかを述べれば、子どもたちに小ばかにされて屈辱を味わいかねない。それは耐えがたいことだ。だから、子どもたちの言葉にそもそも関心を示さない。
フレッドが会話の途中で上の空になるのは、完全に理にかなった行動だったのだ。屈辱を味わわないという目標を追求するのであれば、他人の話にもっと無関心になったほうがいいくらいだ。しかし、この行動パターンには欠点が一つある。きわめて重要な改善目標に向けて前進することが妨げられてしまう。フレッドは以上の分析を通じて、改善目標の達成を阻害する仕組みを自分自身がつくり上げていることに気づいた。端的に言えば、彼は、自分を守るために、そして慣れ親しんだ生き方を守るために役立っている「心のシステム」の囚人となっていた。
このメカニズムが理解できれば、次の段階に進める。前の段階でリストアップした不安の一つひとつを裏の目標に転換していけばいい。こうして第3枠の内容を記入すると、免疫マップ上に動的な均衡が描き出される(三つの枠の間に描かれている矢印がそれを表現している)。フレッドが図915の免疫マップを見れば、自分がいかに片足をアクセルに(聞き上手になるという重要な目標に)、そしてもう片足をブレーキに(第3枠に記された裏の目標に)置いているかを見て取れるだろう。
では、あなたも第3枠の内容を記してみよう。ここに記す裏の目標はすべて、あなたが最も恐れている事態(不安ボックスの中身)を回避することを目指すものでなくてはならない。たとえば不安ボックスに、「信用を失うのではないか」「嫌われるのではないか。連中の同類になったと思われるのではないか」という不安が記されているとすれば、第3枠の内容は、「信用を失わない」(「信用を失う危険を冒さない」、あるいは「嫌われないようにする。変節して堕落したと思われないようにする」などとなるだろう。
自分の免疫マップの第3枠への記入が終わるまでは、この先を読んでも意味がない。あなたは、 第3枠を完成させただろうか? 自分の免疫システムの全容を把握できただろうか? その全体像に好奇心がそそられるだろうか? 興味深いと思うだろうか?
いま、私たちが問いかけなかった問いがいくつかある。まず、「問題をすべて解決できたか?」 とは尋ねなかった。この段階で、それは目指すべきことではないからだ。「自分の免疫マップを見て楽しかったか?」とも尋ねなかった。たいていは、楽しい経験でないに決まっているからだ。
問題を正しく定義することは、問題を解くことと同じくらい重要だという、アルバート・アインシュタインの言葉を以前紹介した。この段階で目指すべきなのは、アインシュタイン流に言えば、 問題をいっそう明瞭に把握することだ。 本心から達成したいと願っている目標を達成できないという「問題」の本質を的確に理解したい。自分がどのように、片足をアクセルに、もう片足をブレーキに置いているかを詳しく知る必要がある。そういう状況を生み出しているメカニズムの全容を目の前に突きつけられれば、最初はつらいかもしれないが、強く好奇心がそそられるはずだ。 第3枠の内容自体は、以前から認識していたかもしれない(ほかの人に気に入られたがる傾向があったり、ものごとをコントロールしすぎたり、自分が聡明でないと思っていたりといった自分の一面には、前から気づいていたかもしれない)。しかし、そうした旧知の問題と改善目標を実現できないという問題がきわめて密接に結びついていることには、気づいていなかったのではないか?
免疫マップは、強力に感じられるものでなければ意味がない。その点、第3枠まで記入し終わったフレッドのマップは非常に強力に見えた。第3枠の記載が以下の条件をすべて満たしていたからだ。あなたのマップもこれらの条件を満たしているかどうか確認しよう。
・第3枠に記す裏の目標はすべて、自己防衛という目的との関わりが明確でなくてはならない。 特定の不安と強く結びついている必要がある。不安ボックスに「働きすぎで夫婦関係が壊れることへの恐怖」を記した人が、第3枠に「ワーク・ライフ・バランスを改善する」という目標を書き込んだとしても、自己防衛との関わりが明確とは言いがたい。どういう危険から自分を守りたいのかが見えてこないからだ。「妻に捨てられ、子どもたちにも嫌われた挙げ句、みじめで寂しい仕事中毒者になることは避けたい」というところまで掘り下げて書くべきだ。
・第3枠の裏の目標を達成しようとする場合、合理的に考えて、第2枠の阻害行動のうちのいずれか(もしくは全部) が必要とされなくてはならない。「Xという目標をいだいているのであれば、誰だってYという行動を取るだろう」という関係が成り立つ必要がある。
・第3枠の裏の目標を達成するうえで第2枠の行動がきわめて重要な役割を果たしていることが理解でき、第2枠の行動を改めようとするだけでは第1枠の改善目標を達成できないと納得できなくてはならない。
・第3枠の内容を見ることにより、自分が二つの目標の間でジレンマに陥っていることを実感できなくてはならない。
第4枠 強力な固定観念
免疫マップを作成する目的は、適応を要する課題に対して技術的な解決策を振りかざすのではなく、適応を通じて対処するよう促すことだ。第2章で述べたように、そのプロセスは、自分が成し遂げようとしている課題が適応を要する課題だと認識することから始まる。第1枠に記した改善目標が現在の自分の知性のレベルを越えていると理解する必要があるのだ。しかも、思考と感情の両面でそれを理解しなくてはならない。
ここまでの段階で強力な免疫マップを作成できていれば、自分の内面でどのような免疫システムが作用しているかが見えてきたはずだ。自分がどういう変革阻害システム(目標達成を防げる行動を生み出す仕組み)と不安管理システム(阻害行動を通じて、自分の最悪の不安が現実化することを防ぐ仕組み。その不安は、改善目標の達成に向けて前進すると強まる)を形づくっているかも理解できているだろう。
直面している課題が適応を要する課題だと認識できているかどうかは、技術的アプローチによってはそれを解決できないと理解できているかどうかで判断できる。適応を要する課題は、いきなり第2枠の阻害行動をなくすなり、減らすなりしようとしても解決しない。阻害行動は第3枠の裏の目標を達成する有効な手段でもあるので、それを簡単にやめるとは考えにくいからだ。その行動を改めたければ、免疫システム全体をつくり変えなくてはならない。
免疫機能をおさえ込むためには、免疫システムの土台にどういう思い込みがあるかを知ることから出発するのが最も手堅い方法だ。私たちが「強力な固定観念」という言葉を強調するのは、人間の自己認識と世界認識(そして自己と世界の関係についての認識)があくまでもその人の意識の産物だという現実を、読者やプログラム参加者に思い出させたいからだ。人はしばしばこの点を忘れて、自分の自己認識と世界認識を確固たる事実、異論を差し挟む余地のない真実、自己と世界の絶対的な現実だと思い込んでしまう。
実際には、私たちの自己認識と世界認識は一つの仮説にすぎない。それは真実の場合もあれば、 そうでない場合もある。そのような仮説をあたかも確定的な真実であるかのように扱えば、それは強力な固定観念になる。
必要な条件
・強力な固定観念は、あなたが事実だと確信しているものかもしれない(「悪い結果を招くと私が思い込んでいるですって?違います。悪い結果が確実に起きるのです」)。一目ですぐに誤りだとわかるものかもしれない(「そんなことが起きないというのは、はっきりわかっています。それでも、それが真実であるかのように感じ、振る舞っているのです」)。あるいは、正しいかどうかを判断しかねるものかもしれない(「私のなかのある部分は、これが正しい、あるいはおおむね正しいと思っている。でも、私のなかの別の部分は、その点に確信がもてずにいます」)。いずれにせよ、第4枠に記す内容は、あなたがなんらかの面で正しいと感じてきたものでなくてはならない。ときには、本当にその固定観念が正しい場合もあるだろう。くどいようだが、人間がいだく強力な固定観念のすべてが間違いだと決めつけるつもりはない。私たちが言いたいのは、その固定観念を表面に引っ張り出して検証しないかぎり、正しいか間違っているかを判断できないということだ。
・強力な固定観念はすべて、裏の目標の少なくとも一つを必然的に生み出すものでなくてはならない(大きな失敗を犯せば二度と立ち直れないと信じて疑わない人は必然的に、「大きな失敗をぜったいに犯すまい」という目標をもつだろう)。そして、第4枠に記す要素全体を前提にすれば、第3枠に記した要素のすべてが必然的に生み出されるとみなせなくてはならない。第4枠の強力な固定観念が第3枠の裏の目標を生み出し、その裏の目標が第2枠の阻害行動を突き動かし、その阻害行動が第1枠の改善目標の実現を妨げている――という図式が明瞭に描ける必要がある。
・強力な固定観念は、あなたが足を踏み入れずにきた広い世界の存在に気づかせてくれるものでなくてはならない。それは、広い世界の入り口に立っている「キケンー 立ち入り禁止!」 という標識のようなものであるべきだ(「この先には、コントロールできる要素ばかりではない世界、無力感を味わわされる世界がある。少なくとも理屈の上では、その世界に足を踏み出せば、私は頼まれないかぎり他人に助言せず、子どもたちが実は素直に親の話を聞くと認めることも不可能ではない」と思えなくてはならない)。ひょっとすると、「立ち入り禁止」の標識はことごとく妥当なもので、標識の指示に従って行動することが正解なのかもしれない。しかし強力な固定観念は、あなたが人生という広大な邸宅の中で活動範囲をわずか数部屋に限定するよう促している可能性もある。
私たちの経験から言うと、組織がほとんど解決不能に見える課題を解決するための最も強力な土台は、次の二種類の活動を統合することによって築かれる。一つは、グループ全体が、グループとしての改善目標を一つ選び、それを妨げている免疫システムの全容を描き出そうとする活動。もう一つは、メンバーの一人ひとりが、グループの改善目標と関わりのある個人レベルの改善目標を追求する活動だ。きわめて難しい課題に直面したグループは、延々と話し合うことに終始し、持続的な成果を生み出せない場合が多いが、そういう時間はもっと有効に活用できる。メンバーが個人レベルの免疫機能を克服するのを支援し、それと並行して、集団レベルの強力な固定観念がグループ全体の対話と行動のパターンにどのように根を張っているかを検討する機会を設けたら、どのような結果が生まれるだろう? そういう活動をおこなえば、『変革をはばむ免疫機能』のアプローチは、個人の学習と組織の成功を一体化させるための強力な仕組みになるかもしれない。
リーダーはどのように道を示すべきか?
あなたの組織で人材が絶え間なく成長していくようにするためには、どうすればいいのか? 本書で論じてきたような変革を――自分の才能を開花させるために必要な自己変革を成し遂げるメンバーを増やすためには、どうすればいいのか?
本当の変化と成長を促したければ、リーダー個人の姿勢と組織文化が発遷志向である必要がある。ひとことで言えば、「大人でも知性を発達させられる」と期待しているというメッセージをメンパーに向けて発信すべきだ。「私たちは誰でも成長し続けられる」「(組織として、部署として、チームとしての)目標を達成するためには、一人ひとりが成長を続ける必要がある」「仕事に対して最大限のやる気と喜びを感じるために、一人ひとりが成長を続けなくてはならない」・・・・・・という具合に。 本当の発達志向の姿勢とはどういうものなのか? それは以下の七つの要素を満たしているべきだと、私たちは考えている。
①人間が思春期以降も成長できるという前提に立つ。人は大人になってからも成長し続けるべきだと考える。
②技術的な学習課題と適応を要する学習課題の違いを理解する。
③誰もが成長への欲求を内面にいだいていることを認識し、その欲求をはぐくむ。
④思考様式を変えるには時間がかかり、変化がいつも均一なペースで進むとは限らないことを理解する。
⑤思考様式が思考と感情の両方を形づくることを理解し、思考様式を変えるためには「頭脳」 と「ハート」の両方にはたらきかける必要があると認識する。
⑥思考様式と行動のいずれか一方を変えるだけでは変革を実現できないと理解する。思考様式の変革が行動の変革を促進し、行動の変革が思考様式の変革を促進するのだと認識する。
⑦思考様式の変革にはリスクがついて回ると理解し、メンバーがそういう行動に乗り出せるように安全な場を用意する。