舞城王太郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
私はあまり本を読むわけではありませんが、
舞城王太郎ほど感覚の言語化が鮮やかな作家を知りません。
世界は壁だらけでぐにゃぐにゃしていて、
それを越えるために他の作家が言葉や世界をこねくり回してあっちゃこっちゃぐるぐるしている間に舞城王太郎はジェットエンジンを持って飛んでいってしまう。
でも操作がうまくないからよく墜落している。
この作品は、まさに舞城王太郎といったもので、
とにかくストイックに、走るスピードを追求しつづけている。
しかしなぜかこの社会においては、足の速さと走るスピードは比例しない。それは周りの念が邪魔をするから。
とにかく常識だとかルールなんていうものは、こと早く走ることに対しては邪魔しかしない。周りに群れる大多数の凡庸の平均値だからね。
それに対する煩わしさの描写が実にすばらしい。
もしかすると舞城王太郎はものすごいスピードで走り続けて地球の接線方向に飛び出したまま宇宙の彼方へ飛び去るのではないだろうか。
(ミステリー作家ではないかという意見もあるだろうけど)
舞城王太郎はどちらかというと純文学作家というよりも詩人のように見える。
鮮やかに描いて、たどたどしく物語る。
あまりにも描写が鮮やかだっただけに、ラストのまずさが異常に際立ってしまう。
スピードを上げて上げて上げて、なんでその先に目的地があるのだろうか?否定したはずの異物の存在をなんで認めてしまうのか?
この、最後には必ず鮮やかな世界に取り残される消化不良感もいつもの舞城王太郎です。
それとも、このラストのちゃぶ台返しまで含めてすべてが一本筋の通った意図なのだろうか。
いずれにしても、世界がどう広がろうと私には絶対に手の届かないところに到達している作家であろうことは間違いありません。
そして、そう思わせてくれるのは舞城王太郎だけなのです。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ前話が次の話の中で作中作として消化されていく入れ子構造をとったとんでもなくメタメタな作品。
一見すると意味の見えない行動、現象もその後の話の中で見立てとして回収され、意味のないものを全て消し去る勢いであらゆるものに意味付けがなされていく。
作品内で自分が登場する小説を読まされる九十九十九は読者の視点を共有しながらも自身が虚構内の存在にすぎないためどっちつかずの宙ぶらりんな状態に放っておかれる。
その不安定さをだんだんと九十九十九自身自覚していき、最終的にはその不安定な状態を積極的に肯定する形で作品は終わる。
東浩紀の『ゲーム的リアリズムの誕生』で取り上げられていた通りの解釈だけに留まる作品とは思えないが、繰り返される物語と増殖するプレイヤー=九十九十九の部分は確かに一部分言い当てているように思える。
最後の一文「その一瞬の永遠の中で、僕というアキレスは先を行く亀に追いつけない」がたまらなくかっこいい。