無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで201万冊以上配信中!
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
Posted by ブクログ
背中に鬣のある成雄くんが、書道家に弟子入りしたり馬を追っかけたり変な集落に迷い込んじゃったりして走りまくる。けれど他の舞城作品に比べれば穏やかで、少しファンタジーっぽくもある。
……などと呑気に読んでいたら、さらっとグロくなってさらさらっと自分が自分でなくなってしまい、うわぁ油断した、やられた、と思った。
舞城作品の登場人物たちは、頭がよくても間違う。きちんとリスクを考えて、その上で自分の頭で物事を決定するのだが、それでも現実はさらにその上を行くのである。成雄くんが鬣を剃ってしまう場面は、彼の判断の上の予期しない間違いとして非常に印象的だ。
何をどうするか、目の前のことにどう対処するか……これまで築き上げてきた「自分」がそれを決める。しかし、その主観が昨日までと全く変わってしまったら?
過去の自分に囚われない、ということは実際に可能なのだろうか。過去の自分を失うということは、現実とのつながりを失うということなのではないだろうか。
失敗して、間違っていくからこそ、私は私でいられるのかもしれない。昨日までの自分に振り回されること。形式を失わないこと。走り続ける成雄くんは、一体どこへ行くのだろう。
Posted by ブクログ
まずもって、舞城王太郎の魅力は文体につきるといっても過言ではあるまい。
というのも、舞城の作品からこの文体を取り去ると、なんじゃこれ、というような「誤解」を、何よりも先に、受けてしまうからである。
いつもと同じように、福井の田舎から物語は始まる。
そして、ある青春真っ直中の少年の、ひたすら疾走する話である。
こう、書くと大変つまらないものに思えてくるが、そうではない。
青春の青臭さや若々しさ、初々しさ、そういったものが立ち上ってくる作品だ。
少なくとも私は、これを「青春」小説だと理解した。
物語の内容が如何に荒唐無稽で、ファンタジー・ノベル的で、「文学」的でないとしても、一気呵成に読ませる文体の魅力は健在だ。
物語が佳境にさしかかるにつれて、文章もスピードアップしていく。
佳作。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。