舞城王太郎のレビュー一覧
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ネタバレ(表題作について)
小学生の「まーくん」が猫のしっぽを千切って鞄に入れているという開幕早々戦慄の走る話だが、読んでいくと「まーくん」が普通に笑うどこにでもいる小学生という事実に行き着く。気味悪がっていた主人公は、一緒に遊ぶようになり、理由はどうあれ彼を庇うまでになる。子ども時代の楽しい生活は虫を潰しても何も感じないような残酷さをはらんでいる。その意味で、主人公はあくまで普通の小学生なのだろうし、まーくんも異常と呼ぶほどのものではない。虫を潰さず猫を潰していただけだろう。
もちろん、大人になってもそれでは異常な奴として扱われるのは仕方ない。子どもというのは、互いに少しずつ異常なものを持ってお -
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舞城さんの本を読んだのは実に数年ぶりで…それこそ一つの前の職場にいた頃、一番読んでいたのは大学生から社会人になりきれてない、22の壁を越えられなかった頃だったと記憶しています。
出版年の頃にはもう今の仕事だったわけですが、その時期にこれだけぶれない話しが出せるんだから本当に凄いなと。
著者の作品は大学時代の私の「最先端」であったので、今となっては少し懐かしいものがあれこれとでてくるのです。
ガラケー。某巨大掲示板。絵文字。フォントによる表現。などなど。
懐かしさと少しの痛み(恥ずかしさとか)を伴う時代感覚と、古さなんてなにものですか読んでりゃわかるでしょおもしろいって、という感覚が同時にきて、 -
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背中に鬣のある成雄くんが、書道家に弟子入りしたり馬を追っかけたり変な集落に迷い込んじゃったりして走りまくる。けれど他の舞城作品に比べれば穏やかで、少しファンタジーっぽくもある。
……などと呑気に読んでいたら、さらっとグロくなってさらさらっと自分が自分でなくなってしまい、うわぁ油断した、やられた、と思った。
舞城作品の登場人物たちは、頭がよくても間違う。きちんとリスクを考えて、その上で自分の頭で物事を決定するのだが、それでも現実はさらにその上を行くのである。成雄くんが鬣を剃ってしまう場面は、彼の判断の上の予期しない間違いとして非常に印象的だ。
何をどうするか、目の前のことにどう対処するか…… -
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ぼく・わたしの未来が詰まった現在進行形ポップ純文学短篇集。
舞城王太郎従来のアクの強さは満載ながら、とてもまとまりのよい短篇集。なので、「これは素晴らしいなぁ、舞城王太郎を人に薦めるならこの本からと言いたいな」と思っていた。そしたら最終話の「ピコーン!」でいやいやいやいや、これ人に薦めたら駄目だ、となる。
もう、舞城さんなんなの~(笑顔)、こんなの人に薦められないじゃん~(笑顔)。
勢いに飲まれるキュートな最終話も素晴らしいが、1話・2話収録作もたいへんスマートで唸る。舞城王太郎は軽快ながらもある種の泥臭さがあり、そこが魅力でもあり時にくどくもあるのだが、この2作はそこのところを「書きすぎて -
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表題作は、まるでコマ割りのない漫画を読んでいるような文章だった。舞城さんの文章は思考と理屈と情景が感覚的なのが魅力だけど、特にこの作品はその境界線が限りなく曖昧である。
けれども、読んでいて理屈は理屈とわかる。
個人的には、「みんな元気。」は非常に身につまされる話だった。選択しなかったということも、選択に含まれること。
人生は一度きりで、やり直しはできない。<私>以外の人生を<私>が生きることだって、不可能だ。
私たちは生きている限り選び続けなくてはならないし、たとえ選ばなかったとしても、否応なしに人生は続く。失敗しても、間違っても……家族が家族でなくなってしまっても。
平行世界が文字通