舞城王太郎のレビュー一覧
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ぼく・わたしの未来が詰まった現在進行形ポップ純文学短篇集。
舞城王太郎従来のアクの強さは満載ながら、とてもまとまりのよい短篇集。なので、「これは素晴らしいなぁ、舞城王太郎を人に薦めるならこの本からと言いたいな」と思っていた。そしたら最終話の「ピコーン!」でいやいやいやいや、これ人に薦めたら駄目だ、となる。
もう、舞城さんなんなの~(笑顔)、こんなの人に薦められないじゃん~(笑顔)。
勢いに飲まれるキュートな最終話も素晴らしいが、1話・2話収録作もたいへんスマートで唸る。舞城王太郎は軽快ながらもある種の泥臭さがあり、そこが魅力でもあり時にくどくもあるのだが、この2作はそこのところを「書きすぎて」おらずテーマで非常にバランスよくまとめている印象を受けた。
特に表題作にもなっている「熊の場所」は、一読したら何度も思い返す人もいるテーマではないだろうか。
自分の感情と記憶の居場所を普遍的なものにする、それもまた物語の力だなぁと思う。 -
Posted by ブクログ
表題作は、まるでコマ割りのない漫画を読んでいるような文章だった。舞城さんの文章は思考と理屈と情景が感覚的なのが魅力だけど、特にこの作品はその境界線が限りなく曖昧である。
けれども、読んでいて理屈は理屈とわかる。
個人的には、「みんな元気。」は非常に身につまされる話だった。選択しなかったということも、選択に含まれること。
人生は一度きりで、やり直しはできない。<私>以外の人生を<私>が生きることだって、不可能だ。
私たちは生きている限り選び続けなくてはならないし、たとえ選ばなかったとしても、否応なしに人生は続く。失敗しても、間違っても……家族が家族でなくなってしまっても。
平行世界が文字通り同時進行で描かれる場面は圧巻である。それは存在しえたはずの世界であり現実なのだが、<私>の体は一人なのだ。いつだって現実は、経験と感情に振り回される。
「Dead for Good」もとてもよかった。現実に振り回されながらも、何が自分にとってリアルなのか、何を自分は選択していくのかに向き合っている作品なのではないかと思った。
でも、「矢を止める五羽の梔鳥」は全然わからなかった(笑)。 -
Posted by ブクログ
この本収録の、「ソマリア、サッチ・ア・スウィートハート」を読んで、おおいに頭を抱えた。この後味の悪さ。優しさ。無力感。
自分の生きている世界こそが現実なのに、その現実はなんとグロテスクで即物的なのだろう。私達はこの現実に対して、どうやって立ち向かえばよいのだろう?
「でね、あんたが言うの。どんなに綺麗な夕日よりも私の人生は美しいんだから、そんなちっちゃい夕焼け空なんて拝んでないで生きようぜって」
でも、どうして守りたいものを守れないの? どうして助けたい人のことを誰もが助けたいと思わないの? 私のこの気持ちも嘘で、ただの偽善=ポーズなの?
なぜ物語が必要なのか、どうして私達は物語るのか、それは想像ということそのものが一種の救いであるからかもしれない。このお話の恐ろしい事実はただ事実として繰り返される。何度も繰り返されて、主人公はそれを止めることができない。
けれどなぜこんなにグロテスクでめちゃくちゃな物語が切ないのか、それはイメージの美しさがあるからだ。この短編の「ソマリア、サッチ・ア・スウィートハート」という素敵なタイトル、ソマリアという紛争の絶えない地域の国旗になぞらえて終わるラスト、杣里亜が語る死後のソマリア(?)で見る夕日の情景……それらは現実には存在しない。みんなイメージで、実際に「起こった」とされていることではない。作中人物が想像上で思ったり見たり体験したこと、あるいは読者である私達が受け取ったイメージである。
けれどもそれがこの陰惨な物語を美しくする。事実とは無関係であっても、無関係であるからこそ。そしてそれが想像力の力であり、救いなのではないかと思う。 -
Posted by ブクログ
舞城王太郎の作品の読後ってなぜこんなにも生きる力が湧きあがってくるのだろうか。しかも、ジワジワと…ではなく、ぐわぁぁあー!っと。エナジードリンクを飲んでも感じたことのない、この走り出したくなる気持ち。
アンビバレントな気持ち。
決定的に自分の価値を無駄にした人が、自分を振った人だ。そんな人にまだ気持ちを持っていかれること。
人間としての価値や評価に友達の数は関係ない。
正論は正すためにあるのではなく、あくまでも自分という潜水艦の周囲の状況を確かめるために発信するソーナー。
人にはそれぞれの考え方、感じ方、価値観、行動原理があるってのは基本前提として誰にでも話も備わっているのだ。お互いの違いを認めてるからこそ、そうそう本質は変わったりはしない。皆自分の思うままに生きている。
両親のこと、恋愛のこと、彼氏とのこと、そして何より弟のことを -
Posted by ブクログ
【本の内容】
崇史は、俺が十五ん時の子供だ。
今は別々に暮らしている。
奴がノートに殺害計画を記していると聞いた俺は、崇史に会いに中学校を訪れた。
恐るべき学校襲撃事件から始まった暴力の伝染―。
ついにその波は、ここまでおし寄せてきたのだ(表題作)。
混沌が支配する世界に捧げられた、書下ろし問題作「ソマリア、サッチ・ア・スウィートハート」を併録したダーク&ポップな作品集。
[ 目次 ]
[ POP ]
わけわかんねえ、でもなんか、心の芯に突き刺さってくるんだよなぁ、という感じがとっても気に入っている舞城王太郎さんの文庫最新刊。
「スクールアタック・シンドローム」「我が家のトトロ」「ソマリア、サッチ・ア・スウィートハート」からなる短編集。
全部大好きだけれど、私は表題作が一番好きだな。
というわけで表題作について触れると、とにかく自宅ソファが気に入ってしまってそこから動けない主人公の話なのである。
そこになぜか知らない人が乗り込んできて、なんだかわからないうちにそいつの耳を食いちぎって、そして飲み込んでしまう。
もうこれだけでも私は爆笑してしまってでもちょっと物哀しくて泣けてしまった。
そして耳をくいちぎられたやつはとっとと出て行って、川原まで行ったところで、そのへんにいた人間に対して暴力をふるう。
暴力は伝染するのだ。
そんな主人公が15のときにその子どもとして生まれてきた崇史。
こいつはこいつで、学校を襲撃する計画をノートにびっしり書いている。
これも暴力の伝染のうちのひとつ。
破天荒な主人公とそのまわりの人々、そのありえない世界の中で、私たちが抱えているつらさとか切なさとかよくわからない気分みたいなものがめいっぱい書き込まれている作品。
ほんとうにもう、私はこの作品を読めただけで、今後まともに生きていけなくてもいいか、ととても励まされました。
絶対に読んでおくべき舞城作品です。
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
【本の内容】
十五歳の僕と十四歳にして名探偵のルンババは、家も隣の親友同士。
中三の修学旅行で東京へ行った僕らは、風変わりな姉妹と知り合った。
僕らの冒険はそこから始まる。
地元の高校に進学し大学受験―そんな十代の折々に待ち受ける密室殺人事件の数々に、ルンババと僕は立ち向かう。
[ 目次 ]
[ POP ]
「煙か土か食い物」「暗闇の中で子供」に続く三作目のこの作品は、前二作の”奈津川一族物語”の番外編といってよいと思う。
二作目の作品中で奈津川三郎が執筆する推理小説が「ルンババ12」であり、そのルンババの実体(?)が活躍する青春小説といったところか。
ほんのわずか「奈津川」の名も登場して、一筋縄ではいかない奈津川の謎をちょっぴりのぞかせる。
おなじみの場所が舞台で、おなじみの文体と福井弁で、常識もムチャも乗り越えてスイスイと話は進む。
あまりに軽いノリで殺人が出てきて、凄惨さはない。
密室も大安売りされている。
事件の解決がメインでなく、悲しみをのりこえてゆく二人プラス一人の深い友情物語だ。
私見だが、独特の舞城テイストを強く感じられる最後の作品だ。
この後、作者は奈津川三郎の逆をたどり、純文学の方へ傾いてゆき、賞もとって、本質的なユニークさは変わらないが、小気味よい、暴力的ともいえるリズムから遠くなっていくようだ。
二人の強い絆とさわやかな読後感に乾杯。
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
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