福田和也のレビュー一覧
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対談。なぜ戦争になったのか。どこで間違えたのか。こういう本を読むと、自分がいかに知らなかったということを痛感する。そしてこういう本を読んで思うのは、過去のこととして知識にするのではなく、今、自分のいるまわりに活かせることはないか、ということなんだよね。
大正七年の原敬首相から昭和七年犬養毅が五・一五事件で暗殺されるまでを日本の政党政治の黄金期という。
では、原敬の何がすごかったのか。
偉大だったのは、としていわれること。
原敬日記をひいて、すごくこまめに軍人に会っていることを指摘している。
こまめに、ひょっとしたら自分と反対意見の人とも会って、パイプをつくっていたことが、強い力を持つことになったということだろうか。
意見が違う人とも、交流する。それによって単純に自分や自分の側の利益を押し通すのではなく、より多くの人が満足する道をさぐる。それが大きな仕事をするうえで肝要なのではないかな。
少なくとも、自分に反対する人間に対して「こんな人たちに負けるわけにはいかない」というのは、スケールが小さいんだなと思う。 -
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日本がなぜアメリカとの戦争に踏み切り、そして負けたのかという点について、近代史に造詣の深い6名の方が対談形式で述べる本。「なぜ負けたのか」よりも「なぜ国力に圧倒的な差があったアメリカとの戦争に踏み切ったのか」という点に関する部分には、ちょっときな臭い雰囲気になりつつある今日、考え直す意味は深いと感じます。
対米戦争に限らずほとんどの戦争が「自衛・自存」を大義名分に始められ、ブレーキをかけるはずのメディアも政権や大衆に迎合していく流れであった事などは同じ過ちを繰り返さないためにも知っておくべき事実であると思います。
なぜヒトラーのドイツと同盟を結んだのか、海軍・陸軍エリートはなぜ判断を誤って開戦に向かったのか、開戦以後の戦略は存在したのか、など8つのテーマに分けて議論されています。
物凄く深い議論が展開されているのに、私自身の近代史に関する知識不足で、いまいちよく分からない印象を受ける箇所もありました。でも逆に言うと新書サイズでここまでの内容の本だけにお買い得なのかも。歴史(特に近代史)はちゃんと勉強しないといけませんね。 -
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『ひと月百冊読み、三百枚書く私の方法』
福田和也
まず、読む前にそのポイント、つまり自分は何のためにこの本を読むのか、ということを明確にしておかなければなりません。(p27)
物語にしろ、着眼点は必要だろう。
メモ帳に、下を折ったところを書き写し、コメントをメモする。
この、書き写すというのが、とても大事なことです。(p56)
大事な所は本の端を折り、さらに手書きで書き写しコメントする。この手書きが大切だという。だが、PCの方がいかんせん早い。どうしたものか。手書きとPC打ち込みについて考えたい。
なんとなく面白く、なんとなく興味深い。でも終わればそれが何だったのか覚えていない。(p95)
テレビについて。まさに。
山城教授より推薦本 -
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保守派の論客である福田和也が、若い人に向けて昭和史を分かりやすく語った本です。
日本が戦争へと突き進んだ時代を、理解できない狂気に支配された時代と見るのではなく、当時の人びとが時代の状況の中で一生懸命生きてきたことに「共感」を寄せることが、歴史を学ぶ上でもっとも大切なことだという考えに基づいて書かれています。
ただ、明治以降、世界という舞台で戦ってきた日本人への「共感」と、戦後民主主義を築いた人びとへの「共感」が、容易には折り合いをつけられないことがきちんと語られていない点が、少し残念な気がします。そうしたことも含めて日本の歴史を考えてほしいというのが著者のスタンスなのですが、戦後の繁栄を支えたのは「モノへの憧れ」だったと語られているところなどには、著者自身の立場へ読者を導こうとする意図も感じられます。
むしろ、反米保守の立場からの昭和史だという主張をはっきりと打ち出してほしかったという気がします。 -
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日本の近現代の中から、器の大きな人物を30人取り上げ、その人間像を紹介しています。
「器量が大きい」というのは、いわゆる「人格が高潔である」ということとは違います。たとえば伊藤博文という人物について、若い頃に塙保己一の跡取りの忠宝を暗殺したことがあり、多くの女性と関係を持っていたなどのエピソードが紹介されています。それでも、そうした側面をすべて含めて、伊東博文という人物には人間的な「器量の大きさ」があったと、著者は言います。
岸信介や田中角栄といった戦後の人物に関しては、とりわけその問題点も見えやすいのですが、それにもかかわらず、彼らの器量の大きさをまずは認めようというのが著者のスタンスです。そうした立場から著者は、現代の日本人の器量が小さくなってしまったことを歎じています。 -
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ネタバレ昭和史を語る際にいつも示唆を受ける半藤、保阪に右よりの中西が加わり、どのような討議になるのか興味深いところでした。昭和の大戦という際に、日米戦争を分けて、中国に対しては明らかに侵略戦争であったという半藤、保阪に対して中西は何となく曖昧な姿勢であると思いました。それだけに日本が反乱もなく、一致して闘っていけたのは米英に対して自衛=興国存亡の危機にあるという意識が強かったからだという一致した考えもなるほどと思いました。このタイトルではなく、「なぜ負けることが分っている戦争をしたのか」という観点から、日本の指導層に対する厳しい批判は今の私たちの姿勢(政治だけでなく、企業においてさえ)に反省させられる指摘が多いです。合理的なはずの軍隊が日本軍においては合理的でない行動が多かった、それゆえ戦死とはいえ、圧倒的に餓死者、海没者が多いということは実に皮肉な現象です。朝日、毎日などの新聞が反戦的な論調から、NHKのニュースに煽られて、短期間に軍部に同調していく劇的な変化は衝撃的ですね。なんとその方が購読数が増えるという、読者の要望に阿ったものだからです。6人の討議である一部の迫力に比し、第二部の6人の小論はやや月並みでした。