南條竹則のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
宇宙的恐怖(コズミックホラー)の始祖
売れ出したのは死後らしいですが、
他の作家たちが、話を広げていったエピソードが、ファンが2次創作で広がっていったスターウォーズの流れにも似てます。
そんな、作家の入門編
表現しづらい見えない怪物(蟹、鳥、烏賊蛸、菌、山のキメラっぽいやつなど様々)、怪奇現象に気づいてしまった、巻き込まれてしまった人々の恐怖を様々なパターンで描きます。
暗躍する怪物の名から「クトゥルフ神話」と呼ばれているシリーズ
キングやクーンツなどのモダンホラー(古!)を読んでる私としては、どの話も真面目に「ボブは自分の体が、首の無い状態で倒れかかってくるのを見る羽目になった。何故なら、首から上は地面に転げ落ちて自分の体を見上げていたからだ…」みたいなふざげた描写は皆無
で、ビシビシ恐怖が描かれていく感じが新鮮でした。そしてやや退屈でもある。
何篇かありますが「ダンウィッチの怪」なんか、これを映像化するとやはりどうしても恐怖感よりB級ホラー感が強くなるんだろうな…という印象
よくある映画の流れなんだけど面白かったです。
上記のはラヴクラフト作品としては珍しいほうで…基本的にX-ファイルの様に、うやむやか最悪の結末で終わる話が多かった,
恐怖から生き延びれない限りは語ることもできず物語にもならない。形に残って語り継がれることがない。
または語ったとしても狂人の扱いを受けて消えてしまう。
なので、本当は記録には残らないもっと多くの犠牲者が歴史上に悍ましい量いたのではないか?などど妄想してしまう。おすすめ。
たぶんこのラヴクラフトの築いた
真面目なコズミックホラーに、どんどん下品な要素を足してエンタメにしてったのが今のホラーモノなんだろうなぁ…それにしても哲学的な言い回しや、難しい表現も多く、真面目に話してんだけど度が過ぎてて「狂ってる?」って聞きたくなるくらい。
追記:脳が何者かに支配されているのか読書中、無意識に昼食に「げそ天そば」を頼んでしまい
神話に出てくる怪物達が頭をよぎり
なんか後悔… -
Posted by ブクログ
曜日で呼び合う無政府主義者たちがおいかけっこをする話(無体な説明)。ところどころ入るうだうだした哲学めいた議論がおもしろい。
続きが気になってサクサク読んだ。よくできたキャラクター小説といってもよいんじゃなかろうか。月曜日から日曜日までキャラたちすぎ!ホワイダニットかと思って読み進めたらもっと壮大な話でちょっと肩すかし。
その後解説を読んでちょっと納得。壮大な中二病小説だったんだよ!とか言うとファンの方に怒られるかしら。でもそうするとのめり込んで読んだことにも納得できるんだよなぁ。世界に絶望し、思想に耽溺し、破滅を希求していたあの頃…つって36になったおじさまが思い出しながら書いてたと思うとちょっと微笑ましいよね。
ブラウン神父シリーズ読んでみよう。 -
Posted by ブクログ
・私がアルジャノン・ブラックウッドですぐに思ひ出すのは短編「柳」である。これは超のつく有名作で、ブラックウッドにつ いて書く時には、誰もが必ずといつて良いほど言及する作品である。あの自然の怪異と畏怖には圧倒的なものがあり、一読讃歎、彼の代表作と いふにふさはしいと思ふ。同じく、「古い魔術」も彼の代表作であり、実に多くの人がこれに言及してゐる。もしかしたら猫好きな人には愛憎 半ばする物語かもしれないが、あの紛れ込んだ世界の実在感もまた圧倒的である。ブラックウッドは多くの怪奇幻想小説を書いた。この2作以 外にも優れた作品が多い。生まれは1869年、日本では明治元年になるのであらうか。30代終はりに作家となつた。イギリスの怪奇小説黄 金時代を生きた人である。そんな人だから、優れた怪奇幻想小説を書いてゐるのは当然であらう。ブラックウッド「秘書綺譚 ブラックウッド幻想怪奇傑作集」(光 文社古典新訳文庫)には11の短編を収める。いづれもそんな時代を彷彿とさせ、そんな雰囲気を 堪能させてくれる正統的な短編である。更に、本書のポイントはショートハウス物すべてを収めるといふ点にある。この人物はジョン・サイレ ンスほど有名ではないし、登場する作品は4作しかないが、それをここに収めてあるのである。「彼の性格は作品によって多少違いますが、若 き日の作者の分身である」(「解説」346頁)とか。ブラックウッドは若い頃、様々な仕事を経た後に金持ちの秘書を務めた(同前333 頁)。このあたりを言ふのであらう。
・その表題作「秘書綺譚」、やはり大金持ちの秘書として務めた仕事の話である。主人の命で、主人のかつての盟友の家を、古い契約書の件で 尋ねる。そこは田舎家、奉公人のユダヤ人との二人住まひ、普段は尋ねてくる人とてない寂しい生活を送つてゐる。歓待され、依頼された仕事 は無事終了、さて帰らうとすると……お決まりの如くに、既に最終列車の時間には遅くなつてゐる。そこでやむなくショートハウスは泊まるこ とにする。さうして、後は恐怖の一夜が待つてゐる……本当に型通りの見事な展開である。この先はどうなのであらう。その家の雇ひ人がいさ さか不気味な男であつたり、主人が生肉しか食はなかつたりで、早々に部屋に入れば、そこは「まことに気持ちの良い素敵な部屋だったが、 ショートハウスは(中略)神経が発する警告を無視できなかった」(174頁)。これもまたなかなかのお膳立てである。さうして最後に事が 起きるが彼は難を逃れて帰着、務めを果たしたゆゑに主人は「給料を上げてくれたばかりでなく、帽子と外套を新調しろ、勘定書はこちらへま わせ、と言ってくれたのだった。」(189頁)実際、この物語は綺譚である。単なる怪奇、恐怖小説とは違ふ。その意味では、先の「柳」と は全くタイプの違ふ作品である。これに対して、冒頭の「空屋」「壁に耳あり」は幽霊譚である。「空家」は伯母との幽霊屋敷探検である。こ れは屋敷の様子とそれに対する二人の反応が中心である。「壁に」はその部屋に取り憑いた霊の出現の物語である。最後にその事情が明らかに される。幽霊譚でも律儀なとでもつきさうなのが、ショートハウス物ではないが、「約束」である。日本ならさしづめ○○の契りとでも題され さうな内容である。要するに、ある男がかつての約束を守つて友のところに幽霊として出現するのである。どちらもよくありさうな物語である し、現代ではかういふのは書かれないであらうとも思ふ。古典的である。イギリス怪奇小説の黄金時代を思はせる作品である。他に、変種の吸 血鬼譚もある。代表作ではなくとも、楽しめる作品集である。 -
Posted by ブクログ
前向きに生きていないことにかけては、そこそこ及第点だと自分なりに思っていたのだが、他人に聞くと「そうでもない」という。「かなり正常な人生でしょ。」
まぁ、それならそれでいいけれど、南條竹則の新刊『人生はうしろ向きに』(集英社新書)などというタイトルの本に手を出すという行為は、そういう事情ゆえ、どうにも我ながら物欲しげで、嫌なものである。それでも読んでしまうのは、私が単に南條竹則の本が好きだという理由にすぎない。そして、この人の懐古主義、未来否認はそもそもの十八番なので、その点では生理的な共感以外に感想はとくにないわけだけれども、この人のいい点は、他人の褒め方がうまいという点である。オマージュ上手なのである。
本書はおよそ40頁を割いて、イギリスのエッセイスト、チャールズ・ラム(1775-1834)にオマージュを捧げている。そして私は、いっぺんでこのラムのファンになってしまった(まだ本人の著作を一冊も読んでいないにもかかわらず)のである!
ラムの姉メアリーが自宅で内職中に突然発狂し、目の前にいた母を殺してしまったが、どうにか無罪となった。南條は努めて冷静に書く。「自分が責任を持って姉を監視し、面倒をみることを条件に、姉を家に引き取る許しを得た。この時ラムは二十一歳だったが、彼の青春は終わったのである。」
残りの長い人生をメアリーの介護にあて、結婚できない姉を思いやってか、ラムも生涯独身だった。姉の発作はだんだん頻繁になっていったが、2人の同居生活は決して暗いばかりではない。演劇好きの2人は劇場通いをしたり、中国の陶磁器をあつめたりして暮らした。弟は、随筆や劇評をすこしばかり雑誌に書き、パブで酒とトランプを楽しんだ。ロンドンの享楽家のよくある生である。メアリーも、家計を助けようと筆をとり、シェイクスピアの児童向けダイジェスト本などを出版したりしている。
弟の死後、姉は弟の残した遺産と、東インド会社の年金によって不自由なく介護を受け、13年後に弟と同じ墓に葬られた。私は、このような生から出てくる言葉というものを、好きにならずにはいられない性分なのである。
話のレベルがまったく違うが、原発事故によって日本という国土の青春も完全に終わったという実感が、わが読解をいささか歪ませただろうか。