東郷隆のレビュー一覧
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ネタバレ日本の銃技術者にして、射撃の達人。明治維新時代の薩摩藩士「村田経芳(勇右衛門)」の生涯を描いた伝記小説。
恥ずかしながら、俺はこの人全く存知あげなかった。ひょっとしたら司馬遼太郎あたりの小説に出ていたかも知れないが、記憶になかった人なんだが…。
読んでみて分かったが、なんとも凄い人である。維新に関わる戦争や西南戦争に従軍して類まれなる戦績を収めたことを始めとして、ライフルを筆頭に旧日本軍の兵装のあらゆることに関わった人であり、欧州視察に出向いた際、各国の射撃大会で軒並み優勝をかっさらい…こんなスゲー人が日本では不当に低く評価されているのが残念である。
侍…いや時代背景から考えると軍人として立派だっただけでなく、技術者として超一流の人である。礎が「軍隊」であり、扱ったものが「銃」という戦争のための道具なので、手放しで評価されない部分もあるのだろう。
村田氏が生きた時代は、そういう時代だったのだ、ということを差し引いて考えても、やはり凄い人である。
目に見える功績だけではない。
薩摩藩という尊王や攘夷や倒幕や西南の役やと、ただでさえ明日はどっちを向いてるか分からないところに所属していながら、「銃と射撃の向上がなければ日本は強くならない」という立ち位置を踏み外さず、技術者として生涯を全うする、その生き方が素晴らしい。
社会というのは、こういう職人気質な人や朴訥に頑張る人、真面目に生きている人がいるからこそ成り立っているんだなぁと思う。底辺がしっかりしていないと揺らぐものなのだと思う。政治家や官僚という類の人々の仕事は、本来底辺をどっしりと固めるための基盤を作ることのはずなのに…、何故か揺るがすようなことばっかりをする。
政治家なんてなるもんじゃないし、信用するもんでもないなぁと。
地に足付いた仕事をしっかりやって、まっとうに生きて行くのが幸せなんだなと思った次第。 -
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8篇が収められている。各作品は戊辰戦争の時期を中心とした「乱れた時代」の人間模様を扱っている。俄かに訪れた「乱れた時代」とは、同時代人にとっては「極限状態」のようなものかもしれない。裏切り、打算、飽くまでも何かを護ろうとする姿勢など、人の様々な面が曝け出され、それが記憶として、また何らかの意図が加えられた記録として後世に伝わっているのであろう。旧幕府寄りの行動を取った人達に関する記憶が掘り起こされたのは…大正末期から昭和初期までに、古老の話しを聴き取る等して綴られた史伝を通じてということになる。本作の作者は、そうしたものを随分と参照している…
裏切り、打算の他方の「飽くまでも何かを護ろうとする」かのような動き…惹かれるものが在る…8篇の短篇で取上げられている挿話は、知られているような、然程広く知られていないようなモノが多いように思うが、こうした作品を介して広く知られても善いと思う… -
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本作の題名である『九重の雲』…「九重の雲をはらいてやがてまた はれし都の月を見るべき」という、中村半次郎こと桐野利秋が慶応3年11月11日に詠んだとされる歌から取ったのであろう。苦難を潜り抜け、明日の展望が開けたというような、故郷での極貧を脱け出して京で活動した日々を想い起こしながら、討幕の密勅を受けて更なる前進を思うというような状況の歌かもしれないが…何か彼の人生を象徴するかのような歌だ…自らの性分と、刻苦勉励して磨いた剣技と、可能な範囲で書見して学んだことを活かしながら、“九重の雲”のような眼前の苦難や時代状況を潜り抜けることを繰り返し、やがて月の下で「時代の波涛」に呑み込まれる…何かそういう気がする…
「愛すべき漢」という感もする中村半次郎こと桐野利秋を視点人物に据えながら、「幕末・維新・明治」というモノが「何だったのか?」、または「今日を生きる人達が汲み上げるべき“教訓”は?」を問うような力作に仕上がっている… -
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戦国時代の合戦の要素を、「刀」「合戦形式」「槍と弓」「大砲と火縄銃」「旗と太鼓」「斬首と切腹」「女武者と船上戦」などの章にわけて、マニアックな図解と一緒に解説した本。学校で習う日本史や時代劇の演出にも、ときどきツッコミが入る。
例えば、一般に銃はポルトガル人によって種子島を通じて日本に伝来された(1543年)とされているが、本書によると、それは東南アジアで使われていた「アルケブス式携帯銃」のことであり、禅僧が残した『碧山日録』という日記には、すでに応仁の乱(1467-77)で「飛砲・火槍」についての記載があるという。ただし、これらは大型兵器であったため、日本の当時の「戦」の形式や資源の面でマッチせず、後に火縄銃のような狙撃型の銃が主に用いられるようになったそうである。さらに、火縄銃のそれぞれの部品の名称や、射撃のための手順なども細かく解説されている。
このように、それぞれの章について、場合によっては平安から江戸までの流れ、あるいは外国との比較が書かれていて、武具や戦術が、時代の変化に順応する形変わってきたこともよくわかる。 -
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予言をする妖怪「アマビエ」。新型コロナの感染拡大で不安が広がった際に、妖怪掛け軸専門店がアマビエをSNSで紹介し、さらに水木プロダクションが水木しげるさんの描かれたアマビエのイラストをTwitter上にアップして爆発的に広がった。これほど一気に知名度が上がった妖怪は、今までなかったのでは無いだろうか。
もちろんアマビエが登場したと言われる江戸時代も一気に有名になったのだろうが、現代の情報の伝達速度にはとうていかなうものではなだろう。その予言獣アマビエをはじめとして、古今東西の予言獣を集めて解説したのが「 病と妖怪 ―予言獣アマビエの正体 」という一冊だ。
第1章 アマビエはどこから来たのか
第2章 予言する不思議な動物たち
第3章 幸せを呼び寄せる幻獣たち
第4章 病にかかわる不思議な生物たち
第5章 異星人か? 人智を超えた不思議なものたち
アマビエなど予言獣と呼ばれる妖怪を冒頭で紹介しながら、疫病蔓延時に取りだたされる予言獣に関する考察が書かれていて興味深い。また、それに続いて幸せを呼び寄せる幻獣やそれ以外の不思議な存在にまで話が広がっていき、日本だけではなく世界に広がる様々な不思議な”モノ”が紹介されてていて興味が尽きない。
私も子どもの頃にゲゲゲの鬼太郎を見て妖怪の気配に怯えたものだが、昔も今も人は人智を超えた不思議なものに惹かれるとともに、「困った時の神頼み」ならぬ「困った時の妖怪頼み」をするものだということを改めて知った。妖怪好きならずとも楽しめる一冊だと思う。 -
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コロナウイルスに振り回され始めてからもう1年たつ。早いものだ。正体の分からないものに対して恐怖心を抱き、何かにすがり付きたくなるのはいつの世も変わらない。
去年、アマビエがネットで話題になってから一気に火が付いた。
この原典は、「肥後国海中の怪」というタイトルで、弘化(こうか)3年(1846)4月と年号と月が入った半紙1枚に描かれた図像だ。
アマビエの起源について著者は、文化2年(1805年)に赤痢が流行ったときに出た「神社姫(悪魚)」だと推測している。
その後も、赤痢が流行したときに魚体の形をした人魚が登場している。
いつの時代も商魂たくましい人がいる。明治14年(1881)にコレラが流行したときに、「天彦図」大量販売しようとした男たちがいたそうだ。
売り文句が、今から30年あまりは世界消滅する時期に当たり天災が続く。そこで天彦の姿を写したものを頒布したいと、東京近郊の葛西金町に3人の男たちが地域住民の一括販売を持ちかけた。
著者はまるで現代のマルチ商法と述べているが
まさにその通りだ。
予言獣はアマビエだけではなかった。「予(くだん)」という人面獣がいる。最古の記録は江戸時代後期だ。
この「件」は、太平洋戦争時にも庶民の間で話題になった。
人間の想像力は時にとんでもないものを生み出す。アマビエはじめとする予言獣の存在がまた注目を集めるときは、また新たな感染症が流行するときかな。