高橋源一郎のレビュー一覧
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何このタイトル?ひねった宗教もの?と思って「まえがき」を見たら、NHKラジオ「すっぴん!」金曜日「源ちゃんの現代国語」コーナーの書籍化だった。「すっぴん!」はよく聴く好きな番組で、このコーナーもお気に入りの一つ。面白そうな本がよく紹介されているし、自分も読んで良かった本が登場すると何だか嬉しい。
放送は、アンカーの藤井アナウンサーとの掛け合いで進むが(これが絶妙。藤井アナ大好き)、この本では高橋さんが一人で語るスタイルになっている。読みやすく楽しい紹介で、これは読みたい!と思う本がいくつもあった。
「ラブホの上野さん」
全然知らなかったマンガ。スピンオフ本「ラブホの上野さんの恋愛相談」と共に早速注文した。紹介されている相談への回答が、高橋さんの言うとおり「パーフェクト」で恐れ入りました。
「忙しい現代人のための2秒で読める世界クイック名作集」
名作を2秒で読む?どうやって? 答は「マンガでエッセンスを抽出する」。「かぐや姫」の例がのっていて、笑った。
「どらごん-道楽言」
これには大笑い。高橋さんも「書き写しながら、こんなに笑ったことは記憶にない」そうだ。ちょっと古い本なのでブック○フで注文。早く来ないかな。
そのほか、「偶然短歌」(いなにわ・せきしろ)、「日本国憲法 大阪おばちゃん語訳」(谷口真由美)、「RAINBOW IN YOUR HAND」(カワムラマサシ)などなど、どれも読むのが楽しみだ。 -
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ネタバレ高橋源一郎さんといえば私にとっては何と言っても『さようらなら、ギャングたち』で、その後の数作も読んでいたが、以降はエッセイ類の著作が多くなり、しばらく読んでなかった。この長編小説は私にとって久々の、高橋源一郎の本である。
『さようなら、ギャングたち』で駆使されていた現代詩の書法は、ここでは極めて平易な物語へと置換されている。これは氏の書法の経年の進歩による変化なのか、単に本書が宮沢賢治の童話的物語のパロディだからなのか、私は知らない。
さて平易ではあるが、冒頭から書かれていく内容はなかなかに深い。事象とは何か、人間とは何か、といった哲学命題が明確に打ち立てられている。「この身の回りに見える世界は、実は誰かが作ったもので、自分は騙されているのではないか」という疑念などは、スラヴォイ・ジジェクがSF映画を例に取りながら示して見せた問題系とおなじである。
この小説は本当に平易な読み物ではあるが、文章の「語り手」が、はっきりと明示されずに次々と推移することにより、一種の「私」なるものの混乱・錯綜が図られている点が面白い。少し読めば読者はこの語り手は誰なのかということを推定することが出来るのだが、結局のところ、それらはすべて一つの主体として収斂していくのであり、それが著者の目論見なのだ。
持続する記憶に対して世界が刻々とパラレルワールドに変質しまうかのような「流動する世界」をめぐって、掌編小説のようなエピソードが次々と並べられていくところは、少々退屈に感じたが、それでも、すべてを引き受けてラストの「自分は、いる。世界は、ある。」という結論に到達する仕組みはなかなか優れている。
私としての不満は、『さようなら、ギャングたち』の著者なら、もっとPOPに、現代詩的なするどさをもって切り込めなかったか、という点にある。本書の場合は、ちょっと、パウロ・コエーリョを思わせるような、もどかしいような教訓性が感じられてしまう。
そのへんは、人の好みが分かれるところだろうけれども。 -
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ネタバレこれからを生きていく人へ贈るメッセージ。
日本の現状に危機感を抱いた内田樹が,中高生へとメッセージを送るために様々な人へ文章を書いてくれるよう依頼をした。統一感はあるような,ないような。しかし,皆,日本の現状に(というか,現政権に)危機感を覚えている人たちである。出版されたのは2016年7月なので,書かれたのはその少し前とすると,その後,イギリスEU離脱が国民投票で決まり,トランプ大統領が誕生し,また日本は重要法案を急いで通そうとしている。危機は加速しているのでは。
戦後の,戦後すぐの平和主義がそろそろ機能しなくなっている,そう感じる。軍隊を持たない,平和を守る国でありたい,でも,他国に攻められたらどうするの? 尊い理念は尊い。でも,現実は。もっと話し合いをしたいと思う。相手の理論を叩きつぶすのではなく,全否定するのでもなく,落とし所を探る。それには時間がかかるけど。 -
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大学生と「読む」。
自分の興味のある形式だったので、購入。
鷲田清一の哲学教室
長谷部恭男の憲法教室
伊藤比呂美の人生相談教室
の、基本的には三本立て、プラスα。
著作を読んだ上での質疑応答は面白い。
考えるとはどういうことか。「てつがく」とは。
当たり前の姿勢なのに、時々すごく不自由だと感じる時がある。
自分の思考の中に明らかにノイズがあるな、ということ、いや、それすら気付かず進行していること。
何をどう問うかということを繰り返している鷲田清一に触れていると、全然別の事柄に突然スポットが当たったりする。
とても狭いキーワードなのだけど、たまたま、例示としての「潜水」に目がひかれた。
ある対照的な物事の、どちらにも潜水というたとえ話が用いられていた。
ここで鷲田清一が言う、垂直、つまり深いものの考え方というのは何か。
深く考えることの大切さと、しかし、底のない物事を語ることそのものの「何だかスゴイ感」への批判が面白い。
底がないことを知ることは大切で、それを垂直から水平に変えてみようとする。
憲法教室でも、やはり、テクストそのものから、いかに我々は考え得るかに行き当たる。
価値観の違う、けれど、同じ社会に生きる人々の、良識ってなんだろう。
生み出すのは人間で、また生み出したものに縛られるのも人間なのだなぁ。 -
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いつの時代にも言われてきたのだろうが、大学生ってこんな幼かったっけ、と年増はつい思ってしまう。
こんなゼミだったら今の学生も楽しいだろうなとは思うけれど、そして、戦前戦後の世代のように岩波新書に知の権威の幻想も持ってはいないつもりだが、このくらいの感想文で岩波新書にしてもらえるのはどう考えても高橋源一郎の人徳?ネームバリュー?だよね。。。ゼミの報告レポートのようなもので岩波新書にする必要があったのか、という一抹の疑問は拭い切れない。
伊藤比呂美が私は好きではなかったのだが、ここでの「人生相談教室」は面白かった。
奥付のそのまたあとにおまけとは、画期的。