高橋源一郎のレビュー一覧
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SEALDsの主張にあまり共感はしないし、デモに参加しようともまったく思わないが、同世代の子たちがやっているSEALDsのような活動に敬意は表したいし、その意気は買いたいと思う。第一部のSEALDsメンバーの生い立ちやSEALDsの来歴について語られている部分はなかなか興味深かった。第二部の民主主義論については、民主主義という概念が多義的だということはわかったが、全体的にふわふわした議論がされている気がして、あまりピンとこなかった。あと、議論のまとめ役(?)の高橋源一郎氏は、たまに若者言葉を使うなど、変にSEALDsの若者たちに阿っているような雰囲気を感じ、ちょっとうさんくささを感じた。
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目もくらむようなスーパー秀才エリートだった人たちが、声をそろえてもはや反対することができない空気があったと言っている。ドイツ語で日記を書けるような、言葉を自由自在にあやつることができるエリートたちが、一億人の運命を左右するような決めごとを、最後には言葉でなく空気を読んで身を委ねたと語っている。
福島の原発事故直後の危機を回避するための政府首脳の重大会議、40年以上も続いた政府の憲法解釈を内閣の形式的合議だけで大きく変えてしまった経緯、いずれも議事録が残っていない。それが僕たちの国の致命的な欠陥だ。これはもう病気と呼んでもさしつかえないと思う。かつて有名な政治学者はこれを壮大なる無責任体制と呼んだ。 -
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これは、あとがきに書いてあるように「あなたの生きた時代ではなにがあったのですか」と尋ねられたら「こんなことがあったんだよ」と答えたいと思ったことを朝日新聞に連載したものを一冊にまとめたものである。
とりあげられたテーマは多岐にわたります。
その中でも、「心の中では気にかけていながら、結局、何もしなかった。そのツケが若い世代に回される」という一文には、頷かざるをえない。
じゃ、どうすれば・・・
お上に任せちゃいられない。自分たちの社会は自分で作るさという「エンパワーメント」
これは、国や公の組織ではなく、個人やある特定の目的のために自発的に生まれた集団が、公正で公平な世界を実現しようとして、様々な力を発揮することだという。
こんなひとりひとりの自覚や活動がわれらの民主主義を作るのだという。
そんな運動を成功させるヒントは「貧困運動」の湯浅誠氏の「敵を探して叩くバッシング競争から遠く離れ、許容量を広く取り理解と共感を広げ、相手に反応して自分を変化させ続けることだ」という。
挑発的な本音を吐くものがヒーローになるインターネットから少し距離をおいて、面倒でも直接の人間関係を構築するところから始め、その中では人は思っていた以上の大きな力を発揮できるようになるのだと理解する。 -
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当時の文壇という観点から見れば、新しい精鋭の一人がまた登場したといった具合か。大学紛争を境に、ジャズが学生の間では流行り、アメリカ文化なんかの影響を受け、旧来には無かった前衛的な作風の作家が多く輩出された(村上春樹や笙野頼子や島田雅彦あたりがそうだろうか)。
高橋源一郎もその一人で、突飛した内容が酷評され、吉本隆明の鶴の一声もあり、刊行され、ポストモダンの第一人者と呼ばれるまでになった――。という前評判を聞き、未だに読んだことが無かったため、手に取った運び。強烈な一冊。
発想がどこから来ているのか、滅茶苦茶な世界、理解出来ない構造、詩として綴られる文体。絶版になったのも仕方ないと思えてしまう。登場人物の殆どが死に、前後の脈絡に関係無く何十、何百ページも前のことを引っ張り出したり(伏線とかそういうのではない)、無意味な動作を必死に行ってみたり、唐突な展開が、尾を引かない軽さで描かれる。一部には絶賛されるだろうが、一般的には評価されないのが本作の魅力と言えばおかしいが、今も昔も将来も、評価が大きく変わらない普遍的な作品だと思う。
三部の、ギャングが詩を生み出すところと、
「二回とも少しも悲劇的なところがなく
だから だれも回想してくれないな
かわいそうな
かわいそうな
わたしの死」
という文章は良かった。
夏目漱石が、いい小説というのはどのページから読んでも面白い、と言ってる。その流れを汲んでる一作だと思う。 -
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おじさん二人の対談集。東日本大震災が起きる前と、起きたあと。日本は何が変わって何が変わらないのか。
この中で、原発に30年反対し続ける瀬戸内海の小島、祝島の話がよかった。
毎日デモやっているといっても、ほとんど世間話しながら島の決まった場所を歩きつつ、たまに思い出したかのように「原発反対」と声を上げる。
それに、飯を作ってたからとか、飯作りにとかで途中参加したり離脱したりして、それを30年間続けている。
高齢化率が高止まりして限界集落になり、やがて人がいなくなるのが確実になっているのに、老人たちはやめない。
そういう地域の繋がりというもの、今は日本のどこにあるだろう。
人を集めて吸い尽くし、人だけがどんどん増えていく東京のどこに価値があるのか。
人生いろいろと言っていた首相がいたじゃない。それって意外と本当でさ。
価値なんて割り切れないよなぁ。 -
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出版されて、もう一ヶ月くらいになるのに、レビューが書かれていないことが意外。
内田樹も高橋源一郎も、それぞれ著作を読ませてもらっているので手を伸ばしてみた。
なんというか、ちょっと世の中を振り返ってみたいなあと思うとき、何に手を出せばいいだろう?誰の言葉から始めればいいだろう?って悩みませんか。
そういう時に、ああ、この人の言葉ならまず読んでみようかな、という安心感はあると思う。
まあ、良くも悪くも、はあるけれど。
そうして、結局アレは何だったんだろう?って考えるのは必要なことのように思う。
例えば、今作では尖閣諸島の話や、3.11の話が語られているけれど、今のテレビではそのこと自身にゆっくり触れられるって、例えばその日一日だけのイベントになりつつある。
でも、振り返って考えることは、大きな流れの中心にいてはなかなか出来ない。
面白いなあと思ったのは「ハイパーアクティヴ」のくだり。
「アクティヴィティそのものには政治的な価値はないんだよ。声がでかいとか、態度が大きいとか、合意形成に興味がないとかいうこと、それ自体には政治的になんの意味もない。そういう人間が権力を持てば確かにいろいろな変化は起きるけれど、その政策的な適否と異常にアクティヴであるという人格特性の間には、全然相関ないでしょ。」
「ゆっくりことを進めよう」とする政治家が良くないレッテルを貼られることでもある、と。
橋下さん自身が、ただのハイパーアクティヴであったか私には判断出来ない。けれど、権利だけを主張する、その実何も主張する根拠を持ち合わせてはいないハイパーアクティヴなる人間は、割とたくさんいるのではないかと思う。
そういう人にスポットが当てられると、そういう人を真似したがる人たちがいるとも言えるけれど。
もう一つは父性否定の完成。
リーダーがどんどん若くなっていっている。
でも、そこで父性を求めている気持ちもあるんじゃないか、って、なんとなく……分かる。
父性否定は追い求めるべきテーマであって、完全な否定なんて、はて、出来るのだろうか。