工藤精一郎のレビュー一覧
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ネタバレ第一巻で整えられた舞台と、大きな大きな予感とが交錯し、絡み合って、目にも綾な物語が織りなされる第二巻。
本当にどれも素晴らしいエピソードばかりで、何から、そして誰から言えばいいのかわからない。
だがあえて言えば、前半がピエールで後半がナターシャ、だと思う。
ピエールがフリーメーソン会員になるのには本当に驚いてしまった。一体彼はどうなってしまうのだろう、宗教的なものに目覚め、彼と言う人間は変わってしまうのだろうか、ととても心配した。
しかし、ピエールはやはりピエールのままだった! 彼は苦悩し、求め、そして行いをするが、それは彼にとって結果を生まない。物事は常に彼の思い込みを嘲笑うかのように、彼に自身の無力さを突きつける。
けれど、ピエールはそれでも理想を捨てないし、善意を尊いものと考え、そして人を愛そうとするのだ。そして、わかる人にはそれがわかっている。わからない人が大半だけれど、そういう人たちは彼を滑稽な人間だと思いまたそう扱うけれど、それでもピエールのその温かい気持ちと人柄は必ず伝わる人には伝わっている。
彼は不器用で全然実際的な物事には向かないけれど、それでも彼という人間にしかできないことを感じさせてくれる。彼が唯一の人物であると。
そして、ナターシャである!
いやはや、びっくりしてしまった。第一巻を読んだ時から、「この子は絶対美人になるだろうなぁ」とは思っていたが、まさかここまで美しくなるとは思わなかった。
彼女がアンドレイ公爵と踊る場面の、なんと美しいことだろう……
それだからこそ、この巻の最後のエピソードで全く筆を滑らせなかったトルストイに驚嘆する。
ナターシャがアナトーリに見つめられ、そして話しただけで良心の呵責を感じるということの、この説得力……どうしてトルストイはそんなことがわかるのか? どうして美しい女性の葛藤、それも輝かんばかりの、この上なく魅力的で、しかも若い(!)ナターシャの気持ちが、こんなにもわかるのか?……
誰もが自分の気持ちのために笑い、話し、愛し、そして葛藤する。けれどもそれは決して利己的なものではなく、それが生きるということ、それこそが生きる原動力であるということ。私達は自分の感情のために動く、そしてそれが世界を作る。
素晴らしいものを読んでいるなぁ、という幸福感を抱きながら、第三巻へ。 -
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秋なので、思い切って大長編に挑戦!! ということで、かなり背伸びしてみるのもいいだろう、と思い『戦争と平和』を手に取る。
しかし、意外や意外。思っていたよりも、全然、難しくない!! むしろ、すごく読みやすーい!!
描かれているのが19世紀初頭、ナポレオンのロシア侵入ということと、俗にいう「登場人物500人超」に読む前から尻込みしていたのが嘘みたい。登場人物はいきいきしており、展開がスムーズで、雰囲気は明朗である。
特に人物描写の素晴らしさには、目を見張るばかりだ。いろいろ言ってはキリがないのだが、とにかく、膨大な数のそれら登場人物が、ことごとく第一印象を裏切らないのである。
これは別の言い方をすれば、それぞれのキャラクターが、読者にはっきりと第一印象を与えるように書かれているということだろう。読んでいるうちに、確かにこの人物「なら」こう考えるだろう、この人物「なら」このキャラクターとはウマが合うだろう、ということがまるで当然のように書かれている。驚くしかない。
私は『アンナ・カレーニナ』を読んだ時に、この作品で描かれているのは「自分の人生に戸惑い続ける私」なのではないかと思ったのだが、この『戦争と平和』を読んでいる今も、そう感じている。
誰もが自分の人生に、確固たる自信など持っていないこと。どんなに立派で勇敢な軍人でも、どんなに美しくかわいらしい美女でも。
けれど、それを雄大に、堂々と、明朗に描くのがトルストイの素晴らしいところ。この偉大な作家が生まれたこと、書いてくれたことに感謝しつつ、読み進めている。 -
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「イワンデニーソヴィチの一日」と、この「死の家の記録」は、
私の中でベスト・オブ・シベリア流刑小説の地位を常に争っています。
いや、これらの他に読んだことないんですが。
こちらに関しては、貴族がいきなりシベリアに来て精神的にかなり参ってる感じにぐっときます。
お風呂の不潔さにうひゃー、とか囚人服がベトベトしててうげーとか。
特にお風呂(サウナ?)の描写は圧倒的に迫ってきます。
囚人の垢とか髪の毛とかが、自分の足にからみついてきてぬるぬるしてる気がします。
とにかくもう迫力があるんですよ。
他に好きな場面は囚人がクリスマスなどのイベント事に心からウキウキしてるところかな。
どんなにどん底に落ちても、素朴にイベントを楽しみにできるなんて、
なんて人間って愛しい生き物なんだ!と感激したものです。 -
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これを一人の人間が書いたのか!とおもう。500人を超える登場人物をひとりひとり緻密に書き分け、みな血が通った人間にしたてあげている。友人から「どういうストーリー」ときかれてうーんとうなってしまった。ピエールのことをいえばいいのか、アンドレイか、ナターシャか、ナポレオンか・・・一人一人の人生が生き生きと、そして丁寧にえがかれている。いくつもの物語が交錯して、まったくどう説明していいか見当もつかない。これはその時代のロシアを偉大な文豪が鋭利な刀で切り取ってきた作品ですとでもいえばいいのか。
歴史はどうしてつくられるのか。一部の有名人によって形成されるのか。作者はちがうという。目に見えない動き、とくに民衆の動きが歴史を決定していくと。
読むのに時間がかかるのだけれども、人間がかきうる最高傑作だとおもう。 -
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法を犯して罪を背負った人々に、足枷をはめさせ労役を科し、鞭の浴びせて自由を奪う。
そんな死の家に押し込まれた囚人たちの生活模様を描いた物語。
壁の中での生活は、本当に人を更正させることができるのか。
考えさせられる小説です。
この作品は、ドストエフスキーの実体験をもとにリアリズムの手法によって書かれていて、19世紀ロシアの監獄のスケッチとしての価値もあり、また、優れた観察眼による緻密な人間描写は、文学としての完成度を最高のものにしています。
「カラマーゾフの兄弟」を始めとする、ドストエフスキーの後年の大作たちの原点とも言える、大変素晴らしい作品でした。 -
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間違いなく読んで良かったと思える小説でした。
物語がひと区切りする時にはトルストイの哲学的な考察が挟まり、正直1回読んだだけでは総てを理解し受け止めることは出来ません。
戦争の場面は読んでいて集中力が途切れることがしばしばあったし、読んでいて退屈を覚えるくだりも結構あるけれど、物語の緻密な構成と豊かな人物描写が実に魅力的。
読み進めていくうちに登場人物達に対する愛情が深まり、愛を知る喜びも、大切な人がこの世を去る時の喪失感も、今までの人生で感じてきた総ての感情が作品を通じて呼び起こされて、自分自身の過去についても振り返らずにはいられませんでした。
この作品を読んでいる間、私の心は1800年代初めのロシアにたしかに居て、まるで別の人生を経験したようです。
生と死、戦争と平和、愛と憎しみ、どれも一見両極にあるように見えるけれど、どちらか一方が存在するときにはもう一方の存在は必然なのだということが強く描かれた物語でした。
生涯を通して再読していきたいと思います。 -
Posted by ブクログ
長い、とにかく長い。
別に登場人物のかけあいや心理描写は長くてくどくて結構なのですが
エピローグの二部の所が死ぬほど長く感じました。っていうかくどい・・・
回りくどい説明口調で更に読みにくい。トルストイ自身の考えを述べているのでしょうけど、殆ど頭に入りませんでした。
要約すると10ページくらいでまとまるのでは?
読後感がそこで全てそぎ落とされた感じです・・・ちょっと切ない。
それでもこの作品はすごかった。最初から最後も良い意味でも悪い意味でも。
今は同じ作者のアンナカレーニナを読んでいますが、そっちの方が断然読みやすいです。私自身が歴史にあまり興味が無いというのもありますが・・・
こんなに登場人物が多い小説もそうそうないと思います。とにかく名前と関係を覚えるのに苦労しました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ前巻から思っていたのですが、やっぱりニコライ老公爵は私は嫌いです。
今巻で亡くなりましたが、その最後もマリヤと和解しているように描かれていましたが、私としてはうーん。という気持ちです。
アンドレイとナターシャがまさかの元鞘。
私がアンドレイだったら絶対に許さないし、私がナターシャだったら絶対に赦してくれなんて言えない。
二人はアナトーリの事で色々と面倒くさそうだなあ。死んじゃったのに。
ピエールは最後においおい!って感じで終わりましたが・・・
あと一巻だと思うと名残惜しい気がします。皆どのようにして平和を掴むのか・・・
戦争の一番の被害者は民衆だなー、と、略奪行為をする兵士たちを見ながら思いました。
そんなことしてどんな意味があるんだよ。と思いますけど、人間だから仕方がないのかな。
それにしても濃い。濃密な人物がストーリーを氷のように滑って行って、交差したりぶつかったりしてるイメージ -
Posted by ブクログ
ドストエフスキーの小説のストーリーはいつもよめないですね。だからこそ飽きずに読んでいられる。
貴族、ヴェルシーロフと農奴の女の間に生まれた私生児、
アルカージイの手記という形でつづられる物語でした。
タイトルにもあるように、アルカージイは19歳だったかな?
未成年なんです。そんな青年の未熟さや愚かしさを隠そうともせず、
アルカージイは(物語の中での)事実を述べていきます。
あまりにもおしゃべりで、なんでもかんでもしゃべってしまうところなんかには、
辟易としてしまうような部分もありました。
また、賭博にはまったり、父の金を当てにして豪奢な生活を
おくるところなんかには、未成年らしいなぁとも思えましたし、
事件の経過を知らずに、一人相撲をとってしまっているところなどにも、
頭がこんがらかってしまいそうな主人公の混沌ぶりがうかがわれて、
そういう時代(19世紀)には、そういう成年前の男子もいたかななんて
考えさせられるところもありました。
才気走っていて、屈折させられるような子ども時代の経験があり、
なおかつ私生児という出自を足枷とさせられながらも、
どこか、この小説の言葉で言えば「善美」というものを体現したいと
思っているのか、もしくは「善美」の方向を向く心をわずかでも
持ち合わせていたのか、どちらも半々くらいあったんじゃないかなんて、
感じましたが、そういう素直さというか、純真さというかは、
読んでいていやになるまどろっこしい部分がありながらも、
最後まで読ませるこの小説の魅力のひとつだったんじゃないかな。
ちょっと考えたけれど、
時代によって、つまり文化や環境のありようによって、
純真さや素直さがどういう形を取るかというのが
違ってくるんじゃないだろうか。
性善説とか性悪説とかの話になってしまいそうですが、
そうではなくて、
悪い時代に光るもの、良い時代に光るものっていうのが
あるような気がします。
ただ、こう、歴史を学んだり、時代を超えて昔の小説なんかを
読んでみることで、価値観を学んだり感じたりして、
おおよその、それこそ子どもが絵本や童話で知るような、
基盤としての人のあり方みたいなのが見えてくるような気がします。
それが今の時代、小学校、中学校…と崩れてくるような感じもするんですけどね。
ただ、その崩れに対して気持ち悪さみたいなものを感じる人も
たくさんいると思うんです。
そういう人はこの『未成年』なんかを読んでみると面白いんじゃないかなぁ。
この作品が発表された当時は、小説の方法論なんかが新しくて、
内容も衝撃を与えたものかもしれませんが、
今となっては、まぁ、30を過ぎた男が言うことですけれど、
適度なおどろきを受けつつ読み進められる本なんです。
ぐらっと考え方が崩れ落ちるようなこともなく、
ある程度の距離感、それはこの作品が発表されてからの時間の経過
によるものですが、そういったものを保ちつつ読めます。
でも、これは個人的な感想かもしれない。
みんながそうだとは限らないでしょう。
なんやかや書きましたが、面白かったです。
ドストエフスキーの五大長編は残すところ『悪霊』のみです。
これもそのうち読みたいです。