小島慶子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
解剖学者の養老孟司先生と、フリーアナウンサーで二児の母親の小島慶子さんが語り合う次の時代の親と子の幸せについての対談をまとめたものです。養老先生の言葉と小島アナの「母親の本音」が交錯しております。
この本を作るきっかけとなったのは8年前に解剖学者の養老孟司先生の
「子どもは自然。大人の思いどおりになんかならない。子育ては田んぼの手入れのようなもの」
という子育て論に小島慶子さんが感激し、なんと、養老先生の自宅まで
「養老先生と子育ての本を出したいんです」
と押しかけていったいうことです。彼女の行動力にも非常に驚きましたが、対談の内容がこれまた深いことをさらりと書いていて、かつて子供であった自分も
「そーだよなー。子供が親の思うとおりには育たんわなー。」
と思いながら最後まで読み進めてしまいました。
世の中が変わるなら子育ても変えなきゃいけないですか?
「こんなに頑張ってるのに誰も褒めてくれない」
と思うのはワガママですか? などの「理想の子育て」というものに縛られて身動きが取れなくなっている「いまどきの母親」のいうことを小島アナが代弁すれば、養老先生がこれまた達観された回答で快刀乱麻を断つすばらしい展開をされていて、読み応えのある本でございました。
個人的に一番面白かったのは、養老先生が奉職されていた東京大学医学部でデキる学生というのはこっちが何も教えなくてもできた。逆に自分が教え込んだのは箸にも棒にもかからない学生たちだった、という箇所と、田舎と都会、それぞれに家を持って双方を往復する「旅人」のような生活をするのが望ましい、という箇所でした。都会と田舎に家を持っている人は最近だと仕事部屋で使うマンションのほかにその近辺、たとえば東京で言うと箱根湯本かどこかに書斎をかねた家を持っている、という方はいるそうですが、自分がこういう生活をするには、まだまだ時間がかかるだろうなと思ってしまいました。でも、あきらめてはいませんけれど。
一方の小島アナの話も、自分の近くに住んでいる主婦で、何もかも完璧であるけれど、あるとき
「私のことを何だと思ってるのよ!」
という怒鳴り声が聞こえた、と述懐していたのが妙に心に引っかかっています。理由はわかりませんが。とにかく、育児書としてはもちろん、知的な対談本でもございますので、よろしければぜひ手にとって読んでいただければな、と思います。 -
Posted by ブクログ
まさか、オール対談とは思わず…
対談だとどうしても掘り下げるのは難しいからね(^^;
でも、雑誌気分でサラリと読め、
宝物のような言葉があちこちに*:・゚★
「子供は『自然』そのもの。『こう育てればこうなる』なんて思うのは大間違い。」
「日本は、気候に恵まれ、植物に恵まれ…(中略)独自の文明が作られるだけの財産があったわけです。そこで上手に暮らしていくのが日本の暮し方であって、どうして国際競争をしなければいけないのか。」
他にもキラキラしたメモりたい文章が沢山。
小島慶子さんの「あとがき」もそれだけで素敵なエッセイの様。
いい本。あっこに感謝♪ -
Posted by ブクログ
本書の最大の特徴は、老いをめぐる議論が単なる高齢者問題にとどまらず、「人間とは何か」「社会とは何を価値とするのか」という根源的な問いへと拡張されている点にある。養老は、「脳化社会」というキーワードを背景に、現代人が身体性を軽視し、合理性や効率性ばかりを追求する傾向を批判する。老いとは、そのような価値観に対する自然からの「抵抗」であり、身体の変化を通じて人間が本来持っていた不確実性や非効率性を取り戻す契機であるという。老いを「衰え」とのみ捉える視点に対し、むしろそれを人間存在の不可避な相として肯定し、その受容こそが大切であると論じる。
この視点は、本書の随所に現れる「変化」の思想と密接に結びついている。養老は「育つ、というのは、変わるということです」(p.32)と語る。人間は固定された存在ではなく、環境との関わりの中で変わり続ける存在である。だが現代社会は、変化よりも安定を重視し、効率よく生きることを求める傾向が強い。その結果、人は失敗や不確実性を避けようとし、自らを変化させる契機を失っているのではないか。本書は、そのような現代的価値観への違和感を通奏低音として持っている。
養老はさらに、「安心、安全で安定した状況に置かれると、人は学習しない」(p.29)と述べる。この言葉は、人間存在そのものへの洞察として読むべきだろう。変化のない環境は、人間から切実さを奪う。逆に、人は不安定な状況に置かれたとき、必死に適応しようとする中で学び、成長する。老いとは、まさにその「変化」を身体レベルで強制的に引き受けさせる経験である。若い頃には当然だと思っていた身体機能や社会的役割が揺らぐ中で、人は改めて「生きるとは何か」を考える。
この文脈で、養老の「何かを必死でやっていると、前を向くしかないから、将来がどうのと不安になる暇はない。それが『生きている』ってことでしょう」(p.31)という発言は極めて印象的だ。現代社会では、不安を取り除くことが幸福だと考えられがちである。しかし本書は、不安や不確実性を完全に消去することはできないし、むしろそれらを抱えながら動き続けるところに人間の生の本質があると示唆する。老いもまた、その事実を人間に突きつける現象として理解されている。
一方、小島は、現代社会は「若さ」や「美しさ」を過剰に価値づける傾向があるという。年齢を重ねることは、しばしば「市場価値」の低下として扱われる。しかし、その価値観から距離を取れるようになることで、逆に自由を得る側面があることを語る。
また、本書では「理解する」ということの意味についても深い考察がなされている。養老は、「『わかる』ということには、二つの種類があるでしょう。頭の中でわかるのと、体験するのと。それは意識と感覚の違い。情報化社会に生きていると、すべてのことは説明可能だと思っちゃう。言葉の限界を知るべきで、感覚は言語化できないですよ」(p.47)と述べる。
この指摘は、現代社会への重要な批判となっている。情報化社会では、知識やデータを得ることで「理解した」と思い込みやすい。しかし実際には、身体で経験しなければわからないことが数多く存在する。老いもその一つである。加齢による身体の変化、疲労感、孤独感、あるいは時間感覚の変化は、説明によって完全に共有できるものではない。それは実際に経験されることでしか理解できない。本書は、現代人が失いつつある「身体で知る」という感覚を取り戻そうとしているのである。
さらに、本書の議論は労働観にも及ぶ。現代では、「好きなことを仕事に」という理想が広く語られる。しかし養老は、「好きなことをしたいのであれば、世間とも適当にお付き合いして、糊口をしのがなくちゃなりません。会社が自分にあった仕事をくれるわけではないでしょ。自分を仕事に合わせていくから、人は育つわけでしょ」(p.68)と現実的に語る。
ここで重要なのは、「適応すること」が単なる迎合ではなく、人間を成長させる契機として捉えられている点である。現代社会では、自分に最適化された環境を求める傾向が強い。しかし実際には、人は摩擦や違和感を経験する中で変わり、成熟していく。本書が繰り返し示すのは、「変わることを受け入れる」姿勢の重要性であり、それは老いにも仕事にも共通するテーマとなっている。
老いには確かに身体的・社会的な困難が伴う。しかし、その困難を排除すべき「問題」としてのみ扱うのではなく、それを含めて人間の生の一部として引き受ける姿勢が提示される。ここには、近代社会が追求してきた「問題解決型」の思考への批判が込められている。すなわち、すべてをコントロール可能なものとして扱うのではなく、不可避のものを受け入れるという態度が、結果として人間の生を豊かにするのではないかという問いである。
注目すべき点は、本書が現代日本社会の構造的問題にも言及している点である。少子高齢化、医療や介護の制度、労働市場における年齢差別など、老いを取り巻く環境は個人の問題を超えて社会全体の課題となっている。養老は、こうした問題の背景にある「均一性」や「効率性」への過剰な志向を指摘し、多様な生き方や時間の流れを許容する社会の必要性を説く。
その問題意識は政治論にも接続される。養老は「政治の場合は、どのくらい長期の見通しを持てるかどうかが力量を決めますね」(p.133)と語る。現代政治は短期的成果や即効性を求めがちである。しかし、老いという問題は本来、数十年単位の視野を必要とする。教育、医療、介護、地域共同体といった問題は、長期的な時間感覚なしには考えられない。本書は、「老い」を論じながら、実は社会全体の時間意識そのものを問い直しているのである。
本書が提示しているのは、単純な楽観主義ではない。不安や不確実性、身体の衰えを含めて、人間は自然の一部として生きているという事実を受け入れること。その受容の中にこそ、本当の意味での成熟や自由があるのではないか、と語っている。 -
Posted by ブクログ
佐藤愛子ってすごいなと改めて思った。
「改めて」というほど読んではないのだけど…笑
もう100歳を超えられましたか!
この往復書簡の頃は94歳。冴えてます。
予言通り、小島慶子夫妻は別れてないし。
小島慶子のしんどさは、本人がカミングアウトされてるようになんらかの拘りのせいなんだろうけれど、倫理観が強すぎてしんどいだろうなと思う。
理屈でなんとかなるってことじゃないんだろうね。
でもそこをまた絶妙な感性で一刀両断する佐藤愛子さんがステキ。
字が大きくてすぐ読めるのは、佐藤愛子さんの著書ならでは。
佐藤さんまだまだお元気でいてほしいです。存在から元気をもらえます。 -
Posted by ブクログ
とても興味深い内容でした。
おっさん社会というワードは強烈だけど、日本に根付いている保守的な病理(家父長制、男尊女卑等)のことなんだね。日本社会がこのおっさんOSの上でオペレートされていて、男性はもちろん女性の中にもこの感覚はあって。無意識の刷り込みってあるよなぁ。
女性にとってこの社会はどうしてこうも生きづらいのか。読んでいくと腑に落ちることがたくさんありました。男尊女卑的なことは許せないけど、その根源に男性のしんどさがあるのでは?というのはなるほどです。どんなに理不尽な仕事でも働き続け、生活費を稼ぎ続けなければならないというプレッシャー、足枷を生涯背負うしんどさ。弱音を吐けないと思っているのでストレスが溜まって、それが女性に向いてしまう人もいる…。
気づきは色々あって興味深かったけど、ではどうすればいいんだろう…という解決策には至らず。ひとりひとりが気づいて考えてみるところからかな。道はまだ遠い。それでも昔よりはだいぶ感覚も変わってきてるし、少しずつ日本社会も良くなってきていると信じたいよ。
小島慶子さんの問題意識と書くことの覚悟を感じさせた一冊。 -
Posted by ブクログ
著者の勢いがそのまま文章になっている一冊
刺激的なタイトルですよね笑 ADHDで空気が読めず思ったことはすべて言ってしまう性質の著者とファミレスでばーっとママ友トークしているかのような感覚を持ちました。 ※もちろん面識なしですが笑
全体的に共感できる部分が多いのですがところどころで一家の大黒柱として海外を往復する生活の話が出てきて共感の糸がぷっつり切れてしまう部分があります。そのため「もっとうまい編集あったのでは?」と思う方がいるかもしれません。
●ひとさまに納得してもらうワーク・ライフ・バランスはない
これ、、もっとパパママに理解してもらう概念だと思います。そもそもこの言葉が「ワークとライフのバランスをとって両方充実させる」というやじろべえ的意味ではないことに驚きました。完全に誤解していました。柔軟な時間の使い方ができる働き方をするということですね!超仕事人間のママがいてもいいってことです。これが自分のバランスと胸を張って言える働き方がワーク・ライフ・バランスということが理解できました。が、会社員にはかなり難しいのが現実。家族には代わりがいないから非常識と言われても自分の優先することを優先する。これができる会社ってほぼないからこそ、自分が率先して体現してみる。かなり行動力が求められています。
●「働きすぎだから休んで」と言えるのは配偶者の役目
好きで働いているから・・と「休んで」となかなか言えない、この状況わかるなぁ。特に休んでもやること浮かばないし働けるからとりあえず出勤する。そしてどんどん疲れが溜まっていく。確かに配偶者ぐらいしか休めと言ってもらえないですよね。この一言があればどんなにラクに休めるだろうかと感じました。
●子育て期は家族の黄金期
確かに!と思いました。忙しすぎるけど夫とシェアする話題や課題は常にあるし、家族でわいわい旅行も行ける。子供の成長にみんなで喜べる。夫との時間がなさすぎて子供が早く成長しないかなと思うときもありますが、自分の祖父母よりかは家族で行動する場面がずっと多いことに気が付きました。まさに黄金期。
大変で毎日ドタバタだけどこの日々を大切にしなきゃなと思わされました。
●雑感
きっと子供が小学校高学年になって振り返れば持てる気持ちなんだろうなと思いました。
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