原島文世のレビュー一覧
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ネタバレ不思議の国のアリスのように異世界へ行って
戻ってきた少年少女の寄宿学校の物語。
題材的にはすごく惹きつけられるし面白いところだとおもうんだけど、結構浅い。
死者の国から戻ってきたナンシーが
この寄宿学校に来たところから話は始まって
いきなり個性強そうなルームメイトが殺される。
え?このルームメイトめっちゃ物語盛り立てそうだったのにいきなり死んだ!?ってなって
そこから異世界っていうかサスペンス。
その後2人殺されるし、かと言ってめっちゃあっさり犯人分かるし。全体的に物足りない。
結局犯人は双子の妹で
異世界に戻りたくて、その鍵を作るために完璧な少女を作り上げるための殺人…
うーん。
もうちょっと異世界の世界観や寄宿学校の仲間たちが描かれてたら面白かったのになぁ。
とりあえず三部作みたいなのであとの二部作に期待! -
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ジキル博士の娘メアリが父親の死をきっかけに出会ったハイドの娘ダイアナ。更には毒を持つラパチーニの娘、豹を母に持つモロー博士の娘、フランケンシュタインの娘。モンスターな娘たちが集まってシャーロックホームズの助けを借りながらの大冒険という話だ。今回は錬金術師協会と父ヴァンヘルシング教授に囚われてウイーンの精神病院に収容されているルシンダ・ヴァン・ヘルシングの救出に乗り出す。ホームズの出番はなく代わりにホームズに助力を頼まれたアイリーン・アドラーが登場。
ヴァン・ヘルシングが出てくるからには吸血鬼が出てくるし、モロー博士が作った人間と動物のハーフも出てくる。これだけ好きにやったら面白くないはずがない。
しかし!作者のシオドラ・ゴスは間延びした書き方をする。話は豹娘のキャサリン・モローが書いた物語を皆でまわし読みしながら、合間あいまに口々に感想や皮肉や反論を言うのだ。これがいちいちテンポを乱す。いちいち声に出してオーバーアクションで感情を表したり、つまらぬジョークを飛ばして笑い声の間まで取るアメリカのコメディドラマに似ている。まるで原稿用紙のマス目を埋めるために余計なエピソードを入れた作文のようだ。作家で言うとダイアナ・ウィン・ジョーンズがこういう書き方をするので読みづらいのだが、まあ好きな人もいるのだろう。ここは個人の好みだ。
そしてこの本は1である。全2巻の前半部分にあたる。ルシンダ救出に成功したものの‥次の危機が迫っている!というところで話は終わる。いろんな特殊能力を持った娘たちが現れるあたりサイボーグ009みたいな。敵も謎のモンスターたちでそこでアクションよろしく戦うのだからトントン進んでほしいものだ。勢いで読めないのでちょっと休んでから続きを読みます!
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早川書房さんのTwitter(現X)で知り、「たまには海外のファンタジー作品でも」ということで手に取ってみた。
舞台は、魔法が存在する中世ヨーロッパ(注:イメージ)。叔母のパン屋で働く主人公のモーナは、パンやクッキー生地に魔力を注いで上手に焼き上げたり、焼きあがったジンジャーブレッドを使役することが出来る等、「焼き菓子限定」で力を発揮できる14歳の魔法使いの女の子。
ある日の早朝、朝の仕込みの為に厨房へやって来たモーナは、そこで女の子の死体を見つける。モーナの話を聞いた叔母タビサの通報で2人の巡査が駆けつけるが、そこにはもう一人、異端審問官オベロンの姿が。そして、殺人の罪で連行されてしまうモーナ。"ただの"パン職人の魔法使いの少女は、街の命運を左右する陰謀に巻き込まれていく―――。
政治的陰謀に巻き込まれたパン屋の魔法使いの少女が、"焼き菓子限定魔法"で町の存亡を賭けた戦いに身を投じることになるファンタジー物語。ヤングアダルト向けのファンタジー作品で、邦題の語感やパンとクッキーに囲まれた可愛いモーナの表紙イラストと作品内容に齟齬はないので、(多分)ジャケ買いOK!一風変わった魔法使いの少女が奮闘する、ジュブナイル・ファンタジーを楽しむことが出来る一冊。
また、個人的には映像化して欲しい一冊でも。駆け回るジンジャーブレッド、立ちはだかるクッキーゴーレム、そしてクライマックスは・・・。映像映え間違いなしかと! -
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・T・キングフィッシャ-「パン焼き魔法のモーナ、街を救う」(ハヤカワ文庫FT)を読んだ。正に書名通りの物語である。これ以下でもない、これ以上でもないといふ、正にそのものズバリの内容である。小説の題名となると、作家は、あるいは訳者はその内容に添つた題名をつけるのだが、そのものズバリはあまりつけなのではないか。やはり思はせぶりな、もしかしたら関係あるやうなないやうな題名をつけるのではないか。その方が読者も食指をそそられる可能性がある。ところが本書はそのままである。「パン焼き魔法のモーナ、街を救う」、これだけである。世に魔法使ひは多いから、14歳の、中学生くらゐの魔法使ひ、いや魔女がゐないことはなからう。その場合、その魔女に得意技はあるか。ありさうな気はする。飛行が得意だとか、変身が得意だとかはあつても、しかし、基本的には何でもこなせるのが魔女であるやうな気がする。いや、それでこそ魔女であり魔法使ひである。ところが本書の場合、14歳の少女モーナは魔法は使へるのだが、使へるのはパンを焼く魔法に限られる。「あたしは粉だらけの手をパン種に突っ込み、そんなに固くなりたくないでしょ、とほのめかした。」(14頁)これが最初の魔法だと思ふ。「パン種は喜んで説得されてくれる。」(同前)といふわけで、固い生地も普通のパンとして焼けるやうになるのである。以下、彼女が使へるのはこの類だけである。あくまでもパンの関係だけ、「パン焼き魔法のモーナ」のモーナたる所以であつた。本書に魔法使ひはたくさん出てくる。いや、魔法使ひといつてはいけないのかもしれない。皆が皆さうではないかもしれないが、本書の魔法使ひにはガンダルフのやうな達人はゐないのかどうか。宮廷魔法使ひ「イーサン卿は空から風を呼び出して敵を叩きつぶせる。(中略)稲妻を操れるらしい。」(70頁)かうなるとガンダルフに近くはなりさうである。しかし、多くはモーナのレベルである。ならば「魔力持ち」(22頁)といふのがふさはしい。できることは皆違ふ。「木の板から節をとるだけの魔力しかないエルウィッジ親方」(同前)、馬運びの「モリーはあたしみたいにすごく力の弱い魔法使いだけど、その才能は(中略)死んだ馬を歩かせること」(63頁)等々、たいしたことではない。しかも一つの技だけである。一つの個性といふところであらう。
・物語は一人の少女がモーナの店頭で死んでゐたことから始まる。モーナはその容疑者とされ、宮廷で裁きを受けること になるが、女王は容疑なしとする。その後、モーナはモリーから、「春の緑の男に気をつけな」(72頁)と言はれる。 「魔力持ち」も含めて、魔法を使へる人間がモーナの王国で次々と殺されつつあつたのだ、といふところから言はば謎解 きが始まる。これは全く難しくない。すぐ解ける。問題はそれに関わる人物である。これがこの種の物語ではあまり見ら れないやうな人間である。ヒロインはモーナである。14歳の女の子、パン焼き魔法しか使へない。女王、「タビサ叔母 ぐらいの年頃で、たっぷり六インチは背が低いことをのぞけば、かなり似た体格だった。」(47〜48頁)、容姿にコ ンプレックスあり。あまりこの手の物語の女王には似つかわしくない。敵方も簡単にやられてしまふ。味方の老魔法使ひ も簡単に死ぬ。戦ひの場面ではモーラのパンの魔法の技が試される。これも魔法の種類が違ふのではないかと思つてしま ふ。といふわけで、これまでかういふ魔法の物語を読んだことがないやうな気がする。ユーモアが勝つた物語である。「指輪物語」とは対極にある物語である。しかし、それはそれでおもしろい。 -
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ネタバレわたしは、わたしの(子ども時代に経験したと思っている)ファンタジーエンでは、たれの生もたれの死も軽んじなかった。だからこの物語と共生することはとてもできない。しかし、かなしいかなーー帰ることができない切なさと帰りたいという狂おしい願いだけは深く理解できてしまう。そのためなら「何をしても」「他のたれの人生をも、そのファンタジーエンごと壊しても」良いと思ってしまうところも。なぜなら「わたし」の帰りたいところは、他の何をおいても「わたし」が心から、いっとう大事にしているところだからだ。ただわたしは前述のとおりのファンタジーエンに生きていたので、そういうまねはできない。
人物としてはジャックが好き。
追記:殺人があった世界に居たのに「ヒト殺し」が起きることに(自分が殺されることに?)慄いたり、世界によって分断と差別があったり、するところはもし作者の意図でないなら、受容しがたい。 -
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個人的にはこの表紙、納得いかない。ヒロイン、作中スカートの時なんてほとんどないじゃないか。叔母さんのパン屋で働いていた時はズボンだし、逃亡中も同じ格好だし。王宮だかに忍び込んだ時、侍女に扮装した時ぐらいしかスカート姿じゃなかったのでは?と言う訳で、ファンタジーの女の子=スカート姿というステレオタイプもそろそろ変えた方が良いんじゃないかなぁと思いました。アニメとかマンガでも行動的な女の子がミニスカ姿だと、普通の神経だったら女の子はこの衣装を選ばないよな…と思う事は多いので。
お話はパン種に魔法が使える女の子が、町の脅威と立ち向かう話。彼女の「もっと偉くて力があって頭が良い大人たちは何をしていたの」という叫びにごもっともだな…と頷いてしまいました。でも現実も実際に行動に移せる人って少ないよなぁ。見て見ぬふりをして、禍が通り過ぎるのを待っている方がラクだものなぁと自戒をこめて思いました。
とはいえ自分は肉食の殺意高いパン種からふくらましたパンは食べたくないかな… ドブネズミも取り込んでるしな、あのパン種… 勇敢なジンジャーブレッドクッキーと悪のジンジャーブレッドクッキーが可愛かったです。 -
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ネタバレ古代彫刻が雑然と並ぶ巨大な大広間が無数に連なり、上層は雲、下層は定期的に押し寄せる潮に浸された〈館〉を彷徨い歩く「僕」。唯一の話し相手は、週に2度会う初老の男「もうひとり」だけ。二人で〈館〉に隠された神秘的知性の研究を続けてきた「僕」と「もうひとり」だったが、第三の人物が現れたとき、〈館〉は少しずつその真実の姿を明らかにする。
タイトルは『ピラネージ』、邦訳版カバーはモンス・デジデリオ(塚本邦雄の文庫版『紺青のわかれ』と一緒)だが、読んでいるあいだ私の頭に浮かんできたのはファブリツィオ・クレリチの「ローマの眠り」だった。
第一章で語られる〈館〉の構造はバロックかつ豪奢で、垂直的なイメージは確かにデジデリオっぽい。その後、語り手は天体観察のために何時間もかけて移動するのだが、〈館〉内での冒険らしい冒険はこれっきりになってしまう。中盤以降の〈館〉は、大英博物館やルーヴルの彫刻エリアが波に洗われ、荒れ果てたイメージだ。それにぴったりなのはクレリチか、ユベール・ロベールだろう。
オカルティストが唱えた異世界という真相は面白いが、正直、第一章で見た幾何学的想像力の世界をもう少し続けてほしかった。山尾悠子の「遠近法」のような、精緻な世界観を期待してしまった。
結局マシューは教授に直接会いに行かないので、〈館〉という異世界の来歴などもよくわからない。作中資料を読む限りでは強い意思によって行ける世界とのことだけど、それがなぜ誰にとっても宮殿風の建物に古代彫刻が並ぶ場所として立ち現れてくるのか、なぜ「古代人は自由に行き来できた異世界」が近代風なのか、謎が尽きない。「もうひとり」が〈館〉から見える天体の動きが天動説と地動説どちらに従っているかを確かめようとしていたことからして、こちらの世界で否定されたり忘れ去られたものが行き着く場所なのだろうか。
個人的には期待値の高い作品だっただけに、日記を読み返すだけですべてが明らかになってしまうのは物足りなく感じてしまった。〈館〉の異世界か、あるいはオカルティストの狂信か、どちらかを詳細に、魔術的に描写してほしかった。そこが薄いので、「人生には純粋な想像力の世界が必要だ」という後半のテーマも薄まっている気がする。 -
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巨大宇宙SFってなんだ? と思っていたら、スペオペでした。あとがきではスペース・オペラを連呼しているんで、禁句と言うことはないと思うが、背表紙や帯の惹句には、どこにもスペオペとは書いてない。なんとなく不思議。
で、中身の方はニュー・スペース・オペラ以降の、アクションSFが主軸。一昔前のスペオペ・アンソロジーなら、もう少しB級感というか、やさぐれた感じを出してきたような気がするが、これはこれでいい。ただ、これはお約束なのか、どれほどとんがったSFガジェットをてんこ盛りにしていても、人情とか、家族関係なんかは今と変わっていない設定のお話がほとんど。多少の違和感はある。 -
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不思議の国に行ってしまった子供たちがこちらの世界にかえってきた後の物語。
もっとふわふわした話しかと思ったが、不思議の国に帰りたいという気持ち大きすぎて、現実の折り合いをつけることが難しい。
主人公のナンシーは、冥界の世界から戻ってきており、カラフルな色や、食事が苦手。親の思う子供とは違い、親は子供を受け入れることができず、この学校に送り込まれた。
いつでもどこでの親は、子供にこうあってほしいという理想がある、、、
不思議の国というと、キラキラ、ふわふわの世界を思い浮かべていたが、冥界の世界、荒野の世界、などいろいろな世界があるのだな。
殺人事件が起こり、びっくりしたが、最終的には(ナンシーにとって)幸せな結末になったのかなと思った。
三部作の一作目らしいので、続きもちょっと気になります。