原島文世のレビュー一覧

  • 不思議の国の少女たち

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    ネタバレ

    “エリノア・ウェストの迷える青少年のためのホーム”は、家族でさえ受け入れられないある種の問題児たちを受け入れる全寮制の学校。
    しかし本当は、異世界への扉をくぐり、また戻って来てしまった…そして“むこうの世界”こそが自分の故郷と感じ、もう一度戻りたいと願う子供たちのための学校だった。

    新しくこの学校に入学したナンシーも、これまで『死者の殿堂』での体験を誰にも信じてもらえずに苦しんでいた。しかし、この学校では、学校の責任者であるエリノアをはじめ、皆が異世界の存在をそのままに受け入れていて、自分をとりつくろう必要はないと教えられる。

    しかしある朝、ルームメイトのスミが無惨な死体となって発見される。
    新顔のナンシーや、マッドサイエンティストの弟子だったジャックは疑いの目を向けられ…


    全寮制の学校の中で起こる連続殺人…というミステリ仕立て。
    様々に不可思議な異世界も楽しい。
    それより何より、スミの言葉が素晴らしい。
    “あんたは自分以外の誰の扉でもないし、自分の物語がどうやって終わるか教えられるのは自分だけ。”
    現実の世界とうまくやっていけずにいる、いま何かに苦しんでいるすべての人に届けられたらいい。

    全員がハッピーになれたわけではないけれど…ナンシーが『死者の殿堂』へ帰ることができて、良かった。

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    2020年10月25日
  • 不思議の国の少女たち

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    ネタバレ

    ジルのやり逃げ感がすごい・・続きがこの ジルとジャックのちょっと前の話ということですが、どんな感じになるのか想像できないです。

    十二国記で言う魔性の子的な話でしょうか。次巻は完全に向こうの話という事なので、読んでみたいです。

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    2020年05月18日
  • 不思議の国の少女たち

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    一度〈あちら側の世界〉に行って、ふたたびこの世界へ戻ってきた子どもたちばかりを集めたエリノアの学校には、ナンセンスの世界へ行ったスミ、吸血鬼の統べる荒地に行った双子のジャックとジル、妖精界に捨てられたケイドたちがいた。〈死者の殿堂〉から戻ってきて世間に馴染めずにいたナンシーが編入してくると、その二日後に残酷な事件が発生する。慣れない環境に戸惑うナンシーに、疑いの目を向ける生徒たち。その後も何者かによって次々に少女たちが狙われ……。


    異世界から現実世界へ戻ってきた子どもたちの虚脱状態にスポットを当てたのが面白いアイデア。異世界へ行く前後で性格が真逆になり、親と世間の無理解に苦しむ少年少女たちは、異世界をこそ「ふるさと」と感じ、早く戻りたいと切望している。二年目の九月に誰も迎えにきてくれなかったハリー・ポッターが集まってるような学校と言ったらいいか。やがて起こる集団ヒステリーの予感をはらんだ学園生活の描写は、恩田陸の『麦の海に沈む果実』も連想する。ナンシーのキャラも記憶喪失中の理瀬に近いかも。
    各々が訪れた世界を〈ロジック←→ナンセンス〉〈ウィキッド←→ヴァーチュー〉という対立概念の軸を使ってマッピングしているのも面白い。たとえばナンシーの〈死者の殿堂〉は「高ロジック・高ウィキッド」と言い表される。そして、キラキラしたかわいい生きものたちの世界を旅した生徒たちは、ナンシーや双子たちのように不気味な世界から帰ってきた生徒を見下して差別していることがのちのち明らかになる。
    ケイドの性自認や、「なぜこの学校には女の子ばかりなのか」という質問に対するランディのフェミニズム的(むしろ男性学的?)な返答など、もろもろ思春期の鬱屈をファンタジーに落とし込んだ最新版アップデート!という感じなんだろうと思いつつ、少々言葉足らずでテーマが先走っている、というのが素直な感想。
    一番気になるのはエリノアの描き方。本書はナンシーを主人公にしながら、書き出しはエリノア視点で始まる。大人が読んでも共感できるキャラクターとして設定されているのかなと思うのだが、エリノアは死体の処理をナンシーたち学園の嫌われ者グループに押し付けてしまったり、素性を全部ケイドの口から説明して終わりだったり、非常に中途半端な存在である。ティーンたちの会話を通じて伝えようとしているセクシャリティに対する問題意識と比較して、子どもの保護者としての大人の描き方には疑問が残った。ダンブルドアだってもうちょっと頼りになる(笑)。
    また後半の、ジルを一人にしちゃいけない→手分けして探す→見つからない→屋根裏に集合→逆にジルがみんなを探しにくる、の流れがまどろっこしすぎる。魅力的なところも多いけど、上手な小説ではないと思う。ヒューゴー賞・ネビュラ賞同時受賞というので期待していたので、三部作を全部読んだら評価がまた変わるといいなと思う。

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    2020年04月04日
  • 真実の魔術師

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    三部作、完結編。
    最後まで失速せず一気に読ませてくれた。
    ヒロインである主人公の無謀と紙一重の勇気。
    割と最初から万能感があり危なげなく読めたので、成長小説というよりは主人公を取り巻く冒険活劇という印象が強い。
    魔術を使うシーンが独特の解釈で楽しめた。

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    2019年11月10日
  • 不思議の国の少女たち

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    ネタバレ

    面白かったです。カラフルで可愛い装丁で気になっていました。
    不思議の国から帰ってきた少年少女が入学する学校が舞台でした。
    彼らは、また彼らの不思議の国へ帰りたいと願っている。この世界は自分の本当の世界ではない…と思うこと、彼らはもっと切実でした。
    死者の国にいたナンシーが主人公で、彼女が入学してきてから様々な事件が…というお話だったのですが、起こる殺人事件が結構凄惨でした。
    キャラクターは、ケイドもジルも好きでしたが、特に好きなのがジャックでした。マッドサイエンテイストの弟子で、冷静沈着で紳士な女の子。
    殺人事件はジルが起こしたもので、ジャックは落とし前をつけてふたりでヴァンパイアの国へ戻りました。
    ナンシーもラストに、自分の国へ。
    闇を感じさせるファンタジーで好きな世界でした。3部作で、次はジャックとジルの前日譚のようなので続きも気になります。

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    2019年10月11日
  • 硝子の魔術師

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    ネタバレ

    三部作の二作目。
    一作目はそれ単独で完結していたが、この本は続きの要素が強い。
    主人公がチート要素を手に入れてしまったので、ここからどう話を展開していくかが見せ所か。

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    2019年11月10日
  • 不思議の国の少女たち

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    ファンタジー風な小説でした。
    異世界に行って帰ってきた子供達の話で、子供達は異世界に帰ろうとするが自らの力ではどうすることもできない。その時、子供達がいる寄宿学校で殺人事件が起こる。
    推理小説ではないが、ファンタジーと呼ぶには現実的だなぁと思いました。
    異世界帰りの主人公だからこそ言える女の子への見解はピリっときて流石イギリス小説…となりました。
    多分次巻では思いっきりファンタジーなのかなぁと思います。

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    2019年06月23日
  • 不思議の国の少女たち

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    「不思議の国」にも色々あって、ナンセンスだったりロジックだったり。でもそこへ行った子供たちはみんな一様に帰りたがっている。よばれたのはきっとその世界に合う要素があるから。みんな「故郷」に帰りたいと思っている。そんなか少年少女たちの学校で事件が起きる。ファンタジーと推理小説的要素が合わさった、不思議な視点の小説でした。登場人物の設定が面白く、彼女たちの冒険はどんなものだったのか想像させられます。短い話しでも深みがあり楽しめました。

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    2019年01月16日
  • 不思議の国の少女たち

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    本屋で平積みにされていたしヒューゴ・ネビュラ賞W受賞と書かれていたので興味を持ちました。SFというよりはファンタジーだよね、コレと思いながら読みました。

    原文なのか訳なのかはわかりませんがちょっと文章が固いというか、わかりにくい表現があったり、どこにかかっているのかわからない単語とかがありました。まあ出てくる言葉自体もとっつきにくくて難しいんですが。高ロジックとかいきなり言われてもよくわからない(笑)ナンシーの戸惑いはよくわかる(笑)そして同じような経験をしている割には排他的というか同属感が無い子供たちだなぁ…と。まあ子供ってほど子供でもないか。主人公だって16だか17って書いてあったし。確か。

    個人的にはナンシーよりはジャックとジルの双子の方がキャラが立ってるし面白いなぁと思いました。案の定食われちゃった感じがしなくもない。でもナンシーの方がモテてる感じなのはなぜなのか?(笑)
    ジャックの最後「故郷」ってのは原文ではHomeなのかなぁ。訳って確かに難しそう。あの二人の最後はなんとなく好きでしたが、それに至る過程はう~ンという所。

    神隠しにあった子が現実に適応できなくて、でも現実に適応するための学校に行くのかと思ったら殺人事件が起きて、これってミステリーなの?と思ったら骨が動いたりしてなんだ結局ファンタジーなの?とちょっと世界観が統一されてなかった気がします。

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    2018年11月02日
  • 真実の魔術師

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    シオニーがチートすぎる。おぼえるのと理解するのは違うけれど、頭のいい人たちには同じことなのかしら
    本で読んだり生半可な知識で各魔術が使えるのなら実習制度は必要ないのでは?
    シオニーがデリラの死から学んだのは、人を巻き込まないってことだけみたい
    地名以外、ロンドンっぽさはさらになくなりました。アメリカを舞台にしておけばよかったのに


    この作者はいじめられたことがなく、いじめられる方が悪いと思っている人と理解

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    2018年07月28日
  • 紙の魔術師

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    ■魔法きらめく歴史ファンタジイ

    魔術が高度な専門技術とみなされている1900年代初めのロンドン。魔術師養成学院を卒業したシオニーは、金属の魔術師になりたかったのに、人気のない紙の魔術の実習を命じられた。そのうえ師匠の折り師セインは変わり者。だが気の進まない勉強を続けるうちに、彼女は紙の魔術の魅力と師匠の優しさに気づきはじめる。そんなある日、セイン師が禁断の魔術の使い手に襲撃され……! 魔法きらめく歴史ファンタジイ三部作開幕!

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    2018年07月16日
  • 龍の騎手

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    ネタバレ

    ・エル・キャサリン・ホワイト「龍の騎手」(創元推理文庫)の帯には「『高慢と偏見』×ドラゴン」とある。「高慢と偏見」と言へばジェーン・オースティンしかない。するとまたもやこのパロディーが出てきたのかと思つた。以前は「高慢と偏見とゾンビ」であつた。これはセス・グレアム・スミスがオースティンを使ひながらも、そこにゾンビを取り込むことによつて独自の世界を創り上げた作品であつた。正にパロディーである。それに対してこの「龍の騎士」はどうか。こちらは、オースティンの世界は借りたが中身は別物とでも言ふのであらうか、多くの設定はそのまま生かされてはゐるものの、物語は全く違ふものとなつてゐる。原作は当時の女性の生き方を、と言つて良いのかどうか分からないのだが、描いた作品であつた。それが龍の出てくる世界のファンタジーに変はつてゐる。これとても、世界がアールに変はつてはゐても、女性のしあはせな生き方とは何かとならないわけではないのであらうが、個人的にはやはり龍の世界のお話となる。それでもオースティンが生かされてゐる。ここが問題で、結局、これもまた優れた「高慢と偏見」のパロディーとなつてゐる。さう、これもまたおもしろい。そもそもこの作品、作者があるアニメを見てゐる時、「いきなり“ドラゴンを駈けるミスター・ダーシー”のイメージが浮かび云々」(「訳者あとがき」446頁)といふところが出発点となつてゐるといふ。エリザベスではなくとミスター・ダーシーである。「龍の騎手」と名づけられた所以であらう。ただし原題は“HEARTSTONE”である。これだと2人に関係ありさうな、そしてロマンスにも関係ありさうなタイトルである。つまり、作者は最初からさういふ物語として構想したといふことであらうか。
    ・物語は「メリーボーン卿がライダーどもを雇った」(11頁)ところから始まる。グリフォン退治を頼んだのである。当然、その中にミスター・ダーシーがゐる。アラステア・デアレッドである。この2人、最初はもちろん関係なささうである。それ故に高慢な態度のデアレッドにアリザは偏見を抱く。その偏見は強まりこそすれ弱まることはない。さうしてデアレッドからの告白があり、それをアリザは断る。さうかうしてゐるうちに大リンドワームが目ざめて襲つてくる。こ の危機を乗り越えるには龍の騎手がといふわけでデアレッド等は出陣する……さうして最後はめでたしめでたしとなる。だから、正に「高慢と偏見」のパロディーなのである。その世界は、しかし、オースティンの現実の世界とは違ふ。龍が人と同居する世界である。龍は人と契りを結んでともに戦ふのである。戦ふのは大リンドワームや小リンドワームといふ人に害をなすものである。これらをテカリといふらしい。その中にはケンタウロスやワルキューレなどといふ一見悪くなささうなのがゐるし、恐狼やトロルなどといふのもゐる。他には見られない独特の世界であるらしい。ただし、これらは所詮脇役、ただ出てきただけ。グリフォンもそれに近い。かういふ、いはば小者を使つてオースティンとは違ふパロディー世界を作つてゐる。龍だけでもそれはファンタジーではあるが、かういふのがその世界を彩つてゐる。実際問題、異世界生物を取り込むのがファンタジーンの最も簡便な方法であらう。これが続編にもきつと生かされるはずである。もつとも「二冊の契約」の「龍を扱った長編」(「訳者あとがき」446頁)が本書の続編となるのかどうかは分からない。他の誰かの作品のパロディーであつてもおもしろい。そんなのを読んでみたいと思ふ。果たしてどんな作品が出てくるのであらうか。

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    2018年03月26日
  • 龍の騎手

    ネタバレ 購入済み

    いいとこ取り

    「高慢と偏見」からいいとこ取りした上にファンタジーと冒険の世界をプラスだなんてお得すぎる!作家さんの好きなもの満載なんだろうなとニヤニヤしつつ、元ネタからの改変にも大満足。特に親友の結婚相手と龍騎士一族の叔母様についてのあたりはお気に入りです。あと、作家さん、よっぽど○○死ね!って思ってたんですね。スッキリしたでしょうか?

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    2018年03月17日
  • 紙の魔術師

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    ネタバレ

    ・最近のファンタンジーは魔法に新機軸を求めてゐるのであらうかと思つたのがチャーリー・M・ホームバーグ「紙の魔術師」(ハヤカワ文庫FT)であつた。魔術は魔法と言ひ換へるべきかもしれないが、本書ではmagicianといふ語が使はれてゐるから、ここはやはり魔術師なのであらう。そして、 なぜwizardやwitchでなくてmagicianかといふのはよく分からない問題なのだが、それでもここはやはり魔法使ひではなく魔術師なのであらう。その魔術師に「紙の」とついてゐる。魔術に紙は合わはないのかどうか。それなのにこれはなぜだといふので読んでみたら案外おもしろかつた、これが本書の感想である。さう、意外におもしろいのである、「紙の魔術師」。
    ・では「紙の魔術師」とは何か。これを簡単に言へば、「人によって作られし物質よ云々」(25頁)といふ誓詞であらうか、これを唱へて紙と結びついた結果、できるやうになる魔術とでも言へば良いのであらうか。主人公の場合はそれが紙であつたから「紙の魔術師」となる。これだけのことである。よくある、魔法を学ぶ学校で云々といふのも物語中にはある。しかし、それ始まりに過ぎない。この誓詞を唱へて何かの物質と結合しなければ魔術師にはなれない。「ガラス、金属、プラスティック、ゴムでさえ」(10頁)魔術師になれるのである。人間が作つたものであると否とに関はらず、その物質に結合してしまへばその道の専門家、紙の魔術師、ガラスの魔術師等々になれる。主人公、いや正確にはアヴォイスキー師がいふには、現在は紙の魔術師になり手がゐないために、「現役の魔術師がたった十二人という状況では、実習生の一部を振り分けるしかない」(7頁)のだとか。それで主人公シオニーは紙との結合を選ぶか、魔術師をあきらめるかの岐路に立たされたのであつた。その結果、結合することができた。無事に紙の魔術師になれたのである。では紙の魔術師は何をするのか。問題はここである。ごく簡単にいへば折り紙をするのである(らしい)。然るべき人間が然るべき手段を以て然るべき方法で折れば、それは魔法になるといふ。シオニーの師たるセイン師は紙で外骨を作り、それに執事役を仰せつけた。これなど分かり易い例で、紙から作つたものを自らの用を足す存在に仕立て上げたのである。折り鶴らしきものも出てくるが、これは折り鶴を武器に使つている。つまりは、何とでもなるのである。その時と状況によつて、紙で折つて作つたものが武器にもなれば家事をもこなす。要は目的次第なのである。ここらへんから本文のライラが関係してくる。つまり悪役の登場である。悪役たるもの……いかなる存在なのであらうか。ライラはセイン師の元妻であつた。それがどこでどうしてかうなつたのか、これは分からない。いづれ分かるではあらうが、今はまだ分からない。 そのライラがセイン師を襲撃する。初めはどうであつたか分からない。シオニーが気づいた時には、セイン師はライラの術中に落ちてゐたらしい。そんな状況で も紙の魔術を駆使して、と言つてもシオニーにできることは少ないが、とにかく撃退する。これによつて紙の魔術に目ざめ……となつて物語は続くのである。いづれにしても本書はまだ入り口である。シオニーがセイン師の下で技を磨くのであらうが、それがいかなるものとなるのか。折り紙如きものの練習だけですむの かどうか。そしてライラはどうなるのか。更に、次は「硝子の魔術師」ださうである。硝子の魔術の登場となる。これがいかなるものであるのか。本題はともかく、脇道等に興味津々の魔術師のシリーズである。乞ふ、ご期待かどうか。

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    2018年02月04日
  • 紙の魔術師

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    "まるで喉から臍まで胴に弦が結びつけられたように、体の奥でなにかがびいんと鳴った。シオニーはやんわりとたずねた。「その腕はどうしたんですか?」
    折っていた指が止まった。セイン師はちらりとこちらを見てから、自分の腕をながめた。手のひらで袖をひきおろす。「ぶつかっただけだ」と言った。「歩くのにどれだけ集中力が必要かよく忘れるものでね」
    シオニーは眉をひそめた。さっきの弦がねじれる。あきらかに師匠はなにか隠していると感じた。
    あの腕は痛むのだろうか。"[p.100]

    セイン師が偶然の箱でみた"冒険"は何をどこまで見たのだろう、船を教えたと言うことは海辺まで追いかけていくあたりまでなのだろうか。
    シオニーが川(というか大きな水の溜まり?)が嫌いな理由、後悔の吐露の中で出るかと思ったけどでなかった……?首筋を触る癖も少し気になる。

    3部作の第1部がこの本「紙の魔術師」で、1月刊行の「硝子の魔術師」が第2部。
    刊行されるであろう第3部は3月予定で「真実の魔術師」。次が楽しみ。

    "「でも、わたしがここから出るのを手伝ってくれたら、助けてあげられると思うわ」シオニーは立ちあがってつけたした。「道の終わりに出口がないかと思ってはるばる進んできたのよ」"[p.270]

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    2018年01月08日
  • ミス・エルズワースと不機嫌な隣人

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    19世紀初頭の英国の田舎町。
    音楽や絵画に魔術をかけることか教養とされている世界で、魔術の才能がありながら容姿に恵まれず婚期を逃した28歳のミスのお話。
    歴史がどうこうと紹介されていますが、田舎のレディの純情ロマンスです。
    魔術の使い方が面白いので、そこは良かったですが、わかっていても最後はポカーンてした。存在すら忘れてたくせに!ってツッコミました。

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    2017年02月05日
  • ミス・エルズワースと不機嫌な隣人

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    ・メアリ・ロビネット・コワル「ミス・エルズワースと不機嫌な隣人」(ハヤカワFT文庫)巻末の作者自身による「謝辞」は次のやうに始まる。「まず、たいへんお世話になったジェーン・オースティンに感謝の意を表したいと思います。この小説を書く ひらめきを与えてもらったばかりでなく、細部の大切さについてずいぶん学ばせてもらいました。」(365頁)さうして「訳者あとがき」にはこんな一節があ る。「実のところ、『ミス・エルズワースと不機嫌な隣人』は時代背景ばかりでなく、語彙や語り口まで意識的にオースティンをまねている。分別のある姉と情熱的な妹という組み合わせまで『分別と多感』そのままだ。」(369頁)この物語はこれがほとんどすべてであらう。一読、直ちにオースティンを思ひ出す、 思ひ出させる。雰囲気が全く同じなのである。物語は19世紀初頭の「摂政時代の英国を舞台にし」(368頁)てゐる。これは「田舎では中流以上の階級が隣 人との社交にいそしむ優雅な生活を送っていた時代。」(367頁)である。エルズワース家もそんな階級に属し、夫婦と娘2人で隣人達との社交生活を楽しんでゐる。だから正にオースティンなのである。それだけならばおもしろくも何ともないのであらうが、この物語、実はさうではない。ここにちよつとした仕掛けがある。仕掛けといふと大袈裟か、コワルの世界には魔法が生きてゐるのである。以前、セス・グレアム=スミス「高慢と偏見とゾンビ」といふ作品があつた。 書名から明らかなやうに、これはオースティンの世界にゾンビを取り込んだもので、しかも、文章等はできるだけ原作利用、まねてゐるなどとといふものではなかつた。それゆゑに見事なパロディーとなつてゐた。この「ミス・エルズワース」はそれほど見事ではない。物語の世界はオースティンでも、物語自体はコワル のものである。それでも、読んでゐるとパロディーかと思つてしまふ。まねるとはかういふことであつたか。だから、これもまたおもしろい。
    ・ところで、その付加された魔法、他とは少々違ふ。巻末の「魔術用語集」魔術の項に、「この改変された歴史上の摂政時代において、魔術とは男性でも女性でも使用可能な魔法を指す。この力によって、光、香り、音の幻影を創り出すことができる。」(362頁)とある。だから、例へば姉ジェーンは 「ピアノの前に座り、魔力の襞を引き寄せた。」(16頁)さうして魔術を友に音楽を奏でるのである。絵画でも、「魔術と絵の具が組み合わさって室内をニン フの木立に変貌させていた。(中略)その幻は野生の花々のにおいやシダの芳香で見る物の鼻をくすぐった。視界のすぐ外で小川がさらさらと音をたててい る。」(45頁)絵から音や香りが感じられるのである。もちろん、人間を他のものに見せることもできる。目くらましの類であるが、いづれにせよ基本は幻影、幻である。ジェーンの器量は人並みのやうだが、この魔法の力は人一倍であつた。これが物語のポイントである。社交生活以前に姉妹、家族間の葛藤があり、さうして若い娘のことゆゑに恋もある。そんな時々にジェーンの力がものを言ふのである。かういふ物語の動きが正にオースティンである。この時代のこの 階級の人々の関心と行動はかくぞといふべきであらう。オースティンをコワルが見事にまねをしたのである。しかも、ゾンビのグロテスクさとは違ふコワルの魔 術の優雅さがまた別のパロディーに仕上げた。こんなものが作られるのだから、やはりオースティンは偉大なのである。なほ、個人的にはジェーンのその後を知りたいと思ふ。これはオースティンを離れるのではないかと思ふのだが……。

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    2014年07月20日
  • ミス・エルズワースと不機嫌な隣人

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    帯にファンタジー版ジェーンオースティンとありますが、正にその通りかと。主人公の姉妹は高慢と偏見のダーシー姉妹のようだし。
    なんとなく、物足りなかったので☆3つですが、このヴィクトリア時代と、ファンタジーが好きな人ははまるかもとは思います。ただ、誰が好きなの?っていうイライラ感。現実には、こういう自分でも誰が本当の目当ての人なのかわからないってことありますが、物語のなかでもやられると苛々するなぁ。なんだろう、高慢と偏見を読み直したくなります。

    完璧、ジャケ買いかな、これは…

    エルズワースという苗字で紺野キタのダークシードを連想。こっちも魔法系のお話だし…

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    2014年04月23日