北康利のレビュー一覧
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あらゆる点で、ノンフィクション・評伝のお手本のような本
500ページ超のボリュームであるが、エピソードの密度が濃く、テンポがよい。
前半生は受験の失敗や就職の失敗など赤裸々に描かれている。
後半生の快進撃はむしろ前半生に表れている。
「信義を重んじ、礼節正しく、仁信を旨とする。」
三つの戒め 負けるな、嘘をつくな、いじめをするな
薩摩の教育が人生を形作っている。
無理やりとも思える無機化学への学問変更、碍子メーカへの就職、
セラミックの出会い、人生の師の出会いが運を呼ぶ。
まさに「生命の実相」にある引き寄せの法則のように。
「動機善なりや。私心なかりしか」(南洲翁遺訓)
第二電電の創業のときもJALの再建の時もこの理念に立ち返り決断している。
孫正義との出会いも描写されているが京セラフィロソリーを元にしたとすると松下幸之助のように評価していないのはむべなるかなという印象。
哲学をもった経営者が出にくい昨近、まだ現役の経営者が存命でいることに思いを致すには最高の本。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ北さんの書く男性は、不思議と可愛らしさがあります。
可笑しさや情けなさも見えることで親近感があるし、心底応援したくなってしまいます。
そして皆さんとにかく格好良い!
黒部ダムが観光地として有名な事は知っていましたが、こんなにもたくさんの方が苦しみながら、命がけで作り上げた物だとは知りませんでした。
その先頭で指揮を取り続けた太田垣さんの姿を追いながら読んでいったこの本、ラストは涙を流しながら読んでました。
危険な現場に自ら入っていく太田垣さんの姿。
自分が人々に危険な仕事をさせているのだからという言葉に、
こういう男の背中ならみんな着いていくのが解るんだよなぁと
古き良き男の姿を見た気持ちでした。
黒部ダムに行って手を合わせたい、頑張ってくださった方々にお礼を言いたい。
先人の作り上げてくださった物の上に今の便利な社会がある事を思い知ると共に、感謝の気持ちがこみ上げる本でした。
「黒部の太陽」という映画になっていて観ようと思ったのですが、演者の石原裕次郎さんの「劇場で観てほしい」という言葉に納得したのでまだ観ていません。
読んでいても圧倒される土と水と岩の圧力、劇場で観られる機会があると良いなぁ。 -
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ホレる!!
学生時代をイギリスのケンブリッジで学び、プリンシプル(原則)、ノブレス・オブリージュ(高貴さは(義務を)強制する)を尊んだ。
戦後、吉田茂の側近としてGHQと対等に渡り合い、経済的な復興にも大きな影響力を発揮した。情勢を読むカンの鋭さ、頭でっかちではなく、実行力も伴う。
「あいつはいざというとき役に立つ男だ」吉田茂にそう言わしめた男。
時代、時代の変革期には、こういう人物が出てきて何とかしちゃうのかもしれない。
坂本龍馬・勝海舟…。
現代にもこんな人が出てこなものだろうか。
家族の中では子煩悩のお茶目な人でもあったよう。
ますますホレる!! -
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白州次郎の評伝本。
恥ずかしながら、私は、NHKのドラマスペシャルをたまたま観るまで、「白州次郎」も「白州正子」もまったく知らなかった。そこで初めて、白州次郎という人物を知り、興味を持ったというか惹かれた。で、本書を読んでみた。
テレビドラマは一部しか観なかったのだが、ドラマ以上にドラマティックな人生に圧倒された。かっこ良過ぎ。GHQを相手にした交渉は、無理難題を押し付けてくる顧客を相手にしているビジネスマンに相通ずるところがあり、スカッとさせてくれる。戦後の日本の復興を中心となって支えながら裏方に徹したというところが、その魅力をさらに際立たせている。白州次郎のかっこよさは、枚挙にいとまがない。
一方で、戦後の日本復興の歴史、舞台裏を知るという意味でも本ストーリーは興味深い。特に、日本国憲法制定のくだりは、すべての日本人が知っておくべきだと思った。 -
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期待に十分応えてくれる北さんの著作。今回は関西電力の社長だった太田垣士郎氏。恥ずかしながら詳しく存じあげませんでしたが、これは知っておくべき経営者。小林一三の後継者として戦中戦後の阪急グループを率いただけでなく、とても複雑な事情が絡み合い魑魅魍魎が跋扈するような戦後の電力事業に身を投じ、関西電力の立ち上げを成功させた力量や人柄には強く惹かれる。何と言ってもクライマックスは黒四ダムの建設だが、手に汗握り、涙無くしては読めない。豪胆と人情。まさに理想のボスという感じか。映画もぜひ見てみたい。この本のもう一つの楽しみ方として、北氏の他の著作に出てくる人物との絡みが興味深い。小林一三、白洲次郎、松下幸之助など。
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世界有数の経済大国において、経営の神様と言われるのは松下幸之助一人。極貧の子供時代から世界有数の企業を育てた人生が詳しく描かれている。「和魂和才」「人間いつかは死ぬ。だけど死ぬ瞬間までは永遠に生きるつもりでベストを尽くす」「二階に上がってみたいなあという人にはハシゴは思いつかない。何としても上がるという人でないといかん。」「自分の会社でヒット商品を出しても、それをライバルとして次の商品を考える」「五つや六つの手を打ったくらいで万策尽きたと思うな」「人生も経営」
何にもないところから次々と生活必需品を生み出し、世の中に浸透させた実績はスティーブ・ジョブス以上だと思う。日本にこんな素晴らしい経営者がいたことをもっときちんと勉強しておくべきだった。
そういえば、松下発展の原点となった二股ソケット。なぜ二股なのかわからないまま放置していたが本書でわかった。ユーザーの不便に気づくセンスがやはり大切。 -
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阪急グループ創始者、小林一三の人生を辿り、人間の持つ夢と可能性に迫る一冊。
山梨県に酒屋兼質屋を営む韮崎商人の家に生まれる。しかし、幼くして母親を亡くし、婿養子だった父が家を出たため、二歳にして家督を継ぐ。
慶應義塾大学を卒業後、慶應閥が経営陣を占めていた三井銀行に入社し、大阪に勤務。仕事は順調だったが、後に妻になるコウという若い芸者に入れ込んでいたことや気の強さが災いし、社内ではあまり評判が良くなかった。
その後、三井銀行内の主導権争いなどの影響もあり、一三は新設される証券会社の経営者になるため退社する。しかし、設立直前に日露戦争後連日活況だった株式市場が暴落し、設立自体が白紙になってしまう。そこで紹介されたのが阪鶴鉄道の経営だった。この会社そのものは大阪-舞鶴間の運行開始後、国に買収されたが、会社を清算するだけでなく、新しく電車を走らせる箕面有馬鉄道を新設。
ライバルとなる官鉄線や阪神鉄道は繁華街を通っていたが、一三は人一倍豊かな想像力を活かし、住宅分譲や宝塚新温泉、歌劇団、百貨店などの沿線開発を並行して進めることで沿線人口を増やす計画を思い付き、箕有鉄道の経営に乗り出す。阪鶴社員の移籍をすべて断り、たった三人でのスタートだった。
「世の中に対する貸勘定」を増やすことを信条とした。
昭和二年、三井銀行時代の上司からの求められ、東京電燈の経営再建に取り組む。それだけでなく、需要がないなら作り出そうという路線を突き進め、日本軽金属、東宝、阪急ブレーブスを設立する。
大戦後、吉田首相より、国鉄総裁に推薦されるが、GHQの横やりが入ったため、下山定則運輸次官が兼務することになる。その下山は、1947年職員95000人のリストラを決定した直後、常磐線線路上で轢死体で発見される。一三が就任していればもっと厳しいリストラをしたに違いなく、妻のコウは「なんと運の良いことでしょう」と涙ぐんだ。
生糸で財をなし、第十国立銀行(山梨中央銀行)東京馬車鉄道(都電)、東京電燈(東電)といった公共事業を全て抑えた若尾一平、雨宮敬次郎(甲武鉄道)、根津嘉一郎(東武鉄道)など、山梨県出身の大物財界人は枚挙にいとまがない。
長野県小県郡出身の五島慶太は農商務省、鉄道院で官僚キャリアを積むが役人生活に嫌気し、武蔵鉄道の常務になる。荏原鉄道と沿線開発して、その利益で武蔵鉄道をつくるというアイデアを五島に教えたのは一三だった。五島は一三に取り立ててもらった恩を終生忘れず、一三の追悼式で小林イズムを踏襲したとの弔辞を読んだ。