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日本でいちばん格好いいといわれている男・白洲次郎。明治35年に兵庫県で生まれ、英国へ留学。戦後、吉田茂の側近として日本国憲法制定の現場に立会い大きく関与した。しかし、彼は表舞台には立たずに、在野精神というダンディズムを貫き通すのであった。初めて知る方にもお勧めの白洲次郎評伝決定版。(講談社文庫)
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Posted by ブクログ
再読。「日本でいちばん格好いいといわれている男」白洲次郎さんの前半生が描かれている。 2009年にNHKでドラマ化もされている。 日本国憲法制定の際に無理難題を押し付けてくるGHQを相手に互角に渡り合った壮絶なやり取りが印象的。揺るがない「principle」をもって、表舞台には立たず裏方に徹する白...続きを読む洲次郎さんの生き方がステキでとてもカッコいいと思った。 いろいろなエピソードも書かれていて面白い。 日本国憲法がどうやってできたのかを知る上でもおすすめの本。 町田市の鶴川にある白洲次郎さんの邸宅だった「武相荘」にも行ってみたい。 心に残った言葉 ・彼(白洲次郎)は吉田茂に見込まれ、戦後、日本復興の推進役として辣腕を振るった人物である。〝プリンシプル〟(生き方の大原則)を大事にし、筋の通らない話には相手が誰であろうと一歩も引かなかった。正子は次郎のことを「直情一徹の士(さむらい)」、「乱世に生き甲斐を感じるような野人」と評している。P11 ・日本政府を代表してGHQとの交渉窓口を任されていたときのこと、昭和天皇からのクリスマスぷれをマッカーサーの部屋に持参したことがあった。すでに机の上には贈り物が堆(うずたか)く積まれている。そこでマッカーサーは、 「そのあたりにでも置いておいてくれ」 と絨毯の上を指差した。 そのとたん白洲は血相を変え、 「いやしくもかつて日本の統治者であった者からの贈り物を、その辺に置けとは何事ですかっ!」 と叱り飛ばし、贈り物を持って帰ろうとした。さすがのマッカーサーもあわてて謝り、新たにテーブルを用意させたという。P11 ・ー戦争には負けたけれども奴隷になったわけではない。 それが彼の口癖だった。日本人離れした体躯と英国流のダンディズムを身につけていた彼は、アメリカ人と相対しても位負けするどころかむしろ相手が威圧感を感じるほど。英国仕込みの語学力を武器にGHQ高官とも堂々とわたりあった。 ・神戸一中時代の友人のひとりに今日出海(作家、佐藤内閣での初代文化長官、兄は作家の今東光)がいるが、彼は中学時代の次郎の印象として〝背が高い・訥弁・乱暴者・かんしゃく持ち〟の四点を挙げている。P23 ・あまりに喧嘩が多いので、謝罪のために持っていく菓子折りが自宅に常備されていたというから相当なものである。P23 ・近衛文隆はその後出征し、砲兵隊の中隊長として満州で終戦を迎えたが、近衛の息子だと目をつけられた彼は、11年の長きにわたって極寒の地シベリアに抑留され、しょうわ31年(1956年)10月29日、ついにチェルンツィ村のイヴァノヴォ収容所において悲惨な最後を遂げた。 そのことを知った次郎は、怒りに身を震わせながら痛哭し、 (ソ連の野郎、絶対に許さねえ!) と天を仰いでその非道を呪った。P76 ・権威をものともしない吉田の硬骨漢ぶりが次郎の心を捉えて離さなかったのだ。鋭敏な時代感覚、周囲に惑わされることなく冷静で筋の通った考え方、こうと思ったら譲らない頑固さ、功を誇らない奥ゆかしさ、すべてが次郎には好ましかった。次郎にとって吉田は、夢に思い描いていた理想の〝うるさ方〟だったのである。P84 ・まさに百折不撓。目の前にいる好々爺然とした小柄なじいさんのどこにそのような胆力があるのか? 彼は吉田茂という男に惚れなおしていた。このじいさんになら、じぶんのすべてを捧げ尽くしてもいいと思った。P105 ・いったん友情を結ぶと徹底して気配りをするのが白洲流である。P107 ・(アメリカが何様だというんだ!) 次郎の精神構造の中には米国を軽く見る傾向があった。それは英国人が米国のことを〝所詮彼らは成り上がりだ〟と軽侮するのにも似た感情であった。敗戦後とかく卑屈になる日本人が多かった中にあって、次郎は異色の存在であった。P122 ・〝統治〟の主眼は、日本を民主的な国家に変貌させること。民主化といえば聞こえはいいが、二度と戦争を起こさせないよう骨抜きにすることに尽きた。P123 ・おかしいことはおかしいと、はっきりものを言った。宮澤喜一元首相は当時を振り返って、 「占領期間中、白洲さんはとにかくよく占領軍に盾ついていましたよ」 と述懐している。P128 ・彼の英語のうまさに感心したホイットニーが、「貴方は本当に英語がお上手ですな」 とお世辞を言ったとき、次郎が、 「閣下の英語も、もっと練習したら上達しますよ」 と切り返したというエピソードは有名である。P128 ・次郎の場合、彼らと接する時間が長かったので、あだ名はいくつもついたが、そのひとつに〝Mr.Why〟というのがある。〝どうしてだ?〟としつこく迫ってくるからで実に彼らしい。P129 ・「軍部がはびこればこれに頭を下げ、GHQが実権を握ればすぐに尾を振る。〝巾着切り〟(スリのこと)みたいな役人ばかりじゃねえか!」P129 ・これまでマッカーサー自身が乗り出さなかったのにはわけがある。GHQが憲法を制定することは、そもそも国際法に違反する行為だったのだ。P158 ・それにしてもわずか九日間で憲法を作れというのはどういうことか。常軌をいっしている。 25名のメンバーの顔ぶれがまた尋常ではなかった。陸軍将校11名、海軍士官4名、軍属4名、秘書を含む女性6名で、弁護士資格を持つ者こそ3人いたが、憲法の専門家はただのひとりもいない。どう考えても一国の憲法作成を任せる布陣ではなかった。P162 ・後の首相・宮澤喜一は次郎の口から次のような言葉を聞いている。 「自分は必要以上にやっているんだ。占領軍の言いなりになったのではない、ということを国民に見せるために、あえて極端に行動しているんだ。為政者があれだけ抵抗したということが残らないと、あとで国民から疑問が出て、必ず批判を受けることになる」P180 ・フランシス・F・コッポラ監督の大作映画『地獄の黙示録』は、〝カーツ大佐〟という軍人が原住民を支配しているうち彼らの王となり、本国の指示を無視して独立王国を築いてしまうストーリーとなっている。この〝カーツ大佐〟のモデルこそマッカーサーその人だと言われているのだ。実際彼はしきりに「マイ・ジャパン」という言葉を口にした。P223 ・古関彰一は著書『新憲法の誕生』の中で、次郎の役回りについて触れ、 〈憲法制定この役は結果的には〝汚れ役〟になったのであるから、吉田が表に出ず、白洲にその役を演じさせたことで吉田はその政治生命をどれだけ救われたか計り知れない。白洲がいなかったとしたら、吉田はその数カ月後に首相になることはなかったかも知れない〉P228 ・次郎は、憲法調査内容を批判して次のように述べている。 〈この憲法は占領軍によって強制されたものであると明示すべきであった。歴史上の事実を都合よくごまかしたところで何になる。後年そのごまかしが事実と信じられるような時がくれば、それはほんとうに一大事であると同時に重大な罪悪であると考える〉(『プリンシプルのない日本』「諸君!」1969年9月号)P229 ・〈新憲法のプリンシプルは立派なものである。主権のない天皇が象徴とかいう形で残って、法律的には何というのか知らないが政治の機構としては何か中心がアイマイな、前代未聞の憲法が出来上がったが、これも憲法などにはズブの素人の米国の法律家が集ってデッチ上げたものだから無理もない。しかし、そのプリンシプルは実に立派である。マックアーサーが考えたのか幣原総理が発明したのかは別として、戦争放棄の条項などその圧巻である。押しつけられようが、そうでなかろうが、いいものはいいと率直に受け入れるべきではないだろうか〉P230
上巻の勢いたるや、凄まじいです。下巻が楽しみ。憲法改正にこんな戦いがあったことを知りました。敗北を知りつつも気高く生きなくてはならない。間違った時代の潮流には誇りを持ってたてつかなくてはならないと感じます。 ↓好きなフレーズ 男親というのは、母親ほどには子供に愛されない損な役回りであるが、それでい...続きを読むて子供は父親の背中を見て育つものである。国の行く末を懸けた大一番を戦っている時、ふと、父親のことが頭を掠めたというところに、白洲次郎という男の人間臭さが感じられる。
自分の信念のためにどこまでもまっすぐな人ってかっこいいし、ついていきたくなるなと思った。 後編も楽しみ。
ホレる!! 学生時代をイギリスのケンブリッジで学び、プリンシプル(原則)、ノブレス・オブリージュ(高貴さは(義務を)強制する)を尊んだ。 戦後、吉田茂の側近としてGHQと対等に渡り合い、経済的な復興にも大きな影響力を発揮した。情勢を読むカンの鋭さ、頭でっかちではなく、実行力も伴う。 「あいつはいざと...続きを読むいうとき役に立つ男だ」吉田茂にそう言わしめた男。 時代、時代の変革期には、こういう人物が出てきて何とかしちゃうのかもしれない。 坂本龍馬・勝海舟…。 現代にもこんな人が出てこなものだろうか。 家族の中では子煩悩のお茶目な人でもあったよう。 ますますホレる!!
白州次郎の評伝本。 恥ずかしながら、私は、NHKのドラマスペシャルをたまたま観るまで、「白州次郎」も「白州正子」もまったく知らなかった。そこで初めて、白州次郎という人物を知り、興味を持ったというか惹かれた。で、本書を読んでみた。 テレビドラマは一部しか観なかったのだが、ドラマ以上にドラマティック...続きを読むな人生に圧倒された。かっこ良過ぎ。GHQを相手にした交渉は、無理難題を押し付けてくる顧客を相手にしているビジネスマンに相通ずるところがあり、スカッとさせてくれる。戦後の日本の復興を中心となって支えながら裏方に徹したというところが、その魅力をさらに際立たせている。白州次郎のかっこよさは、枚挙にいとまがない。 一方で、戦後の日本復興の歴史、舞台裏を知るという意味でも本ストーリーは興味深い。特に、日本国憲法制定のくだりは、すべての日本人が知っておくべきだと思った。
米占領軍と戦った男の生き様は、とても痛快でありつつ、大きな孤独と哀しみを感じる。 真実は、見る人によって評価が異なるのは当然なので、これがすべてではないだろうが、ある一面を表しているのだろう。 日本人としては、必読の書ではないかと思う。 稀代の目利き 育ちのいい生粋の野蛮人 ケンブリッジ大学クレ...続きを読むア・カレッジ 近衛文麿と吉田茂 終戦連絡中央事務局 憤死 “真珠の首飾り”―憲法改正極秘プロジェクト ジープウェイ・レター 「今に見ていろ」ト云フ気持抑ヘ切レス 海賊と儒学者と実業家のDNA
白洲次郎本人だけでなく、彼を取り巻く周囲の人物もイキイキと描いた良本。日本国憲法にはやや批判的に描かれているが、どんな過程で敗戦から立ち直ったかを知ることが出来る。後編楽しみである。
安保問題がつまんないのはプリンシパルが誰にもないからだ。 国民にも、政治家にも、法律家にもプリンシパルが無い。 あるのはポリティカルコレクトネスだけ。 プリンシパルはある、という反論が欲しい。納得させて欲しい、態度で示して欲しい。この本を読んで、吉田と白洲が何をしたかを知って。
数年前の白洲次郎ブームに遅れたけれど、読んでみて感動。 生まれた環境も影響しているんだろうけど、本当にかっこいい男だと思う。 しかし、自分が友達になれるかどうかは微妙。 「海賊と呼ばれた男」と似ているかも。
只々 感服するのみ 生まれが違うと言ってしまえばそれまでかもしれないが、 ここまで突き抜けてくれると、憧れになる。 自分は無理だけど、孫ぐらいにまでには こうなって欲しい。
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