北康利のレビュー一覧

  • 白洲次郎 占領を背負った男(下)

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    購入済み

    奥只見湖は別

    11月くらいだとハイシーズンですが、時代はもう少し降る話なのでその辺もきちんと書いて欲しかったですね。
    燃料買う金がないから水力発電所を設置した考えなのでしょうが、火力にしろ原子力にしろ燃料輸入して発電してるようでは
    後の世代に負荷をかけるので、頭の良い人たちに頑張って欲しいものです。
    お好みで。

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    2024年11月17日
  • 白洲次郎 占領を背負った男(上)

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    ネタバレ 購入済み

    面白かった

    上巻が若い頃の写真、下巻が活動中の写真。
    下巻の方がカッコいいですね。
    めちゃくちゃお金持ちの家に生まれて、
    それゆえ留学できて、でも父親の破産で留学を切り上げて帰国して、借金あるから
    がむしゃらに働いて、村田簿記とかで勉強もして、奥さんと出会って、
    歳が離れているけど朋友と呼んでいいかもしれない吉田茂と出会って、
    バリバリ仕事して、いい歳こいても殴り合いの喧嘩とかして、
    でも奥さんとか家庭内は円満で、奥さんも随筆家とかでヤンチャな人みたいだったけど、
    仲が良くて、車の運転とかもヤンチャで、年取ったらうるせえジジイになって、
    ぽっくり亡くなった方みたいです。
    小気味良い、かっこいい、筋を通す生き方に憧れますが、
    事なかれ主義、なあなあやあやあ系の生き方してきたので、
    ちょっと無理ですね。
    小林秀雄とのやり取りがもう少し読みたかったですが、
    その辺が残念。
    あの人も頭の良い人でしたからね。
    小林さん曰く、自分は秀才、次郎さんは天才だそうですが、
    段取り半分を地で行くことの進め方で、用意周到な感じなので、
    少し違う気がする。強いて言うなら気づきの天才。
    お好みで。

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    2024年11月21日
  • 白洲次郎 占領を背負った男(上)

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    再読。「日本でいちばん格好いいといわれている男」白洲次郎さんの前半生が描かれている。
    2009年にNHKでドラマ化もされている。
    日本国憲法制定の際に無理難題を押し付けてくるGHQを相手に互角に渡り合った壮絶なやり取りが印象的。揺るがない「principle」をもって、表舞台には立たず裏方に徹する白洲次郎さんの生き方がステキでとてもカッコいいと思った。
    いろいろなエピソードも書かれていて面白い。
    日本国憲法がどうやってできたのかを知る上でもおすすめの本。
    町田市の鶴川にある白洲次郎さんの邸宅だった「武相荘」にも行ってみたい。


    心に残った言葉
    ・彼(白洲次郎)は吉田茂に見込まれ、戦後、日本復興の推進役として辣腕を振るった人物である。〝プリンシプル〟(生き方の大原則)を大事にし、筋の通らない話には相手が誰であろうと一歩も引かなかった。正子は次郎のことを「直情一徹の士(さむらい)」、「乱世に生き甲斐を感じるような野人」と評している。P11
    ・日本政府を代表してGHQとの交渉窓口を任されていたときのこと、昭和天皇からのクリスマスぷれをマッカーサーの部屋に持参したことがあった。すでに机の上には贈り物が堆(うずたか)く積まれている。そこでマッカーサーは、
    「そのあたりにでも置いておいてくれ」
    と絨毯の上を指差した。
    そのとたん白洲は血相を変え、
    「いやしくもかつて日本の統治者であった者からの贈り物を、その辺に置けとは何事ですかっ!」
    と叱り飛ばし、贈り物を持って帰ろうとした。さすがのマッカーサーもあわてて謝り、新たにテーブルを用意させたという。P11
    ・ー戦争には負けたけれども奴隷になったわけではない。
    それが彼の口癖だった。日本人離れした体躯と英国流のダンディズムを身につけていた彼は、アメリカ人と相対しても位負けするどころかむしろ相手が威圧感を感じるほど。英国仕込みの語学力を武器にGHQ高官とも堂々とわたりあった。
    ・神戸一中時代の友人のひとりに今日出海(作家、佐藤内閣での初代文化長官、兄は作家の今東光)がいるが、彼は中学時代の次郎の印象として〝背が高い・訥弁・乱暴者・かんしゃく持ち〟の四点を挙げている。P23
    ・あまりに喧嘩が多いので、謝罪のために持っていく菓子折りが自宅に常備されていたというから相当なものである。P23
    ・近衛文隆はその後出征し、砲兵隊の中隊長として満州で終戦を迎えたが、近衛の息子だと目をつけられた彼は、11年の長きにわたって極寒の地シベリアに抑留され、しょうわ31年(1956年)10月29日、ついにチェルンツィ村のイヴァノヴォ収容所において悲惨な最後を遂げた。
     そのことを知った次郎は、怒りに身を震わせながら痛哭し、
    (ソ連の野郎、絶対に許さねえ!)
    と天を仰いでその非道を呪った。P76
    ・権威をものともしない吉田の硬骨漢ぶりが次郎の心を捉えて離さなかったのだ。鋭敏な時代感覚、周囲に惑わされることなく冷静で筋の通った考え方、こうと思ったら譲らない頑固さ、功を誇らない奥ゆかしさ、すべてが次郎には好ましかった。次郎にとって吉田は、夢に思い描いていた理想の〝うるさ方〟だったのである。P84
    ・まさに百折不撓。目の前にいる好々爺然とした小柄なじいさんのどこにそのような胆力があるのか? 彼は吉田茂という男に惚れなおしていた。このじいさんになら、じぶんのすべてを捧げ尽くしてもいいと思った。P105
    ・いったん友情を結ぶと徹底して気配りをするのが白洲流である。P107
    ・(アメリカが何様だというんだ!)
    次郎の精神構造の中には米国を軽く見る傾向があった。それは英国人が米国のことを〝所詮彼らは成り上がりだ〟と軽侮するのにも似た感情であった。敗戦後とかく卑屈になる日本人が多かった中にあって、次郎は異色の存在であった。P122
    ・〝統治〟の主眼は、日本を民主的な国家に変貌させること。民主化といえば聞こえはいいが、二度と戦争を起こさせないよう骨抜きにすることに尽きた。P123
    ・おかしいことはおかしいと、はっきりものを言った。宮澤喜一元首相は当時を振り返って、
    「占領期間中、白洲さんはとにかくよく占領軍に盾ついていましたよ」
    と述懐している。P128
    ・彼の英語のうまさに感心したホイットニーが、「貴方は本当に英語がお上手ですな」
    とお世辞を言ったとき、次郎が、
    「閣下の英語も、もっと練習したら上達しますよ」
    と切り返したというエピソードは有名である。P128
    ・次郎の場合、彼らと接する時間が長かったので、あだ名はいくつもついたが、そのひとつに〝Mr.Why〟というのがある。〝どうしてだ?〟としつこく迫ってくるからで実に彼らしい。P129
    ・「軍部がはびこればこれに頭を下げ、GHQが実権を握ればすぐに尾を振る。〝巾着切り〟(スリのこと)みたいな役人ばかりじゃねえか!」P129
    ・これまでマッカーサー自身が乗り出さなかったのにはわけがある。GHQが憲法を制定することは、そもそも国際法に違反する行為だったのだ。P158
    ・それにしてもわずか九日間で憲法を作れというのはどういうことか。常軌をいっしている。
     25名のメンバーの顔ぶれがまた尋常ではなかった。陸軍将校11名、海軍士官4名、軍属4名、秘書を含む女性6名で、弁護士資格を持つ者こそ3人いたが、憲法の専門家はただのひとりもいない。どう考えても一国の憲法作成を任せる布陣ではなかった。P162
    ・後の首相・宮澤喜一は次郎の口から次のような言葉を聞いている。
    「自分は必要以上にやっているんだ。占領軍の言いなりになったのではない、ということを国民に見せるために、あえて極端に行動しているんだ。為政者があれだけ抵抗したということが残らないと、あとで国民から疑問が出て、必ず批判を受けることになる」P180
    ・フランシス・F・コッポラ監督の大作映画『地獄の黙示録』は、〝カーツ大佐〟という軍人が原住民を支配しているうち彼らの王となり、本国の指示を無視して独立王国を築いてしまうストーリーとなっている。この〝カーツ大佐〟のモデルこそマッカーサーその人だと言われているのだ。実際彼はしきりに「マイ・ジャパン」という言葉を口にした。P223
    ・古関彰一は著書『新憲法の誕生』の中で、次郎の役回りについて触れ、
    〈憲法制定この役は結果的には〝汚れ役〟になったのであるから、吉田が表に出ず、白洲にその役を演じさせたことで吉田はその政治生命をどれだけ救われたか計り知れない。白洲がいなかったとしたら、吉田はその数カ月後に首相になることはなかったかも知れない〉P228
    ・次郎は、憲法調査内容を批判して次のように述べている。
    〈この憲法は占領軍によって強制されたものであると明示すべきであった。歴史上の事実を都合よくごまかしたところで何になる。後年そのごまかしが事実と信じられるような時がくれば、それはほんとうに一大事であると同時に重大な罪悪であると考える〉(『プリンシプルのない日本』「諸君!」1969年9月号)P229
    ・〈新憲法のプリンシプルは立派なものである。主権のない天皇が象徴とかいう形で残って、法律的には何というのか知らないが政治の機構としては何か中心がアイマイな、前代未聞の憲法が出来上がったが、これも憲法などにはズブの素人の米国の法律家が集ってデッチ上げたものだから無理もない。しかし、そのプリンシプルは実に立派である。マックアーサーが考えたのか幣原総理が発明したのかは別として、戦争放棄の条項などその圧巻である。押しつけられようが、そうでなかろうが、いいものはいいと率直に受け入れるべきではないだろうか〉P230

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    2024年11月07日
  • ブラジャーで天下をとった男――ワコール創業者 塚本幸一

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    本書に見る事業を立てるためのtips。

    動機。生かしてくれた人たちを背負う、その人たちのために生きる。理念的に金儲けではない点が重要。

    逆張り。女性の雇用、復員軍人、他社が手を出さないところに踏み込むことで人材確保上の競争優位を確立しているのではないか。


    正直かつ狡猾。外資との提携戦略。

    他力活用。売る力かける商品、とことん信じる。

    流行ではなく未開拓の市場。具体的には装身具ではなく、洋装化した将来に必要な下着。


    ときにグレーな打ち手も必要。
    会社設立時の残高水増し、空手型での融資、高島屋屋上のネオンサイン。

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    2024年04月15日
  • 白洲次郎 占領を背負った男(上)

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    上巻の勢いたるや、凄まじいです。下巻が楽しみ。憲法改正にこんな戦いがあったことを知りました。敗北を知りつつも気高く生きなくてはならない。間違った時代の潮流には誇りを持ってたてつかなくてはならないと感じます。

    ↓好きなフレーズ
    男親というのは、母親ほどには子供に愛されない損な役回りであるが、それでいて子供は父親の背中を見て育つものである。国の行く末を懸けた大一番を戦っている時、ふと、父親のことが頭を掠めたというところに、白洲次郎という男の人間臭さが感じられる。

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    2024年01月25日
  • 銀行王 安田善次郎―陰徳を積む―

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    はじめにー空前絶後の成功者
    千両分限者になる夢
    父親のことば
    「ただ漫然と日常を過ごすだけであれば、動物と何ら変わるところはない。規則正しい生活を送りながらそれぞれの天分を尽くし、持って自分と家族との繁栄発展を期することで初めて、万物の霊長としての人間の本文が果たせるのである」
    「たとえ思わぬ災難に出会っても他人に迷惑をかけず、独立独歩で処しえるように平成の準備を立てておくことは人間第一の務めである」

    ”三つの誓い”をたてた
    一、独立独行で世を渡り他人の力を当てにしない。一生懸命働き、女遊びをしない。遊び、怠け、他人に縋るときは天罰を与えてもらいたい
    二、嘘を言わない。誘惑に負けない。
    三、生活費や小遣いなどの支出は収入の十分の八以内に止め、残りは貯蓄する。住宅用には身代の十分の一以上をあてない。いかなることがあっても分限をこえず、不相当の金を使うときは天罰を与えてもらいたい。

    太政官札で巨利を得る
    銀行家・安田善次郎
    銀行のための銀行としてー日本銀行と安田、第三国立銀行
    事業家として立つ
    後継者問題
    人に惚れこむ
    百三十銀行再建
    無爵の銀行王
    浅野総一郎
    泣いて馬謖を斬る
    後藤新平と見た最後の夢
    まず”困窮”の中にいる人間は”発憤”するか、”挫折”するかに分かれる。”挫折”したものは前には進めないが、”発奮”したものは”勤勉”を旨として生活し、やがて“富足”(十分豊かになる)の状況となる。

    大磯無残
    あとがきー銀行王に学ぶ金融本来の役割
    安田善次郎年譜
    参考文献
    家系図

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    2024年01月12日
  • 本多静六 若者よ、人生に投資せよ

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    この本を20代前半というタイミングで読めたことに感謝。
    脳みそのシワとシワの間に刻みつけたい言葉ばかりです。

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    2023年12月31日
  • 稲盛和夫伝 利他の心を永久に

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    生い立ちから学生時代、松風工業に始まり、京セラ設立、第二電電設立、JAL支援だけでなく、その間、救済を求める企業への支援など、詳細に描写されており、今まで読んだ稲盛さんに関する書籍の中で、最も稲盛さんの根底にある考えに多少触れることが出来たような感覚を覚えた。
    常に正しい判断をすることに努め、心を高める為に良い仕事をするなど、各企業に最適化されたフィロソフィを従業員皆んなで共有し、ベクトルを合わせて、企業全体の推進力を増大させている。
    近頃では、働き方改革が過剰に叫ばれ、自分が新入社員であった頃に比べれば、随分と生ぬるい職場になってしまったと感じるのは私だけではないと思う。
    この本の全てをそのまま、今の職場に当てはめることは困難であるが、多少修正し適用することにより、会社、社会に貢献していきたい

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    2023年08月27日
  • 思い邪なし 京セラ創業者 稲森和夫

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    肝に銘ずべき名言・至言が散りばめられた、稲盛さんの一代記。タイトル通り、経営者としての思いに邪なところがないか、大義に向かっているかなど、今の自分にズバズバ刺さる。やり切る姿勢、そのための熟慮と工夫、そして結果を出し続けたことが「経営の神様」と評される要因だと思うが、人として大事なことを体現していると思う。これは貴重な一冊。

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    2023年02月26日
  • 本多静六 若者よ、人生に投資せよ

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    明治神宮、日比谷公園を作った人。東大教授にして資産を500億円まで増やした人。日本人で初めてドイツミュンヘン大学で博士号。山林の研究だけでなく、林「業」として、資本的に独立・運営までを考えた。その知力・行動力はまさに起業家。起業を目指す人が読んだら、ワクワクしそうです。

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    2023年01月06日
  • 本多静六 若者よ、人生に投資せよ

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    日本初の林学博士であり、日比谷公園をはじめ多くの公園を手掛け、明治神宮の杜の設計者である本田静六さん。勤勉と節約、先見の明により、莫大な財産を築いた。林学の泰斗として森林保護や適正な活用を行なったのはもちろん、新年と行動力で多くの偉人と交流を持ち、また多くの逸材を育てた。木だけでなく、人も育てた。こんな偉人がまだまだいるんだなあ。恥ずかしながら知りませんでした。「見返りを求めて人脈を広げようとする人間に幸運の女神は微笑まないが、巧まずして育んだ人間関係は人背にとって最良の投資となる」「「天才−努力」には「凡才+努力」の方が必ず勝てる。」「人生の最大幸福は職業の道楽化にある。富も名誉も美衣美食も、職業道楽の愉快さには比すべくもない」「清らかで豊かになることを目指す清豊思想」。北康利さんの本は何を読んでも面白い。

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    2022年12月12日
  • 本多静六 若者よ、人生に投資せよ

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    北康利さんはノンフィクションの名手である。
    比較的中立的な立場で著述するため非常にわかりやすい。
    本多静六は自分にとって、日比谷公園を設計した日本公園の父とも言える方とは
    存じていたが、それ以外は知らなかった。

    知らないことで無色透明な本多静六像がわかるのではと思ったが、この著作は成功しているのではと思う。

    今ある金儲け本の源流はここに行き着くのではという印象である。
    蓄財、投資よりも「正しい金の使い方」を実践しているのが本来伝えたいところであろう。
    金を貯めた後に何をしたいというアウトプットがしっかりしているのは、最近の投資本でも欠けることが多い点で参考になる。

    本編でも大隈、渋沢、後藤、北里などとの群像劇、明治神宮の設計裏話など
    気骨感のある本多を軸にしているので、本多のための多面的な部分も見れるため面白い。

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    2022年11月06日
  • 松下幸之助 経営の神様とよばれた男

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    「道をひらく」を読んで感銘を受けたので、松下幸之助がどのような人だったかを知りたくなり読んだ。
    (松下幸之助さん自身が書いた自叙伝的なものは無いようだったが伝記のこちらはあった)

    読んでいくととにかく面白い。
    政治の塾とか人間とはどう生きるべきか、など経営者としてというより哲学者のようなイメージが強かったが、幼いときから苦労を重ねたバリバリの経営者だったのだなとわかる。
    同時代の成功者として名を並べる本田宗一郎氏は根っからの技術者だったので、二人は全然タイプが違う事も理解した。
    松下氏がどのようにしてPHPを立ち上げて哲学者のようになっていったのかが興味深かった。


    ▼自分の今の悩んでいる事とガッチリとハマって、闇から抜け出せた、救われた気持ちになったこと。

    ・松下氏は元来は口下手で人前で話すのが苦手な人だった。伝説に残る演説の数々は彼が努力によって会得したものである。

    ・ビジネスにおいて、忖度や私信がある判断をする事や、思ったことを心にためておく(素直じゃない)ままで進めることは関わる人を最後には不幸にしてしまう。

    管理職として悩んでいたところに光が差した。自分の悩みを本が救ってくれる体験。これがあるから読書はやめられない。

    出会うべくして出会った本だとまで思った。

    他にも心に残ったところに付箋を貼って読み進めたが最終的には本が付箋だらけになった。

    ▼心に残ったところ
    ・商売の世界に身を置く中で、優柔不断であることは、会社にも社員にも取引先にも、ひいてはお客をも不幸にするだけだと悟り、時には非常になることを学んでいった。

    ・無策のまま、ただガス抜きをしようとしても効果は得られない(熱海会談より)

    ・方針を変更して失う信頼よりも変更するメリットの方が大きいと感じたら、躊躇することなく前言を撤回する。


    これを機に月間PHPも読んでみることにした。

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    2022年09月15日
  • 白洲次郎 占領を背負った男(上)

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    自分の信念のためにどこまでもまっすぐな人ってかっこいいし、ついていきたくなるなと思った。
    後編も楽しみ。

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    2022年06月06日
  • 匠の国 日本

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    本物を大切にしようと思った 日本人は昔から植物からさまざまなものを作ってきた。
    プラスチックや金属にまみれるのではなく、
    本当に良い物を長く使い続ける精神を大切にしたい。
    10年以上前の本なので、この本に登場した職人さんは、もうこの世にいない人もいるかもしれない。
    日本から職人が失われるのはあまりにも惜しいと思った。
    本物は何たるやを学ぶ、本物を購入するなど、
    文化を守るために自分にもできることはあると思う。

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    2026年03月07日
  • 思い邪なし 京セラ創業者 稲森和夫

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    思い邪なし 京セラ創業者稲盛和夫著


    1.本書
    就職、京セラ、KDDIそしてJAL再生。
    稲盛さんの全ての足跡が残されています。
    ここで見えてくるのは、スキルではありません。
    稲盛さんの考え方、生き方です。

    2.玩具タイトーの売却
    買い手スクエアエニックス当時の和田社長の回想があります。
    「京セラとの交渉は金額ではなかった。
     タイトーをどう成長させるのか?」

    3.JAL最終日
    「謙虚にして驕らず。さらに努力を。」
    本書の、いえ稲盛さんの全てが凝縮されている言霊です。そのため抜粋しました。

    4.最後に
    500ページのボリュームです。
    全く飽きない、いえ、益々引き込まれていきます。

    【渦の中心となれ。】

    稲盛さんのメッセージ。
    人生折り返し地点のわたしに強烈に刺さりました。

    #読書好きな人とつながりたい

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    2021年01月24日
  • 思い邪なし 京セラ創業者 稲森和夫

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    京セラ創業者の稲盛和夫の評伝。評伝の中でも、もっともよくまとまっているのではないかと思う。KDDI合併の話やJAL再生の話もその内幕にも触れられている。

    まずは、生まれから鹿児島時代、家族の関係や受験の失敗、そして就職しての上京(京都)、松風工業時代のセラミックスとの出会い、京セラ創業と結婚、組合との向き合い、世界進出、第二電電創業、JAL再生までが年代記として綴られる。その中には、創業時の血判状の話、通信参入のきっかけとなった千本さんとの出会い、有名な孫正義とのアダプタのエピソードにも触れられる。こうした歴史が、稲盛さん本人だけではなく、多くの関係者への取材を通して書き上げられたものである。

    特に通信自由化と第二電電設立やその後立ちあげ、競争の勝利、移動体通信事業への参入と成長、株式上場とNTT値下げに対抗したフェニックス作戦、PHS事業の失敗、そして合併によるKDDI設立の経緯は、自分の関わる業界であるだけに興味深く読んだ。無線通信回線敷設や多摩通信センター竣工にまつわる話、同時期に京セラが出る杭は打たれるがごとくバッシングにさらされていたことも初耳であり、いろいろなことがあったのだと改めて思う。

    「ど真剣に生きてみろ」「手の切れるような製品を作れ」「お客様の召使になれ」「ネバーギブアップ」「ベクトルを合わせろ」「渦の中心になれ」「土俵の真ん中で相撲をとれ」「人間として何が正しいかを考えろ」「常に創造的な仕事をする」といった京セラフィロソフィとして知られる言葉がいかに生まれてきたのか、が分かる。また、アメーバ経営やその会計手法がどのようにして生まれて定着してきたのかも描かれている。
    京都セラミックスでなく、"狂徒"セラミックスと揶揄をされたとも書かれているが、京セラは創業から今日に至るまで60年間以上一度も赤字を出したことがないという。そして、京セラだけでなく、第二電電(現KDDI)創業とJAL再生を成し遂げたその核には、京セラフィロソフィがあることに疑いを抱くことは難しくなってくる。
    稲盛氏がかつてスト破りを行ったことに対して著者は、「儲けるという漢字は"信じる者"と書くと稲盛は言う。それはまさしく商売の基本である信用を意味する」と書き、松下電子の信用を得るために行ったと説明するが、おそらくは「信じる者」と「儲」の関係はさらに深いものである。「フィロソフィを信じる者」とビジネスとの関係は想定するよりも大きいのではないかと思っている。

    利益に対する考え方もオーソドックスとも言えるが、それを社員のレベルまで徹底するところがフィロソフィとアメーバ経営の効果である。
    「決算書は経営者の意思と実行力の所産であり、その経営に対する考課状でもある」というが、ここでいう決算書は、会社の決算書に限らず事業部の決算書もそうであり、事業単位、部単位、の決算書についても当てはまる。
    また、公明正大に利益を追求することを是とし、「企業の利益は社会への貢献の結果だ」という。「企業というのは、良い商品を安く供給して社会を豊かにする。そのように社会に貢献した結果として、我々は利益を頂戴しているんだ」と心の底から考えているのである。

    『生き方』が中国で300万部超のベストセラーとなっているという。中国が急速に資本主義経済への移行を進める中で、京セラ・KDDI・JAL再生を大成功させた物語は日本でよりもより多くのレスペクトを集めているのかもしれない。

    「考えて考えて、本当に一歩一歩真剣に働いてきたら明日が自ずから見える。しかし、あさっては見えない。見る必要もない。一歩進めれば一歩先が見える。その一歩一歩の延長で未来のことが成し遂げられる」ということも、「楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する」ということも、中国の新興企業の方により刺さるのかもしれない。

    あまり知られていないことだが、京セラのアメーバ経営において、業績と報酬をリンクさせていないことが挙げられる。素晴らしい業績を上げたアメーバに与えられるのは名誉と誇りである。仲間から寄せられる感謝や賞賛こそが最高の報酬と感じられる状態になることがアメーバ経営が成立する条件である。このことは本書でアメーバ経営について語るときに強調されている点である。事業部制以上に分権化が下部組織におよび、採算管理がアメーバごとの日当たり付加価値の算出ができるようになっているというのは経営イノベーションであるが、決して多くの企業に取り入れられていない。また、経営の感覚をアメーバのリーダーに持ってほしいという願いと期待でもある。それは、フィロソフィの観念がどこかで欧米型の企業経営理論と合致しないところがあるからではないかと考えている。

    夜のコンパで親交と結束を図り、採用時には人柄をもっとも重視し、京セラのフィロソフィに共感できない人には辞めてもらう。決してあきらめず、苦労に苦労を重ねて求めるものができない社員に向けて、「君は神に祈ったか」と聞く。「緊迫感を伴った状況でしか、創造の神は手を差し伸べないし、また真摯な態度でものごとに対処しているときでしか、神は想像の扉を開こうとしない。暇と安楽から生まれるものは、単なる思い付きでしかないのである」と考える。こういった働き方は時代には合っていないのかもしれない。

    著者もそのあたりのことは気にかけていて、「彼のたどった道の延長線上には、これからの経営の最適解はもはやないのかもしれない」と書いている。しかし、「過労死するような労働環境は論外だが、ほどほどに、適当に、肩の力を抜いて立派な仕事ができるほど、この世の中は甘くない。必死になって働くことを否定してしまっては、人的資源を唯一の資源とするこの国が衰退に向かうのはもちろん、人々は生きていくことの意味さえ見失ってしまう」として、「働き方改革は、こうした稲盛の言葉の否定ではないはずだ」と続ける。
    働く時間を短くすることは手段であり、働き方改革の目的ではなく、フィロソフィで示される働き方と相反するものではないだろうと説明する。それは、著者の心のどこかでは、働き方改革の指針とは矛盾するものであることを認識しているのである。単純に、その働き方が時代にそぐわぬ、時代遅れのものになってしまったとは言うべきではないだろう。

    そして、最後に『生き方』に書かれた次の言葉で締めくくるのである。

    「働くということは人間にとって、もっと深遠かつ崇高で、大きな価値をもった行為です。労働には、欲望に打ち勝ち、心を磨き、人間性をつくっていくという効果がある。単に生きる糧を得るという目的だけではなく、そのような副次的な機能があるのです。ですから、日々の仕事を精魂込めて一生懸命に行っていくことがもっとも大切で、それこそが、魂を磨き、心を高めるための尊い「修行」となるのです」


    最後に、「経営12箇条、稲盛会計学 七つの基本原則」「六つの精進」「京セラフィロソフィ」「KDDIフィロソフィ」「JALフィロソフィ」のそれぞれの項目をまとめたものが付記されているのが便利。

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    【三社合併】
    本書では、DDI、KDDI、IDOの三社合併についても比較的詳しく書かれている。
    その中で、KDDに対する評価が辛辣である。

    まず、最初に合併の話が出たとき、「KDD幹部は、本当に殿様みたいでかみ合わなくて苦労しました」と稲盛さんは著者に語ったというように一度は破談する。その直後、トヨタ系のTWJと合併をしたが、さらに経営を苦しくしてしまう。約1年後に合併の話を持ち出すことになる。

    それに対して、「「我々は以前とは変わりました」と言ってきたが、変わっていたのは財務内容だった」と全くきつい皮肉を込める。

    さらに合併に際して、リストラを求められたのだが、そのリストラについては次のように書く。
    「稲盛は贅肉の多さが目立つKDDに対し、「合併前に経営のスリム化をお願いしたい」とリストラを求めた。
    14,700人いた従業員を五年間で2,000人削減する目標が立てられたが、いざ早期退職を募集すると応募する者が殺到し、難なくこれを達成することができた。役所的な雰囲気の会社だっただけに、みな稲盛流経営に恐れをなしたのである。
    合併後の元KDDの存在感は、否応なく低くなってしまった。彼らのプライドの高さと時勢を見る目のなさが、自らの首を絞めたのである」
    稲盛流の経営に恐れをなしたというよりも(おそらくきちんと理解してはいなかった)、有利子負債の多さに将来性を感じられずに出て行ったというのが割と真実に近かったのではないかとも思う。

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    2020年12月30日
  • 白洲次郎 占領を背負った男(下)

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    とにかくかっこいい。今こんな人いない。マネもできない。
    サンフランシスコ講和条約ですごくやり切った感が出る

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    2020年11月14日
  • レジェンド 伝説の男 白洲次郎

    Posted by ブクログ

    ・白洲次郎オススメの本
    ジェームズ・M・バリーの「勇気」
    ・愛読書
     イングの「アウトスポークン・エッセイズ」
    (William Ralph Inge “Outspoken Essays”)
    ・好きな作家
     ハックスレー
    ・好きな詩人
     キーツ
    ・オススメのウイスキー
    特別な酒がない場合はデュワーズホワイトラベル
    ・好きなウイスキー
     ブラックボトル、グレンファークラス
     マッカラン

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    2020年09月13日
  • 白洲次郎 占領を背負った男(上)

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    下巻が特に面白かった。


    敗戦〜占領中〜日本独立の時の、米国側(マッカーサー・民政局・米政府)と日本側(吉田茂・白洲次郎・官僚)の駆け引きに惹き込まれた。米国側同士や日本側同士でひと悶着あるのも、人間らしくて好き。


    日本に、米軍基地無しでの独立の道もあったことは初めて知った。

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    2020年08月28日