阿佐田哲也のレビュー一覧
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購入済み
ギャンブルで食っていきたい
競馬やパチンコにはまったことがある方なら、誰でも一度くらいそう願ったことがありますよね?
浅田哲也の作品には、そんなバクチ打ちたちが幾人もでてきます。そしてやっぱり思うこと。自分には無理だよなぁ。
勝つためにカマをかけ、頭を絞り、虚勢を張り、ギリギリの世界で生きていく人たち。
負けがこむと、胃はキリキリと痛み、身は細り、時には文字通り血を吐き、それでもバクチから離れられない人たち。
ある意味、人格破綻者ともいえる彼らですが、それでも浅田作品に登場する彼らが、とても愛おしく感じるのは何故でしょうか。
それはきっと著者の人間観が作品に反映されているからだと思います。
若いころからギャンブル放浪を繰り返し、晩年はナルコレプシーになっても麻雀を打ち続けた著者は、ばくちによって破滅していった人たちを数多く見てきたのでしょう。
その中には著者にとって大切な人もいたかもしれないし、自分がいつそうなってもおかしくないことを自覚していたのだと思います。
この本にでてくる人間はちょっとダメで、かなり悪くて、でもとってもいい人たち。
彼らを見守る著者の温かい目は、あの“相田みつを”と同じ目だと思うのです。 -
Posted by ブクログ
ずっと読みかけ途中で 放置してたのだけど
読む本がない時に読んだら やっぱり面白かった!ていう本
しかし 最近の本屋には阿佐田哲也の本置いてないね~
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阿佐田哲也氏の麻雀エピソード集
好きな人には たまらないんじゃないですかね?
過去の体験をもとに 書かれてる話らしいです
麻雀を文章で語るって 独特ですよねー
牌の図なくしては 成り立たないのだろうし・・ 凄いですよね^^
・・しかし表紙 もっとほかになかったのカナ・・ -
Posted by ブクログ
ヤバ市ヤバ町雀鬼伝三〇〇分一本勝負《阿佐田哲也》(小学館文庫)86年に上梓された阿佐田哲也氏晩年の博打小説「ソープランド」なんて言葉が出てきてびっくり。名作「麻雀放浪記」は戦後の混乱期を舞台にしたものだが、バブル景気に浮かれ始めたこの頃でも博打打ちは同じ。動いている金は「千点百万円。三万点通しでハコ三千万円。場ウマが五の十五だから二着で五千万、トップが一億五千万…」実際の麻雀打ちは「馬」で、この金を賭けているのは「オーナー」たる「馬主」彼らはゲームではなくて金を動かすことのみに興味がある訳である意味真性の博打打ち。しかし、実際にゲームをする「馬」もやはり博打打ち。どちらにしても命がけの勝負。主人公「オレンプ」は前科四犯でいづれも「通し」の春夏秋冬服役、うち一回以上は「殺人罪」らしいという人物。自分もソープランドの雇われ支配人でオーナーから飼われている博打プロデューサーみたいな役割。「ドサ健ばくち地獄」のような凄絶さは薄いけれども、他の作家には書けないよなぁ。
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Posted by ブクログ
「麻雀放浪記」で世間並みの生活に背を向け、博打だけによりかかって若年期を過ごした主人公のその後が描かれる。かつては「坊や哲」として恐れられる賭博師だった哲也も、頭の禿げ上がった立派な中年になり、親の家で居候みたいな暮らしを続けている。「麻雀放浪記」の時のような勇姿はみじんもない。色川武大名義で書かれたいくつかの著書でみられる、彼なりの人生哲学が色濃く反映されており、ギャンブルで全勝するのが不可能なように、人生も勝ち時負け時をしっかり見極めること、自分の運気を上手く捉えることが何よりも大事なのだという持論を強くうち出している。無法者の後日談としてだけでは受け取れない、小説を体現してきた著者の肉感がにじみでている。彼の言葉はいちいち重い。
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Posted by ブクログ
読んだ本 麻雀狂時代 阿佐田哲也 20250904
もう何年ぶりだろう。40年近くぶりに阿佐田哲也のギャンブル小説を読む。積本の中に2冊見つかりました。角川文庫のシリーズで2冊だけ読んでないのが手元にあんですね。
読まずにおいてある理由は、「麻雀放浪記」みたいな小説じゃないエッセイがシリーズの中に結構あって、しかも麻雀だけじゃなくて競輪、手本引き、バカラなんでもあれで、なんとなく飽きて、揃えといて読まなくなっちゃったんですよね。
で、改めて読むと、ほとんど麻雀じゃなくてブラックジャックと競輪。でも、年取った懐かしさもあって、面白かったですねぇ。
そう、エッセイと言いつつフィクションが膨らんで、それが昔は嘘っぽく感じてたんだけど、今となってはエッセイを模したエンターテーメントって割り切って読める。メリケンおたまなんて小説なんだけど、幕切れのあっけなさと後味のわびしさなんかはいかにもノンフィクション。空野って男が一冊通じての主人公なんだけど、エッセイとして登場して終わりの方は小説。うーん、もし本当にノンフィクションだったら・・・。信じられないこともあるのかも。
Mリーグがはやってるけど、麻雀うちはやっぱりピカレスクであってほしいよな。