あらすじ
世の中を震撼させた青酸カリ毒殺の天銀堂事件。その事件の容疑者とされていた椿元子爵が姿を消した。「これ以上の屈辱、不名誉にたえられない」という遺書を娘美禰子に残して。以来、どこからともなく聞こえる“悪魔が来りて笛を吹く”というフルート曲の音色とともに、椿家を襲う七つの「死」。旧華族の没落と頽廃を背景にしたある怨念が惨殺へと導いていく――。名作中の名作と呼び声の高い、横溝正史の代表作!!
カバーイラスト/杉本一文
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Posted by ブクログ
横溝正史とはこんなに時代の先を見ていた作家だったのか。
正直なところ横溝正史の作品をじっくりと読んだのは初めてだった。
映像化された作品は観てきたけれど、よくありがちな原作にはあたらないというムーブばかりしていたのである。
今回読むきっかけになったのは9月4日にNHKで『シリーズ深読み読書会/悪魔が来りて笛を吹く』が再放送されたからである。
横溝正史は『八つ墓村』『犬神家の一族』『本陣殺人事件』など田舎の因習ものという作品を立て続けに発表し、その後で都会の貴族ものである『悪魔が来りて笛を吹く』を書いたのだと番組内で言っていた。
そういうわけで私はこの番組を見て、いわゆるネタバレを受けた状態で読むことにした。それぐらい引力が強い作品だった。
これは結末を言ってしまえば愛した女性と自分が異母兄妹だったことが発覚し、女性が自殺したことがきっかけでその原因となった自分たちの父親を含む一族を殺害した青年が最終的に自殺をする。
近親相姦故によって生まれた子どもたちが、そのことを知らず惹かれ合った自分たちも近親相姦をしてしまったというやるせない悲劇の話だ
番組ではこの作品を深読みし、横溝正史はこの時代にこの作品によって何を言いたかったのか、隠されたメッセージは?という深読みをしていく内容だった。
近親相姦はめずらしいことではない。日本でも繰り返されてきた歴史もある。天皇家でも行われてきたことだ。じゃあ近親相姦が生まれる土壌とは何か?というと家父長制だと言う。家という形、共同体を何がなんでも守るため、そこに外部の血を入れないという排他的な思想が近親相姦の土壌だと有識者たちは語っていた。
それを考えると確かに横溝正史の作品はいわゆる『家』というものにフォーカスした話が多い。
『悪魔が来りて笛を吹く』は舞台は都会で貴族の話だけれど、『八つ墓村』『犬神家の一族』なんかは田舎ものだけど確かに一族や〇〇家の話だ。
そしていずれも悲劇の発端はその家の家長である人間の身勝手な振る舞いである。
そもそもこいつらが何もやらなければ、何も起こらなかった。
そういう話が本当に多いなと気づかされた。
有識者の島田雅彦氏は「日本の小説は家庭小説が多い。家庭とは、家とは暖かく優しい場所ではなく逃れようのない地獄であり、そこで苦しむ人達がいるからこそ家庭小説が多く生まれている」ということを言っていた。
そう考えるとずっと横溝正史は家(家族、家父長制)と戦う小説を書いてきたのかもしれないと思った。
令和の今でも残念ながら家父長制から解放されたとは言いづらい状況だと思う。少なくとも私はそう感じている。
家父長制を倒さねば、戦わねばという志を持った男性作家があの時代にすでにいたのだとすればこれほど心強いことはない。
今回の『悪魔が来りて笛を吹く』で一番好きな台詞を引用してみる。
金田一耕助に調査を依頼したストーリーの起点、この作品のヒロインである椿美禰子(みねこ)のこの台詞だ。
『この家はできるだけはやく処分しましょう。そして、あたしたち、どんなにせまい家でもよいから、明るい、よく陽の当たる場所に住んで、身にしみこんだこの暗いかげを洗いおとしましょうねえ』
戦後没落していく貴族。殺人事件なんてものが起こったあとに残されたその家の当主が若い女性で、その女性にこんな台詞を言わせるのは横溝正史が家と戦ってきたということを踏まえると非常に示唆に富むものだと思う。
まさか横溝正史を家父長制批判をした作家だという視点を得ることになるとは思わなかったけれど彼や彼の作品に対する見方がガラリと変わった。
もっと横溝正史に触れたいと思う。
Posted by ブクログ
面白かった。横溝正史は風景描写が抜群にうまいと思います。本当に読ませられます。登場人物が多く、特に植松と植辰、おこまとおたま辺りで混乱しますが、丁寧に読み進めれば、なんとか理解はできます。
細かい謎がたくさん提出されて、それらがきちんと落ち着くところに落ち着くので、読みおわってとても気持ちがいいです。
「悪魔が来りて笛を吹く」の曲が、犯人を指ししめてしているという、最後のあのオチは美しいです。クイーンの「Xの悲劇」の最後と同じような感覚です。
話の流れとしては、少々強引かなぁと思うところもありました。飯尾のくだりはご都合展開が過ぎるような・・・。あと椿子爵の心情はあまり共感できなかったです。さすがに弱すぎでしょう。
とはいえ、取っ散らかりそうな内容を、しっかりとまとめ切ったその筆力は本当にすごいと感じました。
推理小説は読み終わった後、犯人の言動を再確認するために読み直すことがよくあります。ですが、この小説に関して犯人よりも、被害者たちの言動を確認したくなりました。そういった意味では、ちょっと変わった推理小説ともいえるかもしれませんね。
Posted by ブクログ
途中から家族関係複雑になって家系図書かないと把握しきれなくなったw
しかし細かいところに散りばめられた要素を最後に全部回収していくの見事だったなぁ…
途中で意味深な言葉(ここで〇〇していればよかったのに…)みたいな台詞も、何に関連があるの!?ってわくわくさせられて楽しかった。
突拍子もないような話に思えて、それを納得させられてしまう所も凄いんだろうなぁ。
Posted by ブクログ
東京のお屋敷が舞台だから、おどろおどろしい雰囲気は無いなぁと思っていたら、とんでもなくおぞましく悲しい結末が待っていた。後味の悪さでは他を凌駕しているかも……。
すべて終わった後に、椿元子爵の遺したメッセージの意味が分かったのが切ない。特定の指を使わずに演奏できる曲というのはまったく想像していなかった。正にタイトルの通り、最後にこの曲の謎を解いて死んでいく治雄が哀れだ。
Posted by ブクログ
一番おぞましい話だった。想像とどうか違ってくれ~と思ったら当たってしまい最悪な気分。ていうか過ちを知らなかったならまだしも、現在進行形でやってるところが本当に気持ち悪い。そりゃ椿子爵も病みますわ!
すごい読み進めるの遅かったのは、なんででしょうか。
誰のことも好きになれなかったからかしら。
最後の笛を吹くシーンはぞくりとしました。
すごい……。
Posted by ブクログ
爛れた人間関係の中で殺人事件を起こすことでは右に出る者がいない横溝正史。今作も見事なまでに、いくら創作とはいえ、ここまでケダモノじみた人間ばっかり出てくる世界を終戦直後の日本に置いていいのか?というような状態になっている。この人の小説だけ読んで、戦後の没落、衰亡しつつある華族の生活を読み取ろうとすると、歴史をひどく読み違えてしまうのではないか、と不安になったりもする。
今作は、実際に起きた天銀堂事件という毒殺事件もストーリーに織り込まれているので、余計に「本当に起きた事件なのではないか」という気にさせられてしまう。舞台は70年以上も昔の日本なので、事実と創作が交じり合い、真実を読み切れないという意味で、当時のことが全く分からない2022年の今になって読むのがちょうどいいのかもしれない。
フルートを吹くことぐらいしかできず、戦後の世の中に馴染めない旧華族の子爵の失踪。子爵が失踪前に作曲したフルートの曲が流れるたび、子爵の家の者が次々と殺されていく。殺人は子爵の家に留まらず、遠く関西にまで広がっていく。金田一耕助は殺人を追い、子爵の家族の来歴を追い、姿の見えない殺人犯を追っていく。
今作の登場人物たちはほとんどが子爵の家に限られているのと、かなりの人数が殺されて姿を消していくのがあり、終盤になれば殺人犯を指摘するのはそう難しくない。序盤から中盤にかけ、殺人犯を特定できる「あるヒント」が何度か出てくることもあり、「犯人を探し出す」という推理小説の目的の一つは達成できる読者も多いと思う。
しかし、犯人の生い立ちや子爵家の人々を殺していく動機までを読み切るのは難しいだろう。それぐらい、この作品には横溝正史の尋常ならざる想像力と「エグさ」が満ち溢れている。
最後の幕引きの場面は、いかにも金田一耕助モノらしい犯人の末路が描かれる。というか、横溝正史は「この幕引きの仕方」しか知らないんじゃないか、というぐらい、他の作品と同じような運命を辿っていく。この儚さが、ややマンネリとも言えるが金田一耕助モノの読後感を寂寥としたものにする一つの理由だろう。
Posted by ブクログ
もちろん途中の話がつまらないとか冗長というわけでもないが、ラストで全部持っていかれる感じ
旧華族のドロドロした雰囲気に、さらにドロドロとした人間関係、そして色々なモノを巻き込み多くの人間の人生を狂わせたヤツらに対する報復…
簡単に割り切れるはずもないけど、これは「復讐劇」の話なんだな〜と思う。
Posted by ブクログ
まず、雰囲気がとても良い。
文章も、『本陣殺人事件』を読んだ時は読みにくいと感じだが、今ではとても読みやすく感じる。
密室トリックはあまり驚きはしないが、仏像の入れ替え、秋子が見た悪魔の正体、「a=x,b=xならばa=b」を用いた入れ替わり、などの小さなトリックは面白かった。
そして最終章で今度は別の方向から驚かされた。
あの曲に込められたメッセージ、そしてタイトルの意味...切なさをも感じさせるラストもとても良かった。
一点だけ文句を言うのならば、痣はおそらく遺伝はしないので、偶然だとしてもなぜ"偽"東太郎に父の利彦と同じ痣があったのかは一言説明が欲しいところではあるが、全体として見ればそんな些細なことは気にならない読者を引き込むプロットは素晴らしく、横溝作品の良さを感じられた。