あらすじ
すべてを見とおしてしまう稀代の陰陽師・安倍晴明と、心優しき笛の名手・源博雅が、彼らの元に持ち込まれた平安の都で起こる怪事件を解決する大人気シリーズ。
蔵人・橘盛季に届けられた恋文。やがて姫君のもとに通うようになった男は一族の秘密を覗き見る――「銅酒を飲む女」。
雨で月の見えぬ夜に晴明と博雅が酒を飲んでいると、若き藤原道長が晴明の屋敷を訪ねてやって来た。なんでも今をときめく父の太政大臣、藤原兼家の首から下が突然なくなってしまったという――「首大臣」。
仲睦まじい漁師の兄弟を喰らおうとする者の正体とは――「夜叉婆あ」。
ほか、「桜闇、女の首。」「道満、酒を馳走されて死人と添い寝する語」「めなし」「新山月記」「牛怪」「望月の五位」を含む全9篇を収録。
※本作品は 2017年7月13日まで販売しておりました単行本電子版『陰陽師 酔月ノ巻』の文庫電子版となります。 本編内容は単行本電子版と同じとなります。
和風ファンタジーの題材としてすっかりおなじみの陰陽師。そのブームの火付け役であり、9月に市川染五郎・市川海老蔵らによる歌舞伎座公演も決定したのがこの「陰陽師」シリーズです。
平安時代の天才陰陽師、安倍晴明。その親友で音楽の才能豊かな源博雅。この二人が鬼や生霊など様々なものの怪にまつわる怪異を解き明かしていくこの物語。映画のような派手なアクションはほとんどなく、彼らは問題の怪異の原因となった人の業を探り、ものの怪達を納得させることで怪異を見事に解決していきます。
この物語の大きな魅力は、主人公二人の掛け合いが格別に面白いこと!
厄介事を頼まれ困り果てた博雅が、二人で酒を酌み交わしながら晴明に解決を依頼するのですが、その軽妙なやり取りに、自分も仲のよい友人と庭を眺めながら、美味い肴片手にお酒を舐めたくなる事間違いなし!
美しくも怪しい平安時代の余韻から抜け出せなくなりそうな不思議な物語です。
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Posted by ブクログ
「夜叉婆」がダントツに心に残った。
この巻は比較的蘆屋道満が多め。
ある種パターン化している陰陽師がいまだにある程度受けているのは、キャラクターの書き方の妙だろう。
晴明はある程度パブリックイメージで怪しくひとをくったような怜悧な美青年として書かれ、相方はその反対に陽を求められる。
しかし、博雅の「陽」をとことんまでつきつめ、笛の名手であやかしにも愛される才能の持ちぬしにすることで、晴明に負けない魅力をもたせている。(これを理解しない監督が映画化で大失敗していたが)
この蘆屋道満も今まで何度となく、不気味な敵として扱われてきたが夢枕獏の陰陽師では晴明とよく似た人物として書かれている。
風体や立場は違うが、権力などに興味はなく有り余る力を退屈しのぎに使う。
ひとを外から見ているような言動が多いが、人が嫌いなわけではない。
決定的な違いは博雅がいるかどうかということだけだ。
今回の蘆屋道満主人公の『夜叉婆』はそれがよく出ていたと思う。
昔話の母親が鬼にすり替わっており命を狙われる兄弟もののモチーフだ。
偶然出会った道満はあってもいない彼らの母親を「可愛い」と評する。
愛おしいわが子を死ぬまで見守りたい母親の妄執も、彼にとってはあさましいからこそいじらしく映る。
哀れですらない、最強の呪術師のひとりである彼には「かわゆく」しか思えないのだ。
喰うことで子供を取り込めるわけがないことをよく知っているから、そんなこともわからない愚かしさはたんなるかわゆさに過ぎない。
彼がとった行動も、攻撃的なものではなく、誰も傷つけない優しいやりかただ。
だが、このエピソードを晴明でやると無理が生じる。
かわゆい、と表現するには晴明には人世界への縛りがあるような気がするからだ。
もちろん、その縛りは博雅なのだが。
それがいいわけでも悪いわけでもない。
そして、晴明ではできない陰陽師の表現を賀茂保徳(今回は登場なし)や蘆屋道満で行うことで小説の世界を広げている。
だからタイトルが「晴明」ではなく「陰陽師」なのは偶然の結果なのだろうが上手にはまっていると思う。