小川原正道のレビュー一覧
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色々考えたのだけど、西南戦争は実質的に薩摩出身者の内部分裂が原因だったように思う。本書によれば、鹿児島は知事以下独立の気風が強く、中央の権限が及びにくいエリアとなっていたそうだ。自前で広く軍事教練なども行っていたという。自らの血で作り上げた新政府は自分たちを受け入れなかった。そして、幕府時代の地方分権的な薩摩のかたちを発展していった先に、いよいよ衝突が待っていたという感じに思う。そのような土台の上にあくまで明治六年政変が乗っかっただけという印象。そして暗殺組が真実かどうかは分からないが、他にも政府はちょっかいを出していたことだろう。もしそうだとすれば、やっぱり西郷は意思に反して暴発に巻き込まれたのだ。新政府と薩摩士族の摩擦の中で。
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とてもフェアーである。
何がといえば、この著者のものの見方、書き方がである。立場の異なる極めて広範囲の参考資料を、公平に読み込んでいる。そして、根拠を曖昧にせずにはっきり示しながら丁寧に書いている。著者の立場を防御するためや、研究不足を隠蔽するために根拠を曖昧にしたり明らかにしないところが一切ない。
試しに巻末に紹介されている参考文献の数を数えてみた。ざっと400冊あった。尋常な数ではない。この1点のみをもってしても評価に値する。
このテーマにおける現在時点での最高峰と断言していいと思う。西郷隆盛と西南戦争について、肯定的な立場をとるか否定的な立場をとるかに関わらず、興味を持つ者は全て、これからはこの本から出発すべきとも言ってよい。
西郷は本当に「征韓論」者であったのか否か。というのが私が永年抱えているテーマだ。本書を手にしたのはその謎を解く鍵を求めてであった。
本書の中で著者は、西郷が板垣退助に宛てた書簡を根拠として示しながら、その中に、①いきなり派兵したら戦争になる、②それを避けるため事前に使節を送ってはどうか、③使節には自分(西郷)がなる、④それで自分が殺されでもしたらそれを名目に攻めればよい、と記した事実を紹介している。さらには、⑤この戦争は内乱を求める心を外に向けさせてる深謀遠慮なのだ、と明確に言っている事を記している。
歴史の教科書には「西郷は不平士族の不満を外に向けてそらすため征韓論を唱え、その主張が入れられないと鹿児島に帰り、後に挙兵した。これが西南戦争である」と、いささかステレオタイプに過ぎる記述がなされている。しかし、この決めつけも根拠がないわけではなく西郷自身が自分の言葉で板垣に明言している内容が根拠になっていることがよくわかった。
勿論、元来征韓論者であった板垣に自分の使節としての派遣を支援させる目的で言った言葉であるから、派遣実現後平和裏に事を収める事を最上の理想とし、またそれを実現する自信が西郷にあったのだとまで類推するのは、現時点では私の仮説に過ぎない。
著者はまた、「西郷の真意は征韓論になく、平和的交渉を望んでいたという見解もある」という風に、私などが抱く異論にもキチンと言及してくれている。
定説となっているものの概要。定説の根拠。それに対立する異説異論。これらを公平に紹介する。さらに、論拠とする資料は洗いざらい隠さず明記する。あたりまえのようだが、これがキチンとできている研究者はなかなかない。たいていは著者自身がどちらかに肩入れするか、あるいは自己保身や批判封じのため論拠は一部隠しておくというセコいセンセーがほとんどだ。
著者がなぜこのテーマに取り組むことになったかの経緯は、最後に「あとがき」で明らかになる。
元来は明治期の「宗教行政」という畑違いの分野が専門だった。その研究の中で田中直哉という人物に注目する。鹿児島では西南戦争前まで廃仏毀釈が異様に徹底され、いまでは信じられないことに仏教は禁止されていた。田中はその鹿児島に真言宗を普及させた功労者の1人であったという。そして同時にその田中は、政府側が鹿児島に送り込んだ密偵でもあった。この密偵たちが西郷暗殺を企図したという疑惑が、内戦勃発の直接の契機であったことはいうまでもない。
歴史小説では「東京獅子(あずまじし)」などと蔑称され悪役扱いされる無名の密偵に注目したことから、この一大研究がスタートしたことは興味深い。また、密偵たちが公式に政府に報告した報告書を丹念に読み込むことで、事実をより深く掴んで臨場感を高めていることも本書の魅力のひとつだと思う。
無名の密偵が陰の主役だと言えること。それに注目して膨大な仕事を丁寧に仕上げた著者のフェアーな姿勢。このふたつがなにより嬉しかった一冊である。 -
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小川原正道「西郷従道」(中公新書)
西郷従道については、彼が隆盛の弟であり、元勲の一人であることくらいしか知らなかった。従道は隆盛の引きもあって活躍を始めるが、その後、隆盛が反乱軍の首魁となったことは彼の後半生に影を残した。本書では、その面での苦悩とともに、従道が明治政府の高官として何を目指したのかを描いている。
1862年:寺田屋事件に関わるが幼少ということで謹慎で済んだ。
1868年:鳥羽伏見の戦いで耳の下に創傷。一時危篤となる。
1869年:山県有朋とともに欧州の軍事情勢を視察。山県はプロシア、従道はフランスに滞在。帰国後、山県とともに軍制の基礎を築く。
1873年:征韓論政変で隆盛は下野するが従道は政府にとどまる。彼は国家と天皇への忠誠のためとしている。
1874年:大久保利通が台湾出兵を唱え、従道は都督に任命される。英米が反発したため大久保も慎重論に転じるが、従道はそれを振り切る形で出兵した。戦闘は有利に推移したもののマラリアの蔓延で危機に陥る。大久保と清国の談判成立により撤退。
1876年:フィラデルフィア万博副総裁として渡米。
1877年:西南戦争勃発。陸軍卿代理として政府軍の兵站を担う。兄、隆盛の死に憔悴。翌年、イタリア大使に任じられるが、大久保利通暗殺や竹橋事件もあり、国内にとどまる。その後、農商務卿や海軍大臣などを歴任。
1894年:日清戦争勃発。従道は伊藤内閣で海軍大臣に加え臨時陸軍大臣も併任し、戦争指導にあたる。その後、何度か総理大臣擁立の話があったが受けず。
1902年:胃がんで死去(59歳)
明確な意思を持つ強い指導者ではなかったようだが、近代日本の建設という共通の理念を持つ明治期の指導者間の潤滑油として調整的役割を果たしてきたのだろう。 -
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適当に取った本ではあるが、読みやすく宗教に関する法律の歴史を概観できる良書であった。
当時、神社は宗教とは考えないで法律を作成、通そうとした為宗教界から大きく反対された。
太平洋戦争後は、かつての神社非宗教論によって国民を戦いへ扇動しているとの見方により、神社も宗教とし、また完全なる信教の自由が確立された。
行政に依存しても行けないし、屈しても行けない。
民間の組織を宗教連盟で立ち上げるべきであると筆者は考える。
当時、貴族院で否決されてなかったら当時の仏教はかなり取り締まりを受けていただろうなと思った。
後、否決されても内容を変え、何度も法案を提出されるところに、宗教の力が国によっては邪魔になりうると改めて思った。
宗教の盛衰は、放置させるべし。
廃れていく宗教は、その宗教が悪い。
おそらくこれから新しく保護が厚くなることは無い。
世間の目も厳しい。だからこそ、意識を高く持たなければいけないと感じた。 -
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率直に言うと、『慶應義塾すげー』です。志の強さが芯に入ってる演説集。難しい言葉も若干入ってますが、章末に編者による要約が入っていて読み解けるようになってます。日本語なのに英語を紐解いてるかんじ。
ほぼ三田演説館(当時使われてた慶應の三田にある施設で、今は原則中に入れません)で話された内容が入ってます。私が慶應の通信に通ってた時、たまたま授業で三田演説館の中を見る機会がありました。演者と聴講席が近くステンドグラスを通って入ってくる光が美しい場所。この演説集に載っているような熱意あるスピーチが行われた場面を想像できたのがうれしかったです。
章のはじめは明治時代の初期で、歴史上じゃないリアルな江戸の政治やこりゃ古い制度だよみたいなのが出てくるのがすごく新鮮でした。
まだ半分しか読めてないので続けて読みます。 -
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この本を読んでいる間、文科省が旧統一教会に過料を科す、というニュースが流れていました。その後、教会は裁判で徹底的に争うと記者会見していましたが、いよいよ解散請求も視野に入ってきたようです。非常にタイムリーな読書になりました。っていうか本書が2022年7月8日の安倍晋三元首相暗殺事件とそこから顕在化された政治と統一教会の関係をきっかけにまとめられたものです。また8月の太平洋戦争関係のテレビ番組では靖国神社の存在がクローズアップされたりりして,そういう意味でも考えさせられる本でした。明治以降の日本の政治と宗教の関係はタペストリーになっていること、その一本一本の糸はどうして生まれたのか、知らないことがいっぱいでした。それが戦後リセットされた気になっているとこが様々の問題を起こしているようにも思えます。実は著者が一番訴えたいことは、そういった日本の政教関係史の知見が現在、希薄になっていることなのです。となると、統一教会への解散請求は妥当なのかどうか…気分に流されている自分が怖くなりました。
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昨年の大河ドラマ「西郷どん」を見て、読んでみることにしました。
本書は、西郷隆盛が政府の職を辞し、鹿児島に帰還したあたりから始まります。西郷下野、私学校の創設、士族たちの不満、蹶起、熊本城籠城、田原坂の戦い、転戦、そして終戦、その後の流れや後世の人に与えた影響などが書かれています。
特に戦の流れについてはかなり細かく書かれており、基礎知識がほとんど無い私には少々難しく感じましたが、「西郷どん」で覚えた人名が出て来るので、その辺はドラマのお陰でカバーされました。
幕末の基礎知識はあるけれど、西南戦争についてもっと知りたい方や、幕末から明治あたりの事を勉強している学生さんに良い一冊だと思います。
せっかく読んだので、同じ中公新書から出ている「明治六年政変」や「大久保利通」、「江藤新平」なども読むと周辺の知識が入るのかもしれません。今度これらも読んでみようと思います。 -
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ネタバレ[ 内容 ]
明治維新後、佐賀の乱、神風連の乱、萩の乱などに続く、不平士族による最後の反乱となった西南戦争。
九州全土で八ヵ月間にわたり行われた近代日本最大の内戦である。
それはまた誕生してまもない「日本軍」が経験した最初の本格的戦争でもあった。
本書では、反乱軍の盟主である西郷隆盛の動向を柱に、熊本城篭城戦、田原坂の戦いをはじめ、九州各地での戦闘を丹念に追い、日本最後の内戦の実態と背景を明らかにする。
[ 目次 ]
第1章 反乱への序曲―西郷隆盛の下野
第2章 蹶起
第3章 熊本城篭城戦
第4章 田原坂の戦い
第5章 九州各地での転戦、そして終戦
第6章 西南戦争下の次なる抵抗
終章 西郷伝説と託された理想
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
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☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
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読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
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「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」
はい、福沢諭吉さんです
先日読んだ村田喜代子さんの『ゆうじょこう』の中で、かなーり非道い描かれ方をしていたので、あらためて福沢諭吉について学ぶ
福沢諭吉論というか、福沢諭吉さんの評価って、時代や人によって賛否がかなり分かれているんよね
でもそれって福沢諭吉があまりに有名なので、その人の意見を補強するために、批判したり、称賛したりと利用されてるだけという印象を受けました
またひとつの考え方についても、それぞれの捉え方が当たり前のようにあって、それで賛否あるんよなっていう
しかも、死んだあとに「福沢諭吉は◯◯って言ってるけど□□を否定してないから、ほんとは違うこと考えてたんだ」みたいに言われてることがあって、いやいやいや、「□□に賛成してたから」こうだって言うなら分かるんだけど、それ単に言及してなかっただけじゃね?全部全部は無理よって思うんだが
で、「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」ですよ
実際どうだったの?諭吉さん自身はどうだったのってのが、気になるところなのよね『ゆうじょこう』としては
まぁね、百点満点ではなかったろうけど、概ねそういう人だったの間違いないみたい
大学生にも地位のある人にも接し方が変わらなかったとか、男女平等の先駆けで、実際家庭内の細々としたことは女の仕事、夫に奉仕するのが妻の仕事みたいな時代に自分で色々やってたとかね
でも遊郭の存在はあり!の人(自分は奥さん一筋)だったり、これからの時代は女性にも教育が必要だ!と言ってたけど例外を言ってみたりと、確かにつけ入る隙はたくさんあって、まぁ小説的に分かりやすく遊女たちの怒りをぶつける存在にされちゃったのかな?という思いもなくはない
個人的結論としては、やっぱりちょっと非道い書かれ方かな〜?と思いました