古井由吉のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレ直前に読んだ「杳子・妻隠」からかなり年月を下って、70歳くらいの時に書かれた短編集とのこと。確かに文体はよりずっしりと重く、滔々と流れる文章には経てきた年月にふさわしい品格がある。
ただその分作者個人の思索、思い出が整理されないままに作品にびっしり絡んで混ざり合っていて、もはや不可分になっている印象。頭に浮かんだことがそのまま次々と文章になっていて、誰が、いつそうしていたのか、今主人公はどのあたりの年齢なのか、そういったことが読んでいてかなり分かりにくい。というか、私には分からなかった。私がぼんやり読んでいるせいかと思ったけれど(それもあるだろうけど)、これはやはり意図的に曖昧にして読者を迷い -
Posted by ブクログ
ネタバレ「杳子」は統合失調症の女とそこはかとなくメンヘラ男の恋愛、「妻隠」は現実感のないままに夫婦をやっている男女の話という感じなんだけど、文章がすごい。何気ない風景が一瞬でブレて観念の世界へ入り込んでいく、でも地に足つかないわけではなく、むしろ現実感が気持ち悪いくらいに臭ってくるような不思議な感じ。力のある文章、あこがれるなあ。
作中で杳子の女性性が強調されるのでどうしてもそういう方向を意識してしまうのだけど、この文体、女性っぽい観念の世界を男の人のやり方で歩いている、という印象ですごく不思議。
「健康になるって、どういうこと」
「まわりの人を安心させるっていうことよ」
というところには、思わず笑 -
Posted by ブクログ
人生の最晩年に達した男の回想形式による短編小説6篇。
語り手となる人物は、1937年生まれの古井由吉と同世代に設定されていると思われ、私小説的な一面もあるのかもしれません。
老境に達した人間がどのような心境になるのか、もちろん自分には想像することも難しいのですが、この短編小説集に触れることで、それを疑似体験できたような気がします。
「達観」や「郷愁」といったイメージとはずいぶん違って、案外惑っており、情念的でもあるな、という印象。
回想といっても、時制は単純ではなく、青年時代の出来事を思い出している中年時代の自分を、今、回想しているといった多重階層形式になっていたりします。
言葉づかいは高 -
Posted by ブクログ
巻末に収められた大江健三郎との対談では、「私の作品は全然難しいことないのに」と笑いながら語っているが、やっぱり難しい。
氏の作品は用いられている言葉自体はどれも一般的なものばかりであるにも関わらず、文章になった瞬間に、1つ1つの文章が重層的になり、単一的な読み方を許さない解釈の幅がある、そんな点にあるように感じる。
そして物語られる世界は、極めて日常的な生活における情景であるが、たとえそれが我々が当たり前だと思っている世界だとしても、物語られる文体というフィルターをかけることによって、全く別の様相を呈してくる。日常の中に潜む幻想性ともいうべき世界を、直接的な題材ではなく、文体により描ききる技 -
Posted by ブクログ
ネタバレあー……しんどかった……。
こんなん中年じゃなきゃわからないでしょ!
なんでそんなに物忘れ激しいのかとか、なんで関係を結ぶのをそんなにもかたくなに避けるのかとか……
中年の危機をしらない若者からしたらファンタジーですよ。読むのが15年早かった。
過去に夜這いのようなかたちで誰かに抱かれたという園子、
よく男に付け回され怯える伊子、
そして自宅マンションの真上で殺人が起こったバーのママさん、
ある日を境に女たちが杉尾を中心として…近づいてくるわけでなし、かといって遠のくわけでもなく、ある一定の距離を保ちながら少しずつ…すがっているようにも見え、誘惑するようにも見え。
女たちはそれぞれに恐怖と -
Posted by ブクログ
自分の感性では少し難しかったような気がした。
社会の中での自分の対比というのは、それは物凄く辛いことで文学的命題ではあるのだけども、少し生活に密着しているような気がして、それを自選して編集した妙なバランスの悪さを感じた。
多分社会経験が足らないせいもあるのだろうけど。
ただ田舎から東京に戻ってラッシュに違和感を感じる、なんて全く面白いとも思わなかった。
そんなの思い付いても誰も書かないだろうと。
あと会社で意図的に発狂した話も。
興味深く読めたのは『椋鳥』。
まあ竿姉妹の話なのだけど、こういうドロッとした女の情念が好きだ(あまり関わりたくはないが)。
きっと40代後半からこの短