井上靖のレビュー一覧
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平信範、建春門院中納言、吉田経房、九条兼実の四人の人物の目から見られた、後白河法王の人物をえがいた歴史小説です。
平清盛をさんざんにてこずらせるほどの政治力を発揮し、今様に熱中して『梁塵秘抄』をものした文化人でもある後白河法王ですが、本作は四つの視点から後白河法王の姿が語られているとはいえ、彼のさまざまな側面を順に映していくのではなく、あくまでその人間像に注目しているようです。その点では、著者の人間中心的な歴史小説の特色が強く出ているように思うのですが、同時代人の視点を借りることで、大岡昇平が提起した「借景小説」という批判を寄せつけないところに、本作の構成の上手さがあるといえるのではないかと感じました。
わたくし自身はこの時代についての十分な背景的知識をもちあわせていないため、本作の魅力をじゅうぶんにあじわうことはできなかったのですが、それでも理解できる範囲でおもしろく読みました。 -
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遣唐使の一員として唐に渡り、鑑真の招聘を実現することに努力した普照という留学僧の視点でえがかれた歴史小説です。
普照は当初、みずからの学問のことにのみ関心を向けており、高僧を日本へ招聘するという計画には、それほど熱心ではない若者として設定されています。そんな彼の冷静な視点から、ことばには出さずとも、日本へわたる決意にほんのすこしの揺るぎもみせない鑑真をはじめ、鑑真の招聘にひときわ熱心な栄叡、唐の国土を歩いて真実の仏教を求める戒融、学問への志を捨てて唐の女性と結婚した玄朗、そして、みずからの才能に見切りをつけ、今は経典を日本に送りとどけることだけに情熱を傾ける業行など、他の登場人物たちの生き方が生き生きとえがかれています。また、彼らとの交流を通して、また長い年月を経ることで、やがて狷介な若者としてえがかれていた普照自身の態度にも、しだいに変化が現われていきます。
物語の語り口は抑制が効いていますが、鑑真渡来という歴史的事実そのものに十分なロマン性があるためか、おもしろく読むことができました。 -
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孔子の死から30年後に、魯都の「孔子研究会」の人びとが、門弟の一人だった蔫薑という人物のもとを訪れ、孔子やその高弟の子路、子肯、顔回らの人となりを尋ねる話です。
著者の歴史小説に対しては、大岡昇平が「借景小説」だという批判をおこなっており、本作に対しても呉智英が同様の観点からの批判をおこなっています。それらの批判は要するに、著者の歴史小説に登場する人物は近代的な人間像だというものなのですが、確かにそうした印象はあります。
たとえば、本書の最後に蔫薑が故郷の蔡の国を訪れたときのことを語っているのですが、国の興亡という大きな運命に翻弄される人間の尊重を謳い上げるところなどは、近代的な人間賛歌としか言いようがなく、孔子の実像からかけ離れているという批判者たちの意見に賛同したくなります。 -
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ネタバレ孔子のありがたいお言葉の意味を知るための本。伝記ではない。弟子達の孔子研究の様子を描いた不思議な本。
孔子の伝記小説で、孔子の苦しむ姿が描かれているのかと思って読み始めたが、全然違った。
孔子の『論語』は孔子の死後すぐにできたわけではなく、死後300年後くらいに孔子門下生によってまとめられた。それってすごいことだよな。
その様子を描くっていうのは、読み終わってすごいことだと思いました。(小並感)
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p70 仁
人が二人出会ったら、その二人がどんな間柄だろうと関係なく、お互いが守らなければいけない規約のようなものが発生する。それが仁である。思いやりのようなもの。だから、人偏に二という漢字なのである。
p116 近者説、遠者来
ちかきものがよろこび、とおきものがきたる。
孔子が述べた政治の理想形。近くにいるものが喜びなつくような政治をすれば、その噂を聞きつけて、自然と人々は集まってくる。大きいことを考えるよりも、地道にコツコツと始めることで、人望というのは集まるという格言だ。
p167 逝くものは斯くの如きか、昼夜を舎かず
孔子が豊富な水を湛えた大河を眺めて言った言葉。川の流れと人生を対照した、大局観を意味する格言。
一人一人の一生は何の意味があるのか、ちっぽけな人間の命が何になるのか、人はそれに迷い、戸惑う。
しかし、水の流れのように、どんな支流もやがて大きな流れに合流し、大海にたどり着く。人間の営みも結局一つの人類の歴史に収斂されていくのだから、何も迷うことなく、流れのままに生きていくことが大事なのであるということか。
澱まない人生を生きたいものだ。
p202 天命論
天命とは何か。天から命じられた使命なのか。そうではない。天は別に一人一人に命を下さない。
自分の信じることを成せばいい。自分の正義を仕事にすれば、天は見ていてくれる。そして、結果として天命を下してくれる。
天命を信じて人事を成す。ではなく、人事を尽くして天命を待つ。という考え方。
p221 天命を知る
孔子の言った自分自身の「天命を知る」は、複雑。
50歳くらいで、世の乱れを正すために、国王に政治教育をすべきだと、一念発起したのが天からの使命を受けたのだと解釈するのという考え。
また、結局その孔子の野望は失敗ばかりであって、どんな正義を持って活動していても、天は直接助けてくれるもんではないと悟ったという考え。
50くらいにならないと、本当の正義は見えてこず、天の使命を理解することができない。その使命を実行に移すにあたっても、天は何もしてくれない。それでも人はその正義を最後まで信じなくてはならない。これらすべてをひっくるめて、天命を知るということなのかな。
p273 顔回の死
顔回の死に際して、孔子は「天は予を喪ぼせり」と言った。自分の後継者を失った悲しみというよりも、これから世の乱れを正していく存在になる大事な人材を失った世界への憐みの感情だったのかもしれない。
顔回は孔子の弟子であり、その思想を受け継いだ孔子の分身でもある。それで我を滅ぼすという言葉になったのだろう。
p457 天は予を喪ぼせり
そういえばイエスも死に際して神への不信を叫んだ。「神よ、なぜ我を見捨てたもうた」
孔子もイエスも同じく、天に見放されている。この、神への不信というのは、人類の教師になる人の共通のキーワードになるんだろう。
p312 子不語、怪力乱神
孔子は、怪(怨霊や迷信など)に心奪われず、力(暴力)に頼らず、乱(背徳や不倫)を退け、神(精霊や死霊)を軽んじず、これらのことを無暗に語ることはなかった。
人としての道徳を説く格言。
p342 仁と信
仁は思いやり。人間が二人以上集まった時の規約
信は誠実さ。人が口にすることは、真実でなければならない。嘘偽りのない言葉を重ねることで、信用は生まれる。だから、人偏に言という漢字なのである。
p347 仁
「ただ仁者のみ能く人を好み、能く人を悪む」
仁が備わっていないと、良い人と悪い人の区別ができない。だから、人の好き嫌いには仁が必要なのである。正しい好き嫌いができているか、それが仁の尺度である。
これ、いい言葉だな。世の中には、人の好き嫌いが激しい人がいる。しかし、それが仁に通じていない人もたくさんいる。好き嫌いが多い人ほど、仁を弁えていないとな。
p352 大小の仁
人の種類によって、なすべき仁は異なる。
一般の庶民は、他人を思いやる気持ちの小さな仁さえ備わっていれば良い。それだけでいい。
王侯貴族のような政治家は、大衆を導くものとして大きな仁を備えなければならない。
「子曰く、志士、仁人は、生を求めて、以て仁を害することなし。身を殺して、以て仁を成すことなり。」
人々を導くものは、自分の命をなげうってでも仁を貫かなくてはいけない。大きい仁とはそういうものである。
p397 子曰くの天命
孔子の言いたかった天命とは何か。天命とは超然とした正義である。
どんな乱世でも、人は正しく生きなければならない。それが天命である。しかし、正しく生きたからって、それが必ず報われるわけではない。逆に、報われるのも、正しく生きたことへの恩賞ではない。
天は人の世に手出しはしない。いや、できない。しかし、我々矮小な人間は天命に従がって正しく生きようとしなくてはならない。
何もしないのに、人を縛れる、そんな超然とできるからこそ、天の偉大さなのである。
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孔子という中国の精神的支柱についてすこしわかった。
孔子の偉大さは、死んで金を残さず、仕事を残さず、人を残したところに現れる。
流れるように生きたい。澱むことなく、天命に従がい超然と生きていきたい。そう思った。 -
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ネタバレチンギス・カンは自分は正当なモンゴルの血を継いでいるのだろうかと、不確かな自分の出生に悩む。
モンゴル族の創生神話による蒼き狼と白い牝鹿の血を受け継ぐ蒼き狼たるべく、彼はひたすら敵を求め侵略征服を続け、歴史上最大の大帝国の礎を築く。
自分とは何者かと自問自答し、自分というものを自分の力で作り上げていくチンギス・カン。。。自分も自分というものをもっと積極的に作り上げる努力をしなくてはいけないなあ、、、。
流されない、切り開く力。(最近めっきりそういうのから遠のいてます)
モンゴルを平定して他国に出て行きますが、それにしても機動力がすさまじい。
モンゴルの馬って、モンゴル人のバイタリティって本当にすごいとしかいいようがない。
ユーラシア大陸駆け巡り。。。私はまだほんの数カ国しか外国は行ったことないのに、、、。 -
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今、乱世であると思う…いや乱世でない世があったろうか?
…と思いを馳せたとき、古典・経典の読み継がれる意味が、
ことさら感じられ手にした一冊だった。
まさに「論語」成立の過程を臨場感あふれる筆致で描くような小説。
いつの世も、人は悩み、惑い、糧となる指針を欲するものだろう。
終盤、本書では、こう語る…
ー人が自分の力で、世の中を動かしたとか、動かそうなどと考えるのは、とんでもないことで、大きい天命の動きの下で、それを応援させて貰ったり、それに逆らって、闘わせて貰ったりする。ただ、それだけの話であります。
それは、諦念だろうか? 違うと思う。
どんな世にあろうと、人は、希望を持つものと思う。
終盤…こんな言葉が置かれていた…
ー子は人間というものの将来を、いつも明るく、ごらんになっておられました。人間というものは、自分たちの種族を絶滅させるほど、それほど愚かではない。 -
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四部構成で、四人の人物が一人ずつそれぞれに、
院や院の身の回りでおきた事柄を回想して語る形式の小説。
語るのは、平信範、建春門院中納言、吉田経房、九条兼実の四人。
一部(平信範)と二部(建春門院中納言)は、
場面の設定や身分の関係か、
ものすごく丁寧な言い回しになっているので、
まどろっこしくて、読みにくくて、ちょっと飽きつつ読んだ。
三部(吉田経房)、四部(九条兼実)になると、
面白くなってきたものの、
この時代に起きたことをそもそもよく知らなかったこともあって、
この本の面白さを充分に噛みしめることができなかったと思う。
この本は歴史の流れを説明してくれる丁寧さはなくて、
歴史を知っている前提で楽しむ本だと思う。
ちょっと読むのが早かった。