井上靖のレビュー一覧

  • 猟銃・闘牛

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    表紙から売りという意味では、双方芥川賞候補になった「猟銃」VS「闘牛」という並びに味があるのだろうか。「闘牛」で芥川賞を受賞した時、選考委員の意見も多少別れたという。もう一篇、「比良のシャクナゲ」という作品もあるが、これは例外的で、ある意味無難な評価、皆似たような感想を持つと思う。
    「猟銃」は、主人公である語り手(もっと正しい呼び方があるのかもしれない)が、一つの詩を書いたことから始まる。手紙を用い、それぞれの視点を、文章として、そのままに表すというのは、面白い書き方だと思う。そして、物語が、文章が、純粋に面白い。だが、三人目の手紙というのは、蛇足だったように思う。
    「闘牛」は今のビジネス小説(あからさまな悪役を立てることによって対決させることや内輪揉めによる問題の発生など)とはまた異なったアプローチをして、これもまた面白い。ある男から商談を持ちかけられ、その企画を立ち上げるところから始まる、博打。仕事は蛮勇でなければならない、という根本的なものを思わせる。その結果を、主人公の心象や情景に溶かす描写は美しい。
    技術的には、やはり「闘牛」の方が上に感じられるが、個人的には物語としても「猟銃」が好みだ。
    「比良のシャクナゲ」は、老人の研究者を主人公に、残りの人生を研究に費やし、歴史に名前を残すことのみを目的に生き、過去から蔑ろにしてきた家族をより一層に省みずの姿は、それまでにあった過去の出来事を回想し、その事に偏屈者なりの文句が独白に込まれる構造は、亭主関白というものへの尊重と誹謗を意味しているのかと思いつつ、シャクナゲという花について調べる。

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    2016年02月01日
  • 蒼き狼

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    地図が付いていたので地理的な把握がしやすかった。
    広大な領土を征するに相応しく、戦いに次ぐ戦いの人生が読みやすく、それでいてドラマチックに展開されている。

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    2015年12月20日
  • 北の海(下)

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    文豪、井上靖が書いた自伝的小説三部作の最終章にあたる長編小説。実際に読んだのは単行本版。

    おそらく、日本の純文学史上最古のスポ根小説。本作を一言で言うなら、まずこれ。

    親元から遠く離れた地で暮らす主人公、洪作は、なんとか中学を卒業するも高校には受からず、浪人としての日々を柔道に費やして過ごしている。ある日、中学の道場に柔道の強豪高校からの選手が練習にやってくる。洪作は彼が実践する『練習がものを言う寝技のみの柔道』や、彼の所属する高校柔道部のことを見聞きするうちにその魅力に憑かれはじめ、あこがれを確かめるためにその柔道部の夏季練習に参加する。って感じのお話。
    登場する高校は四高といって、金沢の高校(現在の金沢大学だったかな)なんだけど、現実でもクッソ強かった柔道部を擁立していたらしく、この小説は今でも柔道好きたちのバイブル的小説なんだとか。それもそのはず、ストイシズムに骨の髄まで浸かって、頭空っぽにして受け身を取りまくれ、なんつー時代錯誤な標榜を徹頭徹尾根底に敷いてある小説だもの。四高柔道部の連中は気のいい仲間である節はあるけれど、みなどこか一匹狼な風格を漂わせている。人との関わりにうつつを抜かしていたら、強くはなれないんだろうね。爽やかさ、というには暑苦しすぎるが、荒涼とした距離感に気持ちよさを感じる。

    あと、随所に「とんぼ」って表現が出てくるんだけど、それをおっかけると面白い。自分勝手だけど憎めないところがある主人公の魅力が、この言葉に集約されている。

    脇目も振らず何かに打ちこむことのかけがえのなさ、これだよ、この小説は。

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    2015年09月29日
  • 楼蘭

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    楼蘭は、移動するロブ湖をめぐる話。叙述詩を読んでるみたい。小磐梯は噴火の前の静けさが物凄く不気味に描かれている。今の時期だから余計にこわく思えるのかもしれない。

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    2015年07月03日
  • 楼蘭

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    中国歴史だけかと思いきや、日本、インドの歴史や童話小説をモチーフにした話もちらほら。
    表題桜蘭は50ページ前後の短い話だが、南インドにまつわる虎の話はちょっとした小話にも最適かと。
    何人かにこの話をしてあげると喜ばれる。
    オチが予想外で。

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    2015年07月15日
  • 孔子

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    まだ論語が出来る前に、ただひとりのこうしの弟子の生き残りとして、こうしとの思い出、言葉などを語るといった、ちょっといままでにはなかったかもしれない作品。
    そして井上靖、最後の小説。80代に書いたという。
    読んでいてダライラマの説法とはこんな感じなのかなと想像。ひとつの事柄について師が語り、周りが質問していく。天命とは、仁とは。

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    2015年07月15日
  • 夏草冬濤(下)

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    なんともまどろっこしい洪作である。今の学生ならLDと認定されるところだが、おおらかな時代であったことよ。

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    2018年10月14日
  • 後白河院

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    2015年、始まりの一冊。

    新年という時だからか、昨年もこの辺りで『平家物語』に触れた気がする。
    様々な人からの交信がある時節、だからこそ自分が今立っている場所を振り返りたくなったり、ふと流れに立ち止まることがあるのだった。

    後白河院を見つめるは四人。平信範、建春門院中納言、吉田経房、九条兼実。章ごとに変化する語り手と視点が面白い構成になっている。
    が、四人に共通して食えぬ施政者、後白河院の存在が非常に大きく、そして不敵過ぎる。

    保元、平治の乱から平家の隆盛と義仲、義経の行く末までを見つめてきた後白河院の胸中とは如何なるものか。
    騒然とした世の中で、ただ生きたことそのものの凄味を感じる。

    また、兼実の章で、兼実が「ふと日夜日録の筆を執っている己が所行に言い知れぬ虚しさを覚えたのであった」と語る。
    その、ふとした虚しさに共感を覚えた。
    なんのために、だれのために。立ち止まり、歩めなくなるような刹那。

    一つの時代に想いを馳せるには、とても良い一冊だった。

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    2015年01月04日
  • 蒼き狼

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    極東からヨーロッパまで、13世紀に世界中に多大な影響を与えたモンゴル帝国のことを知りたくて読んでみた。
    鐙など乗馬技術や騎射、袖を通す洋服などなど、我々がヨーロッパ文化とイメージするものの中にはモンゴル起源がたくさんある。

    この本ではそういった文化論はもちろんなく、あくまでチンギス・ハーンの一生を追ったものだが・・・

    モンゴル帝国、残虐すぎる・・・逆らうものは皆殺し。投降しても皆殺し。

    自分の子供は取り上げるわ、鬼のように自分を律するわ、チンギス・ハーンの一生は幸せだったんだろうか。

    他にもチンギス・ハーン物を読んでみようと思っていたが、ちょっとコレ以上は興味でないな。

    この本は大変面白かった。さすが文豪。というしかない。

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    2014年10月16日
  • 蒼き狼

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    モンゴルへの旅に携帯。

    以前違う人のチンギスハンの伝記を読んだが、さすがは井上靖。
    段違いに面白かった。

    残すは桜蘭である。

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    2015年07月15日
  • 蒼き狼

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    世界史に果たした役割に対してチンギスハンの史料は極端に少ない。まともな史料は「元朝秘史」と「集史」くらいだろう。そのなかで、これだけチンギスハンの人物像に迫ったことは感嘆に値する。特に忽蘭とジョチに焦点を当てたことが独自色を与えているところであろう。文章表現も素晴らしい。「蒼き狼」の呼称は良質な本書で広まったものである。

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    2014年09月23日
  • 猟銃・闘牛

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    『猟銃』の印象は割と薄かったのだが、『闘牛』はさすがの読後感だった。史実をもとにして淡々と進んでいくストーリーの中に、主人公津上と愛人さき子との先の見えぬ不安感を織り交ぜている。前者は物語を円滑に進める働きを持ち、後者は要所で物語に絡んで、ドラマチックな結末を生む大きな要素となっている。
    闘牛の結果と二人の関係の終わりを重ねた最後の段落、特に最後の一文は凄まじい。

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    2014年09月12日
  • 北の海(下)

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    下巻も四高に入学するところまで行かずに、というか受験勉強すら最後の数ページ迄しないまま終わる。四高のシーンは夏合宿に参加するだけ、と。
    柔道をするためだけに大学に入る。しかも、全国大会とかではなく、関係者以外誰も知らない七帝。アホの極みというか、なんというか。
    宇田先生といい、食堂のお内儀さんといい、主人公の世話に巻き込まれる群像がいい味出し過ぎていて、何とも言えない名作です。

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    2014年08月19日
  • 北の海(上)

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    七帝柔道記が面白かったので高専柔道の古典も読んでみる。戦前の茫洋とした姿が面白い。上巻は四高に入るまでの前段階。

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    2014年08月24日
  • 本覚坊遺文

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    本覚坊を通じて、利休の切腹の真実に迫る作品。最後の最後まで茶人であり、死をもって侘び茶を大成させたその精神を描いている。

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    2014年07月19日
  • 額田女王

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    古代の英雄天智、天武天皇に愛された、万葉随一の才媛額田女王。大化改新後の朝鮮半島出兵、蝦夷征伐、壬申の乱が舞台。本作品の特徴は激動の時代を、万葉集に綴られている有馬皇子、斉明天皇、中大兄皇子、大海人皇子そして額田大王の和歌を通じて、移ろいやすい感情とともに紐解く事。また、和歌を効果的に活用し独自の視点で解釈を加える事で、物語に彩を与える。

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    2014年07月19日
  • 額田女王

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    ネタバレ

    比較的読みやすい歴史小説。資料も限られる中、飛鳥王朝の様子が脳内で想像しやすく描かれていて、井上さんの文才に改めて感服しました。一般的な額田王&大海人というカップリングに決めつけていないところも印象的。

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    2014年05月16日
  • わが母の記

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    井上靖の一作。母の晩年を書いた作品。惚けてしまった母の描写がやはり秀逸。自分の将来を考えてしまう。惚けると理性をなくし、感覚の世界に生きるのか。

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    2014年05月11日
  • 猟銃・闘牛

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    友人に勧められて読んだ…久しぶりに小説らしい小説を読んだ気がした…翻って考えれば、純文学という領域が普遍性を鑑みない狭所に閉塞している現状もあるのだろう…面白かった。惹き込まれ一気に読まされた。

    昭和24年第22回芥川賞受賞作「闘牛」を含む、著者初期作品による短編集…他「猟銃」「比良のシャクナゲ」所収。後に歴史物で名をなした著者であるが、ここに掲載されているのは、すべて現代物…登場人物の造形がしっかりされていて破綻がない。誰にも心情移入することができた。

    たとえば「猟銃」では、不倫関係にある恋を、妻・愛人・愛人の娘の日記によって構成している…愛人は臨終の際にこのように記していたのだ…

    ―女が人生の終りで、静かに横たわって死の壁の方に顔を向ける時、愛された幸福を満喫した女と、幸せ少なかったが、私は愛したと言い切れる女と、果たして神はどちらに静かな休息を与えられるでしょうか。しかし一体この世に、神の前で私は愛しましたと言い切れる女があるもので御座いましょうか。いいえ、やはりあるに違いありません。

    奇を衒わぬ書きぶりゆえに、激しく心動かされる文章…だと思う。芥川賞受賞作…とは云え、当時の作品は文庫からはずされているものが多い…本作は、長く読み継がれるものであろうと…ひしと感じられた。

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    2014年02月26日
  • わが母の記

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    全編にわたり、母への強い思慕を感じさせる本だった。
    いつまでも元気だと思っていた親がだんだんと老いてゆく。老いてゆくだけではなくて、だんだんと壊れてゆく。壊れていって、そのうち、家族のことを忘れてゆく。
    認知症で次第に記憶や社会性を失っていく母の姿を、時に冷静に厳しく綴っているが、その筆致は冷酷でも残酷でもなく、親が子を戒めるような愛情あるものとなっている。
    次第に我を失っていく親の姿は同時に、次第に親を失っていく子どもの切なさと悲しみを投影していて、心を打つ。
    ひっそりと、しんみりと、気がつくと父母を想う気持ちになっていた。

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    2014年02月04日