井上靖のレビュー一覧
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表紙から売りという意味では、双方芥川賞候補になった「猟銃」VS「闘牛」という並びに味があるのだろうか。「闘牛」で芥川賞を受賞した時、選考委員の意見も多少別れたという。もう一篇、「比良のシャクナゲ」という作品もあるが、これは例外的で、ある意味無難な評価、皆似たような感想を持つと思う。
「猟銃」は、主人公である語り手(もっと正しい呼び方があるのかもしれない)が、一つの詩を書いたことから始まる。手紙を用い、それぞれの視点を、文章として、そのままに表すというのは、面白い書き方だと思う。そして、物語が、文章が、純粋に面白い。だが、三人目の手紙というのは、蛇足だったように思う。
「闘牛」は今のビジネス小説(あからさまな悪役を立てることによって対決させることや内輪揉めによる問題の発生など)とはまた異なったアプローチをして、これもまた面白い。ある男から商談を持ちかけられ、その企画を立ち上げるところから始まる、博打。仕事は蛮勇でなければならない、という根本的なものを思わせる。その結果を、主人公の心象や情景に溶かす描写は美しい。
技術的には、やはり「闘牛」の方が上に感じられるが、個人的には物語としても「猟銃」が好みだ。
「比良のシャクナゲ」は、老人の研究者を主人公に、残りの人生を研究に費やし、歴史に名前を残すことのみを目的に生き、過去から蔑ろにしてきた家族をより一層に省みずの姿は、それまでにあった過去の出来事を回想し、その事に偏屈者なりの文句が独白に込まれる構造は、亭主関白というものへの尊重と誹謗を意味しているのかと思いつつ、シャクナゲという花について調べる。 -
Posted by ブクログ
文豪、井上靖が書いた自伝的小説三部作の最終章にあたる長編小説。実際に読んだのは単行本版。
おそらく、日本の純文学史上最古のスポ根小説。本作を一言で言うなら、まずこれ。
親元から遠く離れた地で暮らす主人公、洪作は、なんとか中学を卒業するも高校には受からず、浪人としての日々を柔道に費やして過ごしている。ある日、中学の道場に柔道の強豪高校からの選手が練習にやってくる。洪作は彼が実践する『練習がものを言う寝技のみの柔道』や、彼の所属する高校柔道部のことを見聞きするうちにその魅力に憑かれはじめ、あこがれを確かめるためにその柔道部の夏季練習に参加する。って感じのお話。
登場する高校は四高といって、金沢の高校(現在の金沢大学だったかな)なんだけど、現実でもクッソ強かった柔道部を擁立していたらしく、この小説は今でも柔道好きたちのバイブル的小説なんだとか。それもそのはず、ストイシズムに骨の髄まで浸かって、頭空っぽにして受け身を取りまくれ、なんつー時代錯誤な標榜を徹頭徹尾根底に敷いてある小説だもの。四高柔道部の連中は気のいい仲間である節はあるけれど、みなどこか一匹狼な風格を漂わせている。人との関わりにうつつを抜かしていたら、強くはなれないんだろうね。爽やかさ、というには暑苦しすぎるが、荒涼とした距離感に気持ちよさを感じる。
あと、随所に「とんぼ」って表現が出てくるんだけど、それをおっかけると面白い。自分勝手だけど憎めないところがある主人公の魅力が、この言葉に集約されている。
脇目も振らず何かに打ちこむことのかけがえのなさ、これだよ、この小説は。 -
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2015年、始まりの一冊。
新年という時だからか、昨年もこの辺りで『平家物語』に触れた気がする。
様々な人からの交信がある時節、だからこそ自分が今立っている場所を振り返りたくなったり、ふと流れに立ち止まることがあるのだった。
後白河院を見つめるは四人。平信範、建春門院中納言、吉田経房、九条兼実。章ごとに変化する語り手と視点が面白い構成になっている。
が、四人に共通して食えぬ施政者、後白河院の存在が非常に大きく、そして不敵過ぎる。
保元、平治の乱から平家の隆盛と義仲、義経の行く末までを見つめてきた後白河院の胸中とは如何なるものか。
騒然とした世の中で、ただ生きたことそのものの凄味を感じる。
また、兼実の章で、兼実が「ふと日夜日録の筆を執っている己が所行に言い知れぬ虚しさを覚えたのであった」と語る。
その、ふとした虚しさに共感を覚えた。
なんのために、だれのために。立ち止まり、歩めなくなるような刹那。
一つの時代に想いを馳せるには、とても良い一冊だった。 -
Posted by ブクログ
極東からヨーロッパまで、13世紀に世界中に多大な影響を与えたモンゴル帝国のことを知りたくて読んでみた。
鐙など乗馬技術や騎射、袖を通す洋服などなど、我々がヨーロッパ文化とイメージするものの中にはモンゴル起源がたくさんある。
この本ではそういった文化論はもちろんなく、あくまでチンギス・ハーンの一生を追ったものだが・・・
モンゴル帝国、残虐すぎる・・・逆らうものは皆殺し。投降しても皆殺し。
自分の子供は取り上げるわ、鬼のように自分を律するわ、チンギス・ハーンの一生は幸せだったんだろうか。
他にもチンギス・ハーン物を読んでみようと思っていたが、ちょっとコレ以上は興味でないな。
この本は大変面白かった。さすが文豪。というしかない。 -
Posted by ブクログ
友人に勧められて読んだ…久しぶりに小説らしい小説を読んだ気がした…翻って考えれば、純文学という領域が普遍性を鑑みない狭所に閉塞している現状もあるのだろう…面白かった。惹き込まれ一気に読まされた。
昭和24年第22回芥川賞受賞作「闘牛」を含む、著者初期作品による短編集…他「猟銃」「比良のシャクナゲ」所収。後に歴史物で名をなした著者であるが、ここに掲載されているのは、すべて現代物…登場人物の造形がしっかりされていて破綻がない。誰にも心情移入することができた。
たとえば「猟銃」では、不倫関係にある恋を、妻・愛人・愛人の娘の日記によって構成している…愛人は臨終の際にこのように記していたのだ…
―女が人生の終りで、静かに横たわって死の壁の方に顔を向ける時、愛された幸福を満喫した女と、幸せ少なかったが、私は愛したと言い切れる女と、果たして神はどちらに静かな休息を与えられるでしょうか。しかし一体この世に、神の前で私は愛しましたと言い切れる女があるもので御座いましょうか。いいえ、やはりあるに違いありません。
奇を衒わぬ書きぶりゆえに、激しく心動かされる文章…だと思う。芥川賞受賞作…とは云え、当時の作品は文庫からはずされているものが多い…本作は、長く読み継がれるものであろうと…ひしと感じられた。