群ようこのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
人の一生を描いた物語は、放物線グラフを描いている気がする。
上向きの時期があり、短い頂点を迎え、下降線をたどる。
自分が下降線をたどっている事に気づかない、あるいは認められない人間の感情が、「切ない」「気の毒」「往生際が悪い」「みっともない」と感じさせるドラマになる。
ハルエの生涯もそうだ。
昭和ひとケタ生まれの女の一生。
たくさんの兄弟の中で、与えられた役割を果たす。
弟や妹の面倒を見て、一生懸命働いて家計も助ける。
やがて縁あって嫁いで行けば、自己主張する事も許されず、理不尽だと思う事があっても、夫に尽くさなければならない。
読みながら、同情する。
頑張れ、頑張れ、と応援する。
そうだ、そんな男とは離婚してやれ、あんたの頑張りがあれば一人で生きていける。
この辺りまでが、上向きグラフである。
グラフはやがて急降下を始める。
頑張って稼ぎ、少ない生活費でやりくりしてきた反動なのか、ハルエは驚くべき浪費家に転じるのである。
しかも、その支払いは自分の稼ぎではない。
娘が打ち出の小づちであると勘違いしている彼女は、どんなに叱られても、理を持って諭されても、「欲しい」という欲求を抑えられない。
抑えようという気持ちもさらさら起きない。
応援しながら読んできた気持ちは憎しみにさえ変わる。
読み手の同情は、ハルエではなく、娘のアカネに向かうようになる。
やがて、彼女は老いて、病も得、周りは彼女に『常識』を要求する事も諦める。
壊れて大きな音を出し続けるスピーカーのようだ。
これも、多くの部分実話だと思うと、本当に驚くべきことだ。
家族の関係、母というもの、母と娘、老いというもの…考えさせられる。
やるせない。 -
Posted by ブクログ
今年になってから、平積みで売っているのを見たので新しいのかと思ったら、何度も再販されているものでした。
料理上手な人のブログが本になったりする一方で、料理の失敗は他人事と思えない人もやはり多いらしい。
もちろん自分も。
だいたい、プロとアマの違いの一番の大きさは、プロは常に変わらぬレベルと味をお客さんに提供できる事じゃないだろうか?
“常に変わらぬ味”ここ大事。
素人はそうではない気がする。
長年主婦をしていても、「この大根、煮込んでもちっともやわらかくならない!」「カレーに男爵入れたら全部溶けちゃった!」「かぼちゃの煮物、鍋の蓋取ったら皮しか残っていない!」
私のあるある。
この本には親近感と、「私でもここまでやらない」という安心感が持てます、スミマセン。
でも、料理が多少下手でも、こんなに面白いエッセイが書けるんだから良いじゃないの。
目次のタイトルも一つ一つ面白いし、手順が詳しく書かれているので、作者といっしょに料理を作っている気分になる。
最後が残念だと、「ああ、もうちょっとだったのにね」と不思議となぐさめたくなるのは、著者の人柄でしょうか。
後書きが良かった。
幸せな境地にたどり着いたんですね!という感じ。
それも、数々の失敗と経験のたまものなんじゃないでしょうか。 -
Posted by ブクログ
さりげない日常を綴った群ようこさんのエッセイ。
めずらしく解説を先に読んでしまったのですが、なんとも的を得ていて、心のこもった文章。
もとしたいづみさんという絵本作家の方で、”30年前(どひゃー!)”とあるように、「本の雑誌社」で助っ人をやっていらした方だそうです。
その頃の群さんのエピソードを交えて、この本の良さと感想が記されています。
そして私も、まさにこの解説に書かれた感想には同感するばかりなのでありました。
自分の感想というより、もとしたさんの解説が素晴らしいので、後半をそのまま引用させていただきます(*^_^*);
「小福歳時記」は、群ようこの日常のあれこれをつづったエッセイ集である。四半世紀、エッセイを書き続けている著者だが、年を経て、健康、食事、老後、そして猫との生活に話題の比重が傾いているのは自然と言えよう。読んでいると「そうそう、冷えは良くないよねえ」「そうなの!私もここんとこ猛暑は身に堪えるんだわ」「朝の梅醤番茶か、やってみよう」「猫のしいちゃんは、甘えんぼさんなんでちゅねえ」と、脳内で喋っている自分に気づく。
ダイエットやお金、身内の話に至るまで、もったいぶらずに何でも書く。「さすが売れっ子作家は違うわね」と思わせる所は皆無だし、「私ってこんな女なの!」という自己顕示欲も感じない。だから読者は気持ちよく読めて、著者に親近感を持ち、おそらく大半の人が脳内対話をしているのではないかと思う。
群ようこのエッセイは、近所の知人との立ち話のようだ。「あら、久しぶり」で始まる気軽な会話。お互い近況をさくっと話して、帰り道はちょっと気分が明るくなっている。「なんだ、みんなそうなんだ」と安心したり、新しくできた整体院がなかなかいい、なんて耳寄りな情報も聞けたりする。
しかしここで誤解のないように言っておきたいのだが、その「立ち話」を「読ませる」エッセイにするのは、感動的な話を書くより、ずっと難しい。しかも群ようこのすごいところは、どの時代にも影響を受けず、感覚にブレがないということだ。二十代の頃も、バブル期も、はじけた後も、震災前も震災後も、いつ読んでも価値観、テンションが安定している。それは常に冷静で、誰にも甘えたりせず、どこかにいつも「なるようにしかならない」という潔さと強さがあるからだろう。そしてそこが。誰もが憧れるお姉さんたるゆえんなのだろう。
さしあたって私は、この本から「がんばらない、しがみつかない、無理しない」というお守りみたいな言葉をもらった。手帳に大きく書いておこうと思う。
群さんが、ほんの少し先を歩んでくださっていること。
日々のことや体調、その時その時思うことなどを書いてくださることが私にとって心強いです。
いちばん可笑しかった箇所。
ある日一通のメールが届いた。
「あなたの家のビリー、眠ってませんか」
DVDを購入した会社からだった。
「はいはい、眠ってますとも。ずっと前からビリーは高いびきで爆睡中で、もう起きることはありません」そうつぶやきながらメールを削除した。私の頭の中で、運動という文字も削除しそうになったとき、体調が悪くなった。もしかしたら、ビリーの祟りだったのかもしれない。 -
Posted by ブクログ
不倫は悪いこと!と強調するほどでもないけど、特に同性に関してだが不倫を自慢する人間はロクでもないと思っている。だが世の中には、「不倫だって美しい」と賛美せんばかりの風潮もあるような気もして、この本も積極的に楽しめるかどうかわからなかった。何故、この本を佐藤優は薦めたのだろう…
読んでみると、案外面白かった。渡辺淳一のようなドロドロ感はなく、それと示唆されることが書いてあっても、描写自体は至って淡白。不倫する側が語り手であっても、「そうかなぁ?」と入り込めないようなところはない。語り手も含め登場人物が動揺しているような場面でも、著者自身の冷めた視点が文章の内部に組み込まれている、と言うのか。
“愛”が絡んでいるからと言って、美談に仕立て上げていないのが、この本のいいところ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ自分の意思で芸者になりたい!と子供の頃に決めた
信念のもとに、つらいことも笑い飛ばしながら
強く明るく生きる小美代姐さんの戦前、戦後を挟んだ
半生を描いたステキな本でした。
戦争の痛み、悲しみ、苦しみもすごく伝わってきますが
悲しさにも必要以上に尾ひれをつけず、いつも通りの群さんの
語り口調でぐいぐいと前へ前へと進んでいくので
笑ったり泣いたり考えされられたりしながらも
小美代姐さんのどんどん前に歩いていく姿に励まされます。
見たことのない花柳界を垣間見れたり
お稽古や芸事、所作、着物など、興味のある
分野のお話もいっぱいであっとゆう間に読み終わりました。
続編も購入しているので読み進めるのが楽しみです[*Ü*] -
Posted by ブクログ
小説なんだけど、群さんのエッセイ「ぬるい生活」そのまんまのような。50代独身の友人同士の女性三人が同じマンションに住んで淡々と日々を送っているって話で。特に何も起こらない何も変わらない。仲がいいんだけど、つかず離れず踏み込みすぎず、でも気を配り合うって感じの友人三人の関係がいいなあと思った。互いの体の不調を嘆き合えるだけでもすごくうらやましい。あと、まったくがんばらない感じ?にものすごく共感。運動しなきゃとは思うけれども、どうしてもできない、とか。中高年の恋愛とかいわゆる婚活とか自分にはありえない、とか。覇気がないのかもと思うけれども、そういう人も自分以外にいると思うとほっとしたり。
ただ、親が病気や痴呆になったときに、こんなに冷静で淡々としていられるかは疑問だった。わたしはムリだろうなあ。でも、冷静でいなきゃいけないんだろう。自身の老化や先々のことについても、ここまで淡々とした気持ちになりたいかも。
それにしても、群さんの猫を描く文章って本当にうまいなーと思う。わたしはまったく猫好きじゃないけれども、猫いいなと思う。