菊地成孔のレビュー一覧

  • 別冊NHK100分de名著 フィクションの超越者 筒井康隆

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    私がかなり筒井作品を読んできたとはいえ、学生時代の集中した読書がメインで、その後は一気にペースダウン。さらには、私の読み方といえばほとんどエンターテインメント軸なので、各人のどの評を読んでも感心してしまう。
    本書全体の掲載記事にはとても丁寧な語彙の注釈・解説が全ページの下1/4の欄外に掲載されている。文学用語や作家名・作品名(私は極めて無知で助かる)だけでなく、常識ではないかと思うような昔の事件まで注釈になっている、と驚いたが、よく考えれば、私が年寄りだから知っていることが多いのだと気づいた。若い人は大阪万博や三島事件だって知らないのも無理はない。

    1. 中条省平(フランス文学者)
    テーマは「革命と内宇宙のリズム - 脱走と追跡のサンバ」。私は読んだはずだが覚えていない...
    時代の世相と近未来を見通す先見性をたたえる筒井作品を評する。「脱走と追跡のサンバ」では1970年台の不安定な世界での「革命の夢」が潰えていく現実の閉塞感。さらに論は情報による呪縛、時間による束縛、空間による圧迫を軸に「48億の妄想」、「虚人たち」にも言及する。主人公「おれ」があらゆる現実、虚構、幻想を疑い、拒否し、破壊してシュルレアリスム的無意識をも拒否する究極のニヒリズムを世界の本質としつつ、断筆宣言後にはこのニヒリズムを相対化できる言葉の力を信じて執筆を再開し、読者はそこに勇気を見つける、と評者は解く。
    私にはそこまで深い考察はできませんが(ぼんやりと)同意したい気分です。

    2. 池澤春菜(声優、作家、エッセイスト)
    表題は「拡張と回帰の物語 - 『家族八景』『七瀬ふたたび』『エディプスの恋人』」。おそらく...3本とも読んでいるが忘れています...
    「家族/家庭」、「母」「愛」「神」を主要テーマとして描き続ける作家として評する。自分にはないこの視点が、最近読んだ作品に当てはまることが驚きでした。そしてこれらのテーマはいずれもアンビバレントなものとして描かれている。ニヒリズムも感じます。嘘くさい二元論の対極にありますね。

    3. 菊地成孔(音楽家、文筆家)
    「夢と虚構の純文学へ ー エロチック街道」。
    評者は筒井をいきなり「筒井先生」と呼んで作品ベタ褒め状態で評が始まる。私はジャズ好きもあって結構筒井をフォローしていたのだけど、エンタメ、ドタバタ、リズム、実験(わかりやすい)的作品のシンプルな驚き、といったような表層的な読者。純文学については無知。評者は中南米文学を吸収した上で筒井作品を評していて、まさに脱帽。ジャズマンたるものハッタリや虚飾は大好きと思うけど、ここでは至って真面目。
    文芸誌「海」編集者の塙嘉彦、筒井にとって中南米文学への扉を開いたグールー(guru、昨今の日本語ではグルと言うことが多い)という存在は今まで知らなかった。私はすでにこの時期には筒井作品にあまり接していなかったこともあり、これも驚き。
    『エロチック街道」は短編集で、本論では「超虚構」を軸にした各短編での様々な文芸的技術が解説されます。

    4. 大森 望(書評家、翻訳家、SFアンソロジスト)
    「超虚構の到達点 - 虚構船団」。
    「虚構船団」は私も比較的最近読んだ長編。文房具軍団vs鼬(イタチ)軍団の戦争物語。まず最初の文房具の登場からして、なかなかのショックで、さらに抜群のエンタメ性が印象に残っています。
    第1章は戦争に突き進んででいく文房具たちにより現代人を風刺し、第2章では鼬族(ゆうぞく)の、戦争と暴力の歴史。筒井の言によれば「世界史を残虐性の側面から眺めたというていのものになっている」。第3章は文房具たちと鼬族の戦争。そこに、(遂に)いきなり作者筒井康隆が登場する。評者は、この逸脱は、読者に対して虚構を現実に繋ぐための手法になっていると解する。結局は核爆弾により破滅に至るが、起こりうる現実を映したと考えると、背筋が凍り、いたたまれない。現時点で、プーチンやルカシェンコは核を脅しに使っている。

    5. 巻末・銀幕に躍る奇想天外 筒井康隆劇場
    映画の原作となった九つの筒井作品を2ページで簡単に紹介。

    0
    2025年12月15日
  • 別冊NHK100分de名著 フィクションの超越者 筒井康隆

    Posted by ブクログ

    NHK100分シリーズで、対象が筒井道隆、評者も個人的に気になる面々となると、これは読まない手はないわな。で、改めて本サイトで既読の筒井作品を確かめてみると、なんとまあ少ないこと。本書で取り上げられているものも、殆ど未読のものばかり。これはいけません。まずは積読状態にあるものから。

    0
    2025年08月07日
  • 歌舞伎町のミッドナイト・フットボール -世界の9年間と、新宿コマ劇場裏の6日間-

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    なんでこの本を「読みたい本リスト」に乗せたのか思い出せない。
    サッカー本でも読みたい気分だったのか?
    タイトルのフットボールとは、歌舞伎町の客引きたちの腕を、アメリカンフットボールの選手のようにひょいひょい躱してゴールする(ホテルに帰る)こと。
    サッカーではありませんでした。

    で、ジャズや映画や精神分析など、興味はあるけどまったく詳しくない分野の話は、とてつもなく難しかったのです。
    言葉の意味は分かるのに、文章になると意味が読み取れない。
    零れ落ちた意味をひとつひとつ拾い集めるように読むのは大変でしたが、面白くもありました。
    そして、自分でつけた付箋すら、なぜそこに貼ったのかわからなくなるという混乱ぶり。
    難しい割には、文章が読みやすかったのが、救いです。

    一番面白かったのは、やっぱり書評の章。
    ほとんど読んだことない本ばかりだったけど、その本に対する愛が感じられただけで◎。

    実は、小説家・菊地秀行の16歳離れた弟なのだそうだ。
    だから文章が上手いのかな。

    0
    2023年06月07日
  • 次の東京オリンピックが来てしまう前に

    Posted by ブクログ

    真・女神転生をやったことのある人はご存知かもしれないが
    退行というものには二種類あって
    すなわち、カオスへの退行と、秩序への退行である

    東京オリンピック招致を決定したとき
    石原慎太郎はこんなことを言った
    「歌舞伎町を浄化する」
    「あんな三国人だらけの街」
    「世界じゅうのお客様に見せられますか」
    そこから菊地成孔さんの退行が
    限定的・抑制的にせよ、開始されたのかもしれない
    歌舞伎町在住で、歌舞伎町をこよなく愛する彼が
    いくら菊地秀行の弟だからって
    「魔界都市じゃねんだぞ」
    なんてことはさすがに言わないだろうけど
    おそらくはその退行により
    オリンピックがロクなことにならない未来を幻視した

    それから10年ほどあって
    アメリカでトランプが大統領に就任したころ
    ここに収められたエッセイの連載が始められた
    ちょっとプロレスに詳しい人なら
    「ヒールは善人」という定理に思い至るだろうが
    その意味で、信用できると言わないまでも
    トランプがまっとうな人物であるという直感めいたものは
    僕の中にもあった
    そしてそれ故に躓くのであろうという直感も
    しかしとりあえずそんなことには関係なく
    菊地さんのエッセイは表面上、都会的な洒脱さを装いつつ
    文体も内容も、カオスの度合を深めていた
    だが新型コロナの蔓延にともない
    東京オリンピックの延期が危ぶまれるに至って
    二面性に綻びが生じる
    過酷すぎる状況がかえってオリンピック成功のハードルを下げる一方
    逆に最悪の事態が笑い事ですまなくなってしまった
    笑い事ですまないということがカオスを抑圧し
    SNS社会を退行的秩序に誘う
    その頃の菊地さんの文体は、やたら感傷的だったり
    妙に下品で攻撃的だったり
    クールを保ちきれない印象が強かった

    ところで
    石原慎太郎を嫌悪し、トランプを擁護する菊地さんにとって
    両者の違いはなんであろうか
    ドメスティックな主張など、一見して非常に似ているし
    勇ましいことを言いながら、結局戦争はできないというところで
    やはり同じエンターテイナー出身を思わせるものの
    その資質に、性格の二面性を感じさせるか否かが分かれ目ではなかろうか
    僕が考えるに
    バカバカしい存在としてふるまうことを
    美徳と信じるかのごときトランプの有り様は
    三島由紀夫が選びえたもうひとつの可能性だったかもしれない

    0
    2022年01月13日
  • M/D 下

    Posted by ブクログ

    「ミスティフィカシオン」とか、そういうオレオレ用語がすごい気になった。何語?! 下巻は、おそらく著者の意図とは違ってマイルスがどんどん大したことのない奴に見えてきて面白い。けっこう張り子のトラで、ジミヘンとスライになりたくて『ビッチェズ・ブリュー』『アガルタ』『パンゲア』を生み出し、プリンスとマイケルになりたくて後期の一連の作品を生み出した、というのはけっこう実感として納得。ただ、『デコイ』のソロなんか聞くと、そんなに廃人には思えないんだよね。これも録音マジックなの?!

    0
    2021年11月15日
  • 東京大学のアルバート・アイラー : 東大ジャズ講義録・キーワード編

    Posted by ブクログ

    確かに前編と比べると難しかった!特に最後の講義。ただ、常識を疑えと言うアティチュードも含めて、最後の講義のためにこの授業があったのだということも心から納得。

    0
    2021年05月25日
  • 次の東京オリンピックが来てしまう前に

    Posted by ブクログ

    この人ってやっぱ享楽主義者って感じがするなぁ。トランプ支持についても色々小難しくレトリックにレトリックを重ねて書いてるし、その件でSNS上に於いて紛うことなき現代的な炎上をしていたけど、結局「なんか面白そう」みたいな理由で支持してるに過ぎないんじゃないかと思うんだよね。2度目の東京オリンピックに批判的なのも「失敗したら面白いなぁ」みたいな、当事者意識のない好奇心からその立場を標榜しているんじゃねえかな。

    とはいえ、文章自体はめちゃくちゃ面白い。好きだ。爆笑した記事もある。川島小鳥さんの表紙もめちゃくちゃ好きだ。部屋に飾っておきたい本。アイーン。

    0
    2021年03月07日
  • 歌舞伎町のミッドナイト・フットボール -世界の9年間と、新宿コマ劇場裏の6日間-

    Posted by ブクログ

    ワタシが愛聴しているラジオ番組『粋な夜電波』のパーソナリティであるジャズサックス奏者・菊地成孔氏が書いた一冊。
    ラジオでは、歌舞伎町在住であるからこそ話せるようなWBO話(悪くてバカで面白いヤツらの話)が最高に面白い。そこで、そんなノリを期待して今回その著書に手を伸ばしてみたのだけれど、その結果は期待以上の面白さだった。ただ、それはWBOなノリが期待以上だったということではなくて、氏の深さ(教養、雑学、経験、など)と文筆家としての才能がよく分かったという意味で期待以上だった。本人曰く「書きとばした」ものばかりとのことで、音楽評、講義録(氏は私塾を開講していて、東大で講義を受け持った経験もある)、対談、小説など多岐にわたる文章は、いい加減と言えばいい加減。でも、そのいい加減度合いが絶妙で楽しく、かつセンスを感じさせる。本当にいい加減な文筆家には、こんな文章は書けないと思う。
    ラジオ、本、と来たので、次は氏の演奏をライブで聴いてみたい。

    0
    2018年11月18日
  • スペインの宇宙食

    Posted by ブクログ

    新宿歌舞伎町のコントめいた話やあっけらかんと性的雰囲気に身を任せるラジオを聴いて、
    面白い人だなぁと思ったので、読んでみた。

    読みながらDCPRGやスパンクハッピーの音楽も聞いたが……
    音楽面で好き! といえるのは、「Vendome,la sick KAISEKI」くらい。
    あの曲は歌詞も雰囲気も歌っている姿も、すべてが衝撃だった。
    (チャイナドレスの瞳ちゃんとスケベな中年親父のセクシュアルなデュエット。)

    さてこの本は、上機嫌と饒舌とビザールと悪趣味と趣味とグルメとファッションと人形のような女の子があふれた、優れたエッセイ集だ。

    決して文章が練られているわけではない。
    ともすれば講談調、ともすれば文意も伝わりづらい。
    しかしこの人、貯め込んだ知識と語彙力がすごいので、読ませる。
    なんでも楽しんでやろうという貪欲さが、いい塩梅に決まっているためだろう。

    0
    2016年07月13日
  • 東京大学のアルバート・アイラー : 東大ジャズ講義録・歴史編

    Posted by ブクログ

    東大(前期課程)教養学部での菊地によるジャズに係る講義を記録し出版したもの。

    「テスト」のときに話した「批評とは」という話が印象的。客観的な(外からの)情報・知識と、自己の(内面からの)感情との相克を、文章としてねじ込むこと――それが(菊地のいう)批評。どちらかだけ、ではダメなのだ。

    0
    2015年01月06日
  • 服は何故音楽を必要とするのか?

    Posted by ブクログ

    私の十年来大好きなスパンクハッピーが表現していた世界観の一端を感じられました。
    あー、こーゆーことだったのか、って。

    エレガンスに共存するエロティシズムの抑制。
    その甘美な世界は、私をずっと悩ませます。

    0
    2014年09月11日
  • M/D 上

    Posted by ブクログ

    持っているのは文庫ではなく(ご本人曰く)レンガのようなハードカバーの本です。

    まず装丁の美しさは、持っている本の中ではダントツかもしれません。

    読み応えは十分。

    楽器や音楽の経験があったほうがのみこみやすいかもしれませんが、そうでなくてもジャズの巨星MD(マイルス・デイビス)がより面白く、そして身近に感じられることでしょう。

    星が一つないのは、本が厚いので、寝ながら読んだり、読書の場所が悪いとせっかくの美しい本を破壊しそうで怖いからです。

    0
    2014年03月31日
  • 憂鬱と官能を教えた学校 下

    Posted by ブクログ

    記号音楽史をアナロジーとしたポストモダン思想書、として、最後のところは結構感動させる。
    菊地さんの精神疾患は神の恩寵だったのかもしれない。(ていうのはユング的)

    0
    2013年09月23日
  • 憂鬱と官能を教えた学校 上

    Posted by ブクログ

    「何をいまさら」という言われようには抵抗力がある方で、「何をいまさら精神分析?」でも「何をいまさら実存主義?」でも一向にへっちゃらだが、「何をいまさらバークリー?」と来られるとちょっと痛いかもしれない。
    そういうことを重々承知で作られている本だと思うので、ポスト・バークリーの理論書を期待したい。
    ペン大の教科書というのはそうなのかな?

    0
    2013年09月17日
  • 服は何故音楽を必要とするのか?

    Posted by ブクログ

    菊地さんの本はいつも現代思想書といて読んでいて、それは他の誰よりもジジェクよりも東浩紀よりも断然そうで、いくら学術的概念やジャーゴンは持ち出さないと言っても、デザイナーやミュージシャンの散りばめられたら名称が、それじたいシンボル化されてすでに凄まじい現代思想なのである。
    ファッションショーという摩天楼の最上層にのみ存在する(らしい)幻想の世界の空流を埋めつくすサウンドと天使たちの歩行の関係とは何か。
    これはやっぱり時間論でありエロス論である、ということは哲学史上の最重要課題への取り組みなのだ。
    菊地さんを聴くたびに、読むたびに浮かんで来るのは夜の都会の曳光だ。これはやっぱり思想である。

    0
    2012年12月15日
  • 東京大学のアルバート・アイラー : 東大ジャズ講義録・歴史編

    Posted by ブクログ

    東大で行われた、伝説のジャズ歴史講義録。
    様々な音源と共にジャズの歴史を辿るが、回を重ねるごとに東大生以外のモグリが増えていくのも、納得のカリスマ講義!

    0
    2012年10月04日
  • JAZZDOMMUNE

    Posted by ブクログ

    あまりに面白く、貪り読んでしまった。
    内容は菊地氏と大谷氏のドミューン出演時の活字化なんだけど、二人の音楽知識は言うまでもなく高し、音楽好きが伝わってくる度も高し、めちゃくちゃに音楽をかける度もかなり高し…て感じで、色々な点数が高いです。
    たぶん活字になって理解できる部分も多分にあるので、無料のネット中継を今一度活字化して販売、という倒錯感もあまり無かった。少なくとも自分のような音楽素人にとっては。

    0
    2012年04月18日
  • 東京大学のアルバート・アイラー : 東大ジャズ講義録・歴史編

    Posted by ブクログ

    この本は、音源を聞いてこそ意味がある。Jazzはもちろんブルース、ファンク、モータウン、ロック、現代音楽、クラシックと幅広く膨大なので音源を集めるのに苦労したが、Jazzへの理解が深まったことはもちろん新しい音楽との出会いを作ってくれたことに感謝。それにしてもコルトレーンの鈴には笑った。

    0
    2012年02月25日
  • M/D 下

    Posted by ブクログ

    東大での講義録を元にした濃密に饒舌なマイルス・デイヴィス評論。
    菊地&大谷コンビの語り口が好きで読むべき本であって、間違ってもこれでマイルス入門しようなんて軽く考えて読み出すと痛い目を見るよ。

    0
    2012年01月11日
  • スペインの宇宙食

    Posted by ブクログ

    菊地成孔に惹かれる理由の一つは、彼のように真っ向から受容し格闘しつつ生きることができなかった自分自身の"あの時代”への郷愁と悔恨のせいだ。わけのわからない憂鬱と焦燥に覆い尽くされたアドレセンス。わずかな救いは遅れて生まれてきたことを嘆きつつ前時代への憧憬に浸ることで、ジャズ喫茶と映画館がシェルターだった。したがって菊地のダブ・セクステット=マイルスの60年代、DCPRG=70年代という符牒が21世紀の妄迷にジャスト・ミートしてしまったのだろう。欲求不満の地点への退行、固着だ。
    80年代のマイルスは不思議な機械装置のようだった。その裏返しがウイントンで、どちらにも興味が持てず古いR&Bばかり聴いていた。新宿公演にも行く気すら起きなかった。
    菊地という存在を知ったのは廃刊になった『エスカイヤ』という雑誌のラテン音楽特集号だった。『南米のエリザベス・テーラー』がリリースされた直後で、菊地とアート・リンゼイのミニCDが付録に付いていた。
    自分なりには音楽遍歴に筋道はあるつもりでいるのだがなかなか身近な仲間にも理解されにくく音楽の宇宙の拡大に反比例してどんどん自閉が加速されてゆく。まるでペルソナとゼーレの関係のように。菊地は深い無意識の底から現れ出た元型なのかもしれない。

    0
    2011年12月23日